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異変
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そういえば家を出てから今までちょっとも話をしなかった。おばあちゃんの顔は険しくて話しかける勇気が出なかったのだ……いつもなら穏やかでやさしいのに。おじいちゃんはずっと背中しか見えていない。どんな表情をしているのかわからなかった。
「んー……」
やっとおばあちゃんが反応してくれたと思ったら、とくに何も言わなかった。
「おばあちゃん? どうしてあたしには教えてくれないの?」
それでも口を閉ざしたままのおばあちゃん。あきらめて窓の外を見ることにした。
外にはポツリポツリと、街灯がついているだけ。車通りもほとんどない。
「病院じゃよ」
ふと、聞こえたのは、おじいちゃんの声だった。おじいちゃんはメガネをかけ、前だけを見て言ってくれた。やっと返ってきた答えだった。
「病院? どこの?」
「星川市総合大病院じゃ」
あたしも知っている。だって、あたしが住む市の中で一番大きな病院だから。風邪をひいたときに行くような小さいところではなかった。
「車で二〇分くらいかかる。もうちょっとの辛抱じゃ」
「……なんで?」
やっぱりわからないことだらけだ。すると、やっとおばあちゃんが口を開いた。
「救急車で運ばれたからだよ」
だれが? 新たな質問が次々と出てくる。
と質問する前に、おばあちゃんが急に話し始めた……。
「おばあちゃんたちもね、連絡がきて急いで車でやってきたよ。おばあちゃんたち、ここの地理はよく知らないでしょ? だから病院に到着するまで時間かかって、でも動けるのは私たちだけだから、一生懸命探したの。おじいちゃんが一人で運転して、おばあちゃんが地図で道を探して、それにもう夜になってたから道も見にくくってね。高速道路とばしてきたの。もう急いで急いで。私たちも、事故にならなくてよかったわ。それで……」
「ばあさん」
おばあちゃんの延々と続きそうな言葉をピシャリと止めたのは、おじいちゃんだった。
「そんなことゆいに言っても、ゆいが困るだけじゃろ」
バタン、おばあちゃんはシートにたおれるように全体重をあずけた。顔からは急に生気をなくしたようだった。さっきの、何分の一の声で小さく小さくつぶやいた。
「そうね。そのとおりよね。ゆい、もっと早くゆいを迎えにいけばよかった。ごめんね。おじいちゃんもおばあちゃんも、突然のことだったから、気が動転してたのよ」
おばあちゃんは疲れ切ったように、目を閉じた。おじいちゃんは無言で運転をつづける。けっきょくまた「だれが」の質問をするきっかけを失ってしまった。
無言のまま、星川市総合大病院に到着した。暗い夜道で手を引かれて、せかせかと病院の中に入っていった。病院の外観はどうとか、道がどうとか、見ている時間は全くなかった。病院の入り口はいくつもあるはずだったが、おじいちゃんは迷いなく『救急』と書かれた扉から入った。民家はすでに真っ暗なはずなのに、ここだけはお昼のように白い光がともされている。病院の白い壁、白い床すべてを白に包んでいた。
三人の忙しい足音を聞きつけたように、だれかが現れた。白衣にマスクをした、男のお医者さんだった。三人を見て一礼したお医者さんに、おじいちゃんとおばあちゃんも歩きながら一礼する。
もう少しで合流しようとしたときだった。おばあちゃんは小走りで走り出した。お医者さんの真ん前まで来て、つめよって、息を切らしながら、やみくもに言葉を放つ。夜の病院だがその声は大きく響く。
「あの! 二人はどうなったんですか?」
「んー……」
やっとおばあちゃんが反応してくれたと思ったら、とくに何も言わなかった。
「おばあちゃん? どうしてあたしには教えてくれないの?」
それでも口を閉ざしたままのおばあちゃん。あきらめて窓の外を見ることにした。
外にはポツリポツリと、街灯がついているだけ。車通りもほとんどない。
「病院じゃよ」
ふと、聞こえたのは、おじいちゃんの声だった。おじいちゃんはメガネをかけ、前だけを見て言ってくれた。やっと返ってきた答えだった。
「病院? どこの?」
「星川市総合大病院じゃ」
あたしも知っている。だって、あたしが住む市の中で一番大きな病院だから。風邪をひいたときに行くような小さいところではなかった。
「車で二〇分くらいかかる。もうちょっとの辛抱じゃ」
「……なんで?」
やっぱりわからないことだらけだ。すると、やっとおばあちゃんが口を開いた。
「救急車で運ばれたからだよ」
だれが? 新たな質問が次々と出てくる。
と質問する前に、おばあちゃんが急に話し始めた……。
「おばあちゃんたちもね、連絡がきて急いで車でやってきたよ。おばあちゃんたち、ここの地理はよく知らないでしょ? だから病院に到着するまで時間かかって、でも動けるのは私たちだけだから、一生懸命探したの。おじいちゃんが一人で運転して、おばあちゃんが地図で道を探して、それにもう夜になってたから道も見にくくってね。高速道路とばしてきたの。もう急いで急いで。私たちも、事故にならなくてよかったわ。それで……」
「ばあさん」
おばあちゃんの延々と続きそうな言葉をピシャリと止めたのは、おじいちゃんだった。
「そんなことゆいに言っても、ゆいが困るだけじゃろ」
バタン、おばあちゃんはシートにたおれるように全体重をあずけた。顔からは急に生気をなくしたようだった。さっきの、何分の一の声で小さく小さくつぶやいた。
「そうね。そのとおりよね。ゆい、もっと早くゆいを迎えにいけばよかった。ごめんね。おじいちゃんもおばあちゃんも、突然のことだったから、気が動転してたのよ」
おばあちゃんは疲れ切ったように、目を閉じた。おじいちゃんは無言で運転をつづける。けっきょくまた「だれが」の質問をするきっかけを失ってしまった。
無言のまま、星川市総合大病院に到着した。暗い夜道で手を引かれて、せかせかと病院の中に入っていった。病院の外観はどうとか、道がどうとか、見ている時間は全くなかった。病院の入り口はいくつもあるはずだったが、おじいちゃんは迷いなく『救急』と書かれた扉から入った。民家はすでに真っ暗なはずなのに、ここだけはお昼のように白い光がともされている。病院の白い壁、白い床すべてを白に包んでいた。
三人の忙しい足音を聞きつけたように、だれかが現れた。白衣にマスクをした、男のお医者さんだった。三人を見て一礼したお医者さんに、おじいちゃんとおばあちゃんも歩きながら一礼する。
もう少しで合流しようとしたときだった。おばあちゃんは小走りで走り出した。お医者さんの真ん前まで来て、つめよって、息を切らしながら、やみくもに言葉を放つ。夜の病院だがその声は大きく響く。
「あの! 二人はどうなったんですか?」
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