【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

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第23話 三日月の夜の舞踏会 1/4

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 日中のあのジリジリとした日射しも和らぎ、夕方には少し肌寒いほどの風が吹くようになってきた今日この頃。今年の社交シーズンもそろそろ終わりを告げようとしていた。

 今夜は、今年最後の王家主催の舞踏会が開かれる。

「よし! 完っ壁ですわ!!!」

 サラが仕上げのルージュをひいて私の全身を確認した後、そう言った。

「本当にお美しいですわ! マリアンヌ様!」

 今度はサラの横に立つソフィが満足そうな表情でそう言った。
 その後ろでは、着替えを手伝ってくれた数人のメイドたちもウンウンともの凄い勢いでうなずいている。

「ありがとう。……ふふふ。やっぱりコルセットをきっちり締めてドレスを着ると、気合いが入るわね」

 そう言って確認のために鏡を見れば、美しいドレスをまとう自分の姿が見えた。

 フレンチスリーブがついた総レースのスレンダーラインドレス。それはマダム・ローズのショップに頼んでいたドレスだった。

 メインカラーはアレク様の騎士服と同じ濃紺で、裾にいくにつれて黒くなるようレースが重ねられている。その夜空色のドレスには小さいビジュー散りばめられ、それが動く度に光を反射しまたたく様は、夜空に浮かぶ星のようで美しい。
 ちなみに、髪はハーフアップにして、ドレスとセットで作られた花の髪飾りをつけている。そして胸元に輝くのはグレーダイヤのネックレス。アレク様の瞳と同じ色だと思うと、ちょっぴり気恥ずかしかった。

「ダークカラーのドレスはマリアンヌ様の肌の白さを際立たせますわねぇ! 雰囲気も少し大人っぽくなられて、お美しい!」
「パッと見はシンプルですが、よく見るとレースとビジューが美しくて華やかです!」
「胸元のグレーダイヤが目を引きますわ! よくお似合いで、とっても素敵!!」

 周りのみんなが口々に褒めてくれる。

「……ふふっ。そんなに褒められると恥ずかしいわ」

 嬉しくなると同時に恥ずかしさも感じていれば、頬に手を添えたソフィが心配顔で口を開いた。

「たしかに、マリアンヌ様が婚約者としてお披露目される大事な場だからと、旦那様を意識したドレスを仕立ててもらいましたが。まさかこれ程まで美しく、完璧に着こなされるとは……。どうしましょう。旦那様、我慢できるかしら?」

 そして、タメ息混じりでそう言ったかと思ったら、その横にいたサラが凄い顔で私に近寄ってきた。

 肩をぐわしと掴まれる。

 何事かと息を飲んで見つめれば、今度はサラが、いつにない真剣な顔をして口を開いた。

「マリアンヌ様!!!」

「は、はい!」

「会場から出るまではダメですよ! せめて、国王陛下への挨拶とダンスが終わるまでは絶対ダメです!」

「?! な、何が?!」

「お触りですよ! あとキスも! お化粧が取れたり、おぐしやドレスが乱れるような行為は、一通り終わるまで断固拒否してくださいませね!」

「へ?! キス?! ドレスが乱れ?! え??!」

 一気に頬と耳に熱が集まる。

「あああー! だから、その顔もダメですって! 旦那様が我慢出来なくなるじゃないですかぁぁー!!」

(な、何の話?! アレク様の我慢って何??!)

 サラの勢いに押されて若干パニックになっていれば、間にソフィが入ってきてくれた。

「ちょっとサラ! マリアンヌ様が困ってらっしゃるじゃない」

 肩を掴んでいたサラの手を外し、その後を、ソフィの手が優しく撫でる。

「マリアンヌ様、サラの言った事はお気になさらないで下さいね? マリアンヌ様はいつもの様に振る舞ってくだされば大丈夫ですから。あとは、…………旦那様を信じましょう」

「ソフィさん、何ですか今の間は?」

「……サラ、そこに突っ込んではいけないわ」

 目の前で繰り広げられる二人のやり取り。
 それに対して頭の中でハテナを浮かべていると、ふと、ソフィが私を見て微笑んだ。

「旦那様が首を長くしてお待ちでしょうから、そろそろ行きましょうか」

 まだぴよぴよとハテナは浮かんでいたが、そう言われて、私はとりあえずとアレク様の待つ玄関ホールへと向かった。



 *



 ホールへと降りる階段。
 その上から階下を見れば、燕尾服姿のアレク様と、ジルがいるのが見えた。

(今夜は皆の前であの人の隣に立つのね。婚約者として、あの人に見合う女でなければ。……大丈夫よ。私なら出来るわ)

 そう自分に言い聞かせ、深呼吸をして背筋を伸ばす。
 貴族令嬢の仮面をつけて、私はゆっくりと一歩を踏み出した。



 *

【 Side アレクサンドル 】


 カツリと、ヒールの音がホールに響いた。

 顔を上げて階段を見上げる。
 すると、ふわりと微笑みをたたえた彼女が、ゆっくりと優雅に階段を降りてくるところだった。

 その凛とした雰囲気と夜空色のドレスをまとった彼女は、いつもより大人っぽく、さながら月の女神のように美しくて。
 それが自分を意識した色だと理解した時には、己の雄としての支配欲が腹の底でザワめくのを感じた。

 私がエスコートのための手を差し出せば、少しうなずいてから手を添えてくる。

「綺麗だ……。マリー、本当に」

 彼女をホールまで連れくると、私は感嘆かんたんのタメ息を交えながらそう言った。
 彼女をたたえたいのに、なかなか上手い言葉が見つからない。

「ありがとうございます。アレク様も、とても素敵ですわ」

 そう言って彼女がさらに微笑めば、ただただ見惚れることしか出来なくて。

(……抱き締めたい)

 ただ、ふと、そう思った。

 抱き締めて、この美しい人が自分の未来の妻なのだと確かめたい。
 キスをして、むさぼって、私の女なのだと知らしめたい。

 そんな欲望が湧き上がる。

 そしてその衝動に突き動かされるまま、その肌へと触れようとした時、不意に、誰かが私とマリーの間に割り込んできた。

「ダメですよ! 旦那様! 舞踏会が終わるまでお触り厳禁です!!!!」

 サラだった。

「我慢してください、旦那様。今日きっちりお披露目をしていただくことで、今後、変な虫が付かないようにしていただかなければ」

 後ろにいたジルからもボソリと言われた。

 ――『生殺し』。

 そんな単語が頭に浮かぶ。

 此奴こやつらは、こんなにも自身の雄の部分を刺激してくる女性を前にしても、私に手を出すなと言っているのだ。

(鬼か? 鬼なのか……っ?!)

 そんな事を思いつつ、若干涙目で後ろのジルを睨みつけると、ムカつく程にいい笑顔で私を見ていた。

「旦那様、落ち着いて下さい。なにも、全く触れるなとは申し上げてはおりません。他の男に見せ付けて、手なんぞ出そうとも思わせない程にイチャイチャするのはいいのです。……ただ、マリアンヌ様のお気持ちを重視して、節度を守ってお願いします、と申し上げているだけのこと」

 がっつく男は嫌われますよ。と、肩を叩いてくるジルに対して何も言えないでいれば、とうとうソフィまで側に近付いてきた。

「そうですよ、旦那様。お髪やドレスが乱れるようなコトは、せめて、国王陛下への謁見とダンスが終わるまでは我慢して下さいませね?」

 目の笑っていない笑顔と、ドスの効いた低い声。
 三人に囲まれて、トドメを刺すようにそう言われれば、私はもう降参するしかなかった。

 両手を少し上げてポーズをとる。
 
「……わかった。わかったよ。せっかくマリーを正式に婚約者としてお披露目できるんだ。我慢くらいするさ」

「「「よろしくお願い致します」」」

 三人のみならず、その場にいた全員が一斉に頭を下げたのには、さすがの私も唖然あぜんとして。

 ただ、マリーだけが、キョトリとした顔で私たちを見ていたのだった。
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