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記憶の喪失

贅沢という罰

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「くしゅんっ」
自分のくしゃみに意識が呼び戻され目を開けると雨はすでに上がっていて、僕は空を見上げて寝転んでいた。

祈りの最中に寝るとはなんて不敬……固まってしまって動かしづらい体を手摺りに掴まりながらゆっくり起こすと、遠い景色を眺めた。
大地を潤すにはまだまだ足りないみたいだけど雨が洗い流してくれたのか幾分空気が澄んでいる気もする。

「まだここに居らしたのですか?入浴の準備はとうに出来ています」

抑揚のない冷めた声に、顔だけで振り返ると執行人さんが立っていた。お風呂の準備ができたと呼びに来てくれたみたいだ……が、また僕を置いて立ち去ろうとする。

「ま、待ってください!!」
「……?何ですか?」

濡れた手で腕を掴んでしまい、思い切り顔をしかめられたので慌てて手を離した。

「すみません。お風呂の場所が分からないので……連れて行っては貰えないでしょうか?」

「それ……まだ続けるんですか?」

体が浮いて……執行人さんに抱き上げられていた。太った体を軽々と肩に担いで歩く執行人さんは細身なのに力持ち……でも何で担がれたんだろう?

「あの……歩けますよ?」

「あなたが『連れて行け』と言ったんでしょうが」

連れて行ってくださいと、お願いはしたけれど道案内をお願いしただけで運んでくれとお願いしたつもりは無かった。
しかしここで降ろしてと言うのは憚られる程の尖った空気が執行人さんから発せられていて大人しく運ばれているのだが……荒れた大地からは想像できない程、建物の内部は豪華の一言に尽きる。

廊下は赤く毛足の長い絨毯が敷かれていて柱、壁、天上は金色に輝いている。掃除も行き届いているのか、ガラスにくもりも無いし、汚れもホコリもない。

刑場とは思えない豪華絢爛な建物……ちょっと好みではないけれど。

廊下を進み、階段を降りてまた廊下を進んだ先、執行人さんが扉を開けて部屋に入ると靴を脱がされて降ろされた。

木の皮を編んだ床が足の裏に柔らかく触れる。湯気の暖かさと湯の香りが充満していて浴場だとわかるけれど……。

「どっ……どうして女の人がいるんですか!?」

上半身裸で豊かな胸を惜しげも無く出した女性達が近づいてきたので思わず執行人さんの背後に隠れる。腰に布を巻いているけれどその布だって殆ど透けていて意味をなしていない。

「どうしてって今日の風呂係ですが?お気に召しませんでしたか?」

風呂係?何その係!?
冷静な執行人さんが言い終わる前にも女性が手を伸ばして僕の服を脱がそうとしてくる。

「ややや……止めてください!!係いらないです!!一人で入れますから!!」

そう女性の手を止めた瞬間、空気が凍りついた様に固まった女性達の目が恐怖に震え始めた。

「え……どうし「お許しください!!この娘は今日が初めてだったのです!!至らなかったのは私達の責任です!!どうかこの娘はお見逃しください!!」

大丈夫かと伸ばした手から逃げる様に体を跳ねさせて女性達が一斉にひれ伏して許しを請うている。
僕には全く状況が読めず執行人さんを見ると唇を噛み締めて目を逸らしていた。出来ればこの状況をおさめて欲しいのだけど……。

執行人さんに期待をしても無駄そうなので、近くにあったタオルを広げると女性達が庇っている1番怯えている女の子の体に掛ける。

「あなた方が何を謝っていらっしゃるのか僕にはわからないのですが……あなた方は与えられた仕事をこなそうとしただけで、何も悪い事はなされてはいないですよね?僕があなた方のお仕事を否定してしまった事は謝ります。ですが許されるなら一人でゆっくり入浴させてはいただけないでしょうか?」

最後は執行人さんに尋ねる様に視線を投げた。これも刑の一つだと言うのなら受け入れるしか無いけれど……。

「そういう事らしい。気が変わらぬうちにお前達はもう下がりなさい」

執行人さんがそういうと、女性達は慌てて走り去って行った。良かった……女性達のあの格好は心に良くない。

「それでは……お風呂お借りいたします……」

執行人さんも出て行ってくれないだろうかと目で訴えると訝しんだ目と共に舌打ちをされた。それでも願い通り一人で入浴はさせてくれるらしく背中を向けて去っていく。

「……次は何を企んでやがる」

出て行く間際にボソリと聞こえた独り言。

な……何も企んでいませんけど。
ここまで来て逃げ出す気も無いし、大体どこに逃げていいのかもわからない。

いなくなった執行人さんへ向けて心の中で言い訳をしながら、ボタンや装飾がやたら付いている洋服に手間取りながらも何とか服を脱いで、浴室へ足を踏み入れると……ここも金一色だった。

落ち着かない雰囲気の中、手早く身を清め浴槽へ……お湯が溢れ出すので中腰のままだけど、それでも雨に濡れて冷え切った身体を温めるには十分だった。

「こんなに贅沢にお湯を使って大丈夫なのかな……」

外の枯れ果てた様子から水は貴重品だと思うのだが……罪人にこんな贅沢をさせて良いのだろうか?
どうせ死ぬのだから死ぬ前に存分に贅沢をさせてやろうという方針なのか、堕落させるという刑なのか。

あまり長湯しても、逃げ出す算段をしているとあらぬ疑いをかけられてしまうと思い、お風呂から上がると執行人さんが仁王立ちで立っていた。やっぱり早く出て来て良かった。

「長々とすみませんでした。直ぐに着替えます」

早く着替えようと脱いだ服を探したが見当たらない。

「お着替えはこちらです」

投げられたタオルで身体を拭くと見計らった様に下着、シャツ、ズボンが投げられてくる。
所作は乱暴だけど手厚い。出来れば服の着方も教えて欲しい。どちらが前か後ろか分かり辛いしボタンの位置も分からない難しい服だ。
自分自身の事や人間関係などの記憶は皆目だが、日常生活に関する記憶はあると思っていたのに、多少の支障はあるみたいだ。

「記憶喪失ごっこをまだお続けになるのなら食堂の場所もわからないのでしょう?ついていらしてください」

ごっこではなくて本当に記憶が無いのだけれど、まだ信じては貰えていないらしい。

また担がれて運ばれるのは、お腹の肉に彼の肩が食い込み意外に苦しくて、足早に歩く執行人さんに離されないように必死について走った。
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