【R18・番外編】来世でも一緒に

二人のその後 - アレク＊マリ

【Side マリ】


　ふと、頬に柔らかいふわふわとした物が擦り寄せられてるのを感じた。

（……ん？　……ああ。きっと、シピだわ）

「あっ、こら、シピ。母様が起きちゃうじゃないか。……ああー……」

　その感触と不意に聞こえた声に目を開ければ、若草色の大きな瞳と目が合った。

「……アルマン」

　気まずそうな表情をしたその子を慰めるため、名前を呼び、手を伸ばす。頭を撫でれば、子ども特有のサラサラと柔らかい髪が手に触れて気持ちいい。

　その色は愛しい人と同じ、黒。

「……ごめんなさい、母様。起こしちゃった」

「ふふ。いいのよ。私こそ、いつの間にか寝てしまったのね」

　寝室のソファでゆっくりしていたら、そのまま寝てしまったようである。体にはブランケットが掛けられていた。

「父様とテオは？」

「ユーゴおじ様と向こうでお話してる」

「そう。もうユーゴも来ているのね」

　――季節は秋へと移ろうとしている。

　先日の遊びに来た際、そろそろ領地へ帰ると言っていた。その前にはちゃんと挨拶に来るとも。ちなみに、父と母はどうしても外せない予定があるからと、既に領地へと戻っている筈である。

　身体を大事にね。と、笑顔で私のお腹を撫でた両親を思い出していれば、手に、ふと、アルマンの温かい手が触れた。視線を移せば、アルマンがどこかモジモジとした様子で私を見上げている。

「……ね、母様。ボクもすこしここで寝てもいい？」

　その口から出たのは、可愛い息子からの久しぶりのお願いだった。

「ふふっ。いいわよ。……いらっしゃい」

　体をズラしてブランケットを持ち上げれば、まだまだ小さいその体を滑り込ませてくる。タイミングを計っていたのだろう、黒猫のシピも入ってきた。

（ふふふっ。……可愛い……）

　ブランケットを掛け、柔らかい黒髪と、ふわふわとした黒い毛を撫でる。

　アルマンは５才の男の子だ。
　私とアレクの間にできた子で、王族の血を引くためか、漆黒の髪をもち、瞳は私の母と同じ若草色をしている。もう少し小さい頃は私に似ていると言われていたが、弟のテオが産まれてからはお兄さんの顔付きになり凛々しさが出てきたので、段々とアレクに似てきたなと感じていた。
　我が息子ながら将来は絶対美形だなと思うと、すこしニマニマしてしまう。

　それにしても、テオが２才でまだまだ手が掛かる上に、お腹の中には第三子がいて。幸いなことに悪阻つわりは軽い体質なのだが、その分眠気が酷く、その為、最近はアルマンとの時間が減ってしまっているなとは思っていた。

　頭を撫で額にキスをすれば、すこし驚いた顔をして、ふにゃりと笑うアルマン。その、アレクに似た容姿で、弟に似た表情をする息子が可笑しくて、愛しくて。私たちはしばらく、二人でブランケットに包まれながら笑い合った。



　＊



　シピを抱き上げアルマンと手を繋ぎ、アルマンの話を聞きながらゆっくり廊下を歩いて客室の扉の前まで来た。

　アルマンが扉をノックすれば、しばらくしてアレクが顔を見せる。

「マリ。……起きたの？　体調は？」

　ふわりと微笑みながらシピを私から受け取り、中へと入れてくれた。

「体調は大丈夫よ。……ふふっ。寝過ぎってシピに起こされちゃったわ」

「そうだったのか。……ダメじゃないか、シピ。」

　アレクがそう言うと、シピは「ニャァン」と一声鳴いてアレクの腕から降り、助けを求めるようにアルマンの足へ擦り寄った。

「まったく」

　シピのその様子を見てアレクがフッと息を吐く。

「……アルマン、ありがとうな。母様を呼んできてくれて」

　その後、優しい声でそう言いながら、シピを抱き上げたアルマンの頭を撫でれば、アルマンが嬉しそうに笑った。


「姉上」

　その二人の様子を見ていると、不意に聞こえた私を呼ぶ声。
　振り向くと、テオにしがみ付かれているユーゴがいた。よくよく見てみれば、テオはその体勢のまま眠ってしまっているようである。

「ユーゴ。ごめんなさい、テオが寝てしまったのね」

「ええ、先ほど。……あ、大丈夫ですよ」

　そのテオを受け取ろうとすると、止められた。

「姉上は身重なんですから。私が寝かせてきます」

「そう？　……じゃあ、お願いしようかしら」

「では、先に寝かせてこようかな。挨拶はまた後でさせて下さい。……アルマン、案内してくれるかい？」

「はいっ」

　ユーゴが声を掛ければ、アルマンが元気良く返事をした。
　テオを抱えアルマンと手を繋いで、ユーゴが部屋から出て行く。アルマンに懐いているシピも一緒に行ってしまった。

　それを見送っていると、背後からアレクの腕が伸びてきて、ふわりと私を囲う。頭にキスをされている感触がくすぐったくて、嬉しくて。私はすこし体重をかけ、その胸に背中を預けた。

「……本当に体調は大丈夫？　横になっていなくていいかい？」

「ええ。大丈夫よ。横になっているばかりなのもダメだって言われてるのも、知ってるでしょう？」

「そうだけど……」

　でも……、と言いかける途中に私が振り仰げば、すぐに「分かったよ」と言うアレク。でも、その瞳はまだどこか心配そうで、くすっと笑ってしまえば額にキスをされた。

「……それにしても、アルマンもテオも、ユーゴに懐いているな」

「ふふふっ。ユーゴは今まで自分が一番下だったから、甥っ子ができて嬉しいみたい。時間を見付けては会いに来てくれて遊んでくれるのよ。私も今ははしゃいで遊ぶ事ができないから助かっているわ」

「そうか。……なら、ユーゴが領地に行っている間は私が頑張らなくてはね」

「ふふっ。でも、あまり無理はしないでね。ジルだって結構子どもの相手が上手いのよ」

「……父親として、ジルには負けたくないところだな」

「まぁ。……大丈夫よ？　テオはまだ私の手が必要だとしても、アルマンは本当に貴方の事が大好きなんだから。さっきもここへ来る途中ずっと、父様は本当にカッコイイって話をしていたわ」

「……本当に？」

「ええ、本当に。以前、屋敷で父とユーゴと手合わせをしていたでしょう？　あれを見た日から凄いんだから」

「ああ、あの後にアルマンから稽古をせがまれるようにはなったが……。そうだったのか？　私には全然……」

「あら。直接言うのは照れくさいのかしら？　……可愛いのよ？　耳と頬っぺた真っ赤にしてね、父様がああで、お爺様がこうで、ユーゴおじ様がって、身ぶり手振りを付けて一生懸命あの日の事を説明してくれるの。私も一緒に見ていたのにね。そして最後には、貴方のカッコイイところを目をキラキラさせて話すのよ」

「……知らなかった」

「今度時間があったら稽古以外での二人の時間を作ってくれる？　テオが産まれてからは、あの子の甘える時間が減ってしまっているから」

「ああ。そうしよう。では、……今はマリとの時間だな」

　アレクの腕がキュッと締まった。

「二人ではないけれどね……」

　アレクの言葉にお腹を撫でながらそう返せば、アレクがフッと笑う。

「……次は男の子だろうか。女の子だろうか」

「ふふっ。どちらかしらね。……でも、貴方との子どもだもの。どちらでもまたきっと可愛いわ」

「それもそうだな。…………マリ」

「……なぁに？」

　名前を呼ばれて向かい合うと、目元をほんのり染めた愛しい人の顔が近付いてきて。

「愛してる」

　ふわりと微笑みながらそう言われれば、キュンとした。

「どうしたの急に。……でも、嬉しい。私も愛してるわ」

　愛しい人の腕の中にいて、私の中にはその人との子どもがいる。

　その事実のなんと幸せな事か。

「……これからもよろしくお願いしますね」

　あまりの多幸感に涙が出そうになりながらもそう言えば、「もちろんだ」との言葉とともにキスが降ってきて。

　そして。
　アレクとの優しいキスは、ユーゴとアルマンが戻ってくるまで続いたのだった。