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初恋の君 2/5

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【Side マリ】


「「お婆様!!!」」

 王宮の中庭、いつもお茶会をするその場所で、ルイーズ王太后陛下は近衛騎士のラウル様と共に待っておられた。
 そのルイーズ陛下が立ち上がり両手を広げられた瞬間、息子たちが勢いよく駆け出し、その胸へと抱きつく。

「まぁ! アルマン! よく来たわね! テオも! 会いたかったわ!」

 ルイーズ陛下は、普段は王宮の奥で過ごしておられるため中々お会いする機会がない。それでも、たまにお会いするととても甘やかしてくれるため、子どもたちはルイーズ陛下の事が大好きであった。

「ルイーズ陛下。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 私も少し遅れて到着し、ミラを下ろしてカーテシーをとった。

「ほら、みんな。お婆様に挨拶をしましょう?」

「はい、母様。ほら。テオ、ミラ、こっちにおいで」

 続けて私が促せば、すぐにアルマンが長男としての動きを見せる。

「えっと、お婆様! 本日はお招きいただき、ありがとうございます!!」

 アルマンの言葉に合わせ、頭を下げるテオ。先ほどの様子からミラが少し心配ではあったが、一緒に、兄に合わせてぴょこりと頭を下げた。

「まぁぁ! きちんと挨拶ができて偉いわねぇ! お婆ちゃまは嬉しいわ! でも、他の者はいないのだし、せっかくのお祭りの日なのよ。これ以上の堅苦しい事は止めにして、今日はただの孫が可愛いお婆ちゃまでいさせてちょうだいな」

「「はい! お婆様!」」

「ほほほ。元気のいい事ね。ああっ、本当にみんな可愛いわ」

 9才のアルマン、6才のテオ、3才のミラに、10才のフェラン殿下。わちゃわちゃと小さい孫たちに囲まれハグをし合っているルイーズ陛下は、本当に嬉しそうだ。

「マリー」

 その子どもたちと陛下の様子を笑顔で眺めていれば、声がかけられた。リュカ殿下である。

「こちらにどうぞ」
 
「まぁ、すみません。ありがとうございます」

 15才のリュカ殿下は、さすがにもうあの輪に入る歳ではないといったところだろうか、一人離れ、私を席に誘導してくれた。

「ふふふっ」

「どうしたの?」

「いえ。少し前まで殿下もあの中に混じっておられたのにと、すこし懐かしくなっただけですわ」

「あー、ははっ。さすがに15ともなればね」

 そう言って、恥ずかしげにすこし眉を寄せて苦笑する殿下は、背もすっかり高くなり、体つきも大人のものへと変わりつつあるようだった。いつの間にか声も低めの落ち着いたものへと変わられている。年齢の割に大人びた印象を受けるのは、その纏う空気の柔らかさ故だろう。

「マリーはワインを飲むよね? 今年のワインはとびきり美味しくできたみたいだよ」

「そうなんですか? ふふっ。ありがとうございます」

 毎年のことではあるが。こうやって席につくと、せっかくのお祭りなのだからと、ワインや葡萄ジュース、ベーコン、ウィンナー、チーズ、その他お菓子などが運ばれきて、あっという間にテーブルの上はいっぱいになる。
 殿下の指示で私にはワインが給仕されて、子どもたちは子どもたちで、ナタリーやルイーズ陛下の手を借りながら思い思いにジュースを飲んだりしている。

「……どうかな?」

 ワインを一口含めば、殿下が上目遣いで聞いてきた。

「ええ! とても美味しいですわ!」

「それは良かった」

 フルーティーでさっぱりとした味わいのワインに舌鼓を打ちつつ、その満足そうな笑顔に少し魅入ってしまう。

(……さすが、人気の王子様ね……)

 そしてそう思いながら、私はふと、先程の事を思い出した。

 王族の血を濃く継ぐ証の黒髪。それを艶やかになびかせ、イネス様と同じタレ目がちな紫の瞳に、女性をとろかすような甘さを含ませている。そんな美形王子のにこやかな笑顔は、老若問わず巷の女性たちのハートを鷲掴みにしているらしい。出迎えて下さった時の殿下に向けられた黄色い声は本当に凄まじかった。

(ミラに手を広げた時は特に凄かったから、ミラはそれを怖がってしまったのかも……)

 今はすっかりいつもの調子に戻り、ルイーズ陛下の膝の上で葡萄ジュースを飲んでいる娘に視線を向けながら、私はそう結論付けると、フッと息を吐く。

(それにしても……)

 美形が揃っているなぁと、改めて思った。

 ルイーズ陛下は他国出身ということもあり黒髪ではない。しかし、白い髪が混じっていても未だ美しいダークブロンドの髪をピッチリ結え、テオたちと同じ深いブルーの瞳がとても美しい方である。
 マティス国王陛下もアレクも、それぞれに惚れ惚れするような美しさを容姿に持っていて、イネス王妃陛下だってとびきりの美人だ。
 そして、横に座ったリュカ殿下を含め、子どもたちも皆、とても将来が楽しみな容姿をしている。

「ああ、そうだ、マリー。突然で悪いのだが、今度、ダンスの練習に付き合ってくれないだろうか」

 眼福だな、などと思いつつ眺めていると、不意にリュカ殿下からそう言われてキョトリとした。

「ダンスですか? ええ。私で宜しければ……」

「ほ、本当か? やった!! ずっとマリーと踊りたいと思っていたのだ!」

 私の答えに思いの外喜んでもらえて、更に驚く。

(考えてみれば、私、ユーゴやアレク以外とダンスを踊ったことはないのだわ……)

 アレクに合わせて舞踏会にあまり参加しないのもあるだろうが、実のところ、参加してもアレク以外からダンスに誘われないのだ。一応、ダンスの腕前はそれなりにあると自負してはいるし、容姿も、平均以上ではあると思ってはいるのだが……。

「殿下は物好きでらっしゃいますね。私と踊りたいなんて」

「ん? 何故そんな事を言う?」

「アレクが離してくれないというのもあるでしょうけれど。お恥ずかしい話、私、一度もアレク以外の男性からダンスに誘われた事がないんですよ?」

「えっ?!」

「ふふっ。私ももう三人の子どもがいますし、年齢も若くないですからいいのですけれどね。わざわざ私に頼まなくとも、殿下が望めば、是非相手にと名乗りを上げる女性は沢山いると思うのですが……」

「マリー、何を言う?! まさか貴女は、自分が社交界で何と呼ばれているのか知らな…「「母様!!!」」

 何故かとても驚いた様子で殿下が話をされる途中、アルマンとテオに呼ばれて慌ててしまう。

「まぁっ、アルマン、テオ。殿下のお話を遮っては駄目でしょう?」

「っ、……いや、マリー、私は大丈夫だ」

「ですが……」

「大丈夫だから、二人の話を聞いてやってくれ」

「あら、では、すみません。……なぁに? アルマン、テオ」

「ごめんなさい、お母様! でも、あの、お祭り! 見て来てもいいですか?!」
「あのね! ラウルもついて来てくれるって!!」

 私のドレスを握りそう話す二人のその言葉に視線を上げれば、ガッチリとフェラン殿下に手を握られたラウル様の姿と、ガッチリとルイーズ陛下に抱っこされたミラの姿があった。
 私とリュカ殿下が話をしている間に、どうやらミラはそのまま残ってルイーズ陛下と遊び、男の子三人はラウル様と一緒に会場を回ることで話がまとまったようだった。

「ええ、いいわよ。はぐれないように気をつけてね?」

「「はーーい!!」」

 私が声をかけると、ラウル様を中心に、フェラン殿下と共に四人で手を繋ぎ、他にも騎士数名を連れて子どもたちが駆けていく。ラウル様が慌てた様子で振り向き軽く頭を下げたのに、私は苦笑しながら手を振り応えた。

「……ラウル様は男の子に人気ですね」

「ははは。まぁ、滅多に会わないしな」

 前国王陛下専属近衛騎士だったラウル様は、今はルイーズ王太后陛下の近衛騎士をされている。
 既に老齢といっていい歳である筈だが、まだ身のこなしもしっかりとされていて、アレクの話によると、まだまだ十分にお強いのだそうだ。
 ルイーズ陛下と同様、中々お会いできないレア感が子ども心をくすぐるのだろう。アレクたちとはまた違った渋い雰囲気の格好良さにも小さいナイトたちは憧れを抱くのかもしれない。
 ラウル様は、アルマンやテオ、フェラン殿下たちから、それはそれは懐かれていた。

「ふふふっ」

「……なに?」

「ふふっ、いいえ」

 前までは、それこそリュカ殿下がラウル様の手を引いて駆けていらっしゃったなと思い出し、私は再び懐かしさで笑ってしまったのだった。
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