15 / 61
第13話【Side アレクサンドル③】
しおりを挟む何故か彼女から目が離せない。
ドクドクと心臓が早鐘を打ち、思わず自身の胸に手を当てるが、まったく落ち着かなかった。
そんな、自分でもよくわからない己の状態に、私は一つの可能性を弾き出す。
(もしかして、……彼女なのだろうか?)
――自分がずっと探し求めていた存在は。
そう思うが、確証がない。
感情と思考が一致せずに混乱し、自問自答を続けているうちに、二人はダンスを踊り始めた。
軽快かつ優雅なステップを、息ぴったりに踏む二人。
それは、白いドレスを着ていなければ、とても今夜が社交界デビューとは思えぬ堂々としたダンスだった。
ターンのたびに長く艶やかな髪がフワリと揺れ、キラキラと輝き舞う白いドレスが美しい。
若く美しい二人のダンスは自然と周りの視線を集め、二人が顔を見合わせて微笑み合えば、あちらこちらから感嘆と羨望のタメ息が漏れていた。
目を離そうにも離せない。
そんな二人の姿を見つめながら、私は一人、チリチリと身を焼かれるような感情を抱いていた。
それは、明らかな嫉妬という感情。
相手の男の、その彼女をリードする事に慣れきっている様子。
ハタから見ていても分かる、互いに信頼しあっているその様。
それを見せつけられていると感じる度、何故ここまでと自分でも思う程、私はその男に嫉妬した。
――曲が終わった。
ゆっくりと歩みを進め、二人へと近付いていく。
彼女たちに見惚れていた者たちも、私の存在に気付くと次々と道を開けていった。
彼女に触れ、言葉を交わし、確かめたい。
その一心で。
衆人からの注目を気にする余裕もないまま、私は懇願するように、ダンスの相手を彼女に求めた。
*
ホールドを組み、曲に合わせてステップを踏み出したところで我に返った。
「……ッッ!」
彼女の細い腰が手に触れているという事。ダンスを踊るのも久しぶりな事。自分の無愛想さと、人見知りで、特に女性との会話に自信がない事。そして、彼女の甘い香りを感じる度、脳が痺れそうになる事。
一瞬で脳内を駆け巡ったそれらに思考はパンク寸前となり、汗がドッと吹き出した。
(と、とにかく何か会話をしなければ……)
己の無表情さは自分が一番よく知っているのだ。会話だけでも頑張らなければ、怖がらせてしまう可能性がある。
緊張で口の中はカラカラだが、ここで言葉を絞り出さなければ、この先もきっと出ないまま。怖がられて嫌われて、そのダメージは想像を絶するものとなるだろう。
「……マリアンヌ嬢はダンスがお上手だな」
自分の口下手さを呪いつつ、なんとか会話をするため、思ったことをそのまま告げてみる。
「ありがとうございます。閣下こそ、普段からお体を動かされているだけあって、とてもお上手ですわ」
「……確かに鍛錬で体を動かしたりしているが、ダンスは久しぶりでね。内心、いつ君の足を踏んでしまうかとヒヤヒヤしている」
そう冗談めかして言うのが精一杯だった。
内心では本当にヒヤヒヤしていて。王族の嗜みとして叩き込まれたステップを、体がちゃんと覚えていることに驚いてすらいた。
それでも。
私に向けられる彼女の笑顔が嬉しかった。
会話も、ダンスも、一応なんとかなっている事に心が浮かれた。
心浮かれて、気持ちも昂って、ようやく人心地がつけるかと思ったのに。
「ふふふ、とてもそんな風には見えませんわ。閣下でもご冗談をおっしゃいますのね」
「冗談くらい言うさ。私は冗談も言わないようなイメージだった? ああ、それとも……女嫌いっていう噂のせいかな?」
私がそう言った途端彼女がフリーズしたので、一気に血の気が引いた。
(は、話を逸らそう! あああ、でも、女嫌いは訂正しておかなくては……!)
彼女に女嫌いなのだと思われるのは、なんとなく、困る。
いや確かに、私は女性が苦手ではあるが、『苦手』と『嫌い』ではニュアンスが違う。
そこだけは彼女にきちんと伝えておきたかった。
「女性と踊りながらする話ではないけど、別に、私は女性の事が嫌いな訳ではないよ。ただ、その……、女性の方が私を苦手に感じるのだろう?」
「……何故、そう思われるんですか?」
キョトンとした顔が可愛い。
「私の無表情は人に恐怖心を与えるのだと、ちょっと友人に言われてしまってね。相手が女性なら尚更だと。もう少し明るい瞳の色なら印象も違うのだろうが……」
「まぁ、確かに。閣下は背もお高い方なので、無表情でらっしゃると少し威圧感を感じますわね……」
その彼女の言葉にショックを受けた。恐怖心を持たれなかっただけマシなのかもしれないが、どっちみち彼女が私に抱いた印象は宜しくない。
再び口の中が乾いていった。
「やはりか。……というか。すまない。私は初対面のご令嬢に何を話しているのだろうね……」
そう言葉を繋げながら、自分の会話スキルの無さに落ち込む。
焦ってなにを口走ってしまったのか。初対面の女性とするような話題ではないと、よく考えれば分かっただろうに。
――曲が終わってしまった。
彼女との時間も終わろうとしている。
このまま離れてしまえば、私は彼女の中で、『肩書きだけが立派な、地味で無愛想で会話も下手くそな男』と烙印が押されるのだろう。しかも本当の事だから手に負えない。
シュヴァリエ侯爵家の娘というだけで欲しがる男は多いだろうに、こんなにも美しい人なのだ。どんな表情をしても愛らしい。その上、所作もダンスも完璧とくれば、私の付け入る隙もないほど引く手数多となるのは目に見えている。
彼女の弟相手でも嫉妬したのだ。
他の男といる彼女など、想像すらしたくない。
それに。ただ、単純に。
――もう、離したくない。
そんな己の衝動のまま彼女の手を握り込み、私はホールドを組みなおす。
(ん? …….ああ、そうか)
とても驚いた様子の彼女を見て、とある事を思い出し、……そして思い至った。
(二曲以上続けて踊るのは、婚約者を意味するのだったな……)
それもまた有りかもしれない、と。
(だが、彼女が嫌がるだろうか? こんな男が婚約者など……)
情緒不安定よろしく再び気分が落ち込みそうになっていると、彼女に慌てた様子で声をかけられた。
「えっと、あの、その、閣下はお美しい方ですし。声も素敵で、ダンスもお上手でらっしゃって、今のままでも十分魅力的ですわ。どうしても気になさるなら表情筋をお鍛えになればよいのです。でも、その髪も、瞳の色も、私はとても綺麗だと思います」
「……表情筋……のことはよく分からないが、だが、女性は陛下のような瞳の色を好むのでは?」
「そんなことありません!」
私の瞳をじっと見つめて彼女が言う。
「美しい瞳の色ではないですか。まるで磨かれたグレーダイヤのようだわ。とっても素敵で、私は好きです」
――その言葉を聞いた瞬間だった。
自分の中で、何かがカチリと繋がった。
(嗚呼、やはりこの人だ……)
まだ少しあやふやだった脳内が一気にクリアになっていく。
(この人なのだ。私がずっと探し求めていた存在は……)
頭では諦めようと思っても、心では諦めきれない。ただただ焦燥感が募る日々の中、もしその存在を見付けた時、私はきっと歓喜に打ち震えるだろうと想像したが。
実際、今この瞬間この身に広がっているものは、彼女が腕の中にいるというとてつもない『安堵感』だった。
「……君はそう思うのか?」
かろうじて声を振り絞った。
「はい!」
その笑顔に、涙が滲みそうになった。
確かにいる。微笑んでいる。そう思うだけで、自然と笑みが浮かんだ。
「……そうか。良かった。……私が探していたのは、やはり貴女だったようだ」
一曲目の終わりで手を離さなくて本当に良かった。
(早く正式に婚約し、結婚しなくては)
ずっと求めていたのだ。
見つけたからには、
(もう離さない……)
そこには迷いなど既になく。踊りながら、頭の中では彼女と結婚するためのこれからの算段をつけるのだった。
0
お気に入りに追加
1,367
あなたにおすすめの小説
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる