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Re-epilogue 下

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【Side マリ】


(ああ、星が綺麗ね……)

 寝室の隅、窓を少しだけ開けて、一人思う。

 見上げた夜空にまたたくのは満天の星。
 はぁ、と息を吐けば白いもやとなり、その月なき空へと溶けてゆく。

 ――皆が寝静まり、世界に唯一人、自分だけが存在しているのではと錯覚してしまいそうになる程、静謐せいひつな夜。

 晩秋の冷たい夜風が頬を撫でた。

「……ふふふっ。ごめんね? でも、こんなに綺麗なのよ。もうちょっとだけ見させて?」

 コポリと音を立てて動く腹部を撫でながら、私は小さな声で言葉をかける。

 気配にさといあの人のことである。早く戻らなければ起こしてしまうだろうなとは思いつつ、今しばらくと、私はその美しい星空を眺めた。







「――マリ?」

「あ……」

 それは、鼻先がすこし冷たくなってきた頃の事だった。
 流れ星の閃光を目にし、ちょっとだけ得した気分になって。もうそろそろと、開けていた窓を閉じようとした時だった。

 小さく名を呼ばれ、次の瞬間には羽織っていたショールの上から更にもこもこのブランケットを巻かれて。背後からふわりと、温かい体温に包まれた。

「……こら。何をしている。体を冷やすような事をあまりするんじゃない」

 耳元で発せられた少し怒った声。それは、今まで寝ていた故だろう、僅かに掠れている。それを聞いて、私は単純に起こしてしまったことを申し訳なく感じた。

「アレク。ごめんなさい、起こしてしまったのね」

 謝れば、キュッと腕が締まった。

「……戻って来ないから、どうかしたのかと思った。……どうした? 眠れないのか?」

「ううん。ただちょっと、おトイレに起きたのよ。すぐにベッドへ戻ろうと思ったのだけど、星が綺麗なのが見えてしまって」

「……なるほど? ……ああ、今日は新月なのか」

「ええ、そうみたいなの。ね? 星がいつもより綺麗でしょう?」

「……ああ、確かに。本当だ……」

 ひと度見入れば、時が経つのも忘れてしまいそうなくらい美しい星空だった。起こして申し訳ないとは思いつつも、一緒に見れたことを嬉しいと思う程の、キラキラと輝く星が美しい夜空。

 手に手を重ね、背をその胸に預けて。
 共に見上げれば、互いの白靄が混ざり合い空へと溶けていくのが見えた。

「「……あっ……」」

 不意に流れた流星の煌めきに、同時に声を上げる。
 手を伸ばせば掴めてしまいそうだったそれに、ふと、私はある事を思い出した。

「……ふふっ」

「ん? どうかした?」

「ううん。……ただちょっと、アルマンが……」

「アルマン?」

「そう。今日、貴方がお散歩に連れて行ってくれたでしょう? 銀杏イチョウを見に行ったって」

「ああ、あれも凄かったよ。本当に」

「ふふふっ。お星様が落ちてきたみたいだったって、教えてくれたのを思い出したの。キラキラがいっぱいだったって、さっき寝る時も言っていたわ」

「ふはっ。そうだったのか」

「ええ。あ、そうよ。そしたら、テオも見たいって言い出してね。でも、テオもアルマンも父様と一緒が良いからって。……じゃあ、今度のお休みの日にみんなで見に行こうって。……ごめんなさい、勝手に約束しちゃったわ」

「ははっ。いいさ、それぐらい。……今度はみんなで行こう。約束だ」

「ふふっ。ありがとう」

 お礼を言えば、アレクが「楽しみにしておくよ」と言って、私の耳にキスをする。

「……マリ、寒くない?」

 ジンと耳に残るは唇の熱。きっと私の耳が冷たくなっているのだろう。その冷たさを確かめるように唇を触れさせながら、アレクが心配そうに聞いてきた。

「……ううん。大丈夫よ。……貴方がいるもの」

 温かいわ、と答えれば、更に頬が寄せられてアレクが私を温めようとする。だが、包み込むように回された腕と背に触れる体温は、温かさと共に安心感を私の身体へと沁み込ませ、先ほどから、体も、心も、十分に温かい。

 ――唯一人と感じた静かな夜も、唯二人と思える穏やかな夜へと。

 いつも私を気遣い護ってくれるアレク。
 その身で。その優しさで。本当にいつも私を大切にしてくれる。

(アレクがいてくれるなら、本当に……)

 この人が側にいてくれるならば、いつ何時なんどき何処どこででも、私は温かい幸せを感じる事ができるだろなと、しみじみ思えた。

「……ねぇ、アレク」

「……ん?」

 この満天に輝く星のように、出逢いというものはいつの世も、どの世界でも、幾千幾万とあるもの。その中で、

「……私、貴方と出逢えてよかった」

 この人と出逢い、再び巡り合い、結ばれた奇跡。それは、何度言葉にしても溢れ出る程に、幸福感となって私の心に満ち満ちる。

「愛してるわ」

 目と目を合わせ、その頬に触れて。
 何度言葉にしても、いくら声に出しても。きっと、この想いが涸れる日は来ないだろう。
 
「私もだよ。マリ、……私も愛してる」

 互いに引き寄せられ、誓い合うように交わす口付け。その後に再び目を合わせれば、その人の瞳には、変わらず、美しいグレーダイヤが輝きを放っていた。


「……そろそろベッドへ戻ろうか。君が眠れないなら話をしてもいいから」

「ふふっ。そうね」

 コポリ、コポコポと音を立て、存在を主張するように動くお腹。
 この子が怒る前にねと私が笑えば、アレクもくすりと笑って。もう一度だけとキスをすると、静かに窓を閉めてくれた。

 





「体勢、キツくない?」

 重ねられたブランケットの下、アレクが私の髪を耳にかけ、様子を伺いながら尋ねてくる。それに対し、今回で三代目となる特注の抱き枕を抱き締めつつ、私は笑顔で頷いた。

 落ち着いたのか、お腹の子の動きも静かだ。
 アレクから優しく頭を撫でられれば、トロリとした眠気が私を誘った。

「眠れそう?」

「ええ、大丈夫よ……」

 答えつつも、もう少しだけアレクと喋っていたくて口を開く。

「……ねぇ、アレク。もうちょっとだけ付き合ってくれる?」

「ん? いいよ?」

「……あのね。今日、私、テオとお昼寝をしてる時に夢を見たのよ」

「へぇ? どんな?」

「それがね、貴方によく似た、グレーの美しい瞳をもつ女の子の夢だったの」

「え、……それって……」

 もしかして? と、アレクが少し嬉しそうな顔をする。

「ふふふ。もちろん、分からないわよ? ……でも、そうね。……私も、かもしれないと思ったわ」

 そう言いながらお腹を撫でれば、子が少し動く。

 ――それは、どこか明るい部屋。ドレッサーの前に二人で座り、小さい女の子の少し赤みの入った黒髪を、お喋りしながら結っている夢だった。

「もうはっきりとは覚えてないけど、とても可愛い子だったわ」

「……ふぅん、なるほど。……娘か……。うん。それはきっと、絶対、可愛いな」

「ふふっ。本当に可愛かったから、きっと貴方、絶対デレデレに甘やかしちゃうわね。そして、……ふふふっ。きっとお嫁に行く時は泣いちゃうんだわ」

 そう言って、揶揄からかい半分、アレクの頭をよしよしと撫でれば、アレクがキュッと唇を尖らせた。

「……っ、変な奴には、絶対に渡さないからな」

 私が認めた奴にしか渡さない。と、のたまうアレク。

「あらっ。まぁっ。……ふふふっ。アレク、大丈夫よ。私たちの子じゃない」

 心配ないわよと言うも、眉まで拗ねたように寄りだす。

「この子だけじゃないわ。アルマンも、テオも、きっと良い人に巡り会うわよ。……私たちみたいに、出逢うべき人に出逢って、運命の恋をして。そしてきっと、ちゃんと幸せになるわ。だから大丈夫よ」

 そう笑顔で伝えながらアレクの眉間に寄った皺へと手を伸ばし、指で押し撫でる。それでも、アレクはその皺を伸ばすことはなく、私をジト目で睨み、口も不満げに尖らせたままだ。

「いやだわ、アレク。やっぱり男の人って、自分の娘がお嫁に行く話は嫌なのかしら?」

 今度はその唇をぷにぷにと押せば更にキュッと眉を寄せ、一瞬だけ、指をパクッと咥えられた。

 その反応にも、つい笑ってしまう。

 おどけたように引き抜いた私の手を、アレクの手が捕まえた。取られたのは左の手。甲のほうから指が絡められ、アレクは私の指輪を眺めながら口を開いた。

「そうだな……。だって、君との間にできた娘だろう? 目に入れても痛くないっていうぐらい可愛がる自信はあるし、自分でも溺愛するだろうなって思うよ。……正直、誰かの嫁にやるなんて話、できれば御免被りたいね」

 そう言ってフゥと息を吐くアレクにクスクスと笑い続けていれば、指が解かれ、「本気で言ってるんだぞ?」と、怖くない怒り顔でキュッと鼻頭を摘まれた。

 指が離されると同時、アレクの纏う空気がふっと緩む。
 笑い続ける私に諦めたのか、アレクもまた、くすりと笑った。

 再びゆっくりと私の頭を撫で出したアレクの手の感触が、再度、私を夢の世界へと誘って。コツリと額を合わされれば、穏やかで楽しい大好きな人との時間もトロリと甘くブランケットの隙間に溶けてゆく。

「ふふっ。……でも、本当に。……この子たちはどんな人と出逢うのかしらね」

 ぼやりとし始めた意識の下、まるで独り言のように呟きつつ、夢で見たあの子と同じ美しいその瞳を見つめ返した時。

「ああ、そうだな。……これからの楽しみだ」
 
 そう言ったアレクの微笑みが、とても柔らかくて、優しくて。

「ずっと一緒に、見守っていこう」

 ちゅっと落とされた額へのキスに目を閉じながら、私を包むその温もりへと、私は全てを委ねたのだった――。
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