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第53話
しおりを挟むアレク様がアナトールから戻られてから更に数ヶ月。
この期間は本当に慌ただしかった。
アレク様は不在だった間に溜まった仕事を片付けなければならないと、相変わらず忙しい日々を過ごし。私は私で、ドレスの最終チェックや、式当日のスケジュールの確認、その他の準備に追われていた。
ここオルレアンでは、高位貴族の場合、チャペルで式を挙げた後に王宮へ行き、国王陛下に謁見をして結婚の報告を行う習わしがある。その為、当日の私たちはチャペルで式を挙げた後、王宮に移って陛下へ報告をし、屋敷に戻って身内だけのささやかなパーティーを開くというスケジュールになっていた。
マティス陛下から「パレードは? なんなら王宮でドーンと派手にパーティーしてもいいんだぞ?」との提案もあったそうなのだが、アレク様が即時却下してくださったらしい。……正直、助かった。
ちなみにだが、母は結局あの後も領地には戻ることなく。シュヴァリエ侯爵家のタウンハウスに残ったまま、私の式の準備を手伝ってくれた。
その後本格的な春を迎え、世間では社交シーズンが始まり、それに合わせて父が王都に来たと知らせがあって。
たまにはこっちに遊びにおいでとの手紙ももらったので会いに行ってみれば、ニッコニコの父と母、執事のマクシム、アンナが揃って出迎えてくれた。
「お父様! お久しぶりです!!」
「マリーーー!! 会いたかったよぉぉー!!!」
久しぶりの再会では、父にガバリと抱きつかれ、ギュウギュウと抱き締められた。
「ふふふ! 私もお会いしたかったですわ! アナトールのこと、大変だったでしょう?!」
「ハハハ。アナトールは問題なかったが、エレオノールと会えなかったのが堪えたよ」
「ふふっ。お父様はお母様の事を本当に愛しておられますものね。……それにしても、アナトールはどうなるんですか?」
「あー、まだ分からないんだ。王や王派の面倒な奴らは捕らえてあるんだがなぁ。今は、こちらで選別したアナトールの使えそうな奴等と、マティス陛下に送ってもらった人員、ウチの領地から送った人員で回しているんだが、領土をどうするかまでは決まっていなくてね。……まぁでも、たぶん、しばらくはウチがそのまま面倒を見る事になるだろう」
「そうなんですのね。でも、そうなると、ウチの力が強くなり過ぎるのでは?」
「まぁ、たしかにそう言う意見もあるけどな。ウチが国の脅威になるとか言う阿呆もいるが、位置的にも能力的にも他に適任な貴族が今のオルレアンにはいないのが現状だ。……面倒だが仕方がないよ」
父がふぅと息を吐く。
「それにマリーがガルシア公という王族に嫁ぐだろう? 国とウチの繋がりは強くなるんだから、脅威になる可能性は低いと言ってやればいいんだ! ……と、マティス陛下も言っておられた」
と、いつものニコニコ顔に戻って言う父は、娘だから分かるが心底面倒くさそうだった。
「そうなんですね……」
「ふふふ。いいのよ、マリー。そういう訳でお父様はしばらく忙しいけれど、その分、ガルシア公が少しは楽になる筈だわ」
父とハグをしながら話をしていると、母が横からそう声をかけてきた。
冬が終わりを迎えたというのもあるのだろう。確かに、アナトールから流れてきていた流民も減り、それに比例するように賊の数も減ったとアレク様が言っていた。
「……式まであと少しね。不安に思うことはある?」
「いいえ。大丈夫です。……待ち遠しいくらいよ」
「お父様は寂しいよーー!!! マリーがお嫁にいってしまうなんてぇぇー!!!」
「あはは。お父様、大丈夫よ。結婚するといっても会えなくなる訳じゃないのよ。だって、……私はお父様とお母様の娘ですもの。ね?」
「そうよ、アドルフ。マリーは結婚しても私たちの可愛い娘だわ。ね?」
「……ッ、そうか。……うん。そうだね。私たちは家族なんだからな」
父はそう言うとホールドを一度外し、母と私を纏めて抱き締め、その後ろには、涙を拭くマクシムとアンナが見えた。
「あの、……ところで、ユーゴは?」
家族と言うなら、一人足りない。
「ああー、ユーゴは部屋にいるよ。溜まった宿題を片付けているはずだ。……出てこないところをみるに、部屋で寝てるのやもしらんな。お前に会うのを楽しみにしていたし、起こしに行ってくれないか」
「……眠気覚ましのコーヒーでも持っていこうかしら」
「ふふ、そうしてあげて。あの子はマリーが淹れるコーヒーなら飲める筈だから」
「ふふ、わかったわ。……アンナ、準備を手伝ってくれる?」
「ええ、もちろんです」
私はアンナに声をかけ、二人で厨房へと向かった。
*
以前のように、二人で話をしながらコーヒーのセットと少し摘めそうなお菓子を準備をして。後は大丈夫だからとアンナには伝え、私は一人でユーゴの部屋の前まで来た。
……コンコン。……コンコン。
(返事がないわ……)
まだ寝ているのだろうかと思いつつ少し扉を開ける。中を覗くと、机に突っ伏して眠るユーゴの姿が見えた。
そのまま中に入り、机にコーヒーが乗ったトレイを置いて、ユーゴの肩を軽く叩く。
「ユーゴ。……ユーゴ」
「……ん……。ん? ……ねぇさま……?」
「ふふふ。そうよ」
「……あー、しまった。今日でしたね、姉様が来るの。……いつの間にか寝てしまったようだ。……いいにおい」
「コーヒーを持ってきたの。飲まない?」
「ああ、姉様のコーヒー、久しぶりだ。……嬉しいな。いただきます」
ユーゴがそう言ったので、私たちは部屋の窓際に置いてあるテーブルセットへと移動し、コーヒータイムにする事にした。
「……すこし痩せた? いえ、身体が引き締まったのかしら?」
ユーゴ好みに淹れたコーヒーを一口飲み、尋ねる。
「ああー、はい。姉様は、私が父上に呼ばれて領地にいたのは知ってますよね?」
「ええ」
「むこうで、……父上にしごかれたんです……」
そう言って遠い目をしたユーゴが話す事には。
母がいない間の父はまさに鬼のようで。「自分たちだけエレオノールやマリーに会うなんて許しませんよ。私から一本取るまで帰しません」と言い放った後は、アナトールの事後処理を同時進行させつつ、アレク様とユーゴを、それはそれはいい笑顔でビシバシと鍛えにきたそうだ。
アレク様は元々騎士団で鍛えていたのに加え、なんだか鬼気迫る勢いでもって父に挑み続けた結果、渋々ながらも早いうちに父からの帰還許可が出たのだとか。しかし、その時は帰ろうとせず、その後もユーゴに付き合ってくれたらしい。
アナトールの処理のほうが遥かに楽だと思うような扱きにアレク様と共に耐え続け、そして、事後処理も粗方だが片付いた頃にようやく、ユーゴも父から一本取ることができたとのこと。
アレク様はそれを見届けると、すごい勢いで王都に帰られて。それに続いてユーゴもさっさと帰ろうとしたのだが、「まさか父さんを一人にする気じゃないだろうな?」と笑う父に捕まってしまったのだそうだ。
「あれは絶対、母上に会えない八つ当たりでした」
と、涙目で話すユーゴを見ていれば、なんだか幼い頃を思い出してしまって。年頃の男の子は嫌がるかなと思いつつも昔のようにヨシヨシと頭を撫でると、やはり昔のように、一瞬驚いた表情をした後ふにゃりと笑った。
その顔がなんだか可笑しくて、可愛くて、私もつられて笑ってしまって。
そうして二人で笑い合った後は。「それにしても、父上ったら酷いんですよー!」から始まった、アナトールと領地でのなんだかんだで仲良くやっていた男三人の話を、楽しく聞かせてもらったのだった。
*
「ははは、ユーゴはシュヴァリエ侯に捕まっていたのか。それは申し訳ないことをした。あの時はマリーにやっと会えたと思ったのに、また挨拶できないままアナトールに行ったからね。気持ちに余裕がなかったんだよ」
屋敷へ遊びに行った日の翌朝。
朝食の席でユーゴの話をしたら、アレク様がそう言って笑った。
「ふふふ、大丈夫ですよ。父とユーゴはいつもあんな感じなので。……それにしても、ユーゴとはずいぶんと仲良くなられたようですね」
「ああ。ユーゴはいいな。さすがシュヴァリエ侯爵家の嫡男というか、頭が良くて飲み込みは早いし、根性もある。性格も素直だし、すこし懐っこいところがあって、何というか、弟とはこういう感じなのだろうなと思ったよ」
「ユーゴも頼もしい兄ができて嬉しいと言っておりましたわ。まだ自分一人では父から一本とるのがやっとだからと」
「また一緒にシュヴァリエ侯に扱かれなければならないな。……まったく。君の父君は本当にお強いよ」
「ふふっ、父に言っておきます」
「ああ。……あ、そうだ、式の準備はどうだい?」
「母も、ソフィも、サラやジルも、他にも屋敷のみんながとてもよく協力してくれて順調ですわ。もう少しすれば落ち着くと思います」
「そうか。すまないね、マリーに任せてばかりで。……だがそれにしても、君のほうこそ、私がいない間にずいぶん屋敷の者たちと仲良くなったようだ。ジルや他の者たちからも、早くマリーを奥様とお呼びしたいとよく言われるようになった」
「ええ。……ふふふ。冬の寒い時期に、みんなでちょっと温かい気持ちになっただけですわ。ね、ジル?」
私がそう言って側に仕えていたジルに声をかければ、ジルがニッコリ笑って頷いた。
「はい。マリアンヌ様の優しさに心まで温かくなりました。その女神の如き素晴らしさを余すことなくお伝えしたいところではありますが……、残念なことに、旦那様、そろそろお仕事に行かれるお時間にございます」
「ふむ。……気になるが、まぁ、マリーが楽しそうならいいか。あ、そうそう。マリー、今度一緒に街へ出てみないかい?」
アレク様が席を立ち、準備をしながらそう聞いてきた。
「街ですか?」
「ああ。式の前に少し休みが取れそうでね。気分転換になるかと思ったんだが、……どうかな?」
「まぁ! 嬉しい! 楽しみですわ!」
「じゃあ、決まりだな」
「ふふふ! おめかしをしなくてはいけませんわね」
私がそう言いながらアレク様の上着を持ち、その袖に腕を通してもらえば、「あまり可愛くなりすぎると、屋敷から出せなくなってしまうよ?」と、微笑みながらキスをされた。
まぁ、そう言われても、アレク様と初デートである。
(何を着ようかしら? みんなに相談しなくっちゃ!)
そう思いながら、私はアレク様を見送ったのだった。
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