上 下
58 / 61

第56話 街デート 3/3

しおりを挟む
【Side アレクサンドル】


 マリーと指を絡めて手を握り、マルシェに向かって並んで歩く途中、なんとなく鼻歌すら歌ってしまいそうで、我ながら浮かれているなと思った。

 マリーが二人で出かける事を楽しみにしてくれていたことが嬉しかった。
 指輪を喜んでくれたことが嬉しかった。
 街へ来る途中の馬車の中で、私から言い出した事ではあったのだが、私の事をアレクと呼び、いつもより親しげに話しかけてくれるのが嬉しかった。

 あと数日で、私の妻になるということが嬉しかった。

 はしゃいでいるなと思いつつもその気持ちは止められなくて、とりあえずこの手を離さないようにしようとだけ、少し気持ちを引き締めた。


「さあ、マリー。ここが王都で一番大きなマルシェだよ」

 そう言って隣を見れば、瞳をキラキラさせたマリーと目が合った。

 マルシェには沢山の店が出ていた。
 新鮮な野菜や果物だけでなく、魚、肉、チーズ、ジャム、香辛料。歩きながら食べれるようなパンにサンドイッチ、お菓子、スイーツに、ワインなどのお酒を売る店。あとは花屋なんかもあり、店の数に比例するように人の数も多かった。

「迷子にならないようにね」

 そう言ってマリーに笑いかければ、仕返しとばかりに繋いでいた手を持ち上げられて、「じゃあ、離さないでね」と手の甲にキスをされた。



 *



「ほしいものがあれば言ってごらん。買って帰ってもいいし、持ちきれなさそうなら屋敷まで届けてもらうよう頼むから」

「はい! ふふふっ! でも、こんなに沢山のお店、見てるだけでも十分楽しいわ!」

「そう? それならいいけど」

 マリーはメイドたちだけでなくコックのポールとも仲が良いらしい。たまに屋敷へ届く食材を見せてもらったりしているのだそうだ。
 キラキラした目で野菜や果物を見ながら、ポールの家族の話をするマリーが可愛いかった。

「あ! ジャムだわ! 見ていい?」

「もちろん」

「すごい! いろんな種類のジャムがある! ハチミツもあるのね!」

「ああ、本当だ。見た目も可愛いね」

 パンが置いてある店の一角に、小ぶりな瓶に詰められた色とりどりのジャムやハチミツが並べてあって、マリーが、一つ二つと手に取って見ている。

「……ジャム、好きなの?」

「ん? ええ、好きよ。私、特にマーマレードが好きでね、よくポールにリクエストするの。だけど、マーマレードって作るのが大変で。だから、サラにも手伝ってもらってみんなで一緒に作ったりするのよ」

「へぇ! 楽しそうだね」

「ふふふっ。出来たてがまた美味しくてね。味見って言って熱々をパンに付けて食べるのがまた楽し、……あら? アレク見て! すごい! バラのジャムですって! どんな味なのかしら?」

「……買って帰る?」

「いいの?」

「もちろん。その代わり、……味見する時は私も呼んで?」

 私もマリーと味見会をしたいなと思ってそう提案する。
 ジャムを見ながら楽しそうに話すマリーを見て、ちょっとポールとサラが羨ましくなってしまったのだ。

 もちろん! と、笑顔で答えるマリーが、また可愛かった。

「そうだな……。せっかくだし、マーマレードと、珍しいジャムがあればそれも買って帰ろうか」

「本当? まぁ! どれにしようかしら!」

 マリーの手にもすっぽり収まる大きさである。
 いくつか買っても大した荷物にはならないだろうと話をしながら、マリーと共に選んでいって。最終的に、バラのジャム、マーマレード、トマトのジャムとハチミツを一つ買うことにした。

 そしてそれを代金と共に店員に渡し、袋に入れてもらうのを待っていた時のこと。

 ――少し離れた場所から、何かが派手に壊れる音がした。

(……こんな昼間から酔っ払いの喧嘩か?)

 音のしたほうに視線を移せば、酒を扱っている店があって。
 男の怒鳴り合う声や野次を飛ばす声、女の叫び声に、何かが割れる音などが聞こえた。「騎士団呼べ!」と叫ぶ声も聞こえたし、人が走って行ったのも見えたので、待てば第二か、タイミングが合えば巡回中の第一も来るだろうが……。

(……行くしかないか)

 喧嘩をしている当人たちはどうでもいいが、周りにケガ人が出てはいけないだろう。

「マリー、酔っ払いの喧嘩のようだ。……ちょっと行って止めてくる」

 そう声をかけてから、その場を離れようとした瞬間。

「……大丈夫よね?」

 私の服をキュッと掴むマリーの顔色があまりにも悪く、戸惑った。

(ずっと屋敷にいたし、男の怒号や女の叫び声が飛び交う場面に出会でくわすのは、初めてなのかもしれないな)

 正直一人にしたくはないが、連れて行くのも危ないだろう。

「大丈夫だ。すぐに戻る」

 私は軽くその額へとキスを落とすと、彼女をその場に残し、くだんの店へと足早に歩き出した。



 *



 店の近くまで来ると、野次馬の間から、やはり顔を赤くて掴み合いの喧嘩をしている男が二人と、周りでグラスを片手に野次を飛ばしている男たちが見えた。

「……ハァ」

 マリーとの楽しい時間に水を刺された苛立ちを、タメ息をついて抑える。側まで行き、私は野次馬の中の一人の男に声をかけた。

「おい。これは何の騒ぎだ?」

「ん?? いやー、オレもよく知らねーんだけど、なんか飲みながら腕相撲かなんかしてたらヒートアップしちまったらしくてな。喧嘩になっちまったらしいぜ」

「……なるほど、迷惑な。誰も止めないのか?」

「ははは、無理だろ。当人さんたちのガタイが良すぎる。ま、今さっき誰かが騎士団呼びに行ったみたいだし、大丈夫じゃねーかな」

 男とそう話している間にも、喧嘩している二人が殴り合いを始めてしまった。

「……ハァ……、やはり私が止めるしかないか……」

「え? 無理じゃねーか? 絶対怪我するって。やめとけよ」

 男からそう声をかけられたが、その言葉を無視して私は野次馬の中心へと足を踏み込んだ。

「……おい、お前たち。今すぐ喧嘩をやめろ」

「「あ゛あ゛ん??」」

「……なんだぁ? 兄ちゃん、邪魔すんのかぁ?!」

「そんな細っせぇ体じゃオレたちの相手にゃなんねーぞ!! すっこんでろ!!」

「……うるさい。いいから、喧嘩をやめろと言っているんだ」

「「ンだとぉ?? やんのかコラァ?!!」」

(……チッ。面倒な)

 たしかにガタイは良い男たちだったが、相当酔いが回っているらしく、足はフラついていて動きも鈍い。建前上やめるよう声はかけたが、まぁ、最初から聞かないだろうなとも思っていた。

(マリーを待たせているし、さっさと済ませよう。……右からいくか)

 私はそう思うと、ファイティングポーズをとる男たちに普通に歩いて近付いて。

「……あ? ……っ!! ぐッ!! ……ガハッ!」

 男たちが意表を突かれた表情をした瞬間、先ずは右の男の懐に入り、その人中じんちゅう掌底しょうていを打ち込んだ。

「な?! ……クソッ!!」

(次は左)

「ゲェッッ!!!」

 そして左にいた男が呆気にとられている内に、その鳩尾みぞおちに肘を入れて沈める。

(……相手にもならん)

 地面に転がる、顔を押さえてうずくまったり、腹を押さえて咳き込んだりしている男たち。それを見ながらタメ息を吐いていると、何やら野次馬の外が騒がしいことに気が付いた。

 人集ひとだかりが割れる。
 騎士団が来たなと思っていれば、第一と第二を引き連れたオスカーが現れた。

「ハイハイハイハイ! どいたどいたー! さて! 喧嘩しているのはどい……んおっ?! アレク?! なんでここに? つか、なんだその髪!??」

「オスカーか。ちょうどいいところに来た。喧嘩していたのはコイツらで、……私が今止めた」

「は? え? ん???」

「詳しい話は周りにいた人たちに聞いてくれ。私の分は明日で頼む。……マリーを待たせてるんだ。私はもう行くぞ」

 私はそう言うと、「え?! 団長?!」やら「は? 騎士団の団長って黒髪じゃねーの?」などという声を背に、マリーの元へと急いだ。



 *



「すみません! 私、人を待ってるんです! ……ヤダ! 離して!!!」

 マリーを待たせていたパン屋の近くまで戻ると、ジャムの袋を抱えながら二人の男に囲まれている彼女が見えて、そう叫ぶ彼女の声が聞こえた。

「……私の連れに何をしている?」

 彼女の側を離れた自分が悪いとは分かっていたが、愛しい女性に男がたかり、あまつさえ両側から手首や肩に手をかけている光景に、自分でも驚くほど低い声が出る。

「……!! アレク!!」

「あれー? お兄さんがカノジョの連れ? よかったー。ねぇねぇお兄さん、カノジョちょっと貸してよー」

「そーそー。こんなに可愛いコ、独り占めはダメだって。今日一日だけでいいからさー」

 軽薄そうな見た目を裏切らない、軽薄そうな喋り方。それがかんさわり、話をするのも無駄と思えたので、二人を無視してマリーに「おいで」と声をかけたが、男たちが彼女を離さなかった。

(コイツら……)

 二対一という構図に調子に乗っているのか。ニヤニヤしながら「「ダメー」」と言う男たちに殺意すら覚えて、さっさと沈めてしまおうと距離を縮めようとした、その時。

「離してよ!!!」

 マリーがそう叫びながら、掴まれていた右手を一瞬で振り解き、彼女の左側にいた男の急所を思い切り蹴り上げた。

「ギャ!!!」

「なっ??! ……こっの!!」

 仲間がやられてしまい、キレたのだろう。彼女の右側にいた男が、彼女の頭を掴もうと手を伸ばしたのが見えた瞬間。

 ゾッとするほどの冷たい感覚が一瞬で身体中を駆け巡り、……気付けば、私は男の喉を掴んでいた。

「……喧嘩を売るなら相手を見たほうが良いぞ」

「ひっ! ……ッ、カハッ! ゲホッゲホッ!」

 殺気を混ぜながら男にそう言った後、喉に掛けていた手を離す。

「……行こう。マリー」

 私はマリーが持っていたジャムの袋を受け取り、彼女の手を掴んで歩き出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...