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47話
しおりを挟む「あの日の夢を見ました。目が覚めたら、今度は蜃様がいなくなっているんじゃないかって思ったら怖くて。顔が見たくなりました」
「そうか」
「蜃様は、いなくなったりしませんよね?」
蜃は、もぞもぞと布団から這い上がると、布団の上で正座した。そして、その前に新月を同じように座らせた。
「今は、お前にだけ話そう。俺はな、この件が済んだら少しばかり旅に出るつもりだ」
「え?」
急に不安げに歪んだ新月の顔を見て、蜃は笑った。
「そう、不安げな顔をするな。只の武術の修行だ。お前も見たろ。辛うじて勝ったとはいえ、俺は旬介にも負けそうになった。この件が済めば、来年にもこの里は新しくなる。俺が全てを任されるとなれば、誰よりも強くある必要があるであろう。俺は誰よりも強くありたいし、あらねばならぬのだ。里のためだけじゃない、お前達のためにもな」
「では、必ず帰ってきてくれますね?」
「ああ、必ず帰ってくるよ。ほんの少しだけだ。その頃は、新月も立派な母になっておるかな?」
「そんなにですか?」
「さあ、どうかな?」
いつまで里を離れるつもりなのか、そこまでは教えて貰えなかった。
「その為には、今夜鬼退治を成功させねばならぬ」
「私は、あの時姉様に寝かされていました。だから、見ていないし、知らないの。だから、月並みな言葉と心配しか出来ないのですけど……ご武運を祈ります」
「ああ」
幼い頃のように、まだ恋心かそうでないのかもわからなかった少女の頃のように、憧れた『兄』は抱きしめてはくれなかった。
その日は、何となく重苦しい1日が過ぎていた。
「ねえ、蜃様に声は掛けなくていいの?」
祭りの日以来、話そうとしない旬介に新月は声を掛けた。
「そんなに避けなくてもいいじゃない」
廊下を歩く旬介の袖を、新月は堪らず掴んで引き止めた。
「もう、うるさいな。厠に行きたいんだから、邪魔しないでよ」
うっとおしそうに新月の手を振り払うと、旬介は厠とは逆の方向へと歩いた。
「何よ。最後になるかもしれないのに、少しくらいお話ししたらいいじゃない」
唇を尖らせながら新月は独り言のようにぶつくさ愚痴ると
「いつまで理由のわかんない喧嘩してんのよ! ばーか」
と最後に声を上げた。
珍しく声を荒らげた新月の暴言に驚いて、晴明が声を掛けた。
「新月、どうした?」
新月は不満そうな顔で、なんでもないと言い捨て、その場を立ち去った。
気付けば兄だけでなく、新月とも喧嘩してしまったことに気付いてはっとした旬介ではあったが、なんとなく意地になってしまったため、行く宛もなく屋敷内を1周するかのようにうろうろしてから自分の部屋に戻った。
兄のことは認めたくないし折れたくもない意地と、そのせいで新月と喧嘩になり、あげく兄の味方をする新月に対するヤキモチで、もやもやした気持ちを抱えたまま部屋に閉じこもるにはストレスが大きすぎた。
「くそっ!」
と小さくやり場のない悪態をつくと、旬介は木刀を掴んで庭に飛び出し、ひたすら藁で作られた木人を殴り付けていた。
何もかもが、面白くなかった。
やがて、空が赤く染まり、漆黒の闇を迎えようとする頃。
蜃は屋敷を出た。富子と泰親の約束の場所に向かう為だった。
その後を、遅れて晴明が追っていた。
深い山道を抜け、忘れられたように雑草の多い茂る奥にその社は存在した。
「お祖母様!」
蜃が声を上げた。
暫くして、生ぬるい風と共に気味の悪い女の声がした。
離れて様子を伺っていた晴明には、直ぐにわかった。懐かしくも、憎みたくとも憎みきれない、母親のそれだと。だから、刀に手をかけながらも、無意識に奥歯を噛み締めていた。
「ああ、蜃よ。可愛い私の蜃よ。よおく、来てくれたなあ」
ぬるぬると、白い頭部だけが蠢くように現れた。
「お祖母様、今日はいつもとはお変わりの姿ですね。身体は何処に忘れて来られたのですか?」
蜃の冗談には聞こえない台詞に、富子は笑った。
「気の利いた洒落も言えるようになったとは、とんだ伊達男じゃ」
富子は、随分と機嫌が良い。それもそうだ。
「今日は、本当に調子が良い。朔は良い」
と、頭部だけでゆらゆらと揺れながら蜃の身体に纏わりついてみせた。
*****
葛葉は、子供達を全員居間に集めた。
「皆も知っておろうが、これからこの里を滅ぼさんとする鬼を退治しに行く。鬼を封ずる為の術を発動させるのは、今回蜃が役目。しかし、その術は思ったよりも不安定で脆い。鬼を封じたあと、更にそれを封ずる。その手伝いをお前等に頼みたいと思っておる」
言うと葛葉は、傍らに置いていた風呂敷包を開いた。そこには、手の平に収まる程度の小さな鏡が5つあった。
「ここに、私がそれぞれ麒麟、青龍、朱雀、玄武、白虎の5つの力を込めた。これをこれからその力を担う各自に渡す。旬介は麒麟を。そして、青龍は紗々丸、朱雀は藤治、白虎は獅郎、玄武は甲蔵」
葛葉から各自それぞれが、その鏡を受け取った。それを見届けてから、葛葉は続けた。
「鬼が封じられた鏡を中心に、その鏡を五芒星の位置に配置する。同時に今から教える呪文を唱え、自らの血をその鏡に付けて封印は完成となる。後、お前達が里を管理するようになった暁には、それぞれの土地にそれぞれの鏡を祀れば完成だ。その祠が壊されない限り、1つ目の封は解かれることはない」
「じゃあ、兄上がもし失敗したらどうするん?」
鏡を天に掲げ、片目で覗き込みながら、旬介が問うた。
「その術だけで封じるしかない。まあ、その術も支柱となる今渡した鏡が壊れない限りは大丈夫だが、1つ壊される度に封印は酷く弱くはなる。ただ、今回鏡は1つしか用意出来んかった。それに、この術は酷く霊力を消耗する。この術にししろ、生克五霊獣の法にしろ使えるのは1度だけだと肝に命じてくれ。最悪、両方の術をそれぞれの鬼に使う事になるやもしれぬ」
旬介達は、なんとなく聞いているしかなかった。緊張感を持っていたのは、新月だけかもしれない。それだけ、現実味のない話に聞こえた。何故なら、富子達鬼に支配られていた里の様子を、幼くして山で隠れ育った旬介には分からなかったし、後から来た者達では知る術すらなかったから。新月にしろ、鬼に支配される恐怖より、誰かがまた居なくなってしまう恐怖の方が強かった。
「鬼がどうとか……よくわかんないや」
ぽつんと紗々丸が呟いた。それを咎めること無く、葛葉は返した。
「わかってからでは、何もかもが遅いのだ」
*****
蜃は富子によって、荒れ果てた社の中に招かれた。中には、幼子のものであろう骨が幾つも落ちていた。
その部屋の中央に、粉々に粉砕された鏡が落ちていた。
「あれは?」
と蜃が問うと、富子は忌々しげに吐き捨てるように言った。
「我らを長い間閉じ込めておった、憎き葛葉の鏡よ。たまたまふらりと現れた男児に、壊させたお陰でこうして自由の身になれたのだがな。目障りだから、片付けてはくれぬか? まだしぶとくも力が残っているのか、触れようとすると焼けるように熱くなるのじゃ」
「あれが、弟達ですよ」
富子は興味もなさそうに言った。
「そうじゃったの」
ぬるぬると、富子の頭は床を這うように移動し、奥に無造作に落ちていたボロ布の中に潜り込んだ。
もぞもぞとその布が、富子の身体を形成した。
「泰親殿は、もう直ぐ現れる」
「今は何処に?」
「地獄じゃ」
「地獄?」
「ああ、そうじゃ。泰親殿は立派な式神使いであったのじゃ。それが、式神を持ち過ぎたせいで地獄に引き摺り込まれてしまった。身体を犠牲にこの世に戻っては来たが、朔の日になると1度あちらに戻らねばならぬ」
「ほう。それは、何故に?」
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