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第43話
しおりを挟む夏休みも終わったというのに、まだまだ暑い日が続いている今日この頃。先輩たちは就活が落ち着き、今度は卒論の為に忙しそうにしている。
智也先輩が研究室にいる事も多くなり、私たちはまた以前と同じように過ごしていた。
ちなみにだが、夏休み中、先輩とはお祭りに行ったぐらいで関係も特に進展していない。
そしてと言うかなんと言うか。
とうとう私は、知佳から直接報告を受けた。
互いにチューハイの缶を傾けながら話をしたのは昨夜のこと。
実のところ、もう春頃には付き合うことになっていたらしいのだ。でも、ただ、私のことを思えば、なかなか言い出せなかったとのこと。
智也先輩から告白をされたと報告をした後も、しばらくは様子を伺っていて。結果、大丈夫そうだなと判断したので自分も打ち明けることにしたのだと言われた。
お互い幸せになろうねと言われた後、私は思わず相手の名前を聞いてしまったのだが。「涼さんって言ってね。あ、写真見せるよ」と言いながら見せられたスマホのアルバムには、幸せそうに頬を寄せ合う知佳と涼先輩が映っていた。
そこで堪らず、「この人、私の研究室の先輩……」と言ってしまった後は大変だった。「え! え?! マジ?!」から始まり、「私の事、大学で何か言ってる?」やら、「万里は気付いてたの?」やら、色々と聞かれた。
その慌てっぷりがまたすごくて、本当は前々から、もしや……と思っていたなどとは言い出せず。
大学では、そもそも涼先輩に会うことがレアである事を伝え。一度相談を受けたことがあった時にまさかと思った程度である事。それ以降は特に何も聞かされておらず、確信もなかった事。
知佳の話も「やっと就活も落ち着いて彼女と会う時間が増えた! マジ幸せ! 万里ちゃん、あの時はありがとう!」ってこの前言われたぐらいだよと答えておいた。
そんなこんなで夜遅くまで起きて話をしていれば、まぁ、翌朝は寝坊もしてしまうというもので。
案の定寝坊して、慌てた私が大学に着いたのは昼頃のこと。
たまには何か買って研究室で食べようかと売店に行ったのだが、何故か当然のようにナポリサンドは売り切れていて。諦めてサンドイッチと紙パックのコーヒー牛乳を買い、研究室に歩いて向かう途中、なんだか前にもこんな事があったなと、私は思考を巡らせた。
(そっか。あの時、初めて智也先輩に会ったんだっけ……)
髪が長くラフな格好をしていた頃の智也先輩を思い出して、思わずクスリとしてしまう。
(あの後図書館で本を取ってもらって、さらにその後研究室で会ってビックリしたんだよね)
無口で無愛想だと思っていた先輩が実はすごく優しい人で、まさか付き合うことになるまでとは。
(……恋って不思議だ)
そんな事を考えながら研究室のドアを開けると、ナポリサンドを片手にPCに向かう先輩がいた。
「あー。智也先輩、またナポリサンド食べてる」
「んん?」
「……私も食べたかったのに」
いつかの日のように、恨みがましい目でちょっと睨んでみる。すると、智也先輩が一瞬ポカンとした後ブハッと笑ったので、今度は私がポカンとしてしまった。
「ハハハ。あ、いや、ごめんごめん。前にも市川に睨まれたの思い出して、可笑しくなった」
「え?」
「覚えてない? 市川が初めて研究室に見学に来た日。売店で涼と買い物してたら、後ろに並んだ市川に睨まれたんだよ」
「いや、覚えてますけど……」
というか、さっき思い出していたばかりだ。
「……気付いてたんですね。その……、私が睨んでたの……」
なんだか恥ずかしくなって、視線を逸らす。
視界の端では、智也先輩が立ち上がった。そして、そのまま私の前まで来る。
ふわりと、その腕が私を囲んだ。
「気付いてたよ。んで、今みたいに、耳赤くして目を逸らしてんのが可愛いなって思って、覚えてた」
そう言う先輩の手が、私の耳を優しく撫でる。
「その後、図書館で一緒懸命に本を取ろうとしてるのを見かけて、なんとなく手を貸したくなったんだ。……あの時にはもう、好きだったのかもな……」
顔を上げれば、目元をほんのり染める先輩と目が合った。
「初めて……、聞いた……」
「だって、市川には初めて言ったもん」
目の前で、すこし恥ずかしそうに口を尖らせる私の彼氏。
「……もん?……ふふふ。先輩が、もんって。あはは」
「……なんだよ」
その、ちょっと横を向いて拗ねるのがまた可愛くて、愛しくて。からかってゴメンネとその頬にキスをすれば、ちょっとビックリした顔で私を見た後、さらに目元を染めてふわりと笑った。
「市川、……もっかい」
優しくホールドされてそんな顔でおねだりされれば、抗うことなどできる訳もなく。
――私は初めて、自分からキスをした。
そしてそれは唇を軽く合わせるだけの幼いキスだったのに。ペースを合わせるように、先輩から角度を変えて同じようなキスを繰り返されれば、幸せだなと改めて思った。
大事なものを扱うように優しく抱き締められれば、この人の彼女になれて良かったと心から思った。
(できることなら、先輩と、ずっと一緒にいたいな……)
キスが終わって。キュッと抱き締めてくれる先輩の腕の中で、私はそう願わずにはいられなかった。
*
「なー。市川って、ちゃんと食べてる?」
「……食べてますよ? 今現在も、サンドイッチを」
キスとハグが終わって、いつものようにそれぞれの席についた後のこと。不意に、先輩からそう話しかけられた。
「や、そうじゃなくて。普段」
「……? 食べてますよ。自炊するの嫌いじゃないです」
「でもなんか、細くね? 抱き締めた時、折れそうだなって時々不安になるんだけど」
「そう、ですか……?」
確かに、両親を亡くした直後は何も食べられなくて、知佳にすっっごく怒られるくらいにまで痩せた。
だが、怒られてからは無理にでも少しずつ食べるようにしたりして。自炊メニューを少しずつ覚えたりするうちに、体重も戻った筈だ。今では知佳の方が痩せているくらいである。
「でも、細いっていうなら、先輩も細身なほうじゃないですか? ナポリサンドみたいなハイカロリーそうなのよく食べてるのに」
(っていうか、先輩すっごく食べるのに。……羨ましい)
「あー。俺、元からあんまり太らないんだわ。体力作りで走ったり、筋トレしたりしてんのもあるんだろうけど」
「なるほど」
ああ、確かに、細身とはいえ筋肉はちゃんとついてるもんなぁなどと、抱き締めてもらった時の事を一人思い出していれば。
「そういえば市川はサンドイッチたまに食べてるけど、好きなの?」
今度はそう尋ねられた。
「うーん……、うん。好きです。っていうか、サンドイッチってピクニックの思い出があって、懐かしい気持ちになるんですよね」
「……ピクニックか。俺行ったことないかも」
「え? そうなんですか? 外で食べると、気分も変わって美味しいですよ?」
「へー。いいな。行ってみたい」
「あ、じゃあ、時間ができたら行きましょうよ。私、サンドイッチとナポリサンドも作ってみます」
「え、マジで。期待しよ」
「あっ、……期待は、……しないで下さい」
「ははっ。大丈夫だって。市川が作ったものなら絶対美味い」
「なんですかそれ。プレッシャー」
「ハハハ」
笑いながら私の頭を撫でる先輩。
(くっ。これは、練習せねば……)
その笑顔を見て、私はナポリサンドの練習をしなくてはと心に強く誓ったのだった。
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