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第36話
しおりを挟む「私は好きで孤児院を経営しているからいいのよ」
「そう言って頂けると助かります」
「それにちょうど今年ぐらいかしら。とんでもない金額を寄付してくださる方が現れてね。おかげで子どもたちに十分な衣食住を提供できているの」
中庭からで遊ぶ子供たちを窓越しに眺めながらママさんは嬉しそうに笑った。
僕の記憶の中のママさんよりも少し年を取っているがそれでもその笑顔に当時の面影が残っている。
「国王陛下も孤児院への支援は惜しみなく行いたいと仰っていましたので要望がありましたら遠慮なくお申し出ください」
「ありがとう。でも今は充実しているから大丈夫よ。強いて言えば遊んでくれる大人が少ないことぐらいかしら」
「遊んでくれる大人、ですか」
「ええ。サイラスさんが来てくれた時の子どもたちを見て分かると思うけれど、年上の人と遊ぶ経験って想像以上に大切なの。年上の人がいる安心感の元で目一杯遊ぶのは子ども時代しかできないことなのよ」
孤児院は意外と縦割りの関係を目立つ。
そのため、どうしても年齢が上がるにつれて大人になることを強いられてしまうのだ。
たしかに自分が孤児院にいた時も外からお兄さんやお姉さんが遊びに来てくれるのがとても嬉しかった記憶がある。
「…ママさんさえよろしければ遊んでくれそうな大人連れて来ましょうか?」
「うーん…本当はお願いしたいけれど実はあまり外部の人を入れないようにしているのよ。昔、それ関連の事件が起きてね」
「と、言いますと?」
含みのある言い方に思わず聞き返す。
するとママさんは困ったように眉を下げた。
「実は…もう10年以上前の他国の孤児院の話なんだけれどね。里親になってくれる人を集めるために自由に見学できる孤児院があったの。勿論、沢山の子どもが引き取られていったわ。…ただ、そこに悪名高い貴族が来たの。そしてよりにもよって孤児院を営んでいた夫婦の一人息子に目を付けてしまった」
「もしかしてその子を引き取りたいと言ってきたんですか?」
「ええ。勿論夫婦は『自分たちの子供だからその子は引き取れない』と説明したわよ。でも貴族はそれで納得するような人ではなかった。どうしても子供を手放さない夫婦にしびれを切らした貴族は悪どい方法を使って孤児院を経営難に追い込んだ」
そこまで聞いて嫌な予想に辿り着いてしまった。
他国の孤児院
悪名高い貴族
それぐらいしか情報が無いのに何故か確信してしまう。
「……もしかしてその孤児院、火事が起きませんでしたか?」
声が震えないように気を付けながら尋ねるとママさんは驚いた表情で僕を見た。
「ど、どうしてそれを…」
「貴族の名前は、ラズワルド、ですよね?」
「……何故サイラスさんが知っているの」
「…それは後でお教えします。先に教えてください、夫婦の子供はどうなったのですか」
思わず椅子から立ち上がって距離を詰めるとママさんは不安そうに僕の目を見た。
「…順を追って説明するわね。結局、経営難に追い込まれても子供を手放さなかった夫婦は再度見学に来た貴族…ラズワルドさんに睡眠薬を盛られたの。そして眠って動けない隙に孤児院に火をつけられた。夫婦が目覚めない中、油を敷かれた孤児院は異様な速度で燃え上がり、最終的に夫婦と沢山の孤児の焼死体が焼け跡から発見されたの。その時、夫婦の子供も焼け死んだと言われているわ」
孤児院の火災はラズワルドの仕業だった。
そして、そんなラズワルドの護衛をしている男は当時自分がいた孤児院が火事になったと言っていた。
しかし、カリン先生のカルテを見て分かったが彼の体には大きな火傷が無かった。
彼に残る火傷痕はどれも意図的に付けられたような小さなものだ。
孤児院というのは子どもだけで抜け出すことは難しい設計となっている。
唯一の大人である夫婦は眠っており、結果として沢山の孤児が焼け死んだにも関わらず彼は生き延びた。
油が敷かれた孤児院での火災に巻き込まれたはずなのにほとんど無傷で生存したなんて考えられる可能性は1つしかない。
あの護衛こそ、孤児院を営んでいた夫婦の子供に違いない。
運悪くラズワルドに目を付けられ、死んだことにして攫われたのだ。
もしくは彼を攫うためにわざと火事を起こしたか。
どちらにせよ、最悪の事件に他ならない。
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