生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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24話

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 慌てて蜃は、それを止めた。
「早まるな。たまたま敷いたままになっておっただけだ。俺は、お蝶さんを助けたいのだ」
「何故ですか? 私は貴方を騙したのですよ」
「俺は、お前を好いているから……誰にも抱かせたくないのだ」
 お蝶の顔が真っ赤に染め上がった。
「間違えた。お蝶さんを守りたいのだよ」
「もう、本音を聞いてしまいましたよ」
 暗かったお蝶の顔に、ようやく笑みが戻った。
「必ず戻ろう。元の生活に」
「はい」

*****

 松兵衛の元に、葛葉からの言霊が届いた。怒りと同時に、安堵すら覚えた。
 晴明や葛葉が反対していたとしても、蜃が里のために力を使い、恵慈家の世継ぎになることを松兵衛は願っていたから。その為に、蜃には武芸も術も教えてきたつもりでいた。晴明同様、鬼の血を継ぐ蜃はまだ術が使えない。けれど、葛葉から血を貰えば、晴明と同様に蜃もその能力を発揮するものと確信していた。
「晴明殿、葛葉殿、松兵衛は譲りませんよ。お家のために、お里のために」
 松兵衛は、腹を括った。
 その晩、長い間蜃を育てた両親と話をした。
「蜃が里に? では、ご無事なのですね」
 何より身を案じていたのは、我が子同様育て上げた養母であった。
「このような惨事に至るなど、思いもよらず。儂が迎えに来るようにと、そう仰せつかりました。そこで、ご相談があります。この家の跡目を、弟君に本当の嫡男にお返ししたいと思っています」
 それには、養父も慌て驚いた。
「松兵衛、そこは前々から案じるなと言っておったはず。このような事件があっても、事が収まれば我々は蜃に従来通り相続させるつもりでいる。それとも、それが晴明殿のお考えか?」
 松兵衛は、首を振った。
「儂、個人の考えです。こればかりは、誰にも譲れぬ。蜃は、恵慈家に生まれた子。龍神と鬼神の血を引くもの。晴明殿や葛葉殿がどんなに遠ざけようとも、それは決して覆らぬ事実。里を取り返す宿命を、背負わねばならぬ子」
 夫婦は互いに顔を見合わせた。
「実の子は確かに可愛い。そして、その子に跡目を譲るのも問題はない。しかし、問題は蜃だ。血は違えど、実の子と同じく可愛がってきたつもりだ。家に振り回され、不憫ではないだろうか。辛い目には合わせたくないのだ」
 松兵衛に、涙が浮かんだ。
「勿体なき、お言葉」
「晴明殿は、儂にとって憧れであり兄のような存在であった。結局、1度も勝てぬままであったが、晴明殿のお陰で道場では負け知らずと言われた。戦でも手柄をたてられた。喰うのがやっとだった我が家がこうして栄えたのも、全て晴明殿のお陰だと思う。ほんの少しでも、力になれたことを誇りに思うぞ」
「松兵衛、もし蜃が戻りたいと望むのなら、私達は構いません。あの子に跡目を譲る前であらば、蜃に跡目を譲りましょう。あの子はね、蜃に隠れて自由に育ち過ぎたから、跡目には向いていませんのよ。ああ、これから蜃のようにお尻を叩いて強くせねばなりませんわね」
 養母が、惜しそうに笑った。
「それで、松兵衛はいつ発つのだ?」
「明日の朝にでも」
「寂しくなるな。しかし、晴明殿がどう思うか」
「言ったでしょう。儂個人の考えですと。全て終えたら、儂は責任を取って自らを島流しにするつもりですよ」
「松兵衛だけでも、いつでもうちにお戻りくださいな」
「お気持ちだけ頂きます」
 話は付いた。松兵衛が思っていた通り、いや、それ以上に夫婦は理解を見せてくれた。弟は、さぞかし寂しがる事だろう。
 翌朝、誰に挨拶もなく、松兵衛は屋敷を発った。

*****

 その晩、蜃は1人で葛葉の元に向かった。今晩、晴明は富子の相手で抜け出せそうになさそうだ。それに、毎晩向かってはいつかバレてしまうかもしれない。何日かに1度は、間を空けるようにしていた。
 1度だけしか辿っていない夜道をうろ覚えで歩き、少し迷いはしたが祠に着いた。
 最初に飛び出してきたのは、旬介だった。
「あ、兄上だ。父上は?」
「今日は、これないよ」
 旬介は、指を銜えて蜃を見上げた。
「あ、ごめん。何も持って来てない。母上は?」
 旬介は、葛葉を呼びに祠に戻った。
 暫くして、葛葉だけが飛び出してきた。
「蜃か、大丈夫なのか。抜け出して」
「ああ、父上が相手をしているから。俺は、あんたと話がしてみたかったんだ」
「そうか。少し、あちらに行こうか」
 葛葉について歩き、少し離れた場所に着いた。そこは少し開けた場所になっていて、端に腰掛けるのに丁度良さそうな切り株がぽつんとあった。
「ここでな、晴明と旬介がいつも稽古をしとるのだ。この場所も、晴明殿が作った。この切り株の椅子も」
 葛葉は、もう会うこともないと思っていた息子とこうして話せる事が、心の底から嬉しかった。
 だが
「俺は、まだ認めたわけじゃない。あんた達が両親だなど」
 と、蜃は言う。
「それは、そうじゃ。これまで何も知らず、知らされず、幸せに暮らしたのに突然そんな事言われても、お主も困るじゃろうて。大丈夫だから」
 言いながら、葛葉は悔しかった。
「でも、これだけは伝えておこう。私は、お前を抱いて……乳をやり……寝かせ……そうして、少しずつ大きくなる所を……見届けたかった……」
 葛葉は、声を殺して泣いた。
「2度と会えまいと……思っていた……お前には悪いが、この状況に……私は……感謝さえしてしまったのだ」
 蜃の胸が、僅かに痛んだ。
「葛葉さんは、この里を取り戻すつもりなのですか? あの子供達を使って。そう、晴明さんから聞きましたが」
「そんな事、できる訳なかろう。そうでも言わなければ、晴明殿も私も壊れてしまう。もう無理じゃ、何もかも。晴明殿を人質にされては、私は何も出来ぬ。私一人がここでこうしておれば、済む話なのだから」
「あんた1人が? 子供達もこんなところで一生生活させるつもりか?」
「子供は何れ大人になる。大人になれば、自ら離れていくよ」
「では、晴明さんは? あんたのために、こうして毎日耐えているのではないのか?」
「晴明殿もな、薄々気付いてはいるよ。私を生かしてくれている。私を愛してくれている。だから、私は死ねなかった。何度も何度も、死んでしまおうかと思った。あの人の負担を減らすためにも。全ては、私が産まれ、生きてきた事が問題なのだ」
「では、ここの民は?」
「もう、既に外へと移り住んでいる者も大勢いる。まだ里に残る者は、覚悟の上であろう」
「では、俺にここの領主になれというのか? あの妖怪に握られ、人形のように生きろと」
「大丈夫、そこは私達が何とかしてやる。それが私達がお前に唯一してやれる事だから。それに、晴明殿はまだ若い。妻を娶って新たに子を儲ける事も出来るであろう」
 蜃は、それ以上何も言えなかった。
 暫く無言でいると、新月が姿を表した。
「どうした?」
 葛葉が声を掛ける。
「旬介が、熱いの」
「病気か?」
 葛葉と蜃は、新月を連れて祠に戻った。新月が用意したのであろう、濡れた手拭いを額に当てて、赤い顔で旬介はふうふう言っていた。
「すぐ医者に」
 蜃が言うと、葛葉は大丈夫と旬介を抱き上げた。
「乳飲み子の時から、こんな場所で育っているから、身体が強くないのだ。それ故、しばしば突然高熱を出すのだ。こうして抱いていたら、朝には治っているから心配はない」
 子は違えど、葛葉は母親だった。旬介を使う事など、蜃同様出来るはず無かった。
「俺は戻る。晴明さんには、伝えておくよ」
 去ろうとする蜃に、葛葉は言葉を投げた。
「蜃よ、巻き込んですまない。だが、信じてくれ。この先を、案じるな」
 蜃の胸が、また痛んだ。
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