41 / 45
ずっとそばにいる
ページ41
しおりを挟む
「お仕事は五日休めることになってるの」「そんなに?」
その理由ははっきりと言わない。
「ゆいだって、まだ学校行ってないもんね」
そういえば、もう何日も学校に行っていない。おばあちゃんが電話をかけて、何日も休ませてくださいって言ったのかな。おばあちゃんからは何も聞いていなかった。
「行けないのかな?」「学校に?」
ちがう、これが聞きたいんじゃない。
「学校って、変わらなきゃいけないの? おばあちゃん言ってた。あたしはどこに行くの?」
それまであたしの方を見ていてくれた叔母さんが、顔を前に向いてぼんやりと川の先を見つめはじめた。これは真剣な話題だと、その瞳が物語っている。
「そうだねえ……」
と、叔母さんは、急にくるりと向きを変えた。それはまるで、おどっている人形のよう。ふわりと舞い上がったこげ茶色の髪が、やわらかなスカートのように見えた。ピタリと立ち止まった。叔母さんがあたしの前を通せんぼするように前に立ったのだった。
叔母さんの目のなかも、さっきの真剣な目つきとはうって変わって、バレリーナのように踊っていた。朝の光を浴びて、ランランと、楽しげだった。
「ゆいはさ、どこに行きたい? あっ、遊びに行くんじゃなくて、だれと一緒に暮らしたいかな?」
やんわりとやさしく言う叔母さん。お母さんが今日のご飯なにがいいって聞いてくるのと同じような話し方。いつかはこんなことを聞かれるんだと思っていた。大人たちの長い話し合いの答えには、あたしの答えがほぼそのまま採用されるんだろうなと思っていた。でも……。
「あたし、今の家にいたい。……だめなんでしょ?」
う~ん、と叔母さんの目は困った様子を見せた。とはいえちっとも驚いていない。あたしの答えを予想していたかのよう。
「ゆいにとっては、ここに住むのが一番いいよね。確かにそうだよね。でも、叔母さんたちは、やっぱりゆいのことを一人置いておくことはできないんだ」
マシューが左肩にそっとあたった。マシューがいる……けれどみんなは認めてくれないだろう。それに、と思って口を開けた。まだ家に残りたい理由はあるんだ。
「家にいればお父さんとお母さんが来るかもしれないの。この前、お父さんお母さんが眠っている細長い箱が部屋の奥に入っていっちゃったでしょ? あれからあたし、お父さんもお母さんも見てない」
「……そっか……」
ゆいはあの時いなかったもんね、と叔母さんの小さなつぶやきが耳に届いた。あの小さな白い箱に入るところなんて見てないよね、ともつぶやいた。
「お父さんとお母さん、どこに行ったのかな?」
そう訊いてきたのは、あたしではなく叔母さんだった。あたしが一番訊きたいことを叔母さんが先に訊いてきた。あたしだってわからない。でも知りたい。
「どこに行ったか、わかる? 叔母さん」
夢以外の場所で。
「そうだなー。知ってるといえば知ってるかなー」
その理由ははっきりと言わない。
「ゆいだって、まだ学校行ってないもんね」
そういえば、もう何日も学校に行っていない。おばあちゃんが電話をかけて、何日も休ませてくださいって言ったのかな。おばあちゃんからは何も聞いていなかった。
「行けないのかな?」「学校に?」
ちがう、これが聞きたいんじゃない。
「学校って、変わらなきゃいけないの? おばあちゃん言ってた。あたしはどこに行くの?」
それまであたしの方を見ていてくれた叔母さんが、顔を前に向いてぼんやりと川の先を見つめはじめた。これは真剣な話題だと、その瞳が物語っている。
「そうだねえ……」
と、叔母さんは、急にくるりと向きを変えた。それはまるで、おどっている人形のよう。ふわりと舞い上がったこげ茶色の髪が、やわらかなスカートのように見えた。ピタリと立ち止まった。叔母さんがあたしの前を通せんぼするように前に立ったのだった。
叔母さんの目のなかも、さっきの真剣な目つきとはうって変わって、バレリーナのように踊っていた。朝の光を浴びて、ランランと、楽しげだった。
「ゆいはさ、どこに行きたい? あっ、遊びに行くんじゃなくて、だれと一緒に暮らしたいかな?」
やんわりとやさしく言う叔母さん。お母さんが今日のご飯なにがいいって聞いてくるのと同じような話し方。いつかはこんなことを聞かれるんだと思っていた。大人たちの長い話し合いの答えには、あたしの答えがほぼそのまま採用されるんだろうなと思っていた。でも……。
「あたし、今の家にいたい。……だめなんでしょ?」
う~ん、と叔母さんの目は困った様子を見せた。とはいえちっとも驚いていない。あたしの答えを予想していたかのよう。
「ゆいにとっては、ここに住むのが一番いいよね。確かにそうだよね。でも、叔母さんたちは、やっぱりゆいのことを一人置いておくことはできないんだ」
マシューが左肩にそっとあたった。マシューがいる……けれどみんなは認めてくれないだろう。それに、と思って口を開けた。まだ家に残りたい理由はあるんだ。
「家にいればお父さんとお母さんが来るかもしれないの。この前、お父さんお母さんが眠っている細長い箱が部屋の奥に入っていっちゃったでしょ? あれからあたし、お父さんもお母さんも見てない」
「……そっか……」
ゆいはあの時いなかったもんね、と叔母さんの小さなつぶやきが耳に届いた。あの小さな白い箱に入るところなんて見てないよね、ともつぶやいた。
「お父さんとお母さん、どこに行ったのかな?」
そう訊いてきたのは、あたしではなく叔母さんだった。あたしが一番訊きたいことを叔母さんが先に訊いてきた。あたしだってわからない。でも知りたい。
「どこに行ったか、わかる? 叔母さん」
夢以外の場所で。
「そうだなー。知ってるといえば知ってるかなー」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる