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魂の洗浄

炎の暴君

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指一本動かす力の残らない身体を投げ出したまま……滲む天上神殿の光を見上げていた。

血の匂いに興奮した獣の様に全てを喰らいつくし、漸く落ち着いたのかラグ兄さんは隣で衣を直している。

「そうだ、リーンシェント。この花をお前に贈ろう」
ラグ兄さんはそう言うと建物の端に移動し、1本のピオニアを手折ると空へと投げた。花は白い光の筋を描きながら真っ直ぐに僕の国へと向けて空を飛んでいく。

「お前の庭でも綺麗な花を咲かせる事だろう。花が咲いたら光の道を辿っておいで。神力の弱いお前でも苦労はしないだろう。俺はお前が大好きだからな。お前が心安らかに過ごせる様、毎日を大切な者達の中で過ごす事を許してやろう」

血とラグ兄さんのモノで汚れた身体をラグ兄さんの手が撫でていく。その瞳に再び炎が宿りかけているのに気付き、無理矢理身体を起こして居ずまいを直し始める僕をラグ兄さんの視線が絡み取る。

そうしてもう逃げられない事を知る。

「感謝いたします……ラグゾニア兄様……」

満足そうに笑ったその笑顔だけが……唯一ラグ兄さんの感情を灯していた様に見えた。

ーーーーーー

「どうした、リーンシェント?俺といながら考え事か?随分余裕になってきたじゃないか。何を考えている……何も考えずに済むように全てを壊してやろうか?」

相変わらず感情のない、僕を見ているのかいないのかすら読めない瞳が見下ろしていた。
思い出に耽っていた事を咎めるかの様に深く体の奥を突き上げられる。

「ん……くっ……すみません……初めてここを……訪れた日の事を考えておりました」

「そうか、俺の事か。なら許そう」

「いっ……ぁくっ……ぅ……」

許しているのかいないのか……ラグ兄さんは突き入れる動きを荒めた。何度体を重ねようと、僕と兄さんの体格差では楽になる日は訪れない。力も頑丈さも無いくせに壊れはしない体が憎らしい。

「ああ……あの日の事をまだ怒っているのか?お前はいつまでたっても小さいからな……人間と比べ丈夫な神の体だからと血を流させてしまった事は謝ろう」

「はっ…は…ふ……大丈夫…です。僕が望んだ事ですから……んんっ!!」

覆いかぶさる兄さんの腕に必死にしがみつく指が震える……痛い……苦しい……助けて……。
助けてくれるのが、その腕で無いことを知っていながらもその腕に掴まるしかない。

「あの時は俺も興奮していたんだ。長年心待ちにしていたお前の体をやっと手に入れる事が出来た瞬間だったからな」

兄さんの腕が背中に回り、体を抱き起こされる。

「あ…あ……あああっ!!」

これ以上は入らない……そう感じても、許してもらえない事はとうに学習している体は、自重で何処までも兄さんのモノを飲み込もうとする速度を少しでも緩めようと兄さんの首に手を回させた……そして……。

「いああぁっ!!あ!!あ、あ…………ぁ…ぐ……」

そんな僅かな逃げすら許されない事も知っている。
無情に下から突き上げられる腰が、何度も何度も俺の中に兄さんのモノを根元まで押し込んでくる。
まるで串刺しにでもされている様に内臓を突き破ろうとするモノに内臓が押し上げられる。

いっそ死んでしまいたいぐらいの痛み……だけど……まだ死ぬ訳にはいかない。
出来るだけ長く、出来るだけ僕の国があり続けられる様に……。

「ああ……可愛い、可愛いなぁ……リーンシェント。お前に俺の子を産ませたい、お前を孕ませたい……俺とお前の子なら、きっと古代の神すら凌ぐとは思わないか?俺に古代の神の力があれば、お前を孕ませてやる事が出来るのになぁ?」

「兄様……それは……私は男です……」

毎回、耳元で囁かれる呪いの言葉は……僕の心を砕いていく。もう……砕かれる心などとうに無いと思っていても、何度でも心は砕けるものらしい。

「どうしてだ?こんなに何度も何度も何度も何度も何度も何度もお前の中に俺の子種を植え付けてやっているのに!!」

人が変わったように兄さんは僕の体を引き抜くと床へ叩き付けた。背後から頭を床に押し付けられる。

「お前は俺が嫌いなのか!?何故孕まない!!何故俺の子を宿そうとしないんだっ!!何故だっ!!」

激しい叱責と共に炎神である兄さんの燃えるような熱を押し込まれる。

「うあぁっ!!あ、はっ……はっ……ごめんなさい……兄様……ごめんなさい!!ごめんなさいっ!!」

「俺を受け入れろっ!!俺を拒絶するなっ!!お前は俺のものだろう!?」

「はっ……はい!!私はっ……あっ!!……私は貴方のもの……ひあっ!!ああああっ!!」

もうこうなったら、言葉は届かない。
興奮した兄さんの体はどんどん炎の熱を帯びていく。
激しく押し込まれ迫り上がる圧迫感と内臓から焼かれる痛みに耐えながら、揺れるピオニアの花を滲む瞳で捉えながら、ただ……時が過ぎ去るのを待つしか無かった。

ーーーーーー

「まだ……待っていてくれたのですか」

遅くなってしまったのに、トリフェンは出掛けた時と変わらぬ姿勢のまま、僕を待っていてくれた。

自分の島へ帰ってきた事で、気力の抜けた体はトリフェンの腕の中へ崩れ落ちる。

「トリフェン……あなたまで汚してしまい申し訳ありません」

拭いても流れ落ちてくる、血と抉れた体から滲む体液と……兄さんの性液とがトリフェンの服を汚す。
幼い頃から父であるラスルトと共に僕を助けてくれているトリフェンまで汚す事に抵抗を覚え、立ち上がろうとするけれど、その腕は僕を離そうとはしない。

「あの神災の一因は父にあります。父の罪は俺が引き継ぎます」

トリフェンの言う『罪』は『罪』では無い。
ラグ兄さんからの手紙を僕の元に届く前に捨てていたのはラスルトだった……だけど、手紙の事など単なる切っ掛けに過ぎず、遅かれ早かれ……同じ未来がやって来ていただろう。

「トリフェン……無理はしなくて良いのです。僕は貴方を裏切ったのですから」

今日の様に体を浄化させる力も残っておらず痕跡の色濃く残る、見せるべきではない体を若かったトリフェンの前に晒してしまった時の瞳は……今でも忘れられない。

僕を心から崇拝してくれていたトリフェンの瞳の中に見えた怒りと軽蔑と絶望と……悲しみ。

体から神力が大きく抜けていくのがわかった。

「俺は……あの時、何もわかっていなかったのに貴方を傷付けた。貴方が快楽を求めている訳でないのはその体を見ればわかった筈なのに!!それなのに自分の理想を貴方に押し付け、勝手に裏切られたと……自分の思い通りでなければ幻滅して……貴方は命を削りながら俺達を守ってくれていたのに……」

「泣かないで……貴方の気持ちを裏切った事に変わりはありません。貴方は僕を責めて良いのです」

トリフェンは袖口で涙を拭うと力強く僕を抱いたまま立ち上がった。

「湯は張ってあります。全てを洗い流しましょう……」

「……昔は僕が貴方を抱っこしてあげていたのに……大きくなりましたね」

トリフェンはこの屋敷で産まれた。
小さくても力強い産声。名付けを頼まれ、名を呼ぶと小さな手で僕の指を握りしめてくれた。

無邪気に僕を慕ってくれる幼い笑顔に何度救われたか……力強くなった腕に頭を預ける。

「せめて……貴方が生を全うするまでは残しておいてあげたかった」

自分の体の事は自分でもわかっている。兄さんの事がなくても、神力を使う度に倒れる程脆く、長くは持たなかった体だ。
むしろよく兄さんを受け入れながら今までもってくれた……しかし、もうじき全てが終わるだろう。

そうして初めて、僕の選んだ道が正しかったのか間違っていたのかがわかる。

ラグ兄さんは僕の命を吸い尽くした後……僕の国民を約束通り兄さんの国民として受け入れ、守ってくれるのだろうか?

「俺は死ぬまで貴方の信者です。死んでも……俺の神は貴方だけ」

体が熱くなるぐらいの神力が宿っていく……。

「胸が弾けてしまいそうなほど熱い……ありがとう……トリフェン」

向けられた笑顔は幼かった日と変わらぬものだった。

でも……僕は貴方に生きていて欲しい。
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