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第6話
しおりを挟む開いたドアに目を向ければ、当然ながらそこから姿を現したのはシリルさんだった。
向こうで結んできたのか、髪が緩く一つに纏められている。
上半身は裸のままで、思わずポカンとしてしまう。
ゆっくりと歩いてくる姿だけでも格好良く、ほどよく浮き出た腹筋と、上まで留められていないズボンのボタンが何ともセクシーだった。
「……レナ? 大丈夫? やっぱり眠いんじゃない?」
改めて目の当たりにしたその姿に見惚れていれば、伸びてきた手に頬を撫でられハッとした。
「へ? あ、だ、大丈夫です」
「ふふっ。そお? でも本当に、眠いなら寝てもいいのよ? 今日、ワタシ休みだし」
「や、本当の本当に。大丈夫です」
きっとまた間抜けな顔を見せてしまっていただろう。
それを誤魔化すように慌てて会話をすれば、心配そうにしながらもクスクスと笑われてしまった。
「んー、ならいいけど」
恥ずかしいなと思っていれば、シリルさんがそう言いながら私の頭にキスをする。
「……あ。そうそう。ねぇ、レナ」
「はっ、はい?」
まるで映画のような甘々な雰囲気に私が一人で盛大に照れていれば、シリルさんが立ち上がり、再び歩き出しながら尋ねてきた。
「悪いんだけど、今日だけワタシの服で我慢してくれないかしら? さすがにワタシも自分が着ない服は家に置いてなくて……」
「あ、はい。私は大丈夫ですけど。でも、いいんですか? お借りしても」
「もちろん。ワタシは構わないわ」
そう話をしつつシリルさんが物色し始めたのは、先程クローゼットだろうかと思った大きめの家具である。
「あとそれと、ワタシ、あとでちょっと出かけてくるわね。とりあえず必要そうなの物を買ってくるから、それまで下着も我慢してちょうだい」
「わ、わかりました……」
そんな会話をした後も、シリルさんの後ろ姿を眺めることしばらく。次に「これでいいかしらね」と呟きながら扉を閉めたシリルさんの手には、裾が長めのシャツが持たれていた。
「お水はもうよかった?」
シリルさんはベッドの側まで戻って来ると、そう言って私に手を差し出した。
「はいっ、ありがとうございました」
「ふふっ、いえいえ。えっと、じゃあ、次はこれを持っててくれる?」
「ん、はい。っ、えっ?! わわっ」
私が空になったグラスを渡せば、シリルさんはそれをサイドテーブルへと置いて。そして今度は持っていたシャツを私に手渡すと、問答する間もなく、ブランケットごと私を抱きかかえたのだった。
*
(ふ、う、わぁーーー………!!!)
先程のドアの奥。シリルさんに抱えられ連れてこられた先は、浴室、トイレ、洗面所が一体となったサニタリールームとなっていた。
入ってまず目に飛び込んでくるのは、洗面台と大きな鏡だ。その横の壁には棚があり、中には色々な小瓶と、清潔そうなタオルが置いてある。
そして、徐々に視線を奥のほうへとずらしていけば、トイレ、仕切り用のカーテン、そして、シャワーを浴びるスペースに、ホカホカと湯気立つお湯が張られたバスタブがあった。
スゥッと鼻から息を吸えば、石鹸の香りなのか、ハーブのような爽やかな香りが鼻腔を通る。
壁の上のほうにある窓からは光が入り、その奥には、やはり美しい青空。この場所もまた白が基調となっていて、所々に使われた青系のタイルが清潔感を出している。蛇口やシャワーのレトロ感がいいアクセントとなっていた。
「――ナ? レナ?」
またもやポカンとしてしまっていれば、かけられた声にハッとした。
「大丈夫?」
「あっ、だ、大丈夫です。素敵なお風呂で、ちょっとビックリしただけで……」
「そう? 本当に辛かったらちゃんと言うのよ?」
「ありがとうございます。でも、今は本当に大丈夫です」
私を軽々と抱き上げるシリルさんの腕の中。真剣な顔で私を見つめるシリルさんへそう言って笑顔を見せれば、シリルさんがちょっと諦めた様子で息を一つ吐く。
「ん。わかったわ。じゃあ、えっと……、ああ、ごめんなさい、椅子がないわね。悪いけどここに座っててくれる?」
そう言われて、とりあえずと座らされたのは洗面台の上だった。
「一人暮らしだし、とにかくお店に近ければいいやって思ってここにしたのよ。他の部屋もだけど、家具とか適当に揃えちゃったものばかりなの。あまりごちゃごちゃしたのが好きじゃなくて今はこんな感じだけど、レナはどういうのが好みかしら? もうすこし可愛らしい雰囲気のほうが良かったりする?」
「え、もう、今のままで十分だと思います!」
「あら、無理に言わなくていいのよ?」
「や、だって、本当に可愛くて素敵で……」
シリルさんとそんな会話をする間も、ついキョロキョロと見回してしまう。化粧品と思われる小瓶も高級そうな物が並んでいて、とてもオシャレだ。
「やだ、言い過ぎよ。でも、ふふっ、……すこしは気に入ってもらえたようで良かったわ」
「すこしなんて! 私、この雰囲気、すごい好きです!!」
「ふふふっ。そこまで喜んでもらえると嬉しいわね」
興奮気味に私が答えれば、視界の端からシリルさんの楽しそうな笑い声が聞こえた。
(え、ていうか、シリルさんって一人暮らしだよね?)
座らされた洗面台の上で、自分が住んでいたアパートとのあまりの違いに、ついそんなことを思う。私も一人暮らしをしていたが、浴室だってこんなに広くはなかったし、お恥ずかしい話、こんなにキレイにもしていなかった。
(これが女子力の差ってやつ……?)
そしてその、あまりにもレベルの高い光景に愕然としながらも心ときめかせていれば、シリルさんが何をしているのかを確認することまでは気が回らず、私はちょっと夢中になってしまっていたようだった。
「レナ」
シリルさんの声に顔を上げる。すると、もう間近にシリルさんの瞳が見えていて、私の体を包むブランケットへも手が掛けられていた。
「ッッ」
「……続きは向こうでね」
無意識にブランケットを握り込んだ手は掴まれて、そう囁かれると同時にブランケットが引かれ、ぱさりと音を立てて私の肩から落ちる。
「シリル、さんっ」
なにも纏っていない体がゆっくりと近づいてきて。
抱き上げるように腰と脚に腕が回されて。
耳元でシリルさんの息遣いが聞こえれば、鼻腔に満ちるシリルさんの香りにドキドキして。
「ほら、レナ。……掴まって?」
優しい声に促され、私はその首元へと腕を回す。そして、頭にいい子と褒めるようなキスをされた私は、そのまま再びふわりと抱きかかえられたのだった。
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