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第18話【Side サラ】
しおりを挟む屋敷の廊下をゆっくりと歩く。
「マリアンヌ様、こちらです」
そう言って案内した部屋の中では、この方の為にと呼ばれた女性たちがズラリと並び、笑顔で待ち構えていた。
マリアンヌ様がこちらの屋敷に来られてから数ヶ月が経ち、夜に吹く風にも少しヒヤリとするものが混じるようになった。そんな、夏の終わりを感じるようになってきた今日この頃。
この日は、王都で今一番の人気を誇るドレスショップのマダムに来てもらうことになっていた。結婚式用のウェディングドレスと、約一ヶ月後に控えた王宮舞踏会用のドレスを作るためだ。
「こんにちは、マダム・ローズ。他の皆さんも、今日はよろしくお願いしますね」
挨拶のためにマリアンヌ様がカーテシーをとられれば、ショップのスタッフだけでなく、手伝いと称して集まっていた屋敷のメイドたちまで皆、頬に手を当ててタメ息を漏らした。
(ああ……、いつ見てもお美しいわ……!)
常にお側にいさせてもらっている私とて、その洗練された優雅さには惚れ惚れしてしまう。マリアンヌ様の側付きになれたことは、今や私の一番の自慢となっていた。
「まぁまぁまぁまぁ! あなたが、あの大公閣下がぞっこんになってると噂のお嬢さんね! あらぁー! こんなに可愛らしいなんて!」
マダムが、感激したように捲し立てながらマリアンヌ様の手を取る。その勢いに驚きつつ、マリアンヌ様は、何のことかと言わんばかりに首を傾げられた。
「……ぞっこん? ……噂?」
「あらっ! ふふふ! いいのよいいのよ気にしないで! こっちの話だわ!」
マリアンヌ様の様子に、マダムは楽しそうに返事をする。
(知らないのは、当のご本人だけなのよね……)
そのやり取りを見ながら、私はそんなことを思った。
旦那様が可愛い婚約者様を溺愛中というのは、今、王都中の噂となっている。
かつての旦那様は、女嫌いとの噂が流れてもおかしくない程に、その容姿に反して浮ついた噂の一つもない方だった。そんな方が急に婚約を発表したのだから、その注目度も、まぁ、仕方のないことである。
それに、事実、旦那様はマリアンヌ様にぞっこんなのだ。
帰宅して一番にジルさんに尋ねるのはマリアンヌ様の様子であり、私と会えばマリアンヌ様は不自由な思いをしてないかと確認される。
この前のお休みの日に見せた旦那様の様子には、私もジルさんも思わず目を疑ったものだ。あんなにも感情をダダ漏れにさせる旦那様は珍し……いや、最近はめちゃくちゃよく見るか。って、それにしても旦那様が声を出して笑うなど、それこそ、私! 初めて見た!! という状態だ。
ちょっと前までの、全く女性の気配をさせない旦那様を、屋敷中の者が心配していた頃が懐かしいものである。
旦那様が舞踏会から帰宅された早々「近々私は結婚するぞ」とブチかまし、私たちに激震をもたらしたあの日のことを皮切りに。マリアンヌ様が、女神の如く私たちの前に降臨されてから、本当に毎日が嬉しい驚きに満ちていた。
ちなみに、巷で流れている噂の詳細についてだが。
まず、旦那様が自ら跪いてダンスを望んだ女性は誰だったのかと噂になり。それがシュヴァリエ侯爵家のご令嬢だと分かれば、今まで旦那様が誰も相手にしなかったのはその方の存在がいたからではないかという噂になった。
最近の旦那様の雰囲気が柔らかくなったのも、ようやくご婚約され、その可愛い婚約者と一緒にいられるようになったからではないかと言われている。
まぁ、事実とは多少異なる部分もあるが、特別訂正しないといけないような噂でもないので、屋敷の人間は噂をそのままにしているのだった。
「さぁさぁ、どんなドレスにしましょうかねぇ! スタイルもいいし、その髪色はどんな色のドレスとも相性が良さそう! ああ、イメージがどんどん湧いてくるわ!」
マダムは一頻りマリアンヌ様を眺めると、ものすごいスピードでデザイン画を描き始めた。
一方でマリアンヌ様はというと、ショップのスタッフによって服を脱がされ、採寸作業へと入っていく。
「ソフィさん! マリアンヌ様はまだお若いですし、可愛らしい雰囲気もお持ちなので、プリンセスラインのドレスが良いと思います!」
「そうねぇ。でも、スタイルが良くてらっしゃるから、マーメイドも捨てがたいわ。レースのロングトレーンを後ろに流せば豪華だし。可愛いらしさの中に凛とした雰囲気も持つマリアンヌ様にピッタリよ」
「ああー、なるほど! マーメイドも有りですね! スレンダーラインも清楚さが醸し出されて良き!!」
「あらあらふふふっ! 本当にどんなドレスもお似合いになるでしょうから迷ってしまいますわね! 私も腕が鳴りますわ!」
今日は私だけではなく、メイド長のソフィさんも一緒だ。二人で熱く語り合っていると、そこにマダムも加わり一緒になってワイワイと話し合う。
「まあ! なんて綺麗なお髪! 柔らかでサラサラで! お肌だって本当に白くてしっとりすべすべで羨ましいですわぁぁ!」
「手も足も長くて、ほっそり! ウエストはキュッとしてるのに、お胸はほどよくお有りで! ちょっと失礼、……まぁぁ! なんて柔らかさ! 大公閣下が羨ましいわ!」
その横では、下着姿のマリアンヌ様がスタッフに囲まれていた。
マリアンヌ様はこの屋敷に来られた時には既に、完璧といっていい程美しく磨き上げられていた。
シュヴァリエ侯爵家のメイドの腕にも感心したが、どうやら、マリアンヌ様自身も相当努力されていたらしい。こちらの屋敷に移られた今も、よくお部屋でストレッチやマッサージをされている。ダンスも頑張っておられるし、食事にも気を使われているようで、コックのポールと話をするために自ら厨房へ行かれる事も多かった。
(当然よね! マリアンヌ様の努力に見合うよう、私たちも頑張って日々磨かせていただいてるんだから!)
それに、この屋敷に来られてから確実に、内側から滲み出る美しさに磨きがかかっている。
愛されている女性特有の美しさといったところだろうか。旦那様と一緒にいる時の、少し恥じらいを含んだ笑顔のなんと愛らしいことか。お互いに顔を見合わせて微笑まれている時のお二人は、神々しさすら感じるものだ。
(はぁぁ……! マリアンヌ様を『奥様』とお呼びできる日が待ち遠しいわ!)
そんな事をうっとり考えていると、
「み、みんな! ありがとう! でも、ちょ、ちょっと落ち着いて!」
マリアンヌ様の焦ったような声がしてハッとした。
慌ててマリアンヌ様を見ると、スタッフに押し倒されんばかりのお姿が見えた。
「マリアンヌ様?!」
「サ、サラっ」
「あああ! 申し訳ありません! マリアンヌ様があまりにお美しくてつい!」
「こんな美しい方のドレスが作れるなんて光栄ですわ! 絶対に素敵に着こなして下さいますもの!」
まだ興奮冷めやらぬスタッフから助け出す。守るようにそのお体へ腕を回せば、マリアンヌ様も縋るように私に抱き着いてきた。
「あ、ありがとう……っ。サラ」
「っ?! ひぇっ!」
これは、あれだ。目の毒だ。
こんな、下着姿で縋り付いてきて、頬と耳を赤く染め、潤んだ瞳で見上げてくるマリアンヌ様は、ソッチの趣味がない私でもクるものがある。
「……サラ、顔が真っ赤よ」
私が叫び固まっていれば、ソフィさんがマリアンヌ様にローブをかけながら声をかけてきた。
「いや、でも、これは仕方ないでしょう?! ……ちょっと、ほんとに、危なかったー。もう少しで落ちるところでした」
「「「「たしかに」」」」
見ていた周りの声がハモる。
「……?? みんな何の話をしているの?」
「「「「マリアンヌ様は可愛らしいという話ですよ」」」」
みんないい笑顔である。
それに対して、戸惑うように少しオロオロされるお姿にすら、私たちは胸をグッと押さえたのだった。
「さぁさぁ! 採寸も終わった事ですし、デザインとドレスに使う布やレースを決めていきましょうね!」
マダムがパンパンと手を叩いて促してきたので、今度はマリアンヌ様にも加わっていただき本格的に話し合う。
最終的に。
ウェディングドレスは、純白のAラインドレスに決まった。旦那様と出会われた舞踏会にて、マリアンヌ様が着ておられたドレスをイメージしたらどうだろうかという話になったのだ。
また、今度行われる舞踏会に着ていくドレスは、スレンダータイプに決まった。
メインカラーは旦那様の騎士服と同じ濃紺で、裾に行くにつれて黒くグラデーションになるようにレースが重ねられる予定だ。胸元には、旦那様の瞳と同じ色の、グレーダイヤを使ったネックレスをおつけになりたいとのこと。きっとドレスとも合うだろうと思われた。
ようやくといった感じだが、その舞踏会にて、マリアンヌ様は旦那様の正式な婚約者としてお披露目される。
ああ、結婚式も舞踏会も、なんと待ち遠しいことか。
(……でも、こんなにも自分を意識した色を纏うマリアンヌ様を見て、旦那様は大丈夫かしら……?)
果たしてあの方は耐えられるだろうか。
それだけがちょっと心配になったのだった。
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