【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

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第38話

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 あれからしばらくの間は微妙に気まずい雰囲気があったが、特に突っ込んで聞かれることもなく。試験や課題、レポートに追われるうちに、気付けばすっかり冬となっていた。

 ホッとしたような、なんとなく残念なような、そんな気持ちのまま自分から話を蒸し返すことももちろん出来ず、智也先輩との仲も当然のように進展はしていなくて。
 髪のことはもちろん、私に対する態度を柔らかく感じるのも、私の勝手な思い込みなんじゃないのかとすら考えてしまうようになっていた。

 そして、そんなモヤモヤとした日々を過ごす中、昨日から大学は冬休みに入った。

 今日は12/24。クリスマス・イヴだ。


「……ふう。そろそろ行こうかな」

 世間のクリスマス独特の雰囲気から離れ、私は一人で研究室にいた。
 智也先輩も涼先輩も今日は特別講義があるらしく、部屋には来ていない。

 スマホを見ると十二時を少し過ぎたところだった。

(約束は一時半だから、どこかでお昼食べたほうがいいかな……)

 そんな事を考えながら荷物を纏める。
 あまり食欲がないんだけどと思いつつ、部屋から出ようとしたちょうどその時、急に目の前のドアが開いた。

「あれ? 市川?」

 驚いてドアの先を見ると、同じように驚いた表情をした智也先輩と目が合う。

「智也先輩? 今日講義じゃ……」

「ああ、昼休み。忘れ物して、取りに来た。……市川は? もう帰るとこ?」

「はい。ちょっと今日、……用事があって」

「そう」

「「…………」」

 少し気まずい沈黙が流れる。
 耐えきれずにここから離れようとした瞬間、先輩が口を開いた。

「……大丈夫か?」

「え?」

「いや、なんか最近、元気がないから」

「……大丈夫ですよ。最近ちょっと忙しくて寝不足なだけです」

 すこしドキリとしたのを誤魔化すように、私は笑顔で答える。

「市…「えっと、じゃ、私、帰りますね! 先輩、講義頑張ってください。……お疲れ様でした」

 そしてそのまま、先輩が何かを言いかけたのを遮って、私は先輩の横を擦り抜け足早に部屋を後にした。



 *



 途中で花屋へ寄り、マーガレットの花束を買った。
 あれから食欲が湧くことはなく、結局何も食べずに駅へと続く道を歩いている。

 タメ息を吐けば自分の白い息が空気に溶けてゆき、それを追って顔を上げれば、クリスマスのキラキラとしたどこか楽しげな光景が目の前に広がっていた。

(クリスマスか……)

 それを眺めながらそんなことを考えていると、駅に着いた。

「万里!」

  ホームに入るとすでに知佳が待っていて、私に気付くと手を振ってくる。

「知佳。ごめん、待った?」

「大丈夫だよ。今来たとこ。あ、お花、もう買ったんだね」

「うん」

「えーと、じゃ、とりあえず行こうか。電車が来ちゃう」

「……うん」

 知佳の言葉に私が頷き、私たちは改札へと歩いた。



 *



 さっき先輩に言った、寝不足だというのは本当で。
 昼過ぎの、人が少ない電車の中、知佳と座席に並んで座り揺られていると、ついぼんやりしてしまう。

「……知佳、なんか、ごめんね」

 そんなぼやけた意識の中、ふと、口から言葉が零れ出た。

「ん?」

「……イヴなのに……。予定とか大丈夫だった?」

 例のナンパ男とはあれからどうなったのだろうか。
 彼氏ができたらちゃんと教えてくれるのが知佳だけど……。などと思いながら知佳の顔を見れば、知佳がニコリと笑った。

「ああ、大丈夫大丈夫。気にしないで。今は万里のほうが大事だから」

「知佳……」

「……最近、眠れてないんでしょう? 夜、ウチ来ていいよって言ってるのに。お母さんとお父さんも心配してたよ。今日は絶対ウチに泊まりなね」

「でも、迷惑……」

「もー。ウチらそんなこと気にする仲じゃないじゃん。ご飯だってちゃんと食べてないんじゃない? 顔色、悪いよ?」

 知佳の言葉に、眉がくしゃりと寄る。

「…………ふ……っ……」

「ありゃりゃ。泣かない泣かない」

「だって……、もう三年も経つのに、私全然で……。心配かけてばっか……」

「万里。『まだ』三年だよ。……大丈夫、万里をちゃんと支えてくれる人ができるまで、私が側にいるから。それまでは私に甘えな? ね?」

 知佳がそう言って、ハンカチを目元に当ててくれた。

 じわじわと湿っていくハンカチが申し訳なくて。
 よしよしと頭を撫でてくれる手が有り難くて。

「それ以上泣いたら目が腫れちゃう。そんな顔見せたらおじさんもおばさんも心配するよ? ……着いたら起こしてあげるから、ちょっと寝なさい」

「……うん。ありがと」

 知佳の優しさにさらに涙が溢れそうになりながら、私は促されるまま知佳の肩に少しもたれる。
 
 目を閉じれば、涙が一筋、頬へと流れていった。


 ――電車の揺れに身を任せる。




 今日はお父さんとお母さんの、命日だ。
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