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18話
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何年も前から、晴明は旬介に早くも剣術を教えていた。葛葉も、術を教える頃合になってきたのかもしれないと思った。そして、不幸にも孤児になった新月にも、何か教えてやれればと思った。
「葛葉様、遅くまで寝過ごしてしまいました。ごめんなさい」
「酷く疲れておったようだな。気にするな。それより、雑炊が出来ておるぞ。たんとお食べ」
新月は、貪るように啜って食べた。
「大きくなって恥ずかしくないように、私が新月に行儀を教えてやるからな。今は気にせずにいるといい」
「それは、旬介のお嫁になるということですか?」
この子は、頭がいいと葛葉は思った。そして、悲しくも先を考え過ぎるのだと。
「それは、お前が決めたらいいよ。私は、お前の母になりたいだけだ。本当の母にはなれぬが、お前にとってもう1人の母になれればそれでいい」
新月は、こくりと頷いた。
選択、その道を考えたことがなかった。自分で決められる。不安だが、少し嬉しくも思えた。
暫くして、旬介が戻ってきた。
「新月、起きたー?!」
「まーた、お前は何処に行っておったのだ」
葛葉の呆れ声が響く。
「新月にあげようと思って。母上にもあるよ!」
懐から、柿やら栗やらを取り出した。
「危ないことはするなと言っておるだろ」
「大丈夫だよ!」
一応怒りはするが、葛葉にとっても旬介の調達してくる食糧はありがたいものだった。晴明が来ない日は、おのずと食糧が少なくなる。食い扶持が1人分増えれば尚のことだし、1人増えたことを晴明はまだ知らない。
「母上の栗粥は美味しいんだよ!」
新月は、ふと気付いた。お礼を、ずっと言い損ねている。
「ありがとう」
「へへっ」
「オラ、お前の嫁になってもいい。それが、オラが出来る恩返しならば」
「大人になるまで、待てばよい」
葛葉は優しい。物心付いて暫くして、兄のつもりで慕っていた幼馴染がよく働くからと12歳になったら嫁がせると言っていた両親とも、将来美人になるから高値で売れると助けるふりして引きずり連れたあの男達とも違う。両親の優しさとも他人の冷たさとも違う、不思議な感じだった。
「葛葉様は、余所者に何故そんなにお優しいのですか? 」
「ここは、そういう里であって場所でもあるからですよ。少し難しいからね、何れまたゆっくり話すとしようか。もう少し、新月が大人になったらね」
「はい」
誤魔化されてしまった気もした。けれど、今は何も考えずに甘えてしまおうと。考えるのも、少し疲れていた。
その晩、初めて晴明と出会った。
「昨晩は、来れずにすまなかった。腹が空いたろう、少し多めに持ってきたのだ。それと旬介にこれを」
晴明が懐から取り出した懐紙には、金平糖が包まれていた。
「きれいだね。父上、これは?」
「金平糖だよ。食べてみろ」
言われて旬介は、金平糖を初めて口に含んだ。甘くて美味しい。
「昨日、母上が俺にくれたのだ。まだ、子供だと思っている。さて、葛葉。奥の娘は?」
間接的に指名され、新月の肩がビクッとなった。
「村を焼かれ、売られる途中逃げてきた哀れな子じゃ。旬介の遊び相手にな」
「この子も、ここで世話するつもりか?」
「はい」
晴明は、呆れたように笑った。
「追い出す訳にもいかぬしな。娘が1人増えたところで構わぬ。ただ、少し狭くなるが大丈夫か?」
「大事無いよ」
旬介が、晴明に飛びついた。
「新月は、俺のお嫁さんだよ」
「はあ? まだ、お前には早いだろ」
「決めたんだ!」
可愛らしい子供の戯れ言だと、晴明は旬介の頭を撫でた。
「では、新月を守れるように、しっかり修行せねばな。さあ、始めようか。時間は少ない」
旬介は、晴明に着いて祠の裏へと歩いていった。
「葛葉様、オラこのままいても大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、安心せえ。それから、オラではない。私と言うのだ。言葉遣いも変えていかねばな。さて、夜は遅い。先に寝ておれ」
「葛葉様は?」
「帰るまで起きているよ。いつも夜明けの鳥が鳴くまで続くのだ。その後、旬介を休ませるのだけど、あいつは元気いいから昼過ぎまで暴れてるな」
葛葉は疲れたように、苦笑してみせた。
「じゃあ、オ……私も待っています」
「無理はするなよ」
「大丈夫」
夜の灯りの頼りは、月光だけだ。火を灯せば、富子達に見つかるかもしれないから。
新月は、ふと久しぶりに夜空を見上げた。綺麗な星が空を埋め尽くしていた。あの日逃げていた空も、村を焼かれた空も、変わらずこんな風景だったのだろうか。
今は綺麗な着物に、優しく母にも代わる人がいる。
「葛葉様、おっかあと呼んでもいいですか」
必死だったせいか、ふと寂しさと悲しさが込み上げてきた。当たり前か、まだ10歳にも満たない子供なのだから。
「それは、私としても嬉しいな。けれど、おっかあではなく母上な」
「はい、母上」
「待つ間、お茶でも飲もうか。先程、晴明殿が持って来てくれたから」
ほんの少しだけ、新月は幸せだと思った。
*****
あれから10年と少し経つか、富子達は確実に里を支配していた。
だが、思うようになびかず、どこか冷たい素振りの晴明に富子はやきもきしていた。
「晴明、今日は唐菓子を持ってきたぞ。ささ、お食べ」
また、高級な菓子を晴明に差し入れる。いつも何処から手に入れるのか、わからないが旬介が喜ぶからと食べた振りをして懐にしまっていた。
「ありがとうございます」
いつもは、これで終わりだ。しかし、この日は違っていた。
「晴明や、そういえば主の子。今は、幾つになったのかえ」
晴明の心臓が、びくりとした。
「はて、10歳は超えているように思いますが。あの日、葛葉と共に追い出した次第です。はて、今は何処で何をしているのか」
「会いたいのお」
富子のその一言に、晴明の全身から血の気が引いた。
「今更会って、どうなさるおつもりで?」
「いくら葛葉の血を引いていても、主の子には変わらぬ。主はなかなか嫁をめとろうとせぬし、第一そなたにぴったりの女子がおらぬ。跡取りとしては、大事な存在であろう」
「跡取りと言っても、俺はまだこの地の当主になってもおりませんが……」
「何を言うか」
富子の顔が、にんまり歪んだ。
「今までの事も含めて、全ては晴明のため。当主の自覚がなくとも、主は既に当主じゃ」
「しかし、全ての権利も力も何もかも母上が握っているではありませんか。俺は何1つ自分で成した事などありません」
「それは、主がまだ子供だから。私の助けがなければな」
晴明は、静かに奥歯を噛み締めた。
この人は、自分を盾に好きにやりたいだけなのだ。それは、最初から分かっていたことだが……こうも全て押し付けられては、流石に虫の居所も悪くなる。
「失礼」
と、自分の部屋でありながら、その場を去ろうとした時だった。
「晴明、何を怒る事があるのだ。まあいい、主に面白い話を聞かせてやろう」
「何ですか? おとぎ話か何かで?」
富子はくふふと笑った。
「藤緒がな、実は人知れず子を産んでおったのだ。その娘を見つけたのだ。この娘を使って、主の子を我わのものにしようと思う。お主も、父として嬉しかろう。葛葉のさらった我が子が、いよいろ戻る時が来たのだよ」
再び、晴明の全身から血の気が引いた。
「葛葉様、遅くまで寝過ごしてしまいました。ごめんなさい」
「酷く疲れておったようだな。気にするな。それより、雑炊が出来ておるぞ。たんとお食べ」
新月は、貪るように啜って食べた。
「大きくなって恥ずかしくないように、私が新月に行儀を教えてやるからな。今は気にせずにいるといい」
「それは、旬介のお嫁になるということですか?」
この子は、頭がいいと葛葉は思った。そして、悲しくも先を考え過ぎるのだと。
「それは、お前が決めたらいいよ。私は、お前の母になりたいだけだ。本当の母にはなれぬが、お前にとってもう1人の母になれればそれでいい」
新月は、こくりと頷いた。
選択、その道を考えたことがなかった。自分で決められる。不安だが、少し嬉しくも思えた。
暫くして、旬介が戻ってきた。
「新月、起きたー?!」
「まーた、お前は何処に行っておったのだ」
葛葉の呆れ声が響く。
「新月にあげようと思って。母上にもあるよ!」
懐から、柿やら栗やらを取り出した。
「危ないことはするなと言っておるだろ」
「大丈夫だよ!」
一応怒りはするが、葛葉にとっても旬介の調達してくる食糧はありがたいものだった。晴明が来ない日は、おのずと食糧が少なくなる。食い扶持が1人分増えれば尚のことだし、1人増えたことを晴明はまだ知らない。
「母上の栗粥は美味しいんだよ!」
新月は、ふと気付いた。お礼を、ずっと言い損ねている。
「ありがとう」
「へへっ」
「オラ、お前の嫁になってもいい。それが、オラが出来る恩返しならば」
「大人になるまで、待てばよい」
葛葉は優しい。物心付いて暫くして、兄のつもりで慕っていた幼馴染がよく働くからと12歳になったら嫁がせると言っていた両親とも、将来美人になるから高値で売れると助けるふりして引きずり連れたあの男達とも違う。両親の優しさとも他人の冷たさとも違う、不思議な感じだった。
「葛葉様は、余所者に何故そんなにお優しいのですか? 」
「ここは、そういう里であって場所でもあるからですよ。少し難しいからね、何れまたゆっくり話すとしようか。もう少し、新月が大人になったらね」
「はい」
誤魔化されてしまった気もした。けれど、今は何も考えずに甘えてしまおうと。考えるのも、少し疲れていた。
その晩、初めて晴明と出会った。
「昨晩は、来れずにすまなかった。腹が空いたろう、少し多めに持ってきたのだ。それと旬介にこれを」
晴明が懐から取り出した懐紙には、金平糖が包まれていた。
「きれいだね。父上、これは?」
「金平糖だよ。食べてみろ」
言われて旬介は、金平糖を初めて口に含んだ。甘くて美味しい。
「昨日、母上が俺にくれたのだ。まだ、子供だと思っている。さて、葛葉。奥の娘は?」
間接的に指名され、新月の肩がビクッとなった。
「村を焼かれ、売られる途中逃げてきた哀れな子じゃ。旬介の遊び相手にな」
「この子も、ここで世話するつもりか?」
「はい」
晴明は、呆れたように笑った。
「追い出す訳にもいかぬしな。娘が1人増えたところで構わぬ。ただ、少し狭くなるが大丈夫か?」
「大事無いよ」
旬介が、晴明に飛びついた。
「新月は、俺のお嫁さんだよ」
「はあ? まだ、お前には早いだろ」
「決めたんだ!」
可愛らしい子供の戯れ言だと、晴明は旬介の頭を撫でた。
「では、新月を守れるように、しっかり修行せねばな。さあ、始めようか。時間は少ない」
旬介は、晴明に着いて祠の裏へと歩いていった。
「葛葉様、オラこのままいても大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、安心せえ。それから、オラではない。私と言うのだ。言葉遣いも変えていかねばな。さて、夜は遅い。先に寝ておれ」
「葛葉様は?」
「帰るまで起きているよ。いつも夜明けの鳥が鳴くまで続くのだ。その後、旬介を休ませるのだけど、あいつは元気いいから昼過ぎまで暴れてるな」
葛葉は疲れたように、苦笑してみせた。
「じゃあ、オ……私も待っています」
「無理はするなよ」
「大丈夫」
夜の灯りの頼りは、月光だけだ。火を灯せば、富子達に見つかるかもしれないから。
新月は、ふと久しぶりに夜空を見上げた。綺麗な星が空を埋め尽くしていた。あの日逃げていた空も、村を焼かれた空も、変わらずこんな風景だったのだろうか。
今は綺麗な着物に、優しく母にも代わる人がいる。
「葛葉様、おっかあと呼んでもいいですか」
必死だったせいか、ふと寂しさと悲しさが込み上げてきた。当たり前か、まだ10歳にも満たない子供なのだから。
「それは、私としても嬉しいな。けれど、おっかあではなく母上な」
「はい、母上」
「待つ間、お茶でも飲もうか。先程、晴明殿が持って来てくれたから」
ほんの少しだけ、新月は幸せだと思った。
*****
あれから10年と少し経つか、富子達は確実に里を支配していた。
だが、思うようになびかず、どこか冷たい素振りの晴明に富子はやきもきしていた。
「晴明、今日は唐菓子を持ってきたぞ。ささ、お食べ」
また、高級な菓子を晴明に差し入れる。いつも何処から手に入れるのか、わからないが旬介が喜ぶからと食べた振りをして懐にしまっていた。
「ありがとうございます」
いつもは、これで終わりだ。しかし、この日は違っていた。
「晴明や、そういえば主の子。今は、幾つになったのかえ」
晴明の心臓が、びくりとした。
「はて、10歳は超えているように思いますが。あの日、葛葉と共に追い出した次第です。はて、今は何処で何をしているのか」
「会いたいのお」
富子のその一言に、晴明の全身から血の気が引いた。
「今更会って、どうなさるおつもりで?」
「いくら葛葉の血を引いていても、主の子には変わらぬ。主はなかなか嫁をめとろうとせぬし、第一そなたにぴったりの女子がおらぬ。跡取りとしては、大事な存在であろう」
「跡取りと言っても、俺はまだこの地の当主になってもおりませんが……」
「何を言うか」
富子の顔が、にんまり歪んだ。
「今までの事も含めて、全ては晴明のため。当主の自覚がなくとも、主は既に当主じゃ」
「しかし、全ての権利も力も何もかも母上が握っているではありませんか。俺は何1つ自分で成した事などありません」
「それは、主がまだ子供だから。私の助けがなければな」
晴明は、静かに奥歯を噛み締めた。
この人は、自分を盾に好きにやりたいだけなのだ。それは、最初から分かっていたことだが……こうも全て押し付けられては、流石に虫の居所も悪くなる。
「失礼」
と、自分の部屋でありながら、その場を去ろうとした時だった。
「晴明、何を怒る事があるのだ。まあいい、主に面白い話を聞かせてやろう」
「何ですか? おとぎ話か何かで?」
富子はくふふと笑った。
「藤緒がな、実は人知れず子を産んでおったのだ。その娘を見つけたのだ。この娘を使って、主の子を我わのものにしようと思う。お主も、父として嬉しかろう。葛葉のさらった我が子が、いよいろ戻る時が来たのだよ」
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