VIVACE

鞍馬 榊音(くらま しおん)

文字の大きさ
上 下
8 / 9

星に願いを-叶え星編-

しおりを挟む
~星物語~

 男が一人、部屋に入ってきた。黒い服を着た男だ。彼は何かを気にするかのように周りを見渡すと、ベッドの膨らみにむかって、懐に持っていたサーベルを突き立てた。
 しかし、予想していたような手ごたえは感じられなかったようで、慌ててサーベルを抜いてシーツをめくり上げた。そこには穴の開いた鞄があっただけだった。
 男は焦ったようで、おろおろしていた。
 物騒な話だ。僕は天井から静かに降り立つと、男の首をロープで縛り付けた。
「誰に頼まれた?」
 男は、泡を吹きながら言った。
「金、貰った。あんた殺せばもっとくれる、そう言った」
「畜生!」
 男を蹴りながら突き飛ばした。床を這うようにして逃げていったが、追うことはしなかった。
 急いで上着を引っつかむと、宇野真と蓮華の部屋を目いっぱい叩いた。迷惑そうに出てくると思ったのだが、逆に警戒するような険しさを見せていた。やはり、なにかあったか?
「宇野真が捻ったんだけど、変な奴がシャワールームを覗いてきたの。頭来ちゃう!!」
「僕もさっき殺されかけて、急いで様子見に来たんだ。直ぐにでも離れた方がいいかと思うんだけど」
 宇野真が奥で捕まえた奴を踏んづけながら言った。
「こいつは奴等に雇われたんだ。俺等の様子見に送られたそこら辺の乞食だろ。その証拠に臭い」
 臭いって。
 とにかく呆れながらも男に一発食らわせてやった。そいつは音もなくあっちの世界に旅立ったが。
 荷物をまとめ、車に向かう。運転席の扉に触れようとして、ふと違和感を覚えた。変な奴を雇っておいて何の痕跡もないのがおかしい。それからノブにつけた印がないのに気づいた。いつも車から降りた後はチョークで印を入れるのだ。誰かが触れば消えるように。そして僅かに漂う火薬の匂い。僅か…微妙だが、職業柄用心せざる負えない。
「臭いな」
「やっぱり?」
 宇野真は自分の服をしかめっ面で嗅いだ。
「乞食じゃないって」
 思わず突っ込む。
 ノブに細いロープで仕掛けを作った。充分に離れてからソレを引くと車は簡単に扉を開き、更に爆音と共に炎上した。
「くっそ! 高かったんだぞ!! あの車!! 古い手使いやがって!」
 予想はしていたものの、いざやられると本気でムカつく。絶対弁償させてやるから!
 横から蓮華が不安そうに呟いた。
「これからどうするの?」
 答えは一つしかない。
「とにかく歩く。なぁに、大丈夫!世界はそんなに広くないさ」
 根拠なし。
 保障なし。
 けど、一刻も早くこの場から離れたい。
 休暇のつもりだったから、別のアジトに武器は隠してある。そこまで行かないと何もできやしない。銃は一応あるが、弾の予備はない。
 最悪の事態だ。
 夢のように浮かぶ月の下、幻想のような星の元、砂に足を取られる重みを引きずって、アジトの方向へと歩き出した。
 夜はまだいい。
本当の地獄は太陽が昇った、そこからだ。


*****


 あれから姉さんはというと、やたら息巻いては地元の人間をどつきながらエジプト文の解読をしたり、ネットやらなんやらを使ったりしながら『願い星』と『叶え星』について調べている。
 呆れるを通りこして、尊敬に値する。
 パートナーの波奈が、僕が以前頼んでおいた資料のファックスを手渡してきた。すっかり忘れていたやつだ。ざっと目を通す。
 それは星物語という、あまりメジャーには登場しないこの宝石にまつわる物語についてだった。それも姉さんが調べている古代物語の、次のストーリー。そして、この宝石が奇跡の星とと呼ばれるようになったきっかけだった。
 この二つの宝石は、十四世紀イギリスに現れた。そこで手にしたのは王室の皇太子エドワード三世だった。彼は黒い甲冑で戦争に明け暮れていた。星に、彼は誰からも恐れられる脅威の存在でありたいと願った。星は答えた。
 1376年兄弟の起こしたクーデターによりカスティリアの王ペドロが国を追われた。そこで助けを求められたエドワードはカスティリアに攻め入り、ペドロを無事復権させた。エドワードは後に『皇太子のルビー』と呼ばれる大粒のルビーをお礼として戴く。しかし、同時に星を失う。神隠しにでもあったように、二つの宝石は姿を消した。そしてこの戦いで彼は戦死したのだった。
 次に星が現れたのは1425年のフランス、ジャンヌ・ダルクの手の中だった。星を手に入れると同時に、彼女は神の声を聞くことになる。1427年十六歳でボワルール守備隊に「神の声に従い、オルレアンを救いたい!」と名乗りを上げた。
 神の声、それが彼女の願いだったのかもしれない。そして数々の手柄を立て、1429年にシャルル7世から貴族の称号を授与されることとなる。再び星は姿を消した。後にジャンヌは捕らえられ、宗教裁判の末『悔い改め』の誓いをさせられる。しかし再び男装を行い、異端再犯の審理にて1431年ルーアン広場にて火炙り処刑に処せられた。
 それから数百年の歳月の中、星は歴史上姿を現した気配はなかった。歴史の闇の中で、その輝きを放っていたのかもしれない。しかしその多くは謎だ。再び姿を現したのは1770年、次の主はかのマリー・アントワネットだった。その年、彼女はヴェルサイユ宮殿にて盛大なる結婚式を挙げた年であった。彼女の願いは幸福であった。星はその声にも答えた。そして、最大の幸せだったのかもしれない1788年のフィルゼンとの交際…そこで星は次の持ち主へと移る。翌年、彼女は第一王子ジョゼフ死去をキーワードにするかのように、ずるずると泥沼の中へとはまっていった。1793年、鈍い音と共にその頭が転げ落ちることとなる。


*****
*****
*****


 1796年、ナポレオンの前にその姿を現した星。彼は権力を欲しがった。その年、彼はジョセフィーヌと結婚、イタリア方面の軍総司になりイタリアへと遠征を繰り出す。天才と謳われるほどの戦力と頭脳の回転のよさ、その力で1804年ナポレオン法典を成立させ、ついに皇帝となった。星はまた次の主の元へと姿を消した。1812年、ロシア遠征失敗。1814年、エルバ島へ流され1821年にセントヘレナにて死亡した。
 数々の歴史、世界を動かし。歴史上最後に現れたと思われるのはあのニコライ三世の元だったらしい。
 1917年、300年に渡るロマノフ王朝は崩壊を告げた。ニコライ一家逮捕。そして5ヶ月の幽閉の末内赤軍はニコライ、皇子オリガ、タチヤーナ、マリア、アナスタシアは虐殺された。星はいつ現れたのか、誰の声にどう答えたのかはわからない。しかし1920年、ベルリンの運河に身を投げた女が唯一の生き残り、末娘アナスタシアだと自称した。その彼女は大切そうにスタールビーを握り締めていたという。それは『叶え星』だと推測されている。1980年にスベルドロフスク近郊で皇帝一家の遺骨十一体が発見されたことにより全ては謎に包まれたままの状態で今尚その真実は闇の中だ。
 星の伝説はここで終わっていた。
 読み終えたタイミングを見計らって、波奈が話しかけてきた。
「ハンリーさんはもし、お星様の石が手に入ったら何をお願いしたいですか?」
「え?」
 意外な質問だった。
「もちろんVIVACE逮捕よね!」
 聞きもしないのに姉さんが言った。
「エミリーさんは、VIVACEがとっても嫌いなんですね」
 あっけらかんと言った。
「じゃぁ、波奈は?」
 僕が誤魔化すように尋ねると、彼女は真っ赤に顔を染めながら「ふふ」っと笑った。変なやつ。
 そして、改めて自分の中で考えてみる。僕の望むもの……。とりあえず、国に帰りたい。なんだか少し、落ち込んだ。
「ちょっと、そこで夢も希望もなさそうな雰囲気かもし出してないで、しっかり仕事しなさいよ! 本当我が弟ながら情けないわね」
姉さんが今まで調べていたレポートを突き出して言った。僕の方こそ、我が姉ながら感服しますよ! まったく。命は惜しいので余計なことは言いませんケド。
 素直に受け取ってそれを読み始めた。変わりにさっきまで僕が読んでいた資料を渡した。僕のワープロで打たれた文章とは違い、書きなぐられた英文は多少読みづらい。まぁ、仕方ないか。
 あのボロ美術館に保管されていた石版の文だ。
『全てを支配する神の石。神は邪悪を浄化し、全ての人間の幸福をと奇跡の石を我々に与えてくださった。人々は崇め、感謝の意を込めて踊りを舞った。生贄も捧げた。しかしある夜、一人の男が石を手にして世界を欲しいと言った。神は怒った。そして、この国は滅びた。沢山の血が流れ、沢山の人々が死んだ。その男は破壊の王となった。』
 鉛筆で擦り取られた石版のイラスト。ちゃっちい絵だ。杖を天に向けてピラミッドの上で掲げる男と、その下に血を流しながら倒れる無数の人の絵。
「姉さん、星については大体わかったけどこれってVIVACEとの関連性が……痛!」
言い終わる前に後頭部にヒールがジャストヒットした。患部を押さえつつ、落ちたヒールを拾い上げる。
「何言ってるの! 次に狙われるものがわかっただけいいじゃない!! 次はスタールビー、すなわち『叶え星』よ!」
「だから始めからそう言ってるじゃん。ソレがある場所がわからないんでしょう」
「探しなさいよ!」
「だから今それを探してるんじゃん」
「…………」
「…………」

 駄目だこりゃ!!

 とにかく、次に赤い薔薇が現われるのを待つことになった。


~蜃気楼~

 蓮華が倒れた。
 太陽がぎらぎらと燃え上がる。それを見て、僕は足から崩れ落ちた。砂に汗が滴り落ちては、痕跡も残さず直ぐに消える。
 同じ景色、同じ感覚、同じ暑さ。地獄以上かもしれない。
「蓮華」
 宇野真の、珍しくか細い声が聞こえた。僕には声を出す気力もない。腕時計に目を移すと、真昼を指していた。
 水が欲しい……。
「水」
 蓮華がぽつんと言った。僕の背後に手を伸ばす。死んだ目で見つめる先には、もちろん何もない。
「水」
 必死にソレを掴もうと伸ばす無意味な腕を、宇野真が掴んだ。
「……水があるの……でっかい湖が……」
「……何もないから……」
 重症だ。
 昔、砂漠のミイラってやつは薬品として高値で売買出来たと聞いたことがある。それを採りに行く人間がいて、自分もミイラになっちまうからミイラ採りがミイラになるということわざが出来たんだとか。じゃぁ、僕等はこのままだったらそれ以前の採られるミイラになってしまう。人の持ち物を財産にして生活してる僕等が、逆に薬にでもなって人様助けるようになったとあっちゃ大笑いだ。
 なんてくだらないことを考えていたら、汗すら出なくなってきた。顔を触ると、塩になってねと付いていた。
「夜まで、待とう」
 宇野真の言葉に、僕は頷いた。下手に動いて体力を使うよりずっといい。第一もうそんな力なんて何処にもないし、確率は低いが運がよければ誰かが通りかかるかもしれない。
 それまで、干からびてしまわなければよいけど。
 持っているもので何とか日陰を作り、小さな休息場所を作った。日陰に潜り込むと、体中がひりひり痛み出すのが感じられた。白人種、そしてその中でも紫外線に弱い肌をしている。日焼けを通りこして、火傷になっていた。皮膚が悲鳴を上げているのだ。ぐったりしていた。
 逆に宇野真は基本的に日焼けには強い肌らしく、こんがりいい色付きになっていた。羨ましい話だ。
「酷いな」
 遠いところで彼の声が聞こえた。そして、そのまま眠ってしまった。
 肌を刺すような寒さと、火傷の痛みで目が覚めた。やたら布にくるまれているばかりか砂に埋もれていて息苦しさも覚えたが、なんとか生きていたと安心もした。
 外は夜だ。月の光だけが道しるべ。
 起き上がって二人の名前を呼ぶが返事がない。頭から血の気が引いた。布を捲るが姿はない。砂漠の真ん中に一人ぼっち。
「置いてくなよ!!」
 思わず叫んで、一呼吸置いた。なんだか泣きたくなってきた。
 こんな屈辱を受けたのも初めてで、ここまで激しく憎しみを抱いたのも初めてかもしれない。追っている奴等に対して、本気で潰してやりたいと思った。
 とはいえ、この場にとどまっているわけにもいかず歩き出し始めた。夜だけだ。進めるのは。再び日が昇るのを思うとゾッとする。生きて、ショウリィの元に帰れるのだろうか?
 もし僕がここで死んだら彼女はどうなる? 今まで盗んだ中で、最高の宝物。

 ――死ぬわけにはいかない。

 重い足と酷く痛む体を引きずって歩き始めた。長い、長い旅路だ。
 再び朝日が昇り始めたとき、僕の体は自由を失っていた。音もなく倒れ、さらさらと砂が覆っていく。乾燥した砂粒と熱風との愛撫。意識は、大地の金色と空のブルーの中に消えていった。

 あぁ……死ぬんだ……

 それだけだった。


*****


 運が良かったというのだろうか?
 ここに、VIVACEの仲間が二人いる。女性と黒い男だ。いつもの金髪の男ではないが、仲間であることには違いない。
 昨晩、オアシスの町で爆破事件があったと報告を受け、テロ関係だと疑われたがVIVACE目撃証言もあったとかで僕等は現場に向かうことになった。話によると、VIVACEは近くにいた乞食が見たとか。それから、その金髪男のポルシェが炎上したとか言う話だ。乞食を問い詰めてやると、奴等は指差す方向に歩いていったとかで僕等もそっちへと追うことになった。


******
*******
*******



 そして途中、脱水症状と熱射病と日焼けによる火傷で倒れる仲間の二人を発見した。しかし、金髪男の姿はなかった。問い詰めたくてもそんな状況でもなかったため、今二人は警察病院に収容中。
 様子を見に部屋に入ったら、女性の方が目を覚ました。絶世の美女……そんな言葉がよく似合う。赤みの掛かった紫っぽい妖艶な色の髪と、ふっくらした唇、それから宝石のような眼。その視線に、ドキッとした。
「ここは?」
 彼女が喋った。
「警察病院だよ」
 僕が答える。彼女は諦めたような顔をした。悲しそうな表情で「私だけ?」と問いた。
「いいや、もう一人黒い男がいたよ。もう少しで危ないとこだったんだ、二人とも」
「二人とも?」
「二人しかいなかったよ。君と、黒い彼と」
 彼女が少し、笑ったように見えたが多分、気のせいだろう。
「貴方は多分もう一人の仲間の居場所を知りたいのでしょう? でもね、私たちは知らないわ。あの場で三人とも倒れたんだから」
「でも、もう一人はいなかった」
「アシがあるわけでもないし、あの時体力もなかったわ。あの場にいないならどこに行ったのかなんて検討もつかない。第一、知ってたとしても貴方たちには話さないでしょうね。それに……」
 彼女は確信めいた声で、はっきりこう言った。
「彼は私たちを決して見捨てたりしないわ」
『飛んで火にいる夏の虫』姉さんならこう答えるだろう。僕なら今の状態を『猫の前の鼠の昼寝』とでも表現しておこうか。しかも、猫は二匹だ。


*****


 額に掛かる冷たい感触、寝心地のよさに夢うつつ眼を覚ました。天国も砂漠っぽいんだと少し残念に思う。傍らに意思の強そうな黒髪の女性が一人いて、天使なんだと思った。
「はぁい」
 力なく挨拶した。彼女は顔をしかめながら「元気みたいで何よりだわ」といった。
「水もらえないかな?」
 彼女が水差しに手を伸ばした。水をコップに注ぎながら話を始める。
「あんな砂漠の真ん中で何してたの?たまたま私が通りかかったからいいものの、もう少し遅かったら死んでたわよ」
「そう、死んでたんだ」
「そうよ?」
 そこまで言って、爆笑した。爆笑する僕に驚きながら、そっとコップを差し出した。
「だ、大丈夫?」
 己の強運には驚かされる。そのコップを受け取って、涙目になりながらグッと飲み干した。
「大丈夫。しっかり死んだものだと思っていたから、かなり自分で驚いたんだ」
「おかしな人ね」
 コップを空にすると、彼女は更に継ぎ足してくれた。今度はゆっくり味わいながら、再び話を持ちかけた。
「名前は? 僕は織之。呼び方はなんでも構わないよ」
「私はパーラン。この砂漠で、生活してるの。この土地は遠い昔潰れた村でね、荒れ果ててるでしょ? でもここが私達の住処なの。場所を追われた私達が、隠れるように暮らす聖域よ」
 そこまで言って、奥から人がやってきた。彼は咎めるようにパーランに言った。
「話しすぎだよ」
「いいじゃない、解りゃしないわよ」
 不精に髪を伸ばした男だ。それも砂漠に似合わず金色の髪をした男。彼が振り向いて、僕に手を差し出した。揺れた長い髪の間から、サファイアより深いブルーの眼が見えた。
「ラシード。そうここでは呼ばれてる」
「織之。僕も普段はそう呼ばれてる」
 そして、その顔をまじまじと見つめた。傍らにいたパーランが驚きの表情を見せていた。 彼も、そして僕も驚いた。
「失礼かもしれないが、君は僕によく似ている」
「僕もそう思うよ。ただ、僕の方が男前だけどね」
「…………」
 にっこり微笑んだ。本当のことを言ったまでだ。
「ところで、土地を追われたってなに?」
ラシードが、苦い顔をした。
「君には関係ないことだ」
「ふぅん、でも何か力になれるかも」
「関係ない者に危険を冒させるわけにはいかない」
「僕にとっては冒険さ」
 彼が大きくため息を吐いた。
「協力してもらえばいいじゃない!」
「パーラン!?」
「人数だって、人手だって足りないのは貴方もわかってるはずよ。猫の手だって借りたいくらいなの。奇麗事言ってる場合じゃない」

 バシッ!!

 パーランが言い終わる前に、ラシードが彼女の頬を引っ叩いた。赤くなった頬を押さえて、彼の眼を見つめた。優しく、そして咎めるような視線。彼女は走って出て行った。しかし、ラシードは追わなかった。
「すまない、見苦しいところを見せてしまって」
「どうしてもなんて言いやしないよ。けどね、君達には借りがあるから。命を救われたっていうお礼をしなきゃ」
「お礼か。僕は、君にお詫びをしなければならないのかもしれない。君がオリジナルの存在なら」
「?」
 どういう意味だ???
 ラシードが、傍らに置いてある古い椅子に腰掛けた。
「僕は、クローン人間なんだ」
「は?」
 彼がくすくす笑う。
「それも未完製品、奇跡の一体。悪党VIVACEと呼ばれる金髪の男の方の複製品なんだ。信じられないだろ?」


~巡り会いの伝説~


「VIVACEの残りの一人よ!」
 姉さんがやたら鼻息を荒くして、新聞を突き出してきた。地元の新聞だ。
「何をいきなり」
「いいから見て!」
 仕方なくその新聞を受け取って読み出す。
「男の悩み、禿げ。年々若い人に増加し、その一方では……」
「その下! お約束なボケかますんじゃないわよっ!」
 改めて目を移した。
 そこにあったのは、マシンガンを片手に演説をする金髪の男の写真とテロについて書かれた記事だった。
「仲間二人は捕まえてあるからね、そいつら使ってあぶりだそうと思ってるの!」
 全く、おっかないことばっか考える人だ。呆れながら、記事を読み始めた。大まかな内容はこんなところだ。
 今から十五年ほど前、砂漠の村に新たに研究所を造るという話がでたらしい。人々は反対運動を起こしたそうだが、圧倒的な力で住み慣れた土地を離れることになったという。それから問題は何も起きてはいなかったらしいのだが、突然のこの金髪男の登場で再び反乱が起きているのだという。
「でもなんでこんなこと? 本当にVIVACEなのかな?」
「彼らの考えなんてわからないわ。それに、どうでもいいことじゃない。ただ私達の仕事は、奴等を逮捕するってことなんだから。大体、どちらにしても犯罪者には変わりないわ。窃盗、詐欺、強盗、恐喝、殺人、その他もろもろの罪と、薔薇の数だけ……いいえ、それ以上の謎を残していくの」
 だからこそ世紀の大悪党なんだろう。そして、姉さんはそんな彼等に魅せられたんだと思う。
「いつか絶対逮捕してやるの。夢よ」
「……夢……」
 いつか僕も、そんな思いを抱いていたときがあったと思う。
 遠い目をして一呼吸置くと直ぐ、いつもの傍若無人な彼女に戻るのだった。
「計画があるの。鼠あぶり出しのね」
 複雑だった。
 VIVACE、彼らを自由だと思う。そして、僕は彼らをときに羨ましいと思う。犯罪者になりたいとかじゃなく、その自由奔放さに憧れるのだ。何にも縛られず、法にすら縛られない。僕等の仕事が人々の自由を守るためなら、彼らを追う義務はない。しかしそれは法を守った上での自由だ。本当の自由ではない。
 そう考えるようになってから、彼らを捕まえることが出来なくなった。
 本当の自由ってなんなのだろうか? 未だ答えは出ないまま。彼らなら知っているような気がした。
 生まれ、教育を受け、働き、恋をして、親になり、いつかその命を失う。中身は違っても誰もが同じ道ばかりたどるのだ。己を縛るものは、たとえ自由だといっても何かしらついて回る。
「姉さんは自由ってなんだと思う?」
「何を突然?」
 理由が見つからないから、黙っていた。
「そうね、よくわからない言葉よね」
 自嘲のように聞こえた。



*****
******
*****


 パーランは、砂丘のよく見える岩の陰に一人座っていた。
「パーラン?」
「泣いてなんかないわよ!」
「?」
 くすりと笑った。
「ラシードから話は聞いたよ。彼、今から村に行くって言ってた。君にそう伝えといてくれって」
「あんな奴知らないわ!」
 こちらを向こうともせず、すねたままの彼女。ただ、静かにため息を吐いた。パーランは多分泣きたいのを堪えているんだろう。
「いつも自分勝手。私だけ仲間外れ。私の気持ちなんて何も考えてくれない」
 僕は断りもなく静かに彼女の隣に腰掛けた。
「君のことを、一番に考えているから仲間外れなんだろ。待ってる人がいるから、帰ろうって思うから頑張れるんだ。死んじゃいけないって思うんだ。彼は、ラシードはパーランにいつだって待っていて欲しいんだよ」
 僕は一枚の写真を彼女に見せた。
「この人は?」
「僕の愛する人だよ。日本で待ってる」
「日本で?」
「そう、遠い地で。だから、帰らないといけないんだ。何があっても」
 金色の髪を揺らす、少女のような女性ショウリィ。僕のエンジェル。
 パーランはその写真を見つめつつ、優しく指でなぞるように撫でながら言った。
「綺麗な人ね」
「君も綺麗だよ。笑った顔は、特にね」
「何言ってるの?」
 彼女の顔に、笑顔が戻る。僕もつられて微笑んだ。
『クローン人間なんだ』
 彼の言葉が蘇る。
 今から四十年も昔にさかのぼる。その前から砂漠の地下では内密に闇の組織的研究所があった。今もそれはあるらしく、決して表に出るものではないという。政治、というか全世界とも繋がっていてもちろんマフィアなる組織が蠢いているのも事実だ。そこで行われていたのがクローン実験だ。
 当時、クローン人間を製造するまでの技術がなかった。そこで何を思い立ったのかは知らないが、願い星と叶え星の二つの宝石にそのプログラムを埋め込んで封印した。願い星は美術館に、叶え星はそのまま組織が保管することとなった。
 時は流れ、クローン技術は成功したかに思えた。しかし復元できたのはラシードだけで、他のクローン人間たちは未熟だったり腐ったり死んでしまったりで結局成功を見せなかった。困り果てた研究員達は、昔封印された計画の引き出しを試みる。このプログラムと今の技術を組み合わせれば成功、その確信はあった。
 たまたまラシードが聞いてしまった研究員の会話からそんな話と自分がVIVACE、すなわち僕の複製品であり、犯罪を犯すために生まれたことを知る。僕の犯罪にかける腕と頭脳を用いて、儲けようとか思ったんだろう。全く、忌々しい話だ。そして彼は叶え星とクローン研究に関する資料を持って逃げ出した。後に偶然出会った泥棒に資料のみを渡し、願い星を盗ませるよううまいことそそのかしてやったんだとか。資料チェックを入れた時点でたいしたネタもなかったから安心だろうと思ってやってしまったと言っていた。それこそ、今僕が持っている紙束だ。組織の連中は僕が二つの星を手に入れ、それが外に流出することを恐れていた。闇ルートで売買されたとあっちゃ、それこそちょっとやそっとじゃ取り戻せなくなってしまう。
 ふとパーランが口を開いた。
「ねぇ、織之」
「?」
「ラシードに聞いたんでしょ? 貴方はどうするの?」
「戦士は痩せこけた元村の住人、武器も数えるほどしかない上に火薬は小麦粉袋一つ分程度。勝算はないね」
「そうね。確かにそうよ。でも……」
彼女は歯を食いしばったまま押し黙ってしまった。そして、代わりに僕が口を開いた。
「でも、勝利の女神がいつも有利な方に微笑むとは限らない」
 僕は、端っから負ける勝負はしないタチでね。
 こんなときこそ二つの星に願いでもかけようか?
 僕はスターサファイアを取り出した。
「パーラン、もしも願いが叶うなら君は何を願う?」
「そうね、私達の村を返して欲しいわ」
 僕なら間違いなく『世界平和』だ。
 ……嘘。
 くだらない……。
 金になるもの、全て僕が頂くさ。


~公開処刑~

「禁煙よ。煙草は厳禁でね」
 姉さんが、VIVACEの仲間の黒い男に新聞を投げつけながら言った。
「あんたらのお仲間、テロリストなんかやってるわよ。落ちたものね」
 姉さんの言葉に動じようともしず、静かに新聞を拾い上げると見る気もせずに後ろに放り投げた。
「知ったことか」
 彼女の顔が引きつった。
「砂漠にスポーツカー持ってくるような馬鹿だぜ。今更テロぐらいで動じるかよ」
 男は口だけ笑いながら言った。
「そう、その馬鹿と仲間同士馴れ合ってるのは誰かしら?」
 更に、挑発するかのように嫌味を投げつける彼女。男も負けずに毒舌を吐く。しかしそれは男の性分のようで、別にわざと言っている様子ではなかった。
「別に馴れ合ってるわけじゃない。ただ目的が同じってだけ。大体その馬鹿を捕まえられないあんた等は馬鹿以下か?」
 ガン! と、男の居座るベッドが揺れた。姉さんがベッドのパイプ足を思いっきりかっ飛ばしたのだ。
 男は含み笑いを返しただけ。姉さんは、無言のまま出て行った。そして出入り口で振り返りもせず静かに
「その自信も今に泣き言に変わるわ」
と残して去っていった。僕も慌ててその後を追いかけた。


*****


 低圧電流の流れる針金が張り巡らされた柵。乾いた土地の砂がさらさと流れ、よく似合う背景は酷く滑稽だ。囲まれた土地の中には硬く冷たいシンプルな建物が幾つか。少し離れた高い場所で、その中を寂しげに見つめながらパーランが呟いた。
「私達の村」
 既に、昔の面影というものはなかった。
「もう完璧に奴等の自由だね」
「なくなってしまっても、ここに想い出が詰まっているから。ここに染み付いた魂はなくならないわ」
 大変、信仰的なことで。
「アレだけの組織、潰すのは不可能だ。でも、痛手を与えることぐらいなら可能だよ。それが村を取り返すことになるかどうかは知らないけど、やってみる価値はあるだろ?」
 アジトに行けば、まぁそれなりの武器も用意できるだろう。それから後はおつむ次第でなんとかなるもんだ。
「軽トラ借りるよ」
「あ! 何処へ?」
 驚いたように彼女が問う。
「ん? ちょっとそこまで。直ぐに戻ってくるから」
 あっけに取られるパーランを残し、僕はアジトへと車を走らせた。もしかしたら宇野真達もいるかもしれない。砂漠ではぐれてから音沙汰もなかったから、ずっと気になっていた。ついでに、武器も取ってこようと思っていた。
 約三十分程車を走らせ、懐かしの(といってもまだ大して使っていない)アジトを発見し、地下室に潜り込んだ。しかし、宇野真と蓮華はいなかった。
「……ったく何処に……」
 何気なくラジオのスイッチを入れた。小型の冷蔵庫からサイダーを取り出して栓を開け、壜を唇に当てたと同時に僕は厄介なニュースを聞いてしまった。
『……に、VIVACEと思われる仲間の逮捕に成功したといいますが、肝心の金髪の男性の方がまだ逃亡中との事です。先生、どうでしょうか?』
『えー……、助けに来るか、もしくは見捨てるといったところでしょうね。明らかに見捨てる確立の方が高いかと思われます』
 女性アナウンサーと犯罪心理学者とか名乗る怪しげなおっさんとの会話だった。思わず、口に含んだサイダーを吹き出した。更に、くだらない会話は進められる。
 ラジオのチャンネルを切り替えた。しかしどの番組もVIVACE仲間逮捕のニュースで持ちきりだった。
「くそっ!」
 誰に対してだかわからない遠吠えを漏らした。カチャカチャ無駄に切り替えていたら、ある番組に差し掛かった。そこで、あの忌々しい女警察が叫んでいた。



******
******
******


『……てる? VIVACE、あんたのお仲間は今ここでのんびり残りの余生を過ごしてるわ。オイシイ御飯に暖かい部屋。なんて贅沢なんでしょう』
臭い飯とクソ暑い部屋だろ!?尚も僕へのメッセージは続けられる。
『死刑判決は確定よ。一週間後、あんたがテロ騒動起こしてる元村の近くで公開処刑をしてあげる。あんた達に殺された犠牲者と同じように、あんたの仲間も殺してあげるわ』
単なる殺人予告だ。
 「…血が見たいのか?」
残念だが、砂漠に赤い薔薇の花はない。花屋もない。栽培なんかしていない。けれどもほっとくわけにはいかないので、至急親愛なる友人に連絡を取ってお願いした。『薔薇を一本贈って欲しい、VIVACEからのギフトだよ。ICPOの金髪レディ宛にね』そんな内容の要求だ。彼は快く承知してくれた。
 暗くなる前に、適当にトラックに武器やら火薬やらを乗せてパーラン達の隠れ家に戻った。
 僕の帰りに気がついて、二人が奥から駆け寄ってきた。
「心配したのよ!」
女性に心配されるのは嬉しいことだ。
「あまりウロウロしない方がいい。君は僕とよく似ているから、誤って暗殺される恐れも…」
「あー…」
ラシードの話を最後まで聞かず、無理やり台詞を重ねて途中で遮った。
「ご忠告どうもありがとう」
彼が、呆れたようにため息を吐いた。
 「これは?」
「見てわからない?ダイナマイト、プラスチック爆弾、弾薬、火薬、手榴弾、エトセトラエトセトラ」
トラックからひらりと飛び降りる。彼が呆然としながらそれを眺めていた。
「パーラン、御飯あるかな?」
「え?えぇ…」
彼女もまたあっけにとられていたものの、僕の問いかけに戻された、といった感じだった。
 食事を済ませ、一眠りすることにした。大体の粗筋は頭の中に入っている。

 「一人で行く気か?」
翌朝、そっとベッドを抜け出す僕をラシードが呼び止めた。
「何の事?」
彼が馬鹿にするなよ、と笑った。
「君のクローンだよ。考えてる事くらいは、おのずと察しがつくけど」
僕も同じように笑う。
「僕を犯罪者にする気?」
「否定は聞かないよ」
 そっと彼の元に近づいて、その髪に触れた。金色が、朝の光に反射して柔らかく指をすり抜けた。
「危険だぞ」
「安全だなんて考えてないさ」
そういって彼が僕に紙切れを渡した。
「必要だろ?」
研究所内部の地図だ。驚いた。これで仕事がしやすくなったってもんだ。
「ただの、散歩コースの地図だけどな」
 ベッドの上に広げた。そこで僕の計画と、彼の用意した地図を使って段取りを進めた。
 彼の説明は興味深い。何故村を乗っ取ったのかも納得がいく。
 地下研究所では、相変わらず人間クローンの研究がされている。この村に研究所を造るという話が持ち出された頃、丁度砂漠に違法な研究所があるという噂が流れ出た頃だった。政治上繋がっていても、表ざたそれを公にするわけにはいかない。犯罪を行わせる為、戦争に行かせる為、売る為…クローンの用途なんていくらでもある。人間といえど、それはモノであり商品にしかなりえないのだ。それを他の者達、善良な市民はどう考えるか。少なくとも良くは思わないだろう。だから、カモフラージュに砂漠で育つ野菜の研究所を作った。そして村を奪うことにより騒ぎを大きくし、そちらから目を逸らすよう仕向けた。人々の暮らしを助けるための研究が、人々の住み場所を奪ってまで行うことなのか?確かにその研究は必要であるはずだ、しかし住み場所を奪われてはどうしようもない。それ以前の問題だ。
 けれども確かでない噂程度の問題より、確かで一般人達に近い問題の方が注目される。要は、一般人にさえわからなければよいのだ。もし公に出れば、研究関係者を表ざた逮捕しなければならなくなる。それはどう転んでもよろしくない話だ。
マスコミが騒ぎたがる。
 では、どうこの問題に対処するべきか。
「まずは、石の謎を解かないと…」
流石僕。二人の意見は一致した。そしてここに二つの石が揃った。幻のスターサファイア『願い星』と幻のスタールビー『叶え星』。
「…宇野真の仕事だな」
今彼は、クソ忌々しい鉄格子の向こうだ。
 あの女警察が言っていた。
『一週間後、あんたがテロ騒動起こしてる元村の近くで公開処刑をしてあげる。あんた達に殺された犠牲者と同じように、あんたの仲間も殺してあげるわ』
本当なら、その時こそがチャンスだと睨む。最もやりやすく、最も難しい。僕をつけ狙うマフィア共も拳銃片手に待ち構えているだろうなぁ。やりにくいったらありゃしない。
 その日から僕は、似合いもしない工作に励んだ。オタク大学生みたく、部屋の中で導火線いじくったり火薬混ぜたり…。そしてふと宇野真のことを思い出す。
 
 こんな事よくやるよ…。

 【尊敬】は溜め息に変わる。寧ろ皮肉に近い。


******


 姉さんの殺人予告宣言(…というのは適切ではないかもしれない。彼女にしたら処刑なのだ)には、僕も驚いた。只の脅しであればいいのだが、血の上った姉さんの考えは全く予想もつかない。僕的にはそんなことで、そんな奴等の為に手を血に染めて欲しくないと思う。VIVACEなら確かに罪には問われないのかも知れないけれど、それは僕が臆病だからそう思うのだろうか?辞めよう、なんて言う勇気もない。
 一週間は早かった。その間女性の方はよく男の方に会わせろと言ってきた。姉さんに言われていたのもあって、会わせてあげることは出来なかったけど。
 男の方は禁煙にイラついていたようだった。時々姉さんの皮肉に付き合うぐらいで、殆ど喋らない無口な奴だ。そしていつも姉さんが負けていた。
 ただ共通して言えることは、仲間の金髪男についてどころか、自分の名前すら口にしなかった事だ。何をどう頑張っても何も引き出せないどころか、ただ微笑を浮かべて不気味だったってこと。何もわからないままその日を向かえ、砂漠の処刑ポイントへと向かった。
 着くと先に波奈がいて、僕等に気が付いた彼女がこちらに寄ってきた。前日から部下に命じていたんだろう。木製のちゃちな舞台が出来ていた。よく西部劇とかで見かけるやつだ。大抵は絞首刑台として使うようだが、上からロープは垂らされていなかった。
 「エミリー警部、ハンリー警部補、ご苦労様です!」
皆が僕等に挨拶した。
 犯人輸送車の中では厳重な警備体勢の中、強化特殊手錠三つとロープと鎖で縛りつけ、更に目隠しとヘッドフォンと処刑用マスクで視覚、聴覚、自由を塞いだ二人のVIVACEがいる。警備員は刑務所でエミリー検査を受けた信用のおけるマッチョ舞台である。笑顔の怖いヤツラだ…。
 観光客らしき人間か、野次馬やマスコミ等がやたら集まっていた。何処からここがバレたのか、世間というのは狭いものだ。暇な人間、実に羨ましい。
 こんな大勢の中から仲間を救い出せるのか、それとも…今回だけは何となく、VIVACEの味方につきそうだ。


*****


 人が多い。
 まぁ、多ければ多いで別に不都合などないけれど。
 警察官の一人になりすまし、涼しい顔で僕も警備に加わる事にした。お手製の小型爆弾を仕掛けながら警備に廻る。モニター等警備の為の機材が並ぶ場所で話しかけられた。
「変な人とか見ませんでしたぁ?」
気の抜けるようなソプラノ。確か藤村波奈、とか言ったっけ。ウサ耳の変なコスプレ刑事だ。
「いえ、何も変わりはありませんが」
「そう、よかった」
そう言ってスキップしながら去っていった。未だよくわからない上に、得体の知れない人間だ。
 今度はハンリー・コスメインとか言った金髪で髪の長い刑事に話しかけられた。
「君、ここじゃなくて舞台の下で見張っててくれないかな」
「はい!でもハンリー刑事、ここからVIVACEがこそこそ入ってくるかも知れないと思いますが」
奴の顔が一瞬ピクついた。
「仕事熱心なのは結構だけど、現場の指示には従ってもらいたいな」
「はい、すいません」
 なんとなく厭な予感がした。何事もないうちに離れようと、足早にその場を去った。
 もしや、バレたか???
否、そんな筈はない……と思うけど。解ったなら何か言うはずだ。
 刻一刻と時は刻まれる。太陽が真上に昇ったとき二人は引きずられるようにして舞台に上げられた。残酷にロープで縛り上げられ、鎖と南京錠が体に痛々しく巻き付いていた。更に頭部には処刑用の黒いマスクが被せられていた。
 金髪女がマスクを乱暴に引き取った。ヘッドフォンと目隠しをされていたが、間違いなく宇野真と蓮華だった。
 女が、宇野真の首にナイフを当てた。当てた瞬間。僅かだが彼の体が反応した。
「出てらっしゃい、VIVACE。いるんでしょう」
ナイフを伝って、床に一滴、二滴血が落ちた。
「…このまま勢いよくナイフを引いたらどうなるかしら?」
観光客や取材陣等が勝手に騒ぎ出す。全く、呑気なもんだぜ。
 「ハンリー刑事、こんなものを発見しました!」
とりあえず、持っていたあまりの爆弾を掲げながら大声で叫んでやった。一瞬の隙を狙って舞台を爆破させるつもりだったのだ。しかし、何か様子がおかしいことに気が付く。
 静かな口調で金髪女は言った。
「その警備員を捕まえなさい。そいつがVIVACEよ」
「!?」
辺りが騒然となった。僕自身血の気が引いたぐらいだから。
「厭ですね、何を証拠に?」
彼女が勝ち誇った態度で言った。
「今貴方、確かハンリー刑事と言ったわよね?」
「それが何か?」
「ハンリーは警部補よ。確かに刑事の時代はあったわ。でもね、この場でそれを知っているのは私とハンリーと波奈とVIVACEだけ」
「…………」
 僕としたことが、とんだヘマをしたもんだ。警備隊全員が一斉に僕に銃口を向けた。
 マスコミが叫ぶ。
「VIVACE、ついに逮捕です!逮捕の瞬間を生放送でお送りしております!!」
 うるせぇよ!
 砂漠は嫌いだ!
干からびそうになったり、捕まったり、いいこと何もないじゃないか。

 それとな、勝負は終わるまでわかんないんだよ!

 手を上げる振りをしながら、爆弾のスイッチを入れた。第一段階、夜中こそこそと地面に埋めたやつだ。爆発と同時に伏せて、人と人との間から転がるようにして外に出た。同時に警備服を脱ぎ捨て、いつもの白い服になる。
 「流石ね」
金髪女は僕に銃口を向けた。
「僕のミスだ。君等のことも今後から要チェックさせてもらうことにするよ」
一歩、前に出ようとした時、ズキューン!と銃弾が足元の砂をえぐった。
「動くな!あんたはもう逃げられない。今後なんかあるもんか!!」
 彼女が再び引き金に力を入れたとき、舞台下に仕掛けた爆弾が爆発した。そう、第二段階だ。
 「きゃぁ!」
そんなに威力は大きくない。が、舞台は粉砕し、宇野真と蓮華も巻き込んで彼女ともども崩れ落ちた。
 「おっと、僕に銃口を向けてる君達、銃を捨てて頂こうか?さもないと更に爆弾を爆破させて、女警察ともどもバラバラにしてやるんだがね」
警備隊の中の誰かが叫んだ。
「お前の仲間もいるんだぞ!!」
僕は薄笑いをしながら答えてやった。
「仲間?ドジった奴等なんか知るもんか。関係ないね」
テレビカメラ、新聞報道のカメラが見守る中、警備隊全員が武器を投げ捨てた。
 段取り通り進んでいるのなら、ラシードが催眠スプレーで警官たちを眠らせ、宇野真と蓮華を救出してる筈だ。
 最後の爆弾が、爆発した。
 ひるんだその瞬間を見計らって、氷らせる例の液体をばら撒いた。武器も含めて奴等の足元が固定された。もちろん野次馬もマスコミ連中も巻き込んで。
 目の前に、ラシードの運転するジープが到着した。飛び乗ると、その場から離れる。遠ざかりながらマスコミのアナウンスが聞こえる。
「流石です!流石VIVACEです。今、私達の前から離れて行きます!!彼らの未知とも言える科学力と大胆な作戦によって、今回の逮捕は再び失敗に終わりました!!」
……だからうるせぇよ!!

 「乱暴だな」
宇野真の文句だ。
「仕方ないだろ」
奴の鎖や手錠を外しながら笑う。
「この格好も似合ってるぜ」
「うるせぇよ!」
「本当、警察って厭なとこね。レディをこんな風に扱うんだから!」
まぁ、無事抜け出せたんだからいいさ。
 ふと、気になっていた事を思い出す。
「にしても、お前等どこでどうなって捕まったんだ?」
蓮華も不思議に思っていたようだ。
「そうよ、私も気になっていたの」
 宇野真だけが知っていた。
「織之、お前が眠った後警察が来たんだ。確かにあの時オアシスを抜け出して正解だったのかもしれない。しかし、仇となったのも事実だ。あのポルシェ爆破の通報と、お前が逃がした乞食の証言で俺達の居場所がバレてICPOのあの三人組が押しかけてきたんだ。乞食が俺達の向かった先を教えて、その方向に向かって行く途中出くわしたらしい。三人組に引っ張られるとき、お前を荷物に巻き込んで砂の中に埋めたんだ。お前だけでも自由に動ければ、何とかなると思ったからな」
「ウレシイね。君に信用されるなんて砂漠に雪でも降らなければいいけど」
 奴にしては珍しい。
「あぁ、本当だ」
「…………」
素直に認められると、柄にもなく照れてしまう。
 そんな事より本題に入る。
「脱獄早々申し訳ないけど、謎解きをしてもらいたいんだ」
願い星と叶え星を手渡した。
「揃ったのか?」
「なんとかね」
そして星について説明した。説明が終わると彼は楽しそうに石二つを持ち、アジトの研究室に入り浸りになってしまった。
「大丈夫だろうか?」
ラシードが不安そうにそう呟く。
「大丈夫よ。宇野真はそっち方面に関してはプロよりプロよ。天才なんだから」
誇らしげに言う蓮華の台詞に
「イカレ発明科学者だろ」
と、付け加えてやった。瞬間なにやらキラリと光るものが飛んできたが、さらりと避けてやると、それは背後の壁に綺麗に突き刺さった。
「ちゃんと抜いとけよ」
「五月蠅いわね!」
 そんな僕等の騒ぎを無視しつつ、ラシードがぽつんとまた呟いた。
「君達には感謝するよ」
なんだか拍子抜けしてしまうようなシリアスな感じだ。
「あ、うん。でもまだまだこれからだぜ。星の謎を解いたら研究所を爆破して、クローンの話を公にする。そこまでして始めて全てが終わるんだろ?ラシード、君自身も逃げなくて済むし、パーラン達の村も取り戻せる」
彼が静かに自嘲するように笑った。そして、立ち上がりながら寝室に入って行った。
「……今日は疲れたからもう寝るよ。すまない」
「いいさ、ゆっくり休んだ方がいい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

名探偵レン太郎

レン太郎
ミステリー
 名探偵レン太郎。探偵としての実績は記録されておらず、その正体は謎に包まれている。  そして、今まさに殺人事件が起こって、名探偵レン太郎の活躍する時がきたのである。  さあ、見事に事件を解決へと導くのだ。  頑張れ、名探偵レン太郎!

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

RoomNunmber「000」

誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。 そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて…… 丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。 二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか? ※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。 ※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。

アナグラム

七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは? ※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。 イラスト:カリカリ様 背景:由羅様(pixiv)

中学生捜査

杉下右京
ミステリー
2人の男女の中学生が事件を解決していく新感覚の壮大なスケールのミステリー小説!

影蝕の虚塔 - かげむしばみのきょとう -

葉羽
ミステリー
孤島に建つ天文台廃墟「虚塔」で相次ぐ怪死事件。被害者たちは皆一様に、存在しない「何か」に怯え、精神を蝕まれて死に至ったという。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に島を訪れ、事件の謎に挑む。だが、彼らを待ち受けていたのは、常識を覆す恐るべき真実だった。歪んだ視界、錯綜する時間、そして影のように忍び寄る「異形」の恐怖。葉羽は、科学と論理を武器に、目に見えない迷宮からの脱出を試みる。果たして彼は、虚塔に潜む戦慄の謎を解き明かし、彩由美を守り抜くことができるのか? 真実の扉が開かれた時、予測不能のホラーが読者を襲う。

処理中です...