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初恋の君 1/5

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【Side マリ】


「ああ、ナタリー。テオは僕と行くよ。……ほら、テオ、おいで。手を繋がないとはぐれそうだ」

「はーい」

母様かぁさま……」

「ミラ、大丈夫よ。ミラは母様と行きましょうね」

 馬車から降り、私に向け精一杯手を伸ばす娘を抱き上げる。

(……毎年の事だけれど、すごい賑わいだわ……)

 視界を上げたその先には、沢山の人で溢れる城が見えた。


 今日は、王国の各地で収穫祭が行われる日だ。

 季節は秋本番。ワインの新酒の試飲会や、ベーコンといった冬の保存食となる食べ物の試食・販売会、無事に収穫できた穀物や野菜の販売など。まるで市場が移動してきたかのようにありとあらゆる店が出店を構え、街道を埋め尽くしている。そして王家もまた、所有の畑で獲れたブドウを使用したワインを振舞うため、城の一部を解放して会場を設けているのだ。
 社交シーズンも終わりを告げて貴族たちも自領へと戻っている。今日を合わせてのここ数日は、各領地にある街でも、街道に出店が軒を連ねて賑わいを見せている事だろう。

(ミラは、……なんとか大丈夫そうね)

 自分の腕に抱かれている愛娘へと視線を戻す。若干不安そうな表情はしているが、泣き出すことはなさそうだと安堵した。

 娘のミラは3才で、私の髪色に近い赤みがかった黒髪に、アレクと同じ美しいグレーの瞳を持つウチの末っ子長女である。その幼子特有の丸い頬は抜群に可愛く、現在、屋敷中の人間からの愛を欲しいままにしている存在だ。

 今まで屋敷の外に出ること自体があまりなく、当然、ここまで多くの人を見るのも初めてとなる。そのため、びっくりして泣いてしまうのではないかと心配していたが、杞憂に終わりそうだと安堵する。子どもの世話係をしているメイドのナタリーとも目を合わせ、私たちは互いにホッとした笑みを漏らした。

(アルマンとテオも大丈夫そう)

 長男であるアルマンと次男のテオは、早いもので9才と6才になった。二人ともサラサラとした青みの強い黒髪をもち、アルマンは私の母や弟のユーゴと同じ若草色の瞳、テオは祖母となるルイーズ王太后陛下と同じ、深海のような深いブルーの瞳をしている。
 アルマンとテオはそれぞれが3才の時から祭りに来ているため、この人混みにも大分慣れてきているようだ。

「――アルマン! テオ!!」

 さて中に入らなければと思ったところで、不意に、息子たちの名を呼ぶ声が聞こえた。

「「母様! 殿下たちだ!!」」

 アルマンとテオの顔が同時にパッと輝き私を見上げる。

 視線を前へと移せば、ザザザッとすごい勢いで人波が割れていく。その間を、共の騎士と一緒に駆けてくるフェラン第二王子殿下、その後ろを、これまた騎士を数名連れたリュカ第一王子殿下がゆっくりと歩いてくるのが見えた。

「アルマン! テオ!!」

「フェラン!!」

 数日ぶりの従兄弟いとこ同士の再会。

(ふふふ。相変わらず仲が良いのね)

 笑い合いハグで挨拶を交わす三人を見て、私も思わず笑みを零した。

 フェラン第二王子殿下は10才となられた。
 三人とも同じ黒髪を持っている上、殿下とアルマンは歳が近く、テオとは同じ深いブルーの瞳を持っている。また、血縁としての親近感もあるのだろう、三人でとても仲が良く、よく王宮とウチの屋敷を行き来し遊んでいる。
 今日も一緒に会場を回ろうと話をしたのだと、来る途中の馬車の中で聞いたところだ。そして早くも、どこを回ろうか何を食べようかと三人で盛り上がり始めていた。

「ガルシア大公夫人!」

 今度は私が呼ばれ、その声に視線を向ければ、そこにはリュカ殿下の姿があった。

(ふふふっ。リュカ殿下もお会いする度に凛々しくなられるわ)

 15才となられたリュカ殿下は、周りの視線に臆する事なく堂々とした様子でその場に立っておられる。
 その姿は既に人の上に立つ器の片鱗を見せ始めていて、幼い頃からお付き合いをさせていただいている私としては、自分の子どもたちと同様にその成長を嬉しく感じる。

「ガルシア大公夫人、よく来た」

「はい、リュカ第一王子殿下。この度はお招きいただき、ありがとうございます」

「いや、礼を言いたいのはこちらだ。忙しい時期なのに来てくれてありがとう」

「ふふふっ。毎年の恒例行事ですもの。子どもたちもとても楽しみにしているんです」

「ははっ、そう言ってもらえると助かるよ」

 毎年この祭りに合わせ、私たちは王宮に招待される。
 アレクは仕事、マティス国王陛下とイネス王妃陛下は祭りの執り行いで不在な中、ルイーズ王太后陛下が孫たちに会いたいからと私と子どもたちを招待してくださるのだ。

 今年はミラも連れて登城できそうですと返事をしていたため、首を長くしてお待ちなのだろう。殿下たちがわざわざ城の門まで出迎えに来てくださったのは初めての事だった。

「ミラ、リュカ殿下よ。ご挨拶は?」

「ミラ~、リュカ兄だよ~? …………ミラ~?」

 たまにしか会わないとはいえ、ミラは兄二人と同じくらいリュカ殿下の事が好きである。いつもならばリュカ殿下が笑顔で手を広げればすぐに抱っこされにいくのだが、今日は珍しく私にしがみついたままだった。

「あら……、やっぱり人が多いからかしら? ミラ? ミラの大好きなリュカ兄様よ?」

 私がそう声をかけてもミラは私の胸に顔を埋めるばかりで動こうとしない。

「私は……、ミラに……嫌われたのだろうか……?」

 中々にショックを受けられたご様子の殿下。
 それに対して慌てて私は口を開く。

「えっ。だ、大丈夫ですわ。きっと、人が多くて戸惑っているのです! ねぇ?! ナタリー?!」

 ナタリーに同意を求めれば、彼女も勢いよく首を縦に振った。
 
「そうだろうか……? それだけならいいのだが……。えっと、では、とりあえず中へ入ろう。ああ、そうそう。お婆様がまだかまだかと朝から煩いんだ」

「あらまぁ! ええ、ええ。そういたしましょう! アルマン、テオ。殿下も。行きますよ」

 やはりというか何というか。
 まだ少し悲しげな表情でそう言った殿下の言葉に内心で苦笑をしながら、とりあえずと、私たちは子どもたちに声をかけ共に歩き出したのだった。
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