獣(創作BL)

ENZYU

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追想1:表の従者と裏の従者

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裏からは裏からで、当たり前のように表にあるものを別の視点から伺えることが出来る。
この国の、未来にはいずれ世界の主になる者の従者としてのアカツキは表の世界では存在を消された。
この体では障害となりやっかいな事柄が纏わりつきやすいからだ。だから通称裏の従者として心臓の動かない死んだ体で今も生きている。
地下室で行われている研究のことも知っている。主と似た少女が生まれてきたとして、どう動かされるかという目的まではアカツキは知らない。

そしてもちろん裏の従者と名がつくのなら、表の従者がいるはずだ。その男はまるで予定通り”用意された”存在のようでアカツキは秘かなおぞましさを感じていた。
全経歴は抹消されている。他の情報類は、生年月日と身長、体重、血液型あたりまでは載っている程度。どこで生まれたかもしれない。
貼り付けられた写真を見てみると、黒い髪に、冷徹な赤い瞳。その外見印象が薄気味悪いほどに主、もといジンとそっくりだった。
名は瞬夜。一瞬の夜と記される。仕事以外では何をしているかもいまいち把握できない。アカツキが疑心暗鬼を拭えない人物。
外見から受ける雰囲気は先ほど述べたとおりジンそっくりなのだが、更に恐ろしいのが髪型と、内面方面は主から三番目の栄誉を受けた人物、スタルギアそっくりなのだ。
更に部下に調べさせた調査結果によると、赤い瞳は夜には金色の瞳へと変わるらしい。スタルギアの瞳の色も金色だ。
選んだ人物と主を複合して作られたかのようなおぞましさと、そこに自分が含まれていないことへの微かな安堵があった。
あれは一体何者なのか。まるで影のようにいつもその考えはついてくる。





「あまり手放しにいい人種だとは言えない。が、興味深く面白い点もある」



用意したのではないかと思っていた当の本人が瞬夜に対してそんなことを言っていた。まったく自分とは無縁だった存在に対する感想にアカツキは微かに瞠目する。
手放しにいい人種とはいえない。そこについて伺ってみると、当事者から見てもどこか薄気味悪さがまとわりつくとのこと。
というよりも…それは同属嫌悪に近い類ではないのかとアカツキは言ってしまいたくなったが、口を固く閉じて言葉を呑み込んだ。
例えば視線がすべてを物語るような無言の訴えに関して。
それはアカツキの方がジンに対して一番覚えがあるし、自分と似たような意思を突きつける者と賞しながらも一歩引くのはやはり同属嫌悪だろう。
それに対してアカツキは少し逡巡をしたが、すぐに霧散させて頭の中から消し去った。




スタルギアとはこの軍に入った初期時代に、既に顔を突き合わせている。
小言を言われたこともあれば、殴りあった事だってある。
表のナンバー2とも顔を突き合わせても問題はないだろうが、いまいち気が乗らないまま放置していた。
ここで一つ、闇の中での疑惑をここに吐露しよう。
もちろん瞬夜に関することだ。その瞳から光が発光しているかのように、金色の瞳を輝かせる夜の出来事。
部下が瞬夜がジンに処理した書類を手渡した後に、部屋から出て行きその後の予定は何もないはずなのに私室に戻らなかった姿を見かけた。
もちろんその先が気になって部下は後をつけていく。
部下によると多分既にどこかで自分が誰かに探られているということを気付いた上で、わざと自分の私情を垣間見せている。
そんなおぞましさを感じさせたということ。
その夜はいつも以上に緊張し廊下を渡っていき外に出て行く瞬夜がこれから何をしでかすのか、未知の恐怖を連想しつつも息を潜めていたとのことだ。
人なら既にいくらでも手にかけてしまっている。
だがこの世には人を殺めるだけではない奇妙で恐ろしい出来事などいくらでもある。何がいつ自分の身におこるかもわからない。
草原の向こう側。見かけた場所は死体安置所。
そこに瞬夜が入っていくのを少し離れた場所から見届けた後、もう少し距離を縮めてせめて中の音が聞こえるような距離で隠れられる場所を探し、身を潜める。
足音だけが暗闇の中に響く。止まったか、と思いきやまた足音が響いて奥へ進んでいく。
暫くそれが続いた後に、止まったまま足音が聞こえなくなった。
呼吸を最小限に抑えて耳を潜める。死体の入ったケースを開く鉄扉の音。布に触れる音。間違いなく今死体が瞬夜という男の前に晒されている。
再び静寂が訪れて、次は何をしでかすのかと思いきや、ゴリッという固い音が聞こえたらしい。何かを噛み砕く音だ。
こんな場所でそんな音が聞こえた後に想像するのは、真っ先にまずは指先からでも食べ初めて皮と、肉とその次にある骨までをも噛み砕いた音だと想像がつくだろう。
恐怖と言うよりは、気持ち悪さと嫌悪感がこみ上げた。そろそろ何かを腹にいれたい空腹時でもあったから余計リアルに想像してしまった。
危機感を感じ、これ以上具合を悪くする前に去ってしまおうと部下はそっとその場を離れたから、その後のことはわからない。
いわゆるカニバリズム、人肉嗜好の類か、それとも人間とは違う人の肉を主食とした存在という可能性なのか。
可能性だけは浮上するものの、真実はわからずじまいだ。



けれど一つだけ確実な事実がある。死体を食すということがあるなら、体は事実上死体ではあるアカツキは彼にとってどう映るのか。食用として見られる危険性は回避できないだろう。
だとしたらこのまま顔を合わせないほうが賢い選択なのか?
今の今まで会おうと思えなかった隠れた原因は、そういう危険性を何かしら感知していたのかもしれない、ということも十分にありえるだろう。
とりあえず裏切りそうな気配は感じない。ただ存在にどこかしら奇妙さを感じるだけで。
今のところ情報を探るのはこのあたりで止めておこうか。何かあってからでは遅いのは事実だが、逆に急ぎすぎてもいいことはない。
日々の記録を留めた自身の手記をアカツキは静かに閉じた。
と同時に、先ほどとは違う部屋の中の気配に気付いた。何故今まで気付かなかった。
いる。
まあいいだろう。その存在を許容すると、それが通じたかのようにアカツキへと近づく足音が響きだす。
一歩、二歩、三歩。



「お初にお目にかかります、アカツキ氏」



アカツキよりも背が高く年上の男が、自分の鏡のように表に君臨する男が、アカツキへと頭を下げて慇懃無礼に挨拶をする。
頭を上げた瞬夜と、振り返ったアカツキの視線がぶつかりあう。紛れもない夜に輝く月のような金色の瞳がアカツキの目の前にはあった。



「…お前が、裏の従者か。俺は前からその香りを知っている。ジンからはいつも濃い香りが伝わっていたからな。その香りでずっと前から認識はしていた」



靴音のなくなった中で、近距離での瞬夜の低音の声がアカツキの鼓膜を揺らす。
手がアカツキへと伸びて肩に触れる。途端に微かにアカツキの肩が震えた。これ恐怖ではない。
この感覚をアカツキはよく知っていた。というより念入りに体に教え込まれて刻み込まれたのだ。快楽を。
一生消えることのない屈辱の焼印と同等の価値を持つもの。
鳥肌が立ち怒りと嫌悪感に震えそうになる身体を押さえ込んで、そのまま瞬夜の手がアカツキの肩から二の腕を撫でていき、手まで下がっていくのを黙って受け容れた。
アカツキの眉間には当然のように皺が寄り、口は固く縫い付けられたように横一文字に閉ざされている。
本当は唇でも噛んでいたかった心情ではあるが、あからさまに自分の弱さを見せるような真似はアカツキのプライドが許さない。
例え何をしても、結局は気配の変化を相手に読まれることがわかっていても。



「いい心構えだ」



そう褒めると同時に、今度は手が頬を撫でて、顎で止まる。
愛玩動物を可愛がるかのような手つき、だんだんと密度と濃度を増す静かな低音。



「…貴方のご用件は」
「視界の隅に微かに存在しながらも、姿を現すことのない。そんな現状に少々苛立っただけだ」



何か他にも言いたげな気配を残しつつ、微かな嘲笑を浮かべ瞬夜が微笑む。



「まあ、せいぜいこれからも裏舞台で頑張るといい」
「………」
「それ、と」



扉の方面へと踵を返しかけた足を止めて、肩越しの振り返る金色の瞳がアカツキを射抜く。



「情報なら遠まわしに部下を使って探らなくとも、直接俺に問いただせばいい。それこそ拷問でもなんでも引き受けてやる。
俺を疑っている部分があるなら、よりそうした方が簡単に真実を暴きだせてこれからの判断もみつけやすいだろう。
…誰よりも人間らしい生ける屍」



最後の言葉に一番アカツキの神経がざわつき苛立ちを覚えさせられた。
己が未完成な実力かつ、紫色の欲望を示した瞳の色。その点が一番アカツキのコンプレックスを刺激する。
次に憎い父親と同じ赤い髪。こちらは黒く染めているが、カラーコンタクトをいれて瞳の色までもを変えてしまうことは許されなかった。
ジンの生き様はまるで肉食獣の体を表している。そしてそれはやがて怪物と化していく。
俺はといえば結局どこまでも人間らしいと言われるあたり何か欠損を指摘されるような意味合いも感じられた。
獣にも化け物にもなりたいわけではない。ならば何が不満なのか。
体が、体が普通の人間のそれではないのに人間だと言われる理不尽さに対しての嫌悪感なんだろうか。
一種の自虐。もう既に終わってしまった事実を掘り出して、周りからまだ終わっていないと言われるかのようだ。
終わりたくて終わってわけではないのだから、終わっていないことに希望を見出せることもあるのかもしれない。
だがアカツキにとってこの言葉はただただ傷跡を抉られて、血が流れる中で痛みを耐えるような感覚しかもたらさない。
もういい。ただそっとしておいてほしい。
いつの間にか瞬夜はもう室内にはいない。そしてアカツキは脱力し窓際に背を預けて座り込んでいた。
息が荒い。汗もかいている。もう一度シャワーを浴びる必要がある。
だが眩暈と、気持ち悪さで自室のシャワー室まで歩いていく元気があるとは到底いえそうにない状況であった。
暗い雲が流れていき、微かな月明かりが窓から室内へと射し込んでくる。
表と裏の従者の対面は、最悪なものでしかなかった。
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