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第13話【Side アレクサンドル③】

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 何故か彼女から目が離せない。
 ドクドクと心臓が早鐘はやがねを打ち、思わず自身の胸に手を当てるが、まったく落ち着かなかった。

 そんな、自分でもよくわからない己の状態に、私は一つの可能性を弾き出す。

(もしかして、……彼女なのだろうか?)

 ――自分がずっと探し求めていた存在は。

 そう思うが、確証がない。

 感情と思考が一致せずに混乱し、自問自答を続けているうちに、二人はダンスを踊り始めた。

 軽快かつ優雅なステップを、息ぴったりに踏む二人。
 それは、白いドレスを着ていなければ、とても今夜が社交界デビューとは思えぬ堂々としたダンスだった。

 ターンのたびに長く艶やかな髪がフワリと揺れ、キラキラと輝き舞う白いドレスが美しい。
 若く美しい二人のダンスは自然と周りの視線を集め、二人が顔を見合わせて微笑み合えば、あちらこちらから感嘆かんたん羨望せんぼうのタメ息が漏れていた。

 目を離そうにも離せない。

 そんな二人の姿を見つめながら、私は一人、チリチリと身を焼かれるような感情を抱いていた。

 それは、明らかな嫉妬という感情。

 相手の男の、その彼女をリードする事に慣れきっている様子。
 ハタから見ていても分かる、互いに信頼しあっているその様。

 それを見せつけられていると感じる度、何故ここまでと自分でも思う程、私はその男に嫉妬した。


 ――曲が終わった。


 ゆっくりと歩みを進め、二人へと近付いていく。
 彼女たちに見惚れていた者たちも、私の存在に気付くと次々と道を開けていった。

 彼女に触れ、言葉を交わし、確かめたい。
 その一心で。

 衆人からの注目を気にする余裕もないまま、私は懇願するように、ダンスの相手を彼女に求めた。



 *



 ホールドを組み、曲に合わせてステップを踏み出したところで我に返った。

「……ッッ!」

 彼女の細い腰が手に触れているという事。ダンスを踊るのも久しぶりな事。自分の無愛想さと、人見知りで、特に女性との会話に自信がない事。そして、彼女の甘い香りを感じる度、脳が痺れそうになる事。

 一瞬で脳内を駆け巡ったそれらに思考はパンク寸前となり、汗がドッと吹き出した。

(と、とにかく何か会話をしなければ……) 

 己の無表情さは自分が一番よく知っているのだ。会話だけでも頑張らなければ、怖がらせてしまう可能性がある。
 緊張で口の中はカラカラだが、ここで言葉を絞り出さなければ、この先もきっと出ないまま。怖がられて嫌われて、そのダメージは想像を絶するものとなるだろう。

「……マリアンヌ嬢はダンスがお上手だな」

 自分の口下手さを呪いつつ、なんとか会話をするため、思ったことをそのまま告げてみる。

「ありがとうございます。閣下こそ、普段からお体を動かされているだけあって、とてもお上手ですわ」

「……確かに鍛錬で体を動かしたりしているが、ダンスは久しぶりでね。内心、いつ君の足を踏んでしまうかとヒヤヒヤしている」

 そう冗談めかして言うのが精一杯だった。
 内心では本当にヒヤヒヤしていて。王族のたしなみとして叩き込まれたステップを、体がちゃんと覚えていることに驚いてすらいた。

 それでも。
 私に向けられる彼女の笑顔が嬉しかった。
 会話も、ダンスも、一応なんとかなっている事に心が浮かれた。

 心浮かれて、気持ちもたかぶって、ようやく人心地がつけるかと思ったのに。

「ふふふ、とてもそんな風には見えませんわ。閣下でもご冗談をおっしゃいますのね」

「冗談くらい言うさ。私は冗談も言わないようなイメージだった? ああ、それとも……女嫌いっていう噂のせいかな?」

 私がそう言った途端彼女がフリーズしたので、一気に血の気が引いた。

(は、話を逸らそう! あああ、でも、女嫌いは訂正しておかなくては……!)

 彼女に女嫌いなのだと思われるのは、なんとなく、困る。
 いや確かに、私は女性が苦手ではあるが、『苦手』と『嫌い』ではニュアンスが違う。
 
 そこだけは彼女にきちんと伝えておきたかった。

「女性と踊りながらする話ではないけど、別に、私は女性の事が嫌いな訳ではないよ。ただ、その……、女性の方が私を苦手に感じるのだろう?」

「……何故、そう思われるんですか?」

 キョトンとした顔が可愛い。

「私の無表情は人に恐怖心を与えるのだと、ちょっと友人に言われてしまってね。相手が女性なら尚更だと。もう少し明るい瞳の色なら印象も違うのだろうが……」

「まぁ、確かに。閣下は背もお高い方なので、無表情でらっしゃると少し威圧感を感じますわね……」

 その彼女の言葉にショックを受けた。恐怖心を持たれなかっただけマシなのかもしれないが、どっちみち彼女が私に抱いた印象はよろしくない。

 再び口の中が乾いていった。

「やはりか。……というか。すまない。私は初対面のご令嬢に何を話しているのだろうね……」

 そう言葉を繋げながら、自分の会話スキルの無さに落ち込む。
 焦ってなにを口走ってしまったのか。初対面の女性とするような話題ではないと、よく考えれば分かっただろうに。


 ――曲が終わってしまった。


 彼女との時間も終わろうとしている。

 このまま離れてしまえば、私は彼女の中で、『肩書きだけが立派な、地味で無愛想で会話も下手くそな男』と烙印らくいんが押されるのだろう。しかも本当の事だから手に負えない。

 シュヴァリエ侯爵家の娘というだけで欲しがる男は多いだろうに、こんなにも美しい人なのだ。どんな表情をしても愛らしい。その上、所作もダンスも完璧とくれば、私の付け入る隙もないほど引く手数多あまたとなるのは目に見えている。

 彼女の弟相手でも嫉妬したのだ。
 他の男といる彼女など、想像すらしたくない。

 それに。ただ、単純に。

 ――もう、離したくない。

 そんな己の衝動のまま彼女の手を握り込み、私はホールドを組みなおす。

(ん? …….ああ、そうか)

 とても驚いた様子の彼女を見て、とある事を思い出し、……そして思い至った。

(二曲以上続けて踊るのは、婚約者を意味するのだったな……)

 それもまた有りかもしれない、と。

(だが、彼女が嫌がるだろうか? こんな男が婚約者など……)

 情緒不安定よろしく再び気分が落ち込みそうになっていると、彼女に慌てた様子で声をかけられた。

「えっと、あの、その、閣下はお美しい方ですし。声も素敵で、ダンスもお上手でらっしゃって、今のままでも十分魅力的ですわ。どうしても気になさるなら表情筋をお鍛えになればよいのです。でも、その髪も、瞳の色も、私はとても綺麗だと思います」

「……表情筋……のことはよく分からないが、だが、女性は陛下のような瞳の色を好むのでは?」

「そんなことありません!」

 私の瞳をじっと見つめて彼女が言う。

「美しい瞳の色ではないですか。まるで磨かれたグレーダイヤのようだわ。とっても素敵で、私は好きです」

 ――その言葉を聞いた瞬間だった。

 自分の中で、何かがカチリと繋がった。

(嗚呼、やはりこの人だ……)

 まだ少しあやふやだった脳内が一気にクリアになっていく。

(この人なのだ。私がずっと探し求めていた存在は……)

 頭では諦めようと思っても、心では諦めきれない。ただただ焦燥感が募る日々の中、もしその存在を見付けた時、私はきっと歓喜に打ち震えるだろうと想像したが。
 実際、今この瞬間この身に広がっているものは、彼女が腕の中にいるというとてつもない『安堵感』だった。

「……君はそう思うのか?」

 かろうじて声を振り絞った。

「はい!」

 その笑顔に、涙が滲みそうになった。 
 確かにいる。微笑んでいる。そう思うだけで、自然と笑みが浮かんだ。

「……そうか。良かった。……私が探していたのは、やはり貴女だったようだ」

 一曲目の終わりで手を離さなくて本当に良かった。

(早く正式に婚約し、結婚しなくては)

 ずっと求めていたのだ。
 見つけたからには、

(もう離さない……)

 そこには迷いなど既になく。踊りながら、頭の中では彼女と結婚するためのこれからの算段をつけるのだった。

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