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第51話

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 ……コンコン。コンコン。

(……ん? ……朝……?)

 気が付いたら朝だった。

(……私、いつの間に寝て……?)

 そう考えた時に再び扉をノックする音が聞こえたので、上体を起こしながら返事をすると、

「マリアンヌ様、おはようございます」

 いつものように、サラが部屋に入ってきて礼をした。

「……おはよう、サラ」

 挨拶を返す。サラはニッコリと笑った後にカーテンを開け始めた。

(……昨日はアレク様が帰ってこられたのよね? それで私の部屋にいらっしゃって……、ああ、そうよ、私ったら泣いて取り乱してしまったのだったわ。そしたら、キス、されて、抱き締められ……)

「マリアンヌ様?」

 カーテンを開けるサラを眺めつつ昨夜の事を思い出していたら、ボーっとしてしまっていたらしい。サラから声をかけられてハッとする。

「もしかして、お加減が優れませんか?」

 そう聞かれながらグラスに注がれた水を渡された。

「だ、大丈夫よ。ありがとう」

 慌ててお礼を言って、一口飲む。

「ねぇ、サラ、アレク様は今朝は?」

「……旦那様は、朝方に出て、王宮へと行かれました」

「……王宮に?」

「はい。陛下からの招集で。……一度シュヴァリエ侯爵の元へ行かれて、そのままアナトールへと向かわれるそうです」

「え?」

 少し困った顔で、ちょっと言いにくそうに言ったサラの言葉に驚いた。

「だ、大丈夫ですよ! なんだか非常にとってもキレておられるご様子でしたので、すぐにお戻りになられると思います! たぶん大丈夫じゃないのはアナトールのほうじゃないですかね!」

「アナトールが……」

(アレク様がお父様のところへ? ……そう言えば、お母様がアナトールを潰してもらおうとか何とか言っていたような……?)

 数日前の母の言葉を思い出していると、サラが私の顔を覗き込んできた。

「……うーん? とりあえずですがマリアンヌ様、お顔を洗われて目元を冷やしましょうか……って、なんですか、コレは」

「……ん?」

「え、まさか。無理矢理はされてませんよね?! お身体は大丈夫ですか?!」

「へ? え? サラ?」

 サラの急な変化と言葉に、頭の中にハテナが飛ぶ。

「……あれ? そのご様子じゃ、まだかな?」

「……なにが?」

「いいえ! なんでもございません! えっと、そうです! お顔! お顔を洗って着替えをしましょう! 今朝もポールが美味しそうな朝食を作っておりましたよ!」

 サラはニコリと笑ってそう言うと、今度は急かすように私を洗面台のある浴室へと促し、「私は衣装をご用意しておきます!」と言って扉を閉めた。

(……? サラ、どうしたのかしら?)

 そう思いながらも、まぁ、お腹も空いているのも事実なので、準備をして朝食を食べに行こうと洗面台の鏡を見た時。少し目を赤くした自分の顔が見えたと同時に、首筋に紅く色付くソレにも気が付いた。

「……ふ、ぅ、わぁ……っ」

(……アレク様の痕だわ……)

 サラはコレに気付いたのだろう。

(だから無理矢理とかなんとか、身体の心配をしてきたのだわ……! ……ッ、あ゛あ~~~~~!!)

 私は首筋と目元に手を当てて、浴室で一人、羞恥に悶えた。



 *



「あああ! ごめんなさいね! マリー!!」


 あの後はとりあえず気合いで顔を洗い、準備をした。
 サラが用意してくれた服が首元が隠れるタイプの物だと気付いた時は何かが爆発しそうになったが、堪えに堪えて着替えを済ませ、朝食を摂るために部屋を出たのだった。

 そして朝食も済ませ、部屋でゆっくりしていた時のこと。母が訪ねて来て、私に抱きついてきたかと思ったら急に謝られた。

「ど、どうしたんですか? お母様?」

「どうしたもこうしたもないわよ! 閣下がアナトールに向かわれたでしょう? あれ、私のせいなのよぉぉーー!」

 そう言って泣く母の言う事には。

 可愛い娘のために、忙しいアレク様との時間をもっと増やしてあげたいと思った母は、ただでさえ今までゴタゴタしていたアナトールを片付けてしまえば少しはマシになるだろうと思ったらしい。
 そこで父に手紙を出し、アナトールを片付けてくれと言ったのだそうだ。……片付くまで領地には帰らないとの言葉を添えて。

 そして、そんな手紙を読んだ母ラブな父は、血相を変えて行動を開始した。

 母的には領の兵力だけでも何とかなると思っていたのだが、父が短期決戦・短期終了の為に、陛下に要請して第一騎士団を招集してしまったらしい。

「なるほど、……そういう事だったのですね」

「本当にごめんねぇぇ……」

「ああ、いいえ、お母様。私もアナトールの事は気になっていましたから……」

 まだ領地にいた頃、歴史書を読む度に不思議に思っていたものだ。なぜアナトールは国としてやっていけているのだろうかと。

 国力としては可もなく不可もなく、そこそこの特産品もあって、特別枯れた土地でもない。為政者に恵まれれば上手くやっていける筈の国だが、その為政者が残念な国。そんなイメージで。

 まぁ、国を取るのは簡単な事ではないと分かっていたので下手な事は言えなかったが。正直、オルレアンに征服されたほうがアナトールの民にとっては良いのでは? と思うことは何度かあった。

「アレク様が行かれたのは心配ですが、アレク様とお父様が揃えば無敵そうですね。……それにしても、手紙のやり取りだけでもすごい速さ……」

「あー……、それはね、まぁ、色々使っちゃったから。うふふ」

 母のニッコリとした笑顔が、何故か怖い。

「始めちゃったからには仕方ないわよね。結婚式までに面倒な事は片付けてもらわないといけないもの。ま、あの二人は大丈夫よ、お母様が保証するわ。後はマリーには寂しい思いをさせてしまう事だけが心配だけれど、その分私が遊びに来るわね! ユーゴも誘いましょ!」

 母はそう言って、もう一度私にハグをしたのだった。
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