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"……今夜は…………" 1/3 微※

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▶︎『極上の華は地雷の上で咲き誇る』のその後。
▶︎※注意・自慰表現があります※


【Side アレク】


「おかえりなさいませ、旦那様」

「ああ、ジル。……マリは?」

「先ほど、寝室の明かりが落とされたようだと報告がありました」

「……そうか」

 ジルの言葉に、私は騎士服の首元をくつろげながらフッと落胆らくたんの息を漏らす。

「……旦那様」

「なんだ?」

「昼間の資料の件です。……申し訳ありませんでした。もちろん皆でお止めして、屋敷の誰かが行くからとお伝えもしたのですが、久しぶりに、こう……、なんと申し上げましょうか……」

「ああ、いい。気にするな。……上目遣いでねだられたのだろう?」

「ええ、はい……」

「ははっ。あれには私も弱いからな。お前たちがつい許可してしまったのも分かるよ」

 そう言いながら項垂うなだれるジルの肩を軽く叩けば、「奥様のあれには勝てません……」と、ジルが小さく呟いた。


 今日の昼間、私の仕事場である騎士団にマリが来た。
 私が忘れた資料を届けてもらおうと屋敷に手紙を出したら、マリが届けに来たのだ。

 ジルではないにしても、屋敷の誰か他の者、マリではない誰かが持ってくるだろうと思っていたので驚いた。
 というのも、ジルやサラ、ソフィらに、「マリが騎士団へ来る事などないように」と前々から言いつけていたためである。
 マリが、あの、女性との出会いに飢えているヤツも混ざる男で溢れた騎士団へと来ることは、決してあってはならないことだと思った上での指示だった。

 そのため、顔を赤くした部下から「奥様がいらっしゃっています」との報せを受けた時には、最初は何を言っているのかすら分からなくて。そして段々と意味が分かってくれば、今度は、何故許可したのかという軽い怒りすら覚えた。

 しかし、まぁ、慌てて駆けつけた先の応接室。
 自分もマリから上目遣いをされて簡単に理性が消し飛びかけた事から、ジルたちばかりを責める事はできないなと思い直したものだった。

 基本的にマリには激甘な皆の事である。普段あまり我儘ワガママを言わないマリから、少し眉を寄せつつ「お願い」などと言われてあらがえる者など、この屋敷にはもう残っていないということなのだろう。


(それにしても、早く帰るつもりが遅くなってしまったな……)

 夕食はいらないと伝えていたのでジルも早々に下がらせた。

 一人私室へと足を進めながらそう思えば、タメ息が出る。

 マリを帰らせた時点でいえば、十分に早く帰れる量の仕事ではあった。なので私としては、さっさと片付けて屋敷へ帰り、じっくりとマリを可愛がる予定だったのだ。

 それなのに……、という話である。

 久しぶりに訓練場でオスカーや部下相手に汗を流していれば、城を抜け出してきたのか、供もつけていない状態の兄が現れた。

 その、視界の端に黒髪が見えた瞬間の嫌な予感は凄まじく。嫌々ながらも出迎えれば、案の定、ニッコニコの兄から「相手をしろ」と言われてしまって。国王でもある兄を無碍むげにする訳にもいかず、『迎え(という名の捜索隊)が来るまで』との約束で、これまた久々に兄との手合わせをした。
 
 ちなみにではあるが、兄は強い。

 さすがに騎士団の団長をしている私が負けることはなくなったが、それでも、一瞬たりとも気を抜けない相手である事に変わりはない。故に、四半刻ほどの軽い手合わせの中、いい緊張感を持って剣を振るう事ができ、若干の腹立たしさは感じたものの、私も楽しませてもらった。

 まぁ、そこまでは良かったのだ。

 国王と騎士団団長との手合わせなど、中々にレアなものを部下たちに見せてやれた訳だし、それでなくても、良い内容のものを見せてやれたと思う。実際、部下たちも喜んでいたようだったし、それに関しては兄に感謝もした。
 
 だが、問題はその後だった。

 それは、王宮からの迎えにより、兄が連行されるように帰って行く途中のこと。「久々にいい運動になった礼だ」と、そう言って、「金はどうにかするから、たまには皆で飲みに行ってこい」と、笑顔で言い放ってくれやがったのである。

 ……後はもうお察しだろう。

 オスカーも含めた既にテンションが上がりきっていた部下たちは、それはもうノリノリでその話に食い付いて。一行が見えなくなった後は、唖然としてしまうほどの早さと団結力でもって、参加者の取りまとめや店の手配などを終わらせてしまった。

 そんな中で私が一人帰る訳にもいかず……。というか、イイ笑顔をしたオスカーや部下たちに捕まり、これまた連行されるように街に連れ出されてしまったのだ。


(……やはり寝てしまっているか……)

 私室から寝室へと続く扉を細く開け、息をひそめて中を覗く。
 視線の先では、ベッドサイドのライトだけが僅かに光を放つ空間の中、マリがこちらに背を向けた状態でベッドに入っていた。
 
「ハァ……」

 オスカーたちの手から逃げられないと判断した時点で、屋敷やマリ宛には手紙を出していた。その為、帰り着く頃には寝てしまっているだろうなと予想もしていたのだが……。
 正直なところ、抱く気満々だった私としては残念以外の何ものでもなく、落胆の息が止められない。

 もちろん、部下たちと仕事場以外で交流を持つのは嫌ではないし、オスカーとワイワイ言いながら呑むのも楽しいとは思うが、それとコレとは別なのだ。

(とりあえずはシャワーを浴びよう……)

 それでもそう思い直し、マリを起こさないよう静かに扉を閉めてからもう一つ息を吐き出すと、私は浴室に移動をして服を脱いだ。

 髪を洗い、体を洗い、全身の泡を全て流して。そして、シャワーの湯を少し低めの温度にして頭から浴びる。

 ゆっくりと目を閉じて。息を吐き出して。

 そんな中でふと私が思い出したのは、愛しい妻の、肌の柔さ。

 程よく体を巡るアルコール。
 僅かに引きずり残る、手合わせ後の高揚感。

 瞼の裏には昼間のマリの姿が映し出されて。
 その潤んだ瞳に誘われるまま、私がソレへと手を伸ばしてしまうのは、最早、自然の流れだった。

「………っ、…………はっ、ぁ」

 シャワーの水音しかしていない筈なのに。
 耳奥に響くのは、マリが私を呼ぶ、脳が溶けそうになる程の甘い声。

 初めて共に過ごしたあの夜から数えきれないほど彼女を抱いて。
 抱く程に彼女に溺れていく自分を自覚していて。

「ぅ、ぁ、……っ、……マリ、マリ……」

 これが私しか知らない痴態だと思えば。
 これが私しか知らない嬌声だと思えば。
 脳内で彼女を犯すだけで、体を伝うぬるい湯にすら快感をおぼえた。


「…………はっ、……く……ッッぅ!! …………っ、はぁ、……はっ……」

 息を詰めた瞬間の、どぷり、と手中に吐き出された熱。それをそのままシャワーで流す。

(……吐き出せば治まるかと思ったが、……余計に抱きたくなってしまったな……)

 それでも尚、零れるのは情欲のタメ息で。
 シャワーを止めて、タオルで体を拭きつつも頭を占めるのはそのことばかり。

 季節は秋口。
 マリと肌を合わせているだけでも心地よい季節だ。

 その為、最近では下着にガウンを羽織っただけの状態でベッドに入るのだが。用意されていた下着を履き、ガウンを羽織り、髪に残った水分をタオルで乾かす最中も、胸中に燻る火が中々消えず、もう何度目かのタメ息を私は吐く。

(起こしたくはないんだが……)

 愛しい人の眠りを邪魔したくない気持ちと、無理矢理にでも起こして貪りたい気持ちとがジレンマになり、頭を悩ます。

(まぁ、かと言ってこの場で悩んでいたところでらちは明かないし。……出るか)

 髪もすっかり乾き、歯も磨き終わってしまった今。このままここに居たとて燻りが消えることはないだろう。
 
 ――それに、もしかしたら。

 そう。可能性は低いが、もしかしたらマリは横になっているだけで眠ってはいないかもしれない。

(もし、本当に眠っていないなら……)

 そう、思って。

 私は、寝室へと繋がる扉へと静かに手を伸ばした。

 





 ベッドへと近付くも、期待虚しくマリは無反応だった。
 こちらに背を向けているので寝顔までは見えないが、起きているならこちらを向き、声をかけてくるだろう。

(仕方ない。今夜は大人しく寝るしかないな……)

 サイドに置いてあった水差しからグラスへと水を注ぎ、喉を潤しつつ、名残惜しさも感じながら私はその結論を出す。

 そしてそのグラスをも置き、ブランケットへ手を掛けて、マリの横に己の体を滑り込ませようとしたその瞬間のこと。

(……ん?)

 私はその違和感にすぐに気付き、堪らず、喉を鳴らした。

(……もしかして……)

「……マリ? ……起きてる?」

 いつもなら、着心地の良いお気に入りのネグリジェを着て眠りにつくマリ。そのマリが、いつもとは違う、いや、ある意味いつも通りのネグリジェを着ている。

 ――薄生地に透ける肌と、疼く芯。

 僅かに覗く耳を赤く色付かせ、私の声にピクリと震えたマリの反応を、期待で飢えた私が見逃すことなど出来はしなかった。
 
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