VIVACE

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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死神の肖像画

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 People loves god of death……
 Why? 
 ……Please give me one more soul……

 あぁ 愛しきあの方 望むなら
 恋しきあの方 強請るなら
 愛するあの方へ 彼らの生き血を捧げましょう
 愛するあの方へ 彼らの魂 捧げましょう
 あぁ あの方を愛しています
 あの方を恋しく想います
 虚無の場内に 私の恋歌 響きます


*****


 足場も無いような所。死臭が鼻を付く。歩けば歩くほど、こんなところが本当に存在するのかと錯覚を思わせるような場所。
 僕はとある国に来ていた。戦争の国。戦争をしすぎて、世界から忘れられた小さな国。普段なら絶対こんなところに足を運んだりはしない。仕事だから、仕方なく来てるのだ。
 僕は足を止め、瓦礫だけの景色に深く溜め息を吐いた。
 始まりは、三日前に遡る。
「別名といいますか、通称“戦争の国”をご存知でしょうか。地図にも無く、世界から見捨てられた小さな国です。そこに存在すると言われている幻の絵画“死神の肖像画”が、今回のターゲットとなる代物です」
 上品な眼鏡の向こうで、ニコニコとした笑顔を崩さない親愛なる友人がそう告げた。
 僕は、呆れた顔でこう返した。
「また、そんな訳の解らんモノを。モナリザとか、メジャーな物の方が良くないか?」
 と。すると、彼は、笑いながらこう言うのだ。
「織之君。僕等は別に、モノが欲しいわけではないのですよ。はっきり言ってしまえば、金で買えるものに興味はない」
 そう、これは富豪達のお遊びなのだ。
「財しか持たないものが、最大のスリルとロマンを楽しむ非現実世界。最高の道楽でしょう。メディアの報道、生か死かの運命を見届けるのも、全てが楽しみなんですよ」
 そして、親愛なる友人志紀島ポールは今回の経費と称した多額の小切手を渡し、笑った。
「貴方達は、財と引き換えに我々の欲しい物を全て与えてくれる。今回も期待してますよ」
 頭の中で回想を巡らせていると、誰かが僕の服の裾を引っ張った。振り返ると、そこにはボロ雑巾のような人間がいた。腕にはしっかりと、腐った赤子の死体を抱きしめていた。
「お前も人の子か? 人の子なら、助けて貰えんか?」
 女は赤子の死体を僕に突きつけながら、更に縋り付くように裾を引った。あまりの悪臭に、思わず仰け反る。
「この子にミルクを与えてやりたい。何でもいい、恵んで貰えんか?」
 女は更に縋り付くように呻くと、僕の腕時計に手を伸ばしてきた。
「ちょ!! 何なんだよ!?」
 反射的に女を突き飛ばしてしまう。転がる赤子の死体の目から、蛆虫が飛び散った。ぐちゃっと音がして、緑色の粘つくものが地面にこびりついた。
「坊や!!」
 女が赤子を再び抱え上げたとき、僕は思わず吐いていた。
 背後で、女は赤子の死体に子守唄を歌っていた。
「大丈夫か?」
 僕の死角で男の声がした。
「すまなんだ。娘のミッシェルが失礼した」
「娘? ならもっと早く来てもらいたかった」
 僕が立ち上がるのを確認して男は尋ねた。
「あんた、ジャーナリストか?」
 包帯だらけの髪の毛も髭もぼうぼうとした男だった。彼は、僕を舐めるように見つめてきた。
「そうだよ」
「戦争について取材に来てるのか? その割にはカメラも何も持っていないようだが??」
 カメラ……ねぇ。
「僕は、記事専門なんでね。それに、戦争の取材じゃないんだ」
「というと?」
 この男は僕の事をジャーナリストだと疑っていないようだったから、大丈夫だと判断し、用心しながらそれとなく尋ねた。
「『死神の肖像画』と呼ばれる絵画がここにあるという話を聞いたんでね。なにかご存知ありませんか?」
 男の顔色が変わった。
「何か……知ってますって、顔してますね」
「あんた、それを知ってどうするんだ?」
 男が、問うた。
「ただの、取材だよ」


*****


「ジョセフィン様、ICPOの方がお見えになりました」
 ピンク色のフリルのドレスを纏ったジョセフィンと呼ばれた少女は、召使の老人ににっこりと微笑みかけて言った。
「爺や、お通しして」
 老人は一礼すると、部屋を後にした。
 暫くして、蜂蜜色の髪をした青年一人、東洋人の女性一人と共に老人は戻ってきた。
 青年が先ず、ジョセフィンに敬礼してみせた。
「お電話ありがとうございます。ICPOのハンリー・コスメイン刑事と申します」
「貴方がVIVACE担当の刑事さん?」
「はい」
 ジョセフィンはゆっくりとハンリーに近づくと、彼の頬をそっと撫でた。
「綺麗ね」
「え?」
「髪は太陽のように明るく輝き、眼はサファイアの青より深く、雪のように白く透ける肌。ピンクの薔薇のような唇から生まれる言葉は、甘く夢のようなんですって」
「はぁ?」
「噂よ。VIVACEの」
 ジョセフィンは笑った。
「貴方のその琥珀色の眼も綺麗ですけど」
「はぁ、どうもありがとうございます」
 ハンリーは、苦笑いを浮かべた。
 そこへ、押し入るように脇に立っていた女性が声を上げた。
「同じく、ICPOの藤村波奈刑事と申します」
 ジョセフィンは、恭しく一礼を見せた。
「それにしても、世界中で有名な泥棒さんがなんたってこんなちんけで落ちぶれた国の絵画なんて欲しがるのかしら? 何の価値もないというのに」
「価値なんて、彼らに関係ありません」
 波奈が、少し怒ったような口調で発言した。彼女を抑えるよう、ハンリーは波奈の前に腕を翳した。
「彼等は、泥棒というより悪党です。世紀の大悪党。彼等の持つ価値なんて、僕等には全く理解が出来ません。そして、彼等が何の為にこのような犯罪を繰り返すのかをハッキリさせることも、我々の課題なんです」
 ジョセフィンは静かに踵を返した。そしてテーブルの上の花瓶に挿してあった薔薇の花束から薔薇を一本引き抜くと、それを暫く愛しく見つめてハンリーに渡した。
「『この国のどこかにある死神の肖像画様へ。近々、お迎えに上がります。心ばかりのおもてなしを。――VIVACE――』」
 ふふ、と笑う。
「死神の肖像画ですって。この国の戦争がこの絵のせいだと言う民衆が付けたあだ名ですわ。本当の名は『Give you lullaby』と言いますの。ある無名の画家が、愛する人へ送った最期の一枚。世間的には価値がなくとも、私には財産ですもの。盗まれては困りますわ」
 ジョセフィンは、寂しげに俯いた。
「貴方にお任せいたします。『Give you lullaby』をお守りください」
 ハンリーは再び敬礼をすると、ジョセフィンの部屋を後にした。


*****


 隣国のホテルで僕らは予約を取っていた。
 死臭臭い服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、再び新しい服に着替えた。
「死神の肖像画について、大まかな情報は掴んだよ」
 戦争のおかげで電気は止まり、水すら配給制の国での情報収集は楽なモノではなかった。
「それでどこまで解ったの?」
 蓮華が赤いマニュキアを塗りながら問うた。
「死神の肖像画ってのは、三年前処刑された無名画家の遺作らしい。その絵を見た人間は必ず死ぬとかで、尚且死に際にしか見られないらしいから、そう呼ばれているそうだ。そして、それはお城にあるらしい」
「使用人にでも化けるつもりか?」
 宇野真が、問うた。
「いいや」
 この国は今の時代には珍しく、未だ封建制度が残っている。王様だの女王様だのがいて、王子様やらお姫様やらがいるわけだ。そして愚民が苦労する。
 狂った女の父親の話では、お城にはお姫様がいてそのお姫様が最近お年頃だそうな。
 そこで世界中から花婿候補が集まってくる訳なのだが、何故だかその城に出向いた男たちは全員、体中の血液を抜き取られた死体で返送されてくるのだという。生きて送って、死体で返されたら送った方はたまったもんではない。怒りを抑えてどういうことなのかと問いただしてみるものの、相手が適当に促してしまうから戦争へと繋がってしまう。
 民衆の内では死神の肖像画が夜な夜な男達の生き血をすすっているんだと言う噂が流れ出したという。王家は呪われているとも言われている。まさか、ツタンカーメンじゃあるまいに!? 現にお姫様が『愛するあの方へ彼らの生き血を捧げましょう』と歌っている声を聞いた者までいるという。胡散臭い、明らかに胡散臭い話だ。けれど、それとなく興味が沸いたのも事実。王家の呪いを、ついでに見るだけ見ても、バチは当たらない。
「お見合いをしようかと思って」
 本当にするわけじゃないのだが、宇野真が厭味ったらしく言った。
「モテない男はつらいねぇ」
「失礼な発言だな! 僕は君よりモテるんですけどね!!」


*****


「絵は見せて頂けないのですか?」
 殺風景な部屋の真ん中に、布を被せられて姿を隠された絵画らしきものが一つ。大きさは、それほどではない。具体的にはA4版の本くらいの大きさで、ちょっとした月刊誌程に当たる。
 絵画を中心として柱となる簡易警報装置を五本取り付けスイッチをオンにすると、何本もの赤外線が柱を継ぎ目にして走る。そして何台もの警備カメラを設置して、二十人あまりの警備兵達をこの部屋だけに張り込ませた。他場内にも四十人くらいはいると思われる。
 ハンリーの質問に、ジョセフィンは冷たく返した。
「この絵画は、たやすくお見せできる代物ではありません」
 ムッとした口調で、今度は波奈がジョセフィンに問うた。
「私達を、信用して頂けないのでしょうか?」
 ジョセフィンは一度振り返り、深々と一礼すると、「失礼」とだけ残して部屋を出て行った。
 後に残された波奈が、ハンリーに向かって愚痴をこぼす。いつも、呑気な彼女だけに、彼は少し心配になった。
「何不自由なく育った王女様だよ。上にも、くれぐれも失礼がないようにと言われているし、未だにVIVACEを捕り逃がしたままなんだ。信用が薄くても文句は言えないよ」
 ここまで侮辱された態度を取られても、相変わらずマイペースに考えを述べるハンリーに、波奈は複雑な気持ちを覚えた。確かに、彼のような冷静さやマイペースさは必要かも知れないが、少しくらいは怒ってもいいような気がした。
「でも、酷いです。こっちは、一生懸命なのに」
 言って、少しハッとした。私情を挟んでしまったのかも知れないと思ったからだ。波奈にとって、ハンリーは、想いを伝えられない憧れのパートナーなのだから。
「君には、少し頭を冷やすのが必要かもしれないね。どう?外の風にでも当たってきたら? 僕は王女に一言侘びでも入れとくよ」
 波奈はハンリーに向かって、軽く敬礼を見せた。
 ハンリーが、波奈の憧れになるまでに、時間は掛からなかった。と言うのも、お気楽で極楽で夢見る少女のような彼女にしたら、ハンリーは突然現れた白馬の騎士同様で、一目惚れに近かったから。パートナーに抜擢された時、もう結婚したような感覚にすら囚われていた。だから、彼女は不謹慎にもVIVACEなんか捕まらなくていいのに、とすら心の底で願っていた。
「いつもの私に戻らなきゃ!」
 誰にも聞こえないよう小さな気合いを入れて、波奈は絵画の部屋を出た。それを見届け、ハンリーもやれやれと言うように、部屋を後にするのだった。
 波奈とは対照的に、ハンリーは彼女を世話の掛かる部下としか思っていなかった。当時、自分に絶対の自身を持っていた彼は、一切自分の仕事の邪魔をされたくないと思っていた正にワンマンであった。だから、一番仕事に口出しをしそうに無く、尚且お茶汲みにベストな彼女を抜擢したのだ。
 廊下でジョセフィンの後ろ姿を見付けたハンリーは、彼女を呼び止めた。
「王女、お待ちください」
 振り返ったジョセフィンに、ハンリーは頭を下げた。
「部下が、大変失礼致しました」
 ジョセフィンは、ニッコリと笑って言った。
「元気が良くて、何よりですわ。よろしかったら、死神の肖像画を描いた同じ画家の残した絵画が他にございます。そちらを、代わりに拝見していってくださいな」
「ありがとうございます」
 ハンリーが淡白に答えると、背後から老いた召使が現れた。
「王女様、お話のところ、失礼いたします。アンドリュー王子と言う方が突如、王女様を訪ねて来ております。面会を要求しておりますが、如何いたしましょうか。取り敢えず、中庭へお通ししております。お帰り頂いましょうか?」
 ジョセフィンは振り返り、少し考えてから答えた。
「いいわ、お会いしましょう。爺や、ハンリー刑事を芸術の間へご案内して頂戴」
 老人は、深々と頭を下げた。
「私は失礼いたしますが、ハンリー刑事は、どうぞごゆっくり」


*****


「下品な薔薇だな。匂いがキツすぎる」
 僕が出されたチョコチップクッキーでお茶を嗜んでいると、ピンク色のフリルたっぷりのドレスを纏ったこの国のプリンセスらしき人物が上品に入ってきた。彼女はスカートを軽く広げながら、優雅に会釈をした。
「お待たせいたしました。ジョセフィンと申します」
 僕も、胸の前に手を置いて会釈を返した。
「いえいえ。待つのは男の喜びと申しますよ、プリンセス・ジョセフィン」
「まぁ、お上手」
 彼女は機嫌よく微笑みながら言った。
「ところで、私に何の御用で?」
「お噂通りの美しいお方だ。単刀直入に申しましょう、ジョセフィン王女、貴女と是非とも婚約したい」
「お供も連れずに、求婚ですか?」
 僕は、笑った。
「お忍びですから」
 ジョゼフィン王女の手の甲へ口付けを贈り、彼女を見上げると、満足そうな目で僕を見下ろしていた。
「実は、失礼にも気持ちが先走ってしまい、国王への挨拶が未だなのです。是非、お目通り願えませんか?」
 実に、簡単な女だと思った。王女は照れたように頬を赤らめた。
「王は、この奥で薔薇を楽しんでおります。この城のこの薔薇はとても特殊で、汚れを隠してくれるとも伝えられています。とても神聖なものなんです」
 ジョセフィンに案内されながら薔薇園の奥へと足を進めると、その更に奥に玉座が一つ見えた。
「あの玉座、お分かりですか? あの椅子に座っているのが王です」
 僕は、小走りで王の元へと駆け寄った。
 くるりと回り込み、王の姿を見た僕は絶句した・
「……国……王……?」
 死んで、腐っていたのだ。
 パン! と、豆の弾ける音がしたのと同時に僕の左の脇腹に激痛が走り、目の前の真っ白い薔薇が真っ赤な薔薇に変化を遂げた。
 I killed somebody for you……
 ぼそりと聞こえた気がした。彼女ジョセフィンは、静かに笑っていたのかも知れない。
 I killed somebody for you……
 それは、何を意味するのか。
 なけなしの気力でその場にスモークを張ると、それに紛れて姿をくらました。


*****


 今から、三年半程前に遡る。まだ、この国が平和だった頃の話だ。
 王女ジョセフィンは、こっそりと城を抜け出した。自分の部屋から見える景色の中で、毎日一人の青年がそこに居たからだ。その青年が何をしているのか、退屈な城で過ごす王女にはとても興味深かった。
「貴方、いつもここで何をしているの?」
 突然の高慢な質問に彼は不思議と不快な顔一つせず、振り返らずに答えた。
「絵を描いているんだよ」
「何を描いているの?」
「空の絵、だよ」
「空? 空だけじゃ青くて、絵にならないじゃないの」
 変わった青年だとジョセフィンは思った。彼は、笑いながら言った。
「君は、そう思うかい? でも空はね、とても繊細な表情を持っているんだよ」
 ジョセフィンは、少し勿体無く感じた。城にある絵画は建物や人物の描写がとても細かいものばかりだったので、空だけでは絵を描く意味が無い様な気がしたからだ。
「ねぇ、私を描いてみてよ」
「え?」
 ジョセフィンからの思わぬ提案に、青年は間抜けな疑問符を上げた。
「描けないの?」
 青年は、首を左右に振った。
 その日から、青年は空ではなくジョセフィンを描くようになった。画家を目指す青年のコンクール出品用の作品にも、ジョセフィンは自分の肖像画を出品する様、強く進めた。
 これが、いけなかった。
 コンクール出品作の選考会後、青年は牢に入れられた。コンクールに入選する為、王女ジョセフィンを度々誘拐し、その姿を描いた罪だった。
 ジョセフィンが青年と何とか再会出来たのは、彼が処刑される前日の牢だった。やせ細り、弱り、汚れ切った青年の姿にジョセフィンは涙を流した。謝りたかった、何とかすると伝えたかった言葉も出せず、彼女は鉄格子向こうの青年に向かって嗚咽した。
「ジョセフィン、僕は君が王女だということを知っていたんだよ」
 彼の言葉に、ジョセフィンは絶句した。青年は構わず続けた。
「こうなることは、もっと以前から予期していた。でも、君を描き続けたかった。君だけを描き続けていたかった。本当に、幸せだったんだ。だから、謝らないで、泣かないで」
 ジョセフィンの全身に鳥肌が立った。このまま彼を失う事に、卒倒しそうな程の恐怖を感じた。そして、皮肉にも青年に恋していることを知った。
「あれは、君の十二歳の誕生日。あの日、初めて君を見て、心を奪われたのを今でも覚えているよ。そうだなぁ……以来、君に出会うまで、僕が描いていたものは空ではなく、君だったのかもしれない」
 青年が、力無く哂った。抵抗しようとする気力も無いように、全てを諦めるように彼は哂った。
「僕は、明日処刑される。磔にされ、全身を槍で貫かれるそうだ。これは、王女を汚した報いだそうだ」
 ジョセフィンは叫んだ。
「汚したって、何もしていないじゃない!」
 青年は、ゆっくり首を左右に振った。
「何度も君の夢を見た。いつも君のその可愛らしい唇を奪う事を夢見ていた。夜はいつも君の服を脱がして、僕のものにする事を望んでいた。だから、僕は否定はしない」
 ジョセフィンは、青年に向かって精一杯微笑んだ。もういい。そう、思った。
「愛しています。だから、どうか自分を責めないでください」
 彼女の、精一杯の言葉だった。
 青年も精一杯微笑んだ。やっと笑ってくれた。ジョセフィンは、そう思った。
「ありがとう。僕が死んだら、一つだけお願いを聞いて欲しいんだ」


*****












 ジョセフィンは、芸術の間に飛び込んだ。
「お、お父様が、死んでいますの」
 力なく崩れるジョセフィンを、ハンリーが支えた。
「どういうことですか?」
「アンドリュー王子をお見送りして、薔薇園のお父様の元へとご報告に行きましたの。お父様は日光浴が大変お好きで、この時間は大抵薔薇園においでになるので」
 ハンリーにわからないよう、彼女は微笑を浮かべていた。
「そこで、金髪の男に銃殺されたんです」
 ジョセフィンは、彼の胸に顔を埋めながら更に続けた。
「なんて惨い。思い出したくないわ」
 そう呟き、ジョセフィンはその場にへたり込んでしまった。
 ハンリーは軽々とジョセフィンを抱き上げた。
「部屋への案内、お願いします」
 老いた召使いは、黙って頷いた。
 ジョセフィンを部屋に運ぶと、ハンリーは直ぐ部屋から出て薔薇園へと向かった。それを確認するかのように、彼女ベッドから身を起こした。
「……ふふ……ふふふ……」
 不気味に、笑った。
「ふふふふふ……ふふ……ふふふ……」
 笑いながら、彼女は身を倒して、更に大笑いした。
「あははははは!」
 顔を覆いながら笑い狂うその姿は、泣いているようにも見えた。
「愛するあの方へ、彼らの魂を贈りましょう♪」


*****


 宗教だとか、領土拡大だとか、理由がどうであれ戦場の景色は変わらないと思った。臭いも視界に映るそれも変わらず、デジャブさえ感じることがある。
 足場の悪さには、もう慣れた。背中や腰に下げた武器や食料、水の重さにも慣れていた。
「兄さん」
 淡白な口調の、子供の声がした。見ると弟で、銀髪に陶器のような白い肌に加え、真っ赤な眼と、その姿は戦場には違和感を覚える。彼はアルビノではなく、色素が異常反応を起こした状態で、無色透明の色素を持っているのだ。
「何? 水でも欲しいの?」
 僕が問うと、弟は首を左右に振った。
「何人殺ったの?」
 僕は、答えた。
「そんなの、数えてない」
 弟は、唇を尖らせた。
「なーんだ、つまんない」
 僕と弟は、大きすぎる銃を背負い直し、また瓦礫の山を登り始めた。
「シェルドール、母さんにはそんな事、言っちゃダメだぞ」
 弟は僕の言葉に頷いた。
「うん、悲しむからね!」


*****


 今、僕は見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
 熱があるのだろう。身体が怠い上、頭の中がぼんやりとしている。霧がかった記憶を、少しずつ辿っていく。
 薔薇園で、ジョセフィンに撃たれたとこまで思い出した矢先、見知らぬ女性が部屋に入ってきた。緩やかにカーブを描いた金髪が、視界に映る。彼女は目の覚めた僕に気が付き、嬉しそうににっこりと微笑んで見せた。そして扉に向き直り、側に立って誰かを中へ誘導しているような素振りを見せた。
 少しの間を置いて、中へと招かれたのは、気が触れた女の父親だった。
 男が言った。
「目が覚めたようだな。死神の肖像画なんぞ嗅ぎ回っているからだ。痛むか?」
「あんた、あの時の」
「覚えていたか」
 男は僕の包帯を変え始めた。
「医者だったのか?」
「そんなようなもんだ。良かったな、ギリギリ急所が外れていた」
「そりゃどーも」
 僕はちらりと、傍らに立つ少女に目配せした。
「あの子は?」
「ショウリィ様だ。王位を剥奪されてはいるが、この城の第一王女でジョセフィン様の姉上様だ。そして、お前さんの命の恩人だよ」
「王位剥奪? どういう事だ?」
 男はショウリィに顔を向け、彼女が頷いたのを確認してから話しだした。
「ショウリィ様は、幼い頃の熱病で声帯を失ってしまったんだ。王族に障害を抱えた者がいると知られる事を恐れた連中が、ショウリィ様を薔薇園の小屋に幽閉したのだ。以来、ショウリィ様は薔薇園から出る事は疎か、存在することすら許されない身でいる」
 僕の包帯を変え終わった男は、片付けを済ませ、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。
 ショウリィが、男に深々と頭を下げた。
「儂は、ショウリィ様専属の医師だ。それ以上でもそれ以下でもない。ショウリィ様に頼まれたから、お前さんを看ただけだ」
 男は、そう言い残し部屋を後にした。
 誰も知らない、誰かに逢う事も出来ない彼女。時に、創られた恋に胸を焦がし、見ることも出来ない人々を思い浮かべ、ただ独り湿っぽい小さな部屋で長く、ただ流れるだけの時を潰す。
 今日は雨。今日は雪。それだけしか、解らない。いつも薔薇の同じ匂いだけが友達。
 この限られた空間の中で、何度迷信を信じ、見えない流れ星に願いを掛け続けたのだろうか。
「君は、外に出たいと思わないの?」
 僕の質問に、彼女が驚いたような顔をした。どう言葉を伝えていいのか解らず、考え込んでいる彼女の腕を力いっぱい引っ張った。彼女の体がバランスを崩して、思わずベッドの上に座り込む。ベッドが、大きく揺れた。
「ねぇ、そのまま話してごらん。音楽のない言葉は、僕だけに伝わるから」
 妙な縁だ。読唇術が、こんなところで役に立つ。彼女は答えた。
(いつも、願ってる)
 と。


*****


 ショウリィに気付かれないよう、夜中にこっそりベッドを抜け出した。傷は痛むが、動けない程ではない。
 死神の肖像画を探していたら、運良く兵士と出くわしたので、その制服を拝借した。
 肖像画の部屋を探しながら、ぶらぶら城内を歩き回り、ついでに片眼鏡(モノクル)型の小型コンピューターで城内の撮影と経路を撮影、録画し、それらを宇野真のパソコンへと送信していく。
 暫くして、警察や兵士、使用人の出入りの激しい部屋を見付けた。恐らく、ここがそうなのだろう。
 僕が入口に立つと、警察は僕に向かって敬礼をしてみせた。僕も敬礼を返し、部屋の中に入った。
 中央には、見慣れた簡易赤外線警報装置が置かれていた。何度もこれで失敗しているくせに、僕のための部署にはそんなに経費が少ないのかと少し憤慨に思ってしまう。城内同様にこの装置も一応、片眼鏡撮影をしておく。その中央に小さな絵画らしき物が立て掛けてあった。と言うのも、それには真っ白いシーツのような布が一枚被せてあり、本当に絵画なのか、だとしても本物なのか解らなかったからだ。
 僕は、一人の警官に近付いた。
「死神の絵画、本物なのかね」
 警察は、少しだけ眉間に皺を寄せた。
「そのようであります」
 予想内の返答だった。
 そこに、見慣れた子供の様な刑事……確か、藤村とか言った女が入ってきた。
「ハンリー刑事、結果報告が届きました!」
 簡易赤外線警報装置の機械チェックをしていたハンリーが顔を上げ、彼女を呼んだ。僕は素知らぬ顔で、その近くに少しだけ寄った。
「国王殺害に使用された銃は、デリンジャーと言う小型銃で、VIVACEの銃弾とは一致しなかったようです。ただ、残された血痕のDNAがVIVACEと一致したとの事で、王女の証言は否定しきれないのではないのかと。揉み合っているうちに、VIVACEが負傷したとも考えられます」
「それで、国王を殺して逃げた……か。何の為に?」
 ハンリーの疑問符に、藤村が付け足すように言った。
「王女様からの証言です。少し前に、一枚絵が無くなっているのに気が付いたと。それは、
大したものじゃなかったので、通報はしなかったそうです。VIVACEがその絵を本物と間違えて盗んだのではないのかと言っていました」
「腹いせか」
 ハンリーが、大きく伸びをした。そして、彼もまた僕と同じ疑問を口にしたのだった。
「本当にこの絵は本物なのかな」
「そう聞いていますが。もし、偽物だとしたら、本物が盗まれても私達の責任ではありません」
 藤村が子供の様に、口を尖らせながらぷいっと顔を背けた。
 ジョセフィン王女と死神の肖像画の間には、何か気味の悪い真実が隠されていそうだ。
 僕は、一旦この城から離れることにした。


*****


 幽閉されたままのショウリィを置き去りにしていくのが心苦しく、こんな感情を抱く自分を不思議に思ってしまう。
 大して知りもせず、出逢ったばかりの彼女は、僕とは正反対で汚れを知らず。きっと、人間自分に無いものを欲しがると言うのは、本当のことなのかもしれない。
 ギラついた宝石、毳毳しい宝飾品、気取った絵画。これまでに数々の美術品や宝飾品を手に取って来たけれど、どれも直ぐに飽きてしまった。僕は、盗むだけ。真実を探るだけ。その行為が楽しいのだ。彼女、ショウリィも、直ぐに飽きてしまう。そう思っていた。
 暖炉の上に置かれた、金の時計が朝を示した。彼女が起きる前に、この部屋を去る事が躊躇われたからだ。
「おはよう」
 寝ぼけ眼を擦るショウリィに、僕はにっこり微笑んだ。血の付いたシャツの代わりに、彼女が用意してくれたシャツを来ていた。
「ピッタリだよ、君のセンスは抜群だね」
 ショウリィは、僕の肩に手を掛け、まだ寝ているように訴えかけた。
「もう大丈夫。僕は丈夫なんだ」
 彼女が、今にも泣きそうな顔を僕に向けた。
「ありがとう、って言いたかったから」
 僕はショウリィの涙を確認する前に部屋を出た。確認したら、この部屋から去れそうになかったからだ。


*****


 隣国のホテルに戻ると、待ちくたびれたと言わんばかりに蓮華が出迎えてくれた。予め送信しておいたデータを元に、宇野真が計画を練っていた。更に、蓮華が舐められたものだと愚痴を零した。
「やりやすくていいよ」
 宇野真が、パソコンを閉じた。
「僕も傷が痛むし。今回は地味にやらせて貰いたいね」


*****


 嫌な予感はよく当たる。今夜VIVACEが現れそうだ。憂鬱に打ちひしがれる刑事とそう確信はないが、なんとなくそんな気がする童顔刑事とのコンビの姿があった。
「今夜きますねぇ」
「あぁ、多分ね」
「夕飯どうします?」
「後で、カップ麺でも食べようかな」
 つまらない会話は終了した。
「刑事さん方」
 ふと振り返ると、金髪のメイドがにっこりと微笑みながらスカートの端を広げて軽く会釈を交わした。
「ジョセフィン様が、是非ご一緒にディナーをと申しております」
 刑事二人は顔を見合わせ、頷いた。
「折角ですので、頂きます」
「では、食堂へご案内致します」
 ハンリーと波奈を、メイドが食堂へと案内する。その時一度だけ、金髪のメイドは長いその髪の下で口元に微笑を称えていたかもしれない。
 食堂に着くと、ジョセフィンが一人奥の席にぽつねんと座っていた。彼女はハンリー達が入ってきたのを見て、「どうぞ」と席に促した。背後に立つ使用人が、彼等の為に椅子を引く。
「上等なワインをいかがですか? ご安心ください。アルコールは抜いてありますから」
 奥からメイドがカートを引きながらやってきた。メイドにしては、どこか華やかさを秘めた女性だった。彼女はカートの上の冷えたワイングラスに、血のように揺れる赤ワインを注いだ。
 メイドが「失礼します」とワインの注がれグラスをそれぞれの前に置いていく。テーブルに乗せられた色鮮やかな料理を囲む三人の姿。その三人がワインを口に含んだ瞬間、このメイドもまた、口元に微笑を称えていたかもしれない。
 そしてワインを口に含んだ三人は、その場に事切れるかのように倒れ込んだ。

 気付いた時には、苦も無く、『Give you lullaby』は盗まれた後であった。


*****


 メイドと使用人に変装した僕と宇野真、蓮華が睡眠薬と催眠ガスを使用して外野を眠らせ、その間に宇野真が簡易赤外線装置をストップさせて盗み出すと言うなんとも古典的な方法で、死神の肖像画を盗み出した。
 が、僕達はホテルに戻りその絵画を確認して愕然とした。
「何が、絵画だ! ただの白いキャンパスじゃねぇか!!」
 宇野真の怒声が部屋中に響き渡った。
「僕だって、これが本物だって聞いてたんだ!!」
 盗んだ死神の肖像画には、宇野真の言葉同様、何も描かれていなかったのだ。真っ白なキャンパス。綺麗な、白だった。
「こんなもの!」
 僕は、この絵画を投げつけようとして止めた。真っ白なキャンバスを見て、ショウリィを思い出したのだ。偽物かもしれないけれど、彼女と出逢ったのはこいつのお陰なのだから。
 僕は、キャンバスの表面を数回撫でた。
「……本当に、この絵が本物だと聞いたんだ。この絵を分析して欲しい。それからでも、遅くないだろ」
 あの時、盗んだ後の事だ。城から出ようとする僕の前に、ジョセフィンが歩いてきた。薬でまともに歩けず、フラフラになりながら、目の焦点も合っていなかった彼女は、僕の抱えた絵画に手を伸ばした。
 僕は、一礼しその場を後にしたが、その時のジョセフィンの目には涙が浮かんでいた。
「まぁ、いいけど」
 宇野真が、煙草に火を付けた。僕は、ソファーに身を投げ出し、ふと考える。また城に行くのも……悪くないか。と。
 それから、少し眠っていた様で、宇野真に起こされた。彼は言う。
「このキャンバスが、死神の肖像画だというのは、間違って付いたような名称じゃないのかもな」
 宇野真が、僕にキャンバスを渡した。
「分析して出てきたのは、ルミノール液によく似た成分と、これまた血液によく似た成分だ。いっそ、血液でもぶっかけてみたら何か出てくるかもな?」
 宇野真が、不敵に笑って見せた。
 ふと、妙な歌が脳裏を過ぎった。
『愛するあの方へ、彼等の生き血を捧げましょう♪』
「歌だ。確かに、愛するあの方へ、彼等の生き血を捧げましょう。と王女が夜な夜な歌っていると言う噂を聞いた。これの事か」
 ポツリと、呟いた。
「生き血、ねぇ」
 僕の呟きに、宇野真が乗った。
「ついでと言っちゃなんだが。こんなものまで出てきたぞ」
 僕の手に、宇野真が“それ”を乗せた。
「織之でも、刻む?」
 興味さなそうに、蓮華が物騒な事を口にする。
「おい!」
 僕が咎めると、彼女は口を尖らせて
「だって、丈夫そうだもの」
 等と、イタズラに笑って見せた。本気か冗談か解らない辺りが恐ろしい。
「汚ねぇ血なんて必要ねえよ」
 さらっと、失礼な事を言う宇野真。だが、僕は敢えて何も言わず、黙って聞いていた。
 宇野真は一本の試験管を取り出し、中の液体を振って見せた。それは、少しだけ重たい動きを見せた。
「ここに、俺が作った血液に近い成分がある。これを、キャンバスにかけてみる」
 宇野真は僕の手にしているキャンバスを平になるよう持たせ、その上にこの液体を掛けてから部屋の電気を消した。
「さぁ、どうなるかな」
 僕は、思わず声を上げた。
「正に、死神の肖像画だ」
 血液成分に反応して青白く浮かび上がってきた絵は、王女ジョセフィンと優しい笑みを浮かべた青年との結婚式の絵であった。
 暫くすると血液成分は固まり、絵画から剥がれ落ち、キャンバスは真っ白に戻ってしまった。


*****


 僕が死んだら、一つだけお願いを聞いて欲しいんだ。そう言った青年の言葉に、ジョセフィンは勿論だと頷いた。
「僕のベッドの脇に、白紙のキャンバスが一枚飾ってある。そんなに大きくないキャンバスだ。僕が死んだら、それを僕の赤い血が流れる胸に抱かせて欲しい。必ず、血が乾く前にだ。僕の血を吸ったキャンバスには僕の魂が宿り、君の傍で最期の輝きを見せるから。そしたら、きっとまた君に笑顔が戻るはずだから」
 ジョセフィンは、彼の魂を忘れない。永遠に。


*****


 窓枠に腰掛ける僕に、驚きもせずにジョセフィンは言った。
「素敵な絵画だったでしょう」
 と。
「大した謎解きだったよ」
 ジョセフィンは、読みかけの書物から目を離さずに、僕との会話を淡々と続けた。
「アンドリュー王子って、貴方だったのでしょう? お姉様も相変わずの人の良さね。疑うことを知らないの。お姫様だから。それで、何の用かしら? 絵画を返しにでも来てくれたの?」
 僕は、宇野真が絵画から見付けた“それ”指輪をジョセフィンの膝上に投げた。安っぽい指輪に付いた、見付けるのも大変な程小さな石が、月の光に反射してキラリと光った。
「まさか。届け物だよ。こんな安っぽいもの要らないからね」
 ジョセフィンは目を見開き、懐かしく笑った。そして震える手で指輪を手に取ると、指に嵌めた。
「安っぱくなんかないわよ。“最高級品”で、買えなかった物なのよ。私の我が儘、覚えててくれたのね」
「ねだったの?」
 彼女は、頷いた。
「お母様を亡くし、お姉様も病で倒れ、お父様と私の二人だけ。お父様は、さぞ不安だったのでしょうね。お姉様同様、お母様の死も国民には知らされなかったのよ。王族である事に拘り、国に拘り、噂に怯え……こんな国、壊れてしまえばいいと思ったの」
 ジョセフィンが死神の肖像画の歌を唄う。

 People loves god of death……
 Why? 
 ……Please give me one more soul……

 あぁ 愛しきあの方 望むなら
 恋しきあの方 強請るなら
 愛するあの方へ 彼らの生き血を捧げましょう
 愛するあの方へ 彼らの魂 捧げましょう
 あぁ あの方を愛しています
 あの方を恋しく想います
 虚無の場内に 私の恋歌 響きます

 その悲しい歌が終わると、彼女は隠していた小型銃を取り出した。
 一瞬吹き抜けた夜風が僕の前にカーテンを靡かせ、そのシルエット越しにジョセフィンが一発の銃声と共に崩れ落ちるのを見届けた。引き金を引く彼女の口元が、お姉様をよろしくと呟いている様に見えた。


*****


 僕と共に、世界を見たいと思いませんか?

 あれから数日が過ぎた。今、僕等はニースにいる。僕等、ショウリィと僕。地中海の風が気持ちいい。深いラピスラズリの海に音楽のような波の音。白と赤い屋根のメルヘンチックな建物にレンガの路地。
 宇野真と蓮華とはあれから直ぐに別れた。今、何処にいるのかは解らないが、多分ハワイかグアムだろう。蓮華のお気に入りの地だ。でも案外ロンドンか香港辺りにいるのかも知れないが。
(ねぇ、織之。風って、こんな匂いがするのね)
 潮の匂いだ。
 柔らかなカーブを描く金髪に金の光を反射させながら、スカートを風に乗せてくるくると踊りながら笑う。
「そんなに、はしゃいじゃ危ないよ」
 お約束、ってやつなのかもしれない。ショウリィもまたかかとをレンガの出っ張りに引っ掛けてバランスを崩した。倒れる瞬間、僕が彼女の腕を引っ張って、腰を支えた。何だか安っぽい社交ダンスのような格好になってしまった。
(ごめんなさい) 
 顔を真っ赤にして体勢を立て直す。くすっと、笑った。ショウリィもくすっと、笑った。
 籠の中の鳥が大空に飛び立つとき、何を夢見ているんだろうか? 少なくとも籠の中にいたときよりも、ずっと希望に満ちていることだろう。
 『愛おしい』という、感情があった。
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