生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

文字の大きさ
上 下
93 / 96

93話

しおりを挟む
 翌日。

 蜃は、朝餉の後で改めて旬介と話をすると決めた。

 昨晩、新月が自分の代わりに泣いてくれたから早く覚悟がついたと思った。ただ、やはり昨晩はよく眠れなかった。

「兄上、よく寝られませんでしたか」 

「寝れるわけないだろう」

「俺はぐっすり寝ました」

「そうか、それは何よりだ」

 なんのやり取りだと思いながらも、多分お互い話を切り出すタイミングを伺っているのだなと麒麟は思った。ので、朝餉を食べ終わると麒麟は静かにその場を立ち去った。そして、そのまま散歩に行くと新月に告げた。それなりの気遣いのつもりだった。

「私も一緒に散歩してきます」

 黄龍も続けて言うので、麒麟も新月も止めてはみたが

「私は耳が良いので、出来れば離れていたいのですよ」

 というから、仕方がないので麒麟は黄龍を連れて散歩に出た。

「ねえ、久しぶりだな。一緒に出掛けるの」

「言葉遣いがおかしいぞ」

  黄龍は笑いながら、麒麟の腕にしがみついた。

「僕はこっちの方が楽だな。いいだろ、たまには」

「別に」

「麒麟が嫌ならやめる。けど、今でも本当はお前の事は旬介って呼びたいんだ。麒麟と呼ぶとなんかもやもやする」

「え?」

「僕が黄龍と呼ばれるともやもやするのと同じだと思うぞ」

 麒麟は笑った。

「確かに、そうかもな。でも、本当は父上と母上の名前なんだ。今までは借りてただけだから仕方ないだろ」

「わかってるよ、そのくらい」

「でも、気持ちはわかるよ。俺も未だに慣れん」

 そんなたわいない話をしながら、里をぶらぶらしてるだけで、結局二人が帰ったのは夕方だった。


 一方、蜃と旬介は、二人が出払ってからも話すタイミングを見つけられずにヤキモキしていた。

「さて、今日は何をしようか。久しぶりに、手合わせでもしようか」

 蜃は旬介に提案してみた。

「余裕で負けるよ。最近は、めっきり体力も落ちたので、麒麟にだって負ける」

「そういえば、お前の鷹はどうした? 俺を寄越すのに、態々倅に頼む必要もなかろう」

 新月がお茶を運んできたので、それを飲みながら旬介は言った。これも味がしない。

「霊力が無くなりました。気付いたのは、鬼の子に気付いてからだったかな」

 ようやく話す切っ掛けが見つかったと言わんばかりに、蜃は続けた。

「それで、昨晩の続きだ。何を言おうとしていた?」

 旬介は懐から手紙を取り出すと、新月が部屋から出たのを見計らって、それを蜃に渡そうと胸元に押し付けた。

「絶対に誰にも見せないでください。読んだら直ぐに燃やしてください」

 旬介は蜃に耳元でそう囁いた。

 蜃は旬介の手紙を受け取ることに迷いを見せたが、義弟の表情を見たら拒否など出来なかった。受け取ったらお終いな気がしたのに。

「……わかった。お前はどこまで俺を虐めるのだ」

 嘲笑ってみせた。

(この手紙を読んでも、俺は自分の中に希望を持てるだろうか)

 新月に何とかすると言ったものの、何か出来る気がしない。それを打破する何かを見つけたいのに、それすら思い付かず、手紙を読めば最悪のシナリオしか歩め無い気がしてならない。

「やはり、この手紙は」

 突き返そうと手紙を握り直し旬介に押し付けようとすると、旬介はその手をグッと蜃の方へ押した。

「後生です」

 蜃は仕方なしに、それを懐へ入れた。

「いつになるか分からんぞ」

「それでもいいんだ。俺が死んでからの事も書いてあるから」

 蜃は堪らず叫んだ。

「ならば、余計に受け取れんだろ!」

「後生です」

「ふざけるな!」

 蜃は旬介の肩を掴んだ。

「なんで、お前は最後の最後までそうなのだ! 何故、諦める? あの時だって、助かっただろ。今回も助かるから、助けるから!」

「無理です」

 旬介も堪らず泣き始めた。昨晩の新月とよく似ていた。

「俺だって死にたくない。まだ新月と一緒に居たいし、孫だって産まれるんだ。ようやく、兄上とも和解したのに、今までの分、もっと楽しく過ごそうと思ってたのに」

「なら、なんとか方法を探そう」

「無理なんだ、無理だから。だから、せめて最後のワガママくらい聞いてよ」 

「じゃあ、せめて何故無理だと言い張るのか教えてくれ」

 嗚咽を抑えながら旬介は言うた。

「毎晩、鬼の子が俺の中で暴れるんだ。度々、意識が無くなりそうになるから

、身体を焼いて抑えてる。辛いんだ、本当に。焼くのも、抑えるのも。もう、無理だ。本当に」

 蜃は咄嗟に旬介の着物を剥いた。廊下でこっそり聞き耳を立てていた新月が、真っ青な顔で部屋に飛び込んできた。

「お前」

 蜃は吐き気がした。

「眠るために香を焚くと言っていたではないか。それは肉の焼ける臭いを誤魔化すためだったのか!」

 新月が叫んだ。

 旬介の身体には酷い火傷のあとが無数にあった。

「なんで、私に相談してくれないんだ。なんで」

 蜃がひっぺ替えした着物を整えてやると、旬介はしゅんとしたままそこにいた。そこにあった、と称した方がしっくりくるだろうか。そのくらい、誰の目にも小さく見えた。

「じゃあ、新月は俺を殺せるのか?」

 急に放った旬介の冷たい声色に、新月の身体がピクリと動いた。

「もし仮に、新月に相談していたとして。鬼が暴れた時に、新月は俺を殺してくれるのか? 俺が殺してくれと泣いて叫んで、そうしたら殺してくれたのか?」

 新月は、何も言えなかった。

「出来ないんだろ。そんな事わかってる。だから、俺は身体を焼くことで自我を保つしかないんだ。霊力だってもうないから、もう何も出来ないし、抵抗することすら出来ない。俺の中で毎晩バリバリと、鬼の子が俺の魂を喰らうのを聞いているんだ。それが、どれだけ気持ち悪いかわかるか? 今にも新月の眠る部屋の扉を開けて、その首筋に食らいつきたい。黄龍の膨れ上がった腹を引き裂いて、まだ柔らかで新鮮な稚児を食ってしまいたい。それが俺の本性だ」

「……もうよそう、この話は」

 蜃は力無くそう言った。懐に文をねじ込むと、静かに部屋を出た。

 そこには、魂を抜かれたような新月と、旬介だけが残された。

「……新月、ごめん」

 暫くの間を置いて、旬介が呟いた。

「……何を謝る必要がある。お前の言う通りだ。私は、お前を殺せん。どんなに泣き叫ぼうと、懇願されようと、私には殺せん。けど」

 新月は、すがるように旬介を掴んだ。

「少しくらい、ほんの少しでいいから、お前の辛さを私にも分けてくれ」


 独り外に出た蜃は、宛もなくぶらぶらと歩いて回った。

 ふと真新しい神社の前で足を止め、こんな所に神社があったかと首を傾げた。なんとなく気になったので、その神社を見てみることにした。

 少しばかり小さな山になっており、急な階段が刻まれている。

 その階段を上がりながら、あっと気付いた。

 確かに、昔はここに神社などなかった。だって、ここは旬介と晴明の遺体を運ぶために歩いた道筋にあった山だったから。気にも止めない山だったのに。

 何故こんなところに神社等建てたのだろう。

 小さな山と言っても、それなりに距離はある。急なのもあって、少しばかり息が切れた。

「俺も歳だな」

 思わず呟く。

 小さいけれど、立派な祠がそこにはあった。どうやら、掃除も行き届いているようである。

 とりあえず気になったので、賽銭を投げ入れてお参りをした。

 (ちょっと、失礼しますよ)

 祠を開けると、そこには小さな鏡が祀ってあり、更にその奥には絵が飾ってあった。霊獣、麒麟の絵だった。

(誰がこんな。何のために)

 なんとなしにふと辺りを見回して気付いた。

「あ!」

 っと思わず声が出た。

「なんだ、そういう事か」

 思わず笑ってしまった。この神社からは、麒麟領が麒麟邸を中心にほぼ全貌を見渡せるのだ。

 蜃は祠の扉をそっと閉めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

信長の弟

浮田葉子
歴史・時代
尾張国の守護代の配下に三奉行家と呼ばれる家があった。 その家のひとつを弾正忠家といった。当主は織田信秀。 信秀の息子に信長と信勝という兄弟がいた。 兄は大うつけ(大バカ者)、弟は品行方正と名高かった。 兄を廃嫡し、弟に家督を継がせよと専らの評判である。 信勝は美貌で利発な上、優しかった。男女問わず人に好かれた。 その信勝の話。

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...