【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

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第19話 閑話*お茶会という名の女子会

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 窓の外へと視線を向ければ、美しい青空が見えた。
 白い雲が穏やかに流れてゆく。

 私はそれを眺めながら、自身の緊張を解すようにゆっくりと深呼吸をした。


 今日は王宮で行われるお茶会へ、母と一緒に招待されている。

 私的な少人数でのお茶会だから、それほど気負わなくても大丈夫だと母は言っていた。だが、王妃であらせられるイネス陛下主催のお茶会で、母と仲が良いという王太后陛下も来られると聞いては、緊張するなと言うほうが無茶な話。

 ただ、第一王子殿下にお会いできるかもしれないというのは楽しみだった。

(仲良くなれるといいのだけれど……)

 緊張する気持ちを宥めながらそう思う。

 小さい子は好きだ。抱っこするだけで癒される。 

 弟のユーゴも幼い頃は可愛かったのだが、今はもう……、という感じだし、他に身近に小さい子がいる訳でもない。なので、久しぶりの幼子との触れ合いが、ちょっと楽しみなのである。

 私は、弟の小さい頃を思い出して少しニマニマしながら母の迎えを待った。



 *



 母と一緒に王宮の中庭に案内されると、そこにはすでにイネス陛下と、王太后のルイーズ陛下がおられた。

「夫人! マリアンヌ! 来てくれたのね、嬉しいわ!!」

 イネス陛下が立ち上がって歓迎してくれる。

「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」

 私たちはその側まで行くと、母と共にゆっくりとカーテシーをとった。

「ああ、そんな堅苦しいのはやめてちょうだいな!」

「そうよそうよ。今日は気楽に楽しもうと約束した筈だわ」

 イネス陛下の後ろからルイーズ陛下も来られた。
 深海のような濃いブルーの瞳に、ダークブロンドの髪。ピシッと背筋を伸ばして立つその方は、目元がアレク様によく似ていて、纏う空気は威厳に満ちていた。

「……エレオノール、久しぶりね。会いたかったわ」

「ルイーズ陛下。お久しぶりですわ。お元気そうでよかったです」

 ルイーズ陛下がそう声をかけられると母も笑顔で返す。二人が挨拶をする様子を見ていれば、ゆっくりとルイーズ陛下の視線が私へと移った。

「マリアンヌもよく来てくれたわ。私と会うのは初めてよね」

「はい。王太后陛下にはお初にお目にかかります、マリアンヌです。以後お見知りおきを」

「ふふふ。顔をよく見せてちょうだい。私、貴女と会える事もとても楽しみにしていたのよ。あの無愛想な息子のお嫁さんに、貴女みたいな素敵なお嬢さんが来てくれるなんて、なんとも嬉しいことね。……アレクはどう? 最近雰囲気が変わったとは聞いているのだけど、貴女にちゃんと優しくしているかしら?」

「はい。アレクサンドル様は本当にお優しい方ですのね。お屋敷でもとても良くしていただいていて、感謝しておりますわ」

「まぁっ、本当? それなら良かったわ。一安心ね」

 そして、お互いに顔を見合わせて笑い合う。
 厳しそうな雰囲気を纏いながらもその笑顔は優しいもので、私は内心でほっと息を吐いたのだった。


 ――それは、そうやって私たちが話をしている途中の事だった。

「……アレクおじさんの、およめさん?」

 不意に下からそんな声がしたのでそちらに視線を移すと、黒髪にアメジストの瞳をした男の子が、私のドレスを握りながら私たちを見上げていた。

 その容姿から、すぐに第一王子殿下だと理解する。

「ダメよ、リュカ。レディにはきちんと挨拶しなさいといつも言っているでしょう?
 マリアンヌも。ごめんなさい、あまり人前に出していないものだから、礼儀がまだしっかりと身についていなくて……」

「あ、いいえ、私は……」

 イネス様が怒った表情でリュカ殿下に声をかけた後で、私に謝ってきた。私は微笑んで首を振り、気にしていないことを表す。
 お会いしたいと思っていた方だったし、それに殿下はまだ4才の筈。近付いて来てくださっただけでも感激だった。

「ごめんなさいっ。お母さま。え、ええと……」

 イネス様の言葉に、足元でリュカ殿下がアワアワとされている。
 その様子が微笑ましく、私の口元には自然と笑みが浮かんだ。

「お初にお目にかかります、リュカ殿下。私はマリアンヌと申します。ぜひマリーとお呼びくださいませ」

 目線を合わせる為、いつもより低いカーテシーをとれば、リュカ殿下の顔がパッと輝いた。

「マリー! 私の名前を知ってるんだね! すごい! これからよろしくね!」

「はい。よろしくお願いします」

 手が差し出され、握手をする。
 その屈託のない笑顔は、以前予想していた以上のとても可愛らしいものだった。

「さぁ! 立ち話もなんだし、座ってお茶にしましょう! 早く二人から話が聞きたいわ!」

「そうね。エレオノールからもマリアンヌからも詳しく話を聞きましょうかね」

 イネス陛下が急かすようにテーブルへと私たちを促すと、ルイーズ陛下もそれに応えるようにウインクした。

 そうして五人でのお茶会が始まったのだった。



 *



「ええ?! あの舞踏会の次の日に婚約の申し込みが?! まぁぁ! まさに電光石火ね!」

 イネス様が扇で口元を隠しながら驚いた声を出した。

「……兄弟ってそういうところも似るのかしら……?」

 かと思えば、眉をひそめてボソリと何かを言う。
 それに対してキョトリと首を傾げれば、母と話をしていたルイーズ様がこちらを向いた。

「そう言えば、貴女の前でのあの子はどうなの? 優しいとはさっき聞いたけれど。……でも、あの子無表情だし、基本喋らないし、一緒に居て退屈なのではなくて?」

「そう? ですか? まぁ、確かに最初は無表情な印象を受けましたが……。でも、最近は私に慣れてくださったのか、よく微笑んでくださいますし、この前も声をあげて笑っておられましたよ?」

(というか、私が笑われたのだけれど。……何度思い出しても恥ずかしいわ)

「「「ええ?! 声を出して笑った?!」」」
「あのアレクサンドル様が?!」
「あの子が?!」
「あの大公閣下が?!」

 あの日の事を思い出す。再び身悶みもだえそうな恥ずかしさに襲われていると、急に三人がハモって声を上げたので驚いた。

「は、はい。ハハハと。笑っておられました」

「アレクサンドル様って笑うことがあるのね……。ああ! そう言えば舞踏会の時にマリアンヌ様に微笑まれたとか! 私、ちょうどその時、別の貴族からの挨拶を受けていて見られなかったんですの! 残念だわぁぁ!」
「あの子、母親である私の前でも、もう滅多に笑わないのよ! 私も舞踏会に行けば良かったわ!」
「私、見ましたわ! それはそれはふんわりと微笑まれて! あの瞬間かなり周りがザワつきましたのよ!」

「えっ? でも、アレクおじさん、笑うよね?」

 その後、怒涛どとうの勢いでイネス様とルイーズ様と母が扇を突き合わせて話をしていると、リュカ殿下が声をあげた。

 三人が一斉にこちらを向く。

 ……ちなみに、なぜこちらを向いたかというと、リュカ殿下が私の膝の上に座っているからである。

 何故か、王宮以外から来た人間が自分の名前を知っているという事がツボに入ったらしいのだ。それから最近読んだ面白い本の話などを話しているうちに非常によく懐かれた。

 可愛い殿下からニコニコしながら話しかけられれば、「王国にいる者ならほとんどが貴方の名前を知っていますよ」なんて言い出せる筈もなく。
 まぁ、正直、重たくないと言えば嘘にはなるが、丸い後頭部の真ん中に見える旋毛や、後ろから見えるふくふくとした頬っぺた、ほんのり赤い耳を見られるだけで、膝にかかる体重なんて帳消しになるというものだった。


「リュカ、そ、そうなの?」

 三人を代表するように、イネス様が尋ねてきた。

「うん。おじさん、笑うよ? ねぇ、マリー?」

「ええ、はい。なんだかんだで感情は豊かな方だと思います。確かに、表情筋が硬めで、ハッキリとは出ないようですが」

「「「……そうなのね」」」

(すごい、またハモってる……)

「でも、最近のあの子は雰囲気が柔らかくなったとは聞くけど、笑うようになったとまでは聞かないわ。リュカは子どもだからとして、女性相手ならマリアンヌにだけなのかしら?」

「どうなんでしょうね? でも、もしそうなら、自分にだけ微笑みかけてくれるなんてトキメキますわねぇ! マティス様は割といつもニコニコしていらっしゃるから、そういうトキメキはちょっと有りませんもの!」

「ああ、でも、これでもっと今度の舞踏会が楽しみになったわ! 正式に婚約すると聞いた時、最初はどうなることかと思っていたけれど、マリーが幸せそうで一安心よ。アドルフにも言っておかなくては。……あ、そうよ。舞踏会と言えば、マリー、今度の舞踏会用のドレスは決まったの?」

 母にそう尋ねられたので、マダム・ローズのところに頼んだと話をした。

「まぁぁ! マダムのショップ! 今人気でしょう? なかなか予約が取れないって噂なのよ! アレクサンドル様、頑張ったのねぇ!」

「濃紺に黒! あの子の騎士服と髪の色ね! あの子きっと喜ぶわ! 最近は若い者に任せようと思って宮の奥に引っ込んでいたけれど、今度の舞踏会は是が非にでも出席しなくては! ああ! 当日が楽しみだわ!」

「「ええ! 本当に!!」」


 ………


 と、いう風に。

 私とアレク様について根掘り葉掘りと聞かれ、私の答えに対して、他の女性三人がキャッキャと話をしたりハモったりして、この日のお茶会は進んでいった。

 ちなみに。
 三人が一斉に振り向く度、私とリュカ殿下はビクリとして手を握り合った。なので、お茶会が終わる頃には、私たちの間には不思議な絆が生まれていたのだった。
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