【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

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第48話

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「――マリアンヌ様。マリアンヌ様」

 ふと、サラの私を呼ぶ声で目を覚ます。
 目元には既にぬるくなった濡れタオルが乗っていた。

「……サラ。……ああ、ごめんなさい。また眠ってしまっていたのね」

 タオルを取り、上体を起こす。辺りを見回せば、窓には既にカーテンがかけられていて、部屋の照明が少し明度を落として灯されていた。

 カーテンがあり見えないが、外は既に暗くなっているのだろう。

「いえ、少し心配しましたが、大丈夫です。……スープをお持ちいたしました。お体がまだお辛いかもしれませんが、二日も何も食べておられないですし、……一口でもいいので召し上がりませんか?」

 そう言われてみると、お腹が空いてきた気がする。

「……ありがとう。頂くわ」

 スープを受け取りスプーンですこしすくえば、スープの香りが食欲をそそった。
 
「……うん。……美味しい」

「ポールがとても心配しておりましたよ」

「そうなの? それは申し訳なかったわ。……早く元気な顔を見せなくてはね」

「ふふ。そうしてあげて下さいませ」

 野菜の甘みが感じられる優しい味のスープ。それをゆっくり飲みながら、ずっと気掛かりだった事を言葉にする。

「ねぇ、サラ。……アレク様は?」

「旦那様ですか? 旦那様にはジルさんが手紙を出されたんですが、今日は遅くなるとの事でした」

「そう……」

「旦那様もそれはそれは心配しておられたんですよ。マリアンヌ様が倒れられた時もずっと側におられて。その後もずっと。
 お仕事のほうは、ジルさんやソフィさんが代わる代わる説得して、ようやく行かれたんです。今日も本当は早く帰ってきたかったんだと思いますが、なんでもずっと追っていた賊が出たとかで、仕方なく、らしいです」

「え? サラ、賊が出たって、大丈夫なの?」

 私がそう尋ねるとサラがキョトリとした顔をした。
 その後、フッと優しく微笑む。

「大丈夫ですよ。旦那様のお強さは私たちが保証いたします。今頃はマリアンヌ様にお会いしたい一心で、賊を殲滅せんめつしているかもしれません」

「そう、なのね……」

 その言葉にすこしホッとして、私は残りのスープに手をつけた。



 *



「お風呂はいかがなさいますか? 眠っておられる間もお体を拭かせてはいただいておりましたので、お辛いなら明日でもよろしいかとは思いますが」

 スープを飲み終わり白湯さゆをゆっくり飲んでいると、サラがそう声をかけてきた。

「うーん。やっぱり、お風呂は入りたいわ。準備をしてくれる?」

「はい。かしこまりました。では、すこしお待ち下さいませ」

「ええ」

 サラが浴室へ入っていくのを見送った後、私は再び白湯へ口を付けながらお風呂の準備が終わるのを待った。



 *



「それでは後はごゆっくりお休みください。もちろん、何かありましたらすぐにお呼び下さいませね」

 サラが笑顔でそう念押しして、部屋から出て行く。
 私はそれをベッドの上から見送った。


 あの後私は、サラに手伝ってもらいながらシャワーで体を洗い、「病み上がりですから長湯はダメですよ」と言われながらもゆっくりとお湯に浸からせてもらった。

 ぬるめの湯に肩まで浸かり、目を閉じて。ピチョンと時折聞こえる雫の音を聞きながら、『お湯に浸かる』という概念と習慣があるこの世界へ、心の底から感謝をした。

 ちなみに、二日も何も食べずに熱を出していたなんて、これが前世の私だったならしばらくは起き上がれない状況だっただろうが。
 日頃からダンスやらで体を動かし鍛えていた賜物だろう。マリアンヌとしての私は、ベッドから出てもそれなりに動くことができていた。


「……ふぅ」

 横になり、ベッドサイドに灯されたライトをボヤリ見つめながら息を吐く。

 お風呂に入ってさっぱりクリアになった頭で考えるのは、やはりアレク様の事だ。

(私をずっと探していたとはおっしゃっていたけれど……)

 何故探していたのかまでは、ご自身でも分かってらっしゃらなかったように思う。
 言動から察するに、おそらく、アレク様には智也先輩としての記憶はないのだろうと思われた。

 ただ、私がアレク様の瞳を初めて見た時に感じた既視感デジャヴや、サラと話をしている時に感じた懐かしい感覚のように。アレク様もまた、ふとした瞬間に感じるものはあるのかもしれない。

(私はアレク様に前世の記憶を取り戻してほしいと思っているのかしら……?)

 そう自問をしてみるが、すぐに答えが出ることはなく。

 アレク様が智也先輩としての記憶を持っていようがいまいが、私はもうアレク様自身を愛している。その揺ぎようのない気持ちだけが私の中でハッキリとしていた。

 記憶の中の先輩より大人で、その地位と立場ゆえ、少し鋭い雰囲気と鍛えられた体躯たいくを持っているが。

 照れた時に目元が染まる事や、拗ねた時の横顔。私を呼ぶ優しい声、優しく触れる手、苦しくない程度にキュッと優しく抱き締めてくれるところや、私を見つめる甘い表情。
 そして何より、キスをするたびに見惚れそうになるあの美しいグレーの瞳。

 智也先輩のその全てを市川万里は好きだった。

 そして今は、アレク様のその全てをマリアンヌとして愛しく思っているのだ。

(……ああ、そうね)

 考えてみれば単純な話だ。

(ただ単純に、私はあの人にだけ恋をしている。それだけの話だわ)

 そう思った瞬間、今まであやふやだった感情と思考が、ストンと落ち着いた気がした。

 もし、アレク様が智也先輩としての記憶を持っていたならば、したい話が沢山あっただろう。

 ――でも、きっと、持っていないだろうから。

 私はただ、マリアンヌとして、アレク様の妻になる者として、今度こそ彼の隣に立ち、彼を支える存在として生きていこう。

 側にいて、アレク様を愛し続けよう。

 大事なのはただそれだけだと。そう、思ったのだった。
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