上 下
13 / 61

第11話【Side アレクサンドル①】

しおりを挟む


 物心ついた頃から、……いや、恐らく、この世に生を受けたその瞬間からずっと、私は"誰か"を探していた――。



 *



 私の名はアレクサンドル。
 ここオルレアン王国の第二王子として生まれ、現在ではガルシア大公の爵位をたまわっている者だ。

 これはある日の事。私が団長を務める第一騎士団についての報告をしに、私の兄であり、この国の現国王であるマティス陛下の執務室を訪れた時の話だ。

「今度王宮で開かれる舞踏会だが、お前も出席しなさい」

 陛下が報告書に目を通しながら、急にそう告げられたのである。

「……突然ですね」

「いや、団長になってからずっと社交界に顔を出していないだろう? お前ももう23だ。23といえば、私がイネスと結婚した歳ではないか。そろそろお前もカノジョを作らないと、男として枯れてしまう」

「お言葉ですが、陛下。私は『まだ』23ですよ。それに、今は騎士団の仕事が忙しいんです。夜会に出ている暇などありません」

「何を言う。団長になってからもう三年ではないか。それにたった一晩だぞ? それくらいなら任せられる者もいるだろう? オスカーだっているではないか」

「……そうですが」

 オスカーは第一騎士団の副長だ。
 私と同じ23才で、近衛騎士団団長を父にもつ、仕事に真面目な男である。私と同じ15の時に騎士団に入り、互いによきライバルかつ理解者として一緒に切磋琢磨してきた相手だ。あいつになら何の問題もなく任せられることも確かであった。

「では、決まりだな。ビシッとキめて来いよ」

「ハァ……。わかりました」

 渋々了解を示すと、よろしいと言わんばかりに確認済のサインが書かれた書類を渡される。

「話は以上だ。下がってよい」

 そう言って満足げに笑う兄。その笑顔には、反論を許さない圧力が感じられた。

(まったく、この人はいつもいつも……っ)

 突然つ強引なのだと、内心で悪態をつきつつ、私はただタメ息を吐くしかない。昔から兄に口で勝てたことはないのだ。この笑顔の兄は特に駄目だというのは、自分が一番よく知っている。

「……では、失礼します」

 私は諦めて一礼すると、すごすごと退室するしかないのであった。



 *



「ハァァ……」

 騎士団の隊舎にある団長用の執務室。
 私はそこに戻ると、持っていた書類を机の上に放って椅子に座り、そのまま背もたれに体重を預けた。

 思わず、大きなタメ息が出る。
 考えるのは、先ほどの兄とのやり取りであった。

「……舞踏会か……」

 私の小さな独り言が、くうただよう。

 兄の言葉どおり、私は舞踏会や晩餐会といった、いわゆる社交の場にはここ数年まともに出ていなかった。というのも、生来の人見知りな性格からか、人、特に若い異性との会話が苦手なのである。

 騎士団という男社会で生活していれば、それで困るような場面にはそうそう出会うこともないのだが。

 そもそも女性が喜ぶような会話のネタを持っていないし、ワッとくし立てるように話しかけられると、どう返していいのか分からなくなってしまうのだ。酷い時には、何も言えないままフリーズすらしてしまう。

(兄上も私の性格を分かっているだろうに。何故、放っておいてくれないのか? ……はあぁあ、嫌だ。考えれば考えるほど行きたくない)

 そんなことをうだうだ考えていると、執務室の扉が開きオスカーが入ってきた。

「あれ? アレク、戻ってたのか」

「……ああ。さっきな」

「……? どうした? 浮かない顔をして。書類に不備でもあったか?」

 オスカーが怪訝けげんな顔をして聞いてくる。

「いや。書類は大丈夫だった。ただ、兄上にな」

「陛下? 陛下に何か言われたのか?」

「今度王宮である舞踏会にお前も出ろ、と、言われた」

「へぇ! 舞踏会!」

「そろそろカノジョでも作らないと男として枯れるぞとも言われたよ」

「ハハハ!」

「笑うな。お前だってまだ決まった相手はいないじゃないか」

 オスカーは、濃いブルーの瞳を持つ精悍せいかんな顔立ちをした男だ。赤みの強い金髪を短く切り揃え、そういう家系なのか、父親に似たガッシリとした体躯たいくを持つ。戦い方もその体を活かしたパワータイプだ。
 一見怖そうな容貌をしているが、性格は基本穏やかでよく笑う。その私と真逆の性質タチから、足して割れば丁度いいのにとよく隊員たちから言われていた。

「フハッ! っと、ああ、すまんすまん。だが、第一騎士団団長で、自らガルシア大公の名を賜わるお前と、ただの近衛騎士団団長の次男坊とを一緒にするなよ。貴族の23才となれば、そろそろ婚約話の一つや二つ、出ていてもおかしくないというのも確かだろ? ……まぁ、でも、それにしても意外なのは確かだがな。陛下もそんなことを言うのか」

「私も驚いたよ。……ああ……行きたくない……」

「お前、人見知りだもんなぁ。無口で、どんな令嬢の前でもニコリともしない。知ってるか? 美形の無表情って威圧感ハンパないの。無駄に顔が整ってる上にそんな状態じゃ、怖がられるのも当然ってもんさ。お前、ちまたじゃ女嫌いって噂されてるんだぞ?」

「無駄って言うな。……噂は知ってるよ。だが、仕方ないだろ? 何を話したらいいのか分からないんだから」

「他の事は器用にそつなくこなすのに、対令嬢スキルだけが壊滅的って。……隊員たちにはモテモテなのにな」

「変な言い方をするなよ!」

「ハハハ! あー……、でも、まぁ、出席はしろよ? たしかお前、人を探してるんだろ? それこそ成人したての頃は、その人を探すって言って社交界にも顔を出してたじゃないか。まだ見つけてないんだろ?」

「ああ、まぁ、そうなんだがな……」


 ――そう。オスカーの言うとおり、私はずっと人を探している。


 何気ない日常の、ふとした瞬間に襲われる焦燥感。

 脳裏に一瞬だけ浮かぶ、"誰か"。

 その"誰か"を、心がずっと求めている。

 私は"何を"忘れているのだろうか。
 私は"誰を"忘れているのだろうか。

 頭の中で思い出そうとする度、壮絶な無力感に襲われ心が叫ぶ。

 ――護ると決めたのに! ずっと側にいて、必ず護ると!

 だから、私は騎士団に入ったのだ。

 出逢えた時に、護れる自分になっていたかったから。
 見つけた時に、今度こそ護ると言いたかったから。

 苦手な人付き合いを我慢して社交界にも出ていたのも、もちろんその人を探す為。

 会場に入れば、私の身分からか、探しに行かなくとも沢山の貴族やその令嬢たちが目の前に現れて、触れてみればと思いつつ、ダンスを踊ったりもした。しかし、ピンとくるような人物とは一人として出会えなかったのである。

 日に日につのる、焦燥感と己に対する無力感。
 だが、それを埋めてくれる存在に出会えることはなく。本当に出会えるのかどうかすらも分からない状況は、ただただ私の心を摩耗まもうさせるだけ。

 鍛錬と仕事に没頭する事で気を紛らわせるうち、気が付けば、私は社交界から遠のいていた。


「もしかしたら、その王宮の舞踏会でようやく出会えるかもしれないぞ? ……陛下にも言われたんだろ? 仕事は俺に任せて行ってこいよ」

「……わかった。当日は頼む」

「いいっていいって。あ、そう言えば、その舞踏会にシュヴァリエ侯も出席されるハズだから、挨拶しとけよ? ……あの人怖いからな」

「……それもわかってる」

 私はそう言うと、モヤモヤとした気持ちを振り払う為、仕事用へと頭を切り替えたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...