【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

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第27話

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「マリー。今日の午後なんだけど、予定がある?」


 王宮の舞踏会から数日後の、アレク様がお休みの日のこと。
 朝食の席でアレク様にそう尋ねられた。

「今日の午後ですか? 特には何も」

 図書室に行って本を読もうかと思っていたぐらいだ。

「じゃあ、ちょっと馬に乗らないかい?」

「馬? ですか?」

「ああ。今日は天気も良いし、午後なら外にいても暖かいだろう。たまには屋敷の庭に出てゆっくりするのもいいかと思ったんだが。……馬は大丈夫?」

「ええ。何度か乗ったこともあります。ふふふっ! 素敵! ぜひご一緒させてくださいませ!」

 私がそう言うと、アレク様が笑顔で頷く。

「決まりだな」

 こうして今日の午後はピクニックへ行くことが決まったのだった。



 *



 髪をすこし編み込んでサイドに流し、服装も動きやすいものへ着替えて準備する。

 敷物と薄手のブランケット、冷たい果実水が入ったポットとバスケットを用意した。バスケットの中には、湿らせた布巾とサンドイッチ、ナポリサンド、食べやすい大きさにカットした果物が入っていて、小さめの本も一冊入れてある。

 舞踏会後は一気に秋めいてきて、陰にいれば肌寒いと感じるようになってきている。だが、今日は比較的気温も高いし、暖かい格好をすれば木陰で過ごすぐらいがちょうどいいだろう。

「マリー、こっちだよ」

 サラに荷物を持つのを手伝ってもらいながら厩舎きゅうしゃへ向かうと、アレク様が一頭の馬を引いて待っていた。

「これが私の馬だよ。名前はララ、女の子だ。今日はこの馬に一緒に乗っていこうかと思ってるんだけど、……触ってみる? 大丈夫、性格は温厚だ」

 促されて、ララに近付く。

(きれいな馬だわ……)

 ララは黒鹿毛くろかげの馬だった。
 よく手入れされているのだろう、黒に近い赤褐色の被毛が日の光を浴びて艶めき、黒いたてがみはサラサラとしている。

 首の部分を触ると上質なベロアのように滑らかで気持ちが良かった。

「ララ。私はマリーよ。今日はよろしくお願いしますね」

 そうララに声をかけると、スリスリと頭を擦り寄せてきた。
 どうやらお許しが出たようで、一安心する。

「気に入られたようだね。よし、じゃあ、準備しようか」

 アレク様はそう言うと、サラから荷物を受け取りくらの後ろにくくり付けていった。

「バスケットはどうする? そのままマリーが持つかい?」

「えっと、そうですね。そうしますわ」

「わかった。他に持って行くものがなければ行こうか」

「はい」

 私が返事をすると、アレク様がひらりとララに乗った。

「マリー、横抱きにして乗せるから少し後ろを向いて。バスケットに気をつけてね」

 私が言われた通りに背を向けようとしたところで、サラが笑顔でバスケットを預かってくれた。後ろからアレク様の手が伸びてきてグイッと抱き上げられる。

 サラがバスケットを返してくれた。

「では、行ってくるよ。それほど奥には行かないから、何かあったら呼びに来てくれ」

 アレク様がサラにそう声をかける。

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

 サラに見送られて、私たちはピクニックができそうな場所を探しに動き出したのだった。



 *



 二人でララの背に乗り、ゆっくりと敷地内を移動する。
 バスケットを抱えているので私自身は手綱は握れないのだが、アレク様の腕に囲まれてその胸にもたれ掛かれば、不安定さは一切感じなかった。

 少し吹く風が、頬を撫でて気持ちいい。

「それにしても、アレク様ってすごいんですのね。いくら私が女だからといっても、生身の人間を持ち上げるなんて。……重かったのではないですか?」

「え? マリーがかい? まさか。仕事上男でも担ぐことがあるからね。マリーは重いなんて感じなかったよ」

「そうなのですね……」

 アレク様に恋する乙女として、すこしホッとする。
 自分から聞いておいてなんだが、「重かった」なんて返されていたら立ち直れていなかっただろう。

(……よかった……)

 アレク様の優しさと頼もしさに心がほわりとすると同時に、もう少し甘えたくなってしまった。

 胸に頭を寄せ、少しスリスリする。
 すると頭上で、くすりとアレク様が笑う声がした。

 その声に顔を上げると、甘く微笑むアレク様と目が合う。

「どうしたの、急に」

 そんな風に微笑みながら甘く優しく尋ねられたら、なんかもうダメだった。

 この人が好きだという感情が溢れ、涙さえ出そうになる。

「こら。マリー。……こんな所で誘わないで」

 アレク様はそう言うと、手綱を少し引いてララに歩みを止めさせた。

「今はこれで我慢してね」

 私の唇にアレク様の唇が落ちてきたので、目を閉じる。
 角度を変えてまた合わされれば、自分から、自然と口を開けていた。

「……んっ……ふ、ッ……」

 アレク様の舌が入ってきた刹那、腰に甘い痺れが走る。

 それは、この前の夜のような貪られるようなキスではなく、優しく舌を絡めるだけの、私を心を宥めるようなキスだった。

 最後にもう一度だけキスをして、アレク様の唇が離れていく。目を開けると、目元をほんのりと染め、少し困り顔で笑うアレク様の顔が見えた。

「これ以上すると、私が我慢できなくなりそうだ」

 アレク様はそう言うと、顔を上げて、ララに歩みを再開させたのだった。
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