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魂の洗浄
風の行き先
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仄かな天の光に照らされた雲が暗くなり始めた暮れの空を流れて行く。
雲を運んでいく風を頬に感じながら視線を雲のかなたへ向けると、隣の大陸が雲の合間から見え隠れしていて、間にある小さな小さな浮島は今にも大陸に取り込まれそうなほど頼りない。
それでも、あの浮島こそ僕の島の命を背負った希望の島……本当は絶望の島かもしれないけれど……。
風……頬を撫でていく優しいこの風の様になれたら……。
「……シェント様!!……リーンシェント様!!」
空を流れる雲に見入り過ぎていたようで、何度か呼ばれている事に気が付きゆっくりと声の主に顔を向けると、血相を変えたトリフェンが跪いたまま僕の顔をじっと見上げてきていた。
「何かありましたか?そんなに真っ青な顔をして……」
何か良くない知らせだろうかと思いつく限りの最悪な事態を頭に浮かべた。
「『何かありましたか』ではありませんよ!!ずっと呼んでいるのに反応なさらないので……あまり心配させないでください!!」
少し伸びてきた髪が僅かに頬の横で揺れるほど勢いよく叫ぶトリフェンに苦笑を返した。
流れ行く雲に憧れて時間を忘れて見つめ続けるだけでここまで心配をさせてしまうなんて……つくづく自分は駄目な主人だと痛感させられる。
「風が心地良くて……つい時を忘れていました」
「外気はお身体に障ります。さあもう戻りましょう」
過保護すぎやしないかと思いながらも、トリフェンの言葉と優しく導く手に引かれながら素直に自室へと戻った。
大袈裟だと思っていたけれど、トリフェンは僕以上に僕の身体を熟知しているのかソファーへ座った途端に何かに引かれるように体が傾き、クッションの塊の中へ埋もれた。
「白湯をどうぞ。お薬はこちらに」
予定通りだと言わんばかりの顔でテーブルの上に用意された適温の白湯と、自分でも分からなくなるほど種類のある薬の中から今の僕の体の症状を改善するのに最も効果的な薬を受け取ると、苦い粉を白湯で一気に流し込んだ。
目の前をチカチカとしていた眩しさは消えたが頭の重みは消えず、そのままソファーに倒れ込んだ。
今この部屋にはトリフェンしかいない。トリフェンにならどんな弱い自分を見せても大丈夫だとそのまま仮眠に入ろうと思ったけれどドアを叩く音に起き上がると背筋を正す。
「どうぞ」
入室を許可すると女中が真っ白な花を一輪持って入ってくる。中庭の中央に植えられたピオニアの花がまた咲いたのか。
多くの花弁を持つ大輪の花に茎は耐えきれず今にも折れてしまいそうで危なっかしく見えた。
「ありがとう。今日は一段と綺麗に咲きましたね」
花を受け取ると女中は頭を下げてから静かに部屋を出て行った。
「……なんて身勝手な……」
何も入っていない花瓶へと花を差し入れた。透けるほど薄い無数の開いた花びらの間からは強いけれどやわらかく甘めの香りが放たれている。
これだけ優雅で綺麗な花なのに、明日の朝には萎んでその花弁を全て散らしてしまう儚い命の花を、トリフェンは苦々しい忌々しそうな顔で睨んでいるのを宥めながら、花を撫でた。
気持ちは沈むけれど母さんが好きだった美しいこの花の開花は素直に嬉しい。戻ってきた時もまだ花を咲かせていてくれるといいのだけど……。
「僕を慕ってくれる民の為に僕が遺せる事なんてこれぐらいですから……むしろ感謝すべきです」
「リーンシェント様!!」
本気で怒っているトリフェンの目から逃げるように急ぎ足で窓へ向かった。足元はまだ少しふらついたけれど薬はちゃんと効いてきている。
窓枠に手を掛けた僕の背中にトリフェンは絞り出すような苦しげな声を掛けた。
「約束が守られると本気で信じているんですか?」
ただの口約束で、なんの戒めのない約束が守られる可能性は低い。
「信じています……信じさせてください」
笑顔は強がり。
トリフェンにはすぐに見破られてしまうだろうけど、笑ってないと泣いてしまいそうだった。
約束が守られるのか、あの方を信じていないわけではないけれど……不安の方が正直大きい。
それでも信じなければ僕はきっと壊れる。自分の行為は民を守る為の行動なのだと言い聞かせていないと自分を保てなくなるだろう。信じる事が弱い自分を肯定する為の唯一の逃げ道だから。
「留守をよろしくお願いします」
まだ何か言いたげだったトリフェンに背を向け、今度こそ部屋の大窓を開けて露台へ出ると、道標の様に光の筋が伸びている。光に手を触れるとそのまま体は空へと浮かび上がり、目的地へ向けて先ほど羨ましいと思っていた雲とともに流れていく。
自由に流れて行く雲が羨ましいと思っていたけれど……一緒だ。僕と一緒……ただ風に流されながら霧散して消えるのを待っているだけ。
このまま流されて露となって消えたら……次は母さんや神力を持たずに生まれた他の兄弟達と同じ、人間に生まれたいな。
殺し合いや探り合いなんてしなくて済む世界に生まれたい。
『民を守る事』いま与えられた宿命から逃げずにいたら、次はきっと神様は願いを叶えてくれるだろう……僕は僕に出来る方法で民を守る。
この命が尽きる、その瞬間まで……。
雲を運んでいく風を頬に感じながら視線を雲のかなたへ向けると、隣の大陸が雲の合間から見え隠れしていて、間にある小さな小さな浮島は今にも大陸に取り込まれそうなほど頼りない。
それでも、あの浮島こそ僕の島の命を背負った希望の島……本当は絶望の島かもしれないけれど……。
風……頬を撫でていく優しいこの風の様になれたら……。
「……シェント様!!……リーンシェント様!!」
空を流れる雲に見入り過ぎていたようで、何度か呼ばれている事に気が付きゆっくりと声の主に顔を向けると、血相を変えたトリフェンが跪いたまま僕の顔をじっと見上げてきていた。
「何かありましたか?そんなに真っ青な顔をして……」
何か良くない知らせだろうかと思いつく限りの最悪な事態を頭に浮かべた。
「『何かありましたか』ではありませんよ!!ずっと呼んでいるのに反応なさらないので……あまり心配させないでください!!」
少し伸びてきた髪が僅かに頬の横で揺れるほど勢いよく叫ぶトリフェンに苦笑を返した。
流れ行く雲に憧れて時間を忘れて見つめ続けるだけでここまで心配をさせてしまうなんて……つくづく自分は駄目な主人だと痛感させられる。
「風が心地良くて……つい時を忘れていました」
「外気はお身体に障ります。さあもう戻りましょう」
過保護すぎやしないかと思いながらも、トリフェンの言葉と優しく導く手に引かれながら素直に自室へと戻った。
大袈裟だと思っていたけれど、トリフェンは僕以上に僕の身体を熟知しているのかソファーへ座った途端に何かに引かれるように体が傾き、クッションの塊の中へ埋もれた。
「白湯をどうぞ。お薬はこちらに」
予定通りだと言わんばかりの顔でテーブルの上に用意された適温の白湯と、自分でも分からなくなるほど種類のある薬の中から今の僕の体の症状を改善するのに最も効果的な薬を受け取ると、苦い粉を白湯で一気に流し込んだ。
目の前をチカチカとしていた眩しさは消えたが頭の重みは消えず、そのままソファーに倒れ込んだ。
今この部屋にはトリフェンしかいない。トリフェンにならどんな弱い自分を見せても大丈夫だとそのまま仮眠に入ろうと思ったけれどドアを叩く音に起き上がると背筋を正す。
「どうぞ」
入室を許可すると女中が真っ白な花を一輪持って入ってくる。中庭の中央に植えられたピオニアの花がまた咲いたのか。
多くの花弁を持つ大輪の花に茎は耐えきれず今にも折れてしまいそうで危なっかしく見えた。
「ありがとう。今日は一段と綺麗に咲きましたね」
花を受け取ると女中は頭を下げてから静かに部屋を出て行った。
「……なんて身勝手な……」
何も入っていない花瓶へと花を差し入れた。透けるほど薄い無数の開いた花びらの間からは強いけれどやわらかく甘めの香りが放たれている。
これだけ優雅で綺麗な花なのに、明日の朝には萎んでその花弁を全て散らしてしまう儚い命の花を、トリフェンは苦々しい忌々しそうな顔で睨んでいるのを宥めながら、花を撫でた。
気持ちは沈むけれど母さんが好きだった美しいこの花の開花は素直に嬉しい。戻ってきた時もまだ花を咲かせていてくれるといいのだけど……。
「僕を慕ってくれる民の為に僕が遺せる事なんてこれぐらいですから……むしろ感謝すべきです」
「リーンシェント様!!」
本気で怒っているトリフェンの目から逃げるように急ぎ足で窓へ向かった。足元はまだ少しふらついたけれど薬はちゃんと効いてきている。
窓枠に手を掛けた僕の背中にトリフェンは絞り出すような苦しげな声を掛けた。
「約束が守られると本気で信じているんですか?」
ただの口約束で、なんの戒めのない約束が守られる可能性は低い。
「信じています……信じさせてください」
笑顔は強がり。
トリフェンにはすぐに見破られてしまうだろうけど、笑ってないと泣いてしまいそうだった。
約束が守られるのか、あの方を信じていないわけではないけれど……不安の方が正直大きい。
それでも信じなければ僕はきっと壊れる。自分の行為は民を守る為の行動なのだと言い聞かせていないと自分を保てなくなるだろう。信じる事が弱い自分を肯定する為の唯一の逃げ道だから。
「留守をよろしくお願いします」
まだ何か言いたげだったトリフェンに背を向け、今度こそ部屋の大窓を開けて露台へ出ると、道標の様に光の筋が伸びている。光に手を触れるとそのまま体は空へと浮かび上がり、目的地へ向けて先ほど羨ましいと思っていた雲とともに流れていく。
自由に流れて行く雲が羨ましいと思っていたけれど……一緒だ。僕と一緒……ただ風に流されながら霧散して消えるのを待っているだけ。
このまま流されて露となって消えたら……次は母さんや神力を持たずに生まれた他の兄弟達と同じ、人間に生まれたいな。
殺し合いや探り合いなんてしなくて済む世界に生まれたい。
『民を守る事』いま与えられた宿命から逃げずにいたら、次はきっと神様は願いを叶えてくれるだろう……僕は僕に出来る方法で民を守る。
この命が尽きる、その瞬間まで……。
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