生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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20話

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「奥様、若は大切な跡取り。直ぐに調子に乗るのも悪い癖。あまり甘やかしては為になりませぬぞ」
「あらあら、時には甘やかすのも大切ですよ」
 母は、くすくすと笑っていた。

*****

「なにか、逆に申し訳ございませんでした」
 お蝶は、蜃に頭を下げた。
「しかし、よく俺の家がわかりましたな。名も知らんのに」
「はい、家紋を頼りに探しました。私ね、お店に来てくださったお客様の事は大抵覚えているんですよ。特に貴方様は、口元のホクロが印象的でしたし」
「ほほう、どんな風に?」
 蜃が問うと、お蝶は少しばかり顔を赤らめた。
「お若い男性なのに、色気のある方だなと」
 蜃も照れて、顔を赤らめた。生れてから1度も気にも留めていなかったホクロに、初めて感謝した。
「あのう、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「あ、ああ。蜃じゃ」
 お蝶が、何かに気付いたようにピクリとした。
「どうした?」
「いえ、私の知ってる方と同じ名前でしたから」
「そうか」
 と言いながら、蜃はその場でぴたりと足を止めた。道端の紅売の前だった。綺麗に装飾された紅を1つ取り、それを買うとお蝶に渡した。
「これを私にですか? こんな高そうなもの、良いのですか?」
「ああ、色んな意味で貰ってくれ」
 蜃は、声も無く笑うと、お蝶を店まで送った。
 暫く街をうろうろしてはいたが、日が暮れ始めると諦めて家路を辿った。
 尻を擦りながら、深い溜息が出た。

*****

「蜃様を、ようやく見つけたのですね。では、近いうちに屋敷に連れていらっしゃい。抵抗出来ぬよう、お前が惹き付けるのですよ。お前が弱点になるように」
 冷たく淡々と語る泰親を前に、お蝶は泣きながら懇願した。
「そしたら、そしたらおっかあを無事返してくれるのですよね!」
「貴女も、実にしつこい娘ですねえ。返すと言っているではありませんか。但し、蜃と交換ですよ。こればかりは、譲れません」
  泣き崩れるお蝶を1人残して、泰親は煙のように姿を消した。
 初めてお蝶の前に泰親が現れたのは、数日前の出来事だった。
 夜中異様な出来事に目が覚め、母の部屋を開けるとそこには泰親に捕らわれた母がいた。解放して欲しければ、蜃という少年を探せと一方的に告げて泰親は母と共に消えた。店を閉めてしまおうかとも考えたのだが、毎日手伝いに来てくれる叔母の案で、父と叔母とお蝶の3人で店を続けた。
 お客が手掛かりになればと、雑誌にも載せてもらった。父の必死の努力で、どうやら武家に蜃と言う名の少年がいる事がわかった。だが、武家だけに安易に近付ける筈もなく。その切っ掛けのため、武家の知り合いを作ろうと蜃に近付いた。
 べろべろに酔っ払った蜃が会計を済ませて店を出る時、さりげなく数珠を引きちぎった後、彼の後を着けた。
 自分がとんでもないことをしている事はよくわかってはいたが、どれもこれも母の為だった。そして、同時にお蝶も疑問があった。蜃に何があるというのか、この少年の為に無関係な自分が何故巻き込まれなければならないのか。見ず知らず、知りもしない蜃を恨むことでしか冷静さを保てなかった。
 泰親が姿を消すと、お蝶は憎らしさと共に蜃から貰った紅を床に投げつけた。紅入れの蓋が傷付いた。

*****

「聞きましたよ、兄上!」
 尻を擦りながら蹲る蜃に、弟は構わず喰ってかかる。
「昨日お蝶殿が、来てくださったと言うではないですか! 何故、オレにも声を掛けてくださらなかったのですか」
「あたたっ……。お前は、二日酔いで死んどったではないか」
 顔をしかめながら、蜃は弟を見上げた。その目にはうっすら涙さえ浮かんでいる。案の定、松兵衛に帰宅後、今朝になってしこたま怒られた。
「あーあ、オレも会いたかったな。ねえ、兄上また行きましょうよー!」
「今日は、行かんぞ。これ以上は、俺の尻がもたん」
 弟は、ぷぅっと唇を尖らせた。
「ところで、お蝶殿は何の用だったのですか? 兄上がそんな状態なのと、何かご関係が?」
「ああ、大いにな。お蝶殿が、俺の数珠を届けてくれだのだ」
「なーるー」
 弟は、安堵の溜め息を吐いた。
「なんじゃ?」
「だって、別に兄上に求愛に来た訳じゃないって事でしょうが。これが安心せずにおられましょうか」
 言うと、弟はびゅんと屋敷を飛びだしてしまった。

*****

 松兵衛の元に、1通の文が届いた。晴明からであった。富子が蜃を狙っていると、そのような内容であった。
 この武家の家は、それまで子宝に恵まれなかった為、蜃を養子に迎え入れた。しかし、その直後に良くも悪くも男児を授かってしまった。
 主人の義理深さの手前、あくまで嫡男、跡取りは蜃にと決めてくれてはいたが、松兵衛としては少々思うところもあった。
 蜃が恵慈家の跡取りとして申し分無いどころか、救世主にさえ成りうる力を持っている事は、松兵衛も確信していた。いっそ、蜃を帰して葛葉と共に里を取り返す宿命を背負わせてしまっては。里の頭領になって貰うことがベストなのではないかと、いつも考えていた。その矢先の文である。これは、いい機会なのではないだろうかと。尻を叩きながらも、立派に育ててきた自信はあった。
 だが、その決断は松兵衛1人では出来ない。
 長い間思い悩んできた旨を書き留め、晴明宛に文を送った。

*****

 松兵衛には、最近特に怒られすぎだと流石に反省した蜃は、暫く家で大人しくしていた。反面、弟はお蝶の店に通い詰めらしく、どうやら飽きもせずに求愛を続けているらしい。
「松兵衛、たまには弟も叱ってはくれぬか。俺ばかり尻を痛めるのでは、流石にグレるぞ」
「儂は、若のおもり役。弟君を勝手に叱れませんからな」
 蜃は、ぷうっと口を尖らせた。母にも頼むが、笑って誤魔化された。
「なんじゃ、なんじゃ俺ばかり!」
「仕方ないでしょう。若は嫡男であらせられ、お世継ぎなのですから。少々厳しくもなりますて」
「少々どころではない」
「では、若が弟君を叱ってはよろしいかと」
「馬鹿をいうな」
「では、若も久しぶりに出掛けてはどうですか? お蝶という娘のところに」
 正式な許しが出た! と理解した蜃は、返事もせずに屋敷を飛び出した。

 お蝶の店は、相変わらず忙しそう。お蝶は蜃を見つけると、真っ先に歩み寄った。
「お久しぶりですね。お話はお聞きしておりましたよ。随分お尻をお痛めになったとか」
 お蝶がくすくす笑うので、蜃は真っ赤になりながらも慌てて否定した。
「あいつの戯れ言じゃ! 信じるな。全く、少しばかり忙しかったのだ」
「今日は、どうされますか?」
「酒と肴を適当に」
「はい」
 そして、蜃は店内をきょろきょろ見渡した。
「あいつは、来ていないのか」
「あら、ご存知ございませんか? 私のお友達と交際していらっしゃるのですよ」
「はあ?」
 と、思わず声が出た。どうやら、弟の求愛の相手は蜃の思い違いだったようだ。
 後で、問い詰めてみよう……。
「お蝶さんは、お相手はおらぬのか?」
「私は1人ですよ」
 ふと、蜃の背筋に寒気が走った。どうやら、気付かないうちにお蝶ファンの殺気を受けていたようだ。
「そういう蜃様こそ。綺麗な顔立ちでいらっしゃいますし、引く手数多なのでは?」
「まあ」
 自慢じゃないが、弟と似ても似つかない美形の部類。実際他人なのだから当たり前なのだか、この時はまだお互い他人のように似ていないな、くらいにしか思っていなかった。故に、時々恋文もやってくる。
「お蝶さん、その話はよそう。命が危ない」
「え?」
「それより、酒を頼むよ」
 お蝶は、あっと声を上げると慌てて厨房に飛び込んだ。
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