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追想:渦巻く私情
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敵エリアの軍人が、エリア49内にアジトを作っていることは把握していた。
その上で暫く泳がせてどう動くか非常に興味深かった。
今すぐ排除しておかねばならない脅威にはならない故そのまま様子を見ておくことにした。
結果的には大した動きをしているように見えなかったが、いつの間にか本拠地内の軍人に紛れて内部情報を仕入れている段階まできていた。
ここで一掃しておく為に小隊の人員を送らせて始末しておくことにした。
これはまだアカツキが軍人になりたての頃のお話。
「泳がせておいた者達の件ですが、軍内から一人残らずあぶり出し、アジトを潰すことも無事成功しました」
「そうか」
「ですが、敵方内でどうやら新しい武器を開発したらしく、その武器が少し手ごたえのある代物でしたので負傷者が伴いました。援助要請をしてもよろしいでしょうか」
「わかった、援助を送る手配をさせるとしよう」
わが軍の小隊が傷つけられるとはなかなか手ごたえのある新しい武器を開発したらしい。
男は愉快気に唇の端を吊り上げて笑みながら、部下の挨拶と通話が切れる音を聞いた。
耳に当てていた電話を台の上へと戻す。
「現場に送る追加の人員と、車を用意しろ」
「わかりました」
黙って横に控えたままだった男は、命令を聞くと即座に一礼してから動き出した。
誰よりも主に忠実に、主の右腕のように動き、仕事を与えられるたびに喜びを感じ誇りを抱いていた。
*
車窓から外の様子を伺うと、荒廃しつつある街中には人の気配がまったくない。
しかし現実は、その概観の通りまったくの無人という通りではない。
軍人候補へと上がるものはもちろん、数少ない市民も保護される存在だからだ。
問題は裏で殺し屋として動き回っている鼠のような連中だ。市民が生活苦の果てに裏事業へと手を染める簡単な入り口。
せっかくのその腕を活かして軍人になるべく這い上がってこようとはしない姿を、基本的には現実を甘くみた連中だと蔑む者が多い。
結果的に冷遇された存在となり、一つの場所に留まることが叶わず各地を回って情報と金を得て生きている。
そこから軍人へと上がれる者もいるが、エリアから出て行き別の場所へ情報を持っていかれれば、何があるかわからない。
特に弱いエリアは世界の中で這い上がる為の数少ない手段を、その殺し屋の存在に漏らされないよう過剰に反応する。
古い歴史の中で行われた魔女狩りのように殺し屋を抹消することに躍起になる。
建物の入り込んだ区域を抜けていくと、広く開けた地が見えてきた。
援助させる為に送っていた追加の小隊はもう現場に到着しているようだ。
そこには負傷者が転々と横たわっており、それを手当てする者達の姿、壊された建物の近くで何やら人が集まっている姿。
車からジンが降りると場の空気が張り詰めたが、各自自分のするべきことに集中するべく作業へと戻る。
壊れた建物の近くへとジンが近づいていき、状況を確認する。
「建物の下敷きになった者が数名いまして…ほとんどはなんとか瓦礫をよけて助けられましたが、まだ残り数名が」
話を聞いて視線をそちらへ向けて歩きだすと、一人だけ救助を拒み自力で抜けようとする者の姿が見えた。
よく見知った反抗の姿に呆れつつジンはそこへ近づいていく。
「片足を犠牲にしたいのか」
「…足くらいなくなったって、あとから義足でもつければいいだけだ」
眉間に皺を寄せて救助を拒む男、アカツキは悔しそうな表情をする。
軍服はところどころ破れ、怪我をした肌からは血が滲み、更に土で汚れ傷口から黴菌でも入ってしまいそうな状況だ。
こんなミスをして、助けられる立場になるだけではなく、目の前のこの男にこんな情けない姿を見られるなどもってのほかだった。
同じ軍の中で、力をつけて本当の意味でいつか自立しようと決意したのに。
その心構えが崩されそうになる度自嘲心が湧く。もうきっと疲れてしまったのだ。
忘れたはずの存在がいつも過去の滲んだ記憶の中で笑う。
誰だったか。頼りないけれど一生懸命で、世話を焼かされたが居心地がよかったのは確かだ。
その笑みが脳裏を掠めるたびに、申し訳なさと捨てきれない情がこみ上げてアカツキを責め立てる。
戻ることも、許されることも二度とない、否あってはならない。
そしてもう誰にも頼らずに一人で生きていこうと。そうして乗り越えねばならない。
だから何もいらない。何かが始まることもきっともうない。
力任せに瓦礫の下敷きになった左足を引っ張り出そうともがく。
目の前には黒い靴が視界の中に映ったまま消えない。
睨みつけていると動きを見せた。そのまま去るかと思いきやアカツキの足元足音は止まる。
周りの障害になる中小の瓦礫をよける物音が耳へと届いた。
ここで更に抵抗をするのももはや無駄な行為かもしれない。けれど大人しく待っているのも性に合わず歯がゆい気持ちで瓦礫のよけられる音を聞いた。
直接的にアカツキの足を潰している大きい瓦礫の下の隙間から手を差し入れて、他の瓦礫のバランスが崩れて落ちてこないようにしながら持ち上げる。
足を圧迫し押しつぶしていた物体はなくなった。持ち上げている隙に足を避けろということか。
ずっと潰され痛む足を動かしてその場から離れる。瓦礫を持ち上げていたジンの腕が下ろされてその場は放置される。
こうして薄汚れた白い瓦礫の山を見ていると、形の崩れた人間の骨の山のように見えてここは荒廃していくエリア49の戦場なのだと認識できる。
響く足の痛みに長く息を吐きながら、ぶれる視界の中で意識が朦朧としていく。
なんだ、故意的に行われでもしてるのか…?
アカツキの視界にちらついた髪の毛を弄んだ後の黒い指先、ジンの視界には染めた偽りの黒髪に抗うように旋毛から新しく生えてきた赤い地毛が見えていた。
頭の芯から、意識が途絶えそうな寸前で、軍帽が被せられるのを認識しながらアカツキの瞼は閉じた。
「馬鹿が…」
小さいため息と共にジンがそう呟くと、アカツキの身体を横抱きにして持ち上げた。
先ほどよりは大分落ち着いた様子の現場を確認し、車の元へとそのまま歩いていく。
凛と歩く中で、微かに眉間に寄せられた皺を知るものは誰もいない。
ずっと付き添っていた男、スタルギアが車の扉を開き後ろの広いスペースへとアカツキを横たえる。
「こいつが起床したら、沈静薬でも飲ませるよう医師に伝えておけ。無理やり行動しかねん」
「わかりました」
座席へ座り、扉を閉めると車が動き出す。
そのままアカツキ、ジン、スタルギアを乗せた車内には奇妙な沈黙が下りる。
行きと違う奇妙な沈黙の原因は、スタルギアの心情によるものが大きかった。
アカツキの軍帽を被せる様、抱き上げて歩く際の一つ一つが、確かにスタルギアに対するものとは違った。
スタルギアが微かな確信を得て、自分の中に隠している事柄をより知る為にジンに質問をしようとしたことがあった。
だがなかなか言い出すことができず、最初に感じた予感のようなものも希薄になってしまい質問をしようという自信を奪った。
率直に言うと、ジンと自分は何かしらの縁がある気がするのに、それを知らぬふりして過ごさねばならぬようでもどかしいのだ。
もどかしかった。アカツキが羨ましいというよりはやはりはっきりせねばならない問題と向き合うべきだと。
そう痛感させられるばかりだった。
「…っジン様、少しよろしいでしょうか」
「なんだ」
待っていたといわんばかりにすぐ返事をするが、視線は窓の外へと向けられたままだ。
優美さと色気の伴ったテノールに誘われるように、言葉を紡いでいく。
「貴方様に…問わなければいけないことがあります」
その上で暫く泳がせてどう動くか非常に興味深かった。
今すぐ排除しておかねばならない脅威にはならない故そのまま様子を見ておくことにした。
結果的には大した動きをしているように見えなかったが、いつの間にか本拠地内の軍人に紛れて内部情報を仕入れている段階まできていた。
ここで一掃しておく為に小隊の人員を送らせて始末しておくことにした。
これはまだアカツキが軍人になりたての頃のお話。
「泳がせておいた者達の件ですが、軍内から一人残らずあぶり出し、アジトを潰すことも無事成功しました」
「そうか」
「ですが、敵方内でどうやら新しい武器を開発したらしく、その武器が少し手ごたえのある代物でしたので負傷者が伴いました。援助要請をしてもよろしいでしょうか」
「わかった、援助を送る手配をさせるとしよう」
わが軍の小隊が傷つけられるとはなかなか手ごたえのある新しい武器を開発したらしい。
男は愉快気に唇の端を吊り上げて笑みながら、部下の挨拶と通話が切れる音を聞いた。
耳に当てていた電話を台の上へと戻す。
「現場に送る追加の人員と、車を用意しろ」
「わかりました」
黙って横に控えたままだった男は、命令を聞くと即座に一礼してから動き出した。
誰よりも主に忠実に、主の右腕のように動き、仕事を与えられるたびに喜びを感じ誇りを抱いていた。
*
車窓から外の様子を伺うと、荒廃しつつある街中には人の気配がまったくない。
しかし現実は、その概観の通りまったくの無人という通りではない。
軍人候補へと上がるものはもちろん、数少ない市民も保護される存在だからだ。
問題は裏で殺し屋として動き回っている鼠のような連中だ。市民が生活苦の果てに裏事業へと手を染める簡単な入り口。
せっかくのその腕を活かして軍人になるべく這い上がってこようとはしない姿を、基本的には現実を甘くみた連中だと蔑む者が多い。
結果的に冷遇された存在となり、一つの場所に留まることが叶わず各地を回って情報と金を得て生きている。
そこから軍人へと上がれる者もいるが、エリアから出て行き別の場所へ情報を持っていかれれば、何があるかわからない。
特に弱いエリアは世界の中で這い上がる為の数少ない手段を、その殺し屋の存在に漏らされないよう過剰に反応する。
古い歴史の中で行われた魔女狩りのように殺し屋を抹消することに躍起になる。
建物の入り込んだ区域を抜けていくと、広く開けた地が見えてきた。
援助させる為に送っていた追加の小隊はもう現場に到着しているようだ。
そこには負傷者が転々と横たわっており、それを手当てする者達の姿、壊された建物の近くで何やら人が集まっている姿。
車からジンが降りると場の空気が張り詰めたが、各自自分のするべきことに集中するべく作業へと戻る。
壊れた建物の近くへとジンが近づいていき、状況を確認する。
「建物の下敷きになった者が数名いまして…ほとんどはなんとか瓦礫をよけて助けられましたが、まだ残り数名が」
話を聞いて視線をそちらへ向けて歩きだすと、一人だけ救助を拒み自力で抜けようとする者の姿が見えた。
よく見知った反抗の姿に呆れつつジンはそこへ近づいていく。
「片足を犠牲にしたいのか」
「…足くらいなくなったって、あとから義足でもつければいいだけだ」
眉間に皺を寄せて救助を拒む男、アカツキは悔しそうな表情をする。
軍服はところどころ破れ、怪我をした肌からは血が滲み、更に土で汚れ傷口から黴菌でも入ってしまいそうな状況だ。
こんなミスをして、助けられる立場になるだけではなく、目の前のこの男にこんな情けない姿を見られるなどもってのほかだった。
同じ軍の中で、力をつけて本当の意味でいつか自立しようと決意したのに。
その心構えが崩されそうになる度自嘲心が湧く。もうきっと疲れてしまったのだ。
忘れたはずの存在がいつも過去の滲んだ記憶の中で笑う。
誰だったか。頼りないけれど一生懸命で、世話を焼かされたが居心地がよかったのは確かだ。
その笑みが脳裏を掠めるたびに、申し訳なさと捨てきれない情がこみ上げてアカツキを責め立てる。
戻ることも、許されることも二度とない、否あってはならない。
そしてもう誰にも頼らずに一人で生きていこうと。そうして乗り越えねばならない。
だから何もいらない。何かが始まることもきっともうない。
力任せに瓦礫の下敷きになった左足を引っ張り出そうともがく。
目の前には黒い靴が視界の中に映ったまま消えない。
睨みつけていると動きを見せた。そのまま去るかと思いきやアカツキの足元足音は止まる。
周りの障害になる中小の瓦礫をよける物音が耳へと届いた。
ここで更に抵抗をするのももはや無駄な行為かもしれない。けれど大人しく待っているのも性に合わず歯がゆい気持ちで瓦礫のよけられる音を聞いた。
直接的にアカツキの足を潰している大きい瓦礫の下の隙間から手を差し入れて、他の瓦礫のバランスが崩れて落ちてこないようにしながら持ち上げる。
足を圧迫し押しつぶしていた物体はなくなった。持ち上げている隙に足を避けろということか。
ずっと潰され痛む足を動かしてその場から離れる。瓦礫を持ち上げていたジンの腕が下ろされてその場は放置される。
こうして薄汚れた白い瓦礫の山を見ていると、形の崩れた人間の骨の山のように見えてここは荒廃していくエリア49の戦場なのだと認識できる。
響く足の痛みに長く息を吐きながら、ぶれる視界の中で意識が朦朧としていく。
なんだ、故意的に行われでもしてるのか…?
アカツキの視界にちらついた髪の毛を弄んだ後の黒い指先、ジンの視界には染めた偽りの黒髪に抗うように旋毛から新しく生えてきた赤い地毛が見えていた。
頭の芯から、意識が途絶えそうな寸前で、軍帽が被せられるのを認識しながらアカツキの瞼は閉じた。
「馬鹿が…」
小さいため息と共にジンがそう呟くと、アカツキの身体を横抱きにして持ち上げた。
先ほどよりは大分落ち着いた様子の現場を確認し、車の元へとそのまま歩いていく。
凛と歩く中で、微かに眉間に寄せられた皺を知るものは誰もいない。
ずっと付き添っていた男、スタルギアが車の扉を開き後ろの広いスペースへとアカツキを横たえる。
「こいつが起床したら、沈静薬でも飲ませるよう医師に伝えておけ。無理やり行動しかねん」
「わかりました」
座席へ座り、扉を閉めると車が動き出す。
そのままアカツキ、ジン、スタルギアを乗せた車内には奇妙な沈黙が下りる。
行きと違う奇妙な沈黙の原因は、スタルギアの心情によるものが大きかった。
アカツキの軍帽を被せる様、抱き上げて歩く際の一つ一つが、確かにスタルギアに対するものとは違った。
スタルギアが微かな確信を得て、自分の中に隠している事柄をより知る為にジンに質問をしようとしたことがあった。
だがなかなか言い出すことができず、最初に感じた予感のようなものも希薄になってしまい質問をしようという自信を奪った。
率直に言うと、ジンと自分は何かしらの縁がある気がするのに、それを知らぬふりして過ごさねばならぬようでもどかしいのだ。
もどかしかった。アカツキが羨ましいというよりはやはりはっきりせねばならない問題と向き合うべきだと。
そう痛感させられるばかりだった。
「…っジン様、少しよろしいでしょうか」
「なんだ」
待っていたといわんばかりにすぐ返事をするが、視線は窓の外へと向けられたままだ。
優美さと色気の伴ったテノールに誘われるように、言葉を紡いでいく。
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