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第24話 三日月の夜の舞踏会 2/4
しおりを挟むゆっくりと馬車が止まり、御者が王宮へ着いたことを告げた。
「おいで、マリー」
アレク様が先に馬車から降り、私に手を差し伸べる。
それに手を添えて、私も馬車から降りた。
アレク様の外用の顔なのか、その顔に浮かぶ表情はいつもより硬い。
「では、行こうか」
それを少し寂しく思いつつ、アレク様にエスコートされて私たちは歩き出した。
*
王宮に着いてからずっと、周りから視線が注がれているのを肌に感じる。
アレク様は素敵な方だ。見目は良く、背も高くて、それに加えて社会的地位も高い。大公という爵位を持ち、且つ、騎士団団長という高スペックでありつつも、その難攻不落具合から『女嫌い』とまで噂された程の男性なのである。
そんな男性が、終に選んだ婚約者とは一体どんな女なのか。それを見定めようとしているのだろう。
(……こんな視線に負けてはいられないわね)
そう思う私はふわりと微笑んで、胸を張り、しっかりとした足取りでその隣を歩き続ける。
少し遅めに着いたためか、会場に入ると、そこはすでに多くの貴族で溢れていた。音楽も流れ始めていることから、陛下の口上も終わった後だと思われる。
ここでも多くの人から注目を浴びているのを感じたので、さりげなく視線を回せば、こちらを凝視する男性や、明らかに睨んでいる女性もいた。
(……皆さん少々不躾すぎではないかしら?)
笑顔の下、内心で眉を顰める。
まぁ、社交会デビューを迎えたばかりの小娘のくせに、なんて思われているのかもしれないが、それにしても……。などと考えていれば、アレク様の腕に回していた私の手を、優しく叩かれた。
顔を向けると、少し目元を緩ませたアレク様と目が合う。
「先に陛下への挨拶に行こう」
アレク様にそう促されて、私たちは国王陛下の元へと向かった。
*
陛下たちの前に通され、私たちは並んで立つ。
「来たな。アレク」
マティス陛下がニヤリと笑って声をかけてきた。
「国王陛下、王妃陛下、本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
アレク様がそう言って一礼するのに合わせて、私もカーテシーをとる。
「顔を上げてくれ。今日は今年最後の王宮舞踏会だぞ。無礼講といこうではないか」
「……何言ってるんですか、そう言う訳にもいかないでしょう」
顔を上げた後にアレク様がそう言うと、マティス陛下がハハハッと笑いながら立ち上がり、私たちに近付いてきた。
「なんだアレク? 可愛い婚約者ができて、最近は雰囲気が柔らかくなったと聞いていたのに。まだまだ無愛想ではないか」
「兄上に愛想良くしても意味ないでしょうが」
アレク様の言葉にマティス陛下が拗ねた顔を見せる。
「なんだ、冷たい奴め。マリアンヌ嬢と出会えたのは私のおかげじゃないか」
「それは、……まあ、たしかに。……感謝しています」
「お? なんだなんだ? 素直だな、アレク! 可愛いぞ!」
「やめて下さいよ」
頭を撫でようとしたのだろう。陛下がアレク様に手を伸ばしたが、綺麗に避けられていた。
美形な兄弟のそんなやり取りを微笑ましく眺めていると、急に陛下が私のほうへと視線を移してきて、ちょっとドキリする。
「マリアンヌ嬢! よく来た! シーズン始めの舞踏会以来だな!」
「はい。覚えていて下さり光栄ですわ」
「当然ではないか! そなたはあのシュヴァリエ侯の愛娘で、今やアレクの婚約者だ。義理とはいえ私たちは家族になるのだぞ。覚えていない筈がない。それに、先日はイネスと、リュカも世話になったそうだな。感謝する」
そう言ったマティス陛下が、側まで来ていたイネス陛下へと視線を移したので、私もイネス陛下を見る。
「ふふふ。久しぶりね、マリアンヌ。先日のお茶会とても楽しかったわ。リュカも貴女が帰った後寂しがって少し泣いてしまったの。また遊んであげてちょうだいな」
「はい。喜んで。またお会いできる日を心待ちにしておきますわ」
「ふふ。今夜は連れて行けないと言ったら、ルイーズ様の所へ泣きつきに行ってしまったのよ。もしかしたらルイーズ様が連れてきてしまうかも。リュカには甘い方だから」
少し困った顔で微笑まれるイネス陛下に、マティス陛下が声をかける。
「いいんじゃないか? 少しくらい。もう少しで5才になるし、母上が付いているなら大丈夫だろう。正式にお披露目をする前に、こういう場を経験させても良いのではないか?」
「もう。あなたまであの子に甘いんだから。……でも、そうね。最近お勉強頑張っているし、少しのワガママくらいは聞いてあげなくてはね」
イネス陛下が再び私を見た。
「この前のお茶会の時に貴女が色々お話をしてくれたでしょう? それが良い刺激になったみたいでね、前にも増してお勉強を頑張っているのよ。今日、もしリュカが来たら褒めてあげてくれるかしら」
リュカ殿下のあのニコニコした笑顔を思い出せば、自然と笑顔が溢れ、もちろんですと快諾した。
「――さて! もう少し話をしたいところだが、私たちだけでそなたたちを独占する訳にもいかん。今夜は是非楽しんでいってくれ」
そのマティス陛下の言葉を受けて、私たちは両陛下の前から下がったのだった。
*
「マリアンヌ」
謁見が終わり会場を二人で歩いていると、すぐに後ろから声をかけられた。振り向けば、父と母、弟のユーゴがいた。
「シュヴァリエ侯爵、夫人、それにユーゴといったか。久しいな」
アレク様が声をかける。
「はい。閣下にも『娘にも』もう少し早くお会いしたかったのですが、なかなか機会がなく……。本当に、ご無沙汰しておりました」
そう笑顔で話す父の背後に、急に黒いオーラが立ち昇り、二人でビクリとした。
「す、すまなかった。仕事が忙しくてな。時間が取れなかったんだ」
アレク様が慌てた様子で答える。
「……わかっていますよ。閣下がお忙しい身なのは。ほんの冗談です」
(黒いオーラは消えたけど、まだ笑顔が怖いわ……)
そんなことを思っていると、母が口を開いた。
「もう。あなた。その辺にして下さいな。……閣下、お久しぶりでございます。娘がお世話になっておりますわ」
「ああ、夫人。久しぶりだ。世話だなんて、マリーは何でも一人で出来てしまうから寂しいくらいだよ」
「ふふふ。そうだといいんですけれど」
母はアレク様と挨拶をすると、私に視線を移した。
「マリーはこの前のお茶会ぶりね。元気そうで良かったわ」
「ふふふ! お母様! お会いできて嬉しいわ!」
そう言って、笑顔で母とハグをする。
すると。
「マリー!」
横から父が声をかけてきたので、母と離れて今度は父ともハグをする。
「お父様もお久しぶりです! お元気そうで良かったわ!」
「ああ、愛しいマリー! 会いたかった! お前も元気そうで安心したよ! そちらの屋敷でも良くしてもらっているとは聞いているけど、本当に大丈夫かい? 寂しくはない?」
「もちろん、多少の寂しさはあるけれど。でも、アレク様がとても優しく気遣ってくださるから、大丈夫よ。心配しないで」
「ああー、でも、私は寂しいよ!」
「……父上、その辺で止めておかないと、閣下に怒られますよ」
父からギュウギュウにされていると、ユーゴが声をかけてきた。
「ユーゴ!」
父と離れてユーゴともハグをする。
「久しぶりね! また少し背が伸びたかしら?! 元気にしていた? 学園はどう? 勉強は頑張っているの?」
「ハハハ! 姉上は相変わらずだな……。大丈夫ですよ。元気でしたし、学園も勉強も頑張っています。背も少し伸びました」
「ふふふ! そうなのね! あ、ねぇ、聞いて! この前のお茶会で第一王子にお会いしたのよ! やっぱりとても可愛らしい方でね、あなたの小さい頃を思い出しちゃった!」
「へえ! そうなんですか! 王子殿下に! ……って。私が小さい頃なら、姉上だって小さかったでしょう? 覚えているんですか?」
「覚えているわよもちろん!」
「……マリー」
ハグの状態のままユーゴと顔を見合わせて話に花を咲かせていると、不意にアレク様の低い声がした。
二人で振り向くと、いつにも増して無表情な顔をしているアレク様がいて、なんとなくユーゴを睨んでいる。
(え? アレク様が怒ってる?! 何故?!)
内心プチパニックに陥っていると、「ちょ、閣下! 私はただの弟ですよ?!」と叫びながらユーゴが慌てた様子で離れていった。
アレク様がゆっくりと私に近付いてくる。
(ひぃぃ! なんか、怖いんですけど!)
アレク様の手が伸びてきた。そのまま私の腰に腕を回す。そして、グイッと引き寄せられるのと同時、アレク様の顔も近付いてきた。
「……あまり私の前で他の男と抱き合わないでくれないか。……嫉妬してしまう」
「へ? 他の男って……、ユーゴは弟ですよ?」
耳元で囁かれた言葉の内容に驚く。思わず、アレク様の顔をまじまじと見てしまえば、「……それでもだ」と言ってちょっと拗ねた表情になった後、視線を逸らされてしまった。
アレク様の目元が、ほんのり赤い。
(え、もしかして、本当にヤキモチを?)
そう思ったら、途端にアレク様が可愛く見えてキュンとしてしまった。
「……ふふっ。分かりました。以後気を付けますわ」
私の答えに、アレク様の視線が再び私に戻る。
私と目が合えば嬉しそうに甘く微笑み、そのまま私の額に優しくキスをして。唇が離れた刹那には、「いい子だ」とアレク様の声がした。
「……ゴホンッ」
父の咳払いに二人でハッとする。
慌てて周りを見ると、どこか呆れた表情で腰に手を当てている父と、頬に手をあててキラキラした目で見てくる母、耳を真っ赤にしてそっぽを向いているユーゴがいた。
「仲が良いのはわかったが、ちょっとイチャつき過ぎじゃないかお前たち」
「ええー?! アドルフ、これぐらい私たちだってしているじゃない!」
「私たちはいいの! でも娘がイチャついてるのを見るのは父として嫌なの!」
「心が狭いわよアドルフ!」
「ひどい! エレオノール!」
父が呆れた声を出したかと思ったら、母が横から口を出し、今度は二人でやいのやいのとやり出した。
「……すみません。二人の事は放っておいていいので、踊ってきてはどうですか?」
まだ若干顔の赤いユーゴがそう言ってきた。
「だが……」
「大丈夫ですよ。こうなると長いんです。……結婚式まで一年をきりましたね。それまでにお会いできる機会はあるでしょうし、その後もあるでしょう。その時に改めてお話をさせて下さい」
「なるほど。……そうだな、わかった。……では、行こうか。マリー」
「はい」
アレク様に促されて私も歩き出す。
「姉上をよろしくお願いします」
その声に振り向くと。
ユーゴが笑顔で軽く手を振り、一礼した後、父たちのほうへと向かって行くのが見えた。
「……出来た弟だな」
「ええ。自慢の弟ですわ」
そう顔を見合わせて話をしてから、私たちは音楽が流れるフロアへと向かったのだった。
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