18 / 37
第18話 ダレスside
しおりを挟む手合わせは訓練場にある円形闘技場で行われるらしい。
噂を聞きつけた他の騎士団員たちや他国の王族や貴族も興味津々といった様子で集まっている。
噂の騎士団長と異国の貴族の護衛が繰り広げる戦いなんて滅多に見れるものではないだろうから集まる気持ちも分かるが、俺としてはサイラスが見世物のような扱いをされている気がして不快で仕方ない。
「ダレス」
闘技場を見下ろしていると背後から名前を呼ばれる。
振り返るとイゴールとカリンさんが一緒に歩いてきていた。
「カリンさんまでいらっしゃったのですか」
「怪我人が出た場合どちらにせよ私が呼ばれますから」
カリン先生は救急道具が入っているらしい大きな黒鞄を肩にかけていた。
怪我をしてほしくはないが相手が相手故に可能性は0ではないだろう。
俺の考えを感じ取ったのか、カリン先生は鞄を撫でながら小さく呟く。
「これを使わなくて済むよう願いましょう」
「…そうですね」
俺たちの会話を黙って聞いていたイゴールは手すりに肘をついてさり気なく口元を覆いながらぼそりと呟く。
「例のアイツ、俺が話しに行った時ワインを飲んでいたんだ。酔っているせいか色々ボロを零しやがった」
「……続けて」
「昨日のパーティーでサイラスのことを甚く気に入ったらしくてな。国王に献上する前に一旦自分の愛人にするんだと」
「………女だってことは?」
「バレてない」
「なるほど。アイツは既婚者だし、女性に手出しできないからサイラスに目を付けたのか?」
「最っ低」
「カリン先生、表情に出すぎです」
思いっきり顔を歪めたカリン先生は怒りを鎮めるように深いため息を吐いた。
しかしその気持ちは痛いほどわかる。
これは聞いていて決して心地よい話ではない。
「だからこそサイラスには勝ってもらわないと困るんだ」
イゴールがそう呟いた時、闘技場の中心に立っている審判らしき人物が開戦を知らせる笛を鳴らした。
その笛の音に先ほどまでざわついていた観客は静まり返る。
「ただいまよりサイラス様とラズワルド様の護衛様による模擬戦を行います」
高らかに宣言される言葉に応えるように闘技場の両サイドに設置された控室から2つの影が現れる。
1つは簡易的な甲冑を身に着けたサイラスで、もう1つは大柄な男だった。
「おい!!絶対勝てよ!!負けたら分かってるんだろうな!!!」
唾を飛ばしながら脅す様な声掛けをしているラズワルドを一瞥して男はサイラスに向き直る。
大柄な男は長袖長ズボンなものの、そこから覗く手や首は傷だらけだった。
「あの狸、まともに部下を応援することもできないのか」
よっぽどアイツが嫌いなのか、イゴールは嫌悪感を隠すことなく言葉を吐く。
俺も昔から気に食わないとは思っていたが、その感情も今となっては憎悪に近かった。
審判はラズワルドを無視して進行を続ける。
「模擬戦では主に木刀を使用します。勝敗は降参するか、気絶するか、審判が続行不能と判断するまでです。また、真剣の使用は禁止となります」
審判が説明する間に2人は木刀を1本ずつ受け取り、闘技場の中心へと歩きだす。
そしてある程度の距離まで近づいて足を止めた2人を見て、審判はまっすぐ腕を上げた。
「では始めます。試合開始!!」
勢いよく振り下ろされた腕を見て護衛は凄まじいスピードでサイラスに襲い掛かった。
ほとんどの人がこの一撃で早くも勝敗が決まってしまうかと思ったが、サイラスはすんでのところで攻撃を回避して距離を取る。
「速いな」
「サイラスは力比べが苦手だと言っていたから出来るだけ直接的な勝負はしたくないんだろうな」
「あんな丸太のような腕に勝てる人間はそうそうないぞ」
2人の攻防に観客もどよめいている。
サイラスは基本的に防戦に徹しているがそれでも隙を見ては攻撃を繰り出している。
護衛はというと回避はせず、攻撃を受け止めてカウンターを繰り出しているような戦い方だ。
だから腕や首回りが傷だらけなのか。
肉を切らせて骨を断つとはまさにこのことだろう。
「あの戦い方、心配になるわね」
カリン先生も同じことに気づいたのか不安そうに呟いた。
医者としては看過できない戦い方なのだろう。
医学に精通していない俺でも不安になるのだから彼女の目にはもっと恐ろしいものに映っているに違いない。
その時、一期は大きな音が響いた。
お互いの刃がぶつかり合うその音は鼓膜を突き破るように闘技場中に響く。
見るとサイラスの体は護衛に弾き飛ばされて壁に打ち付けられていた。
追撃の為に護衛は素早くサイラスに近づく。
「サイラス!!」
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる