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第18話 ダレスside

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手合わせは訓練場にある円形闘技場で行われるらしい。
噂を聞きつけた他の騎士団員たちや他国の王族や貴族も興味津々といった様子で集まっている。

噂の騎士団長と異国の貴族の護衛が繰り広げる戦いなんて滅多に見れるものではないだろうから集まる気持ちも分かるが、俺としてはサイラスが見世物のような扱いをされている気がして不快で仕方ない。

「ダレス」

闘技場を見下ろしていると背後から名前を呼ばれる。
振り返るとイゴールとカリンさんが一緒に歩いてきていた。

「カリンさんまでいらっしゃったのですか」
「怪我人が出た場合どちらにせよ私が呼ばれますから」

カリン先生は救急道具が入っているらしい大きな黒鞄を肩にかけていた。
怪我をしてほしくはないが相手が相手故に可能性は0ではないだろう。
俺の考えを感じ取ったのか、カリン先生は鞄を撫でながら小さく呟く。

「これを使わなくて済むよう願いましょう」
「…そうですね」

俺たちの会話を黙って聞いていたイゴールは手すりに肘をついてさり気なく口元を覆いながらぼそりと呟く。

「例のアイツ、俺が話しに行った時ワインを飲んでいたんだ。酔っているせいか色々ボロを零しやがった」
「……続けて」
「昨日のパーティーでサイラスのことを甚く気に入ったらしくてな。国王に献上する前に一旦自分の愛人にするんだと」
「………女だってことは?」
「バレてない」
「なるほど。アイツは既婚者だし、女性に手出しできないからサイラスに目を付けたのか?」
「最っ低」
「カリン先生、表情に出すぎです」

思いっきり顔を歪めたカリン先生は怒りを鎮めるように深いため息を吐いた。
しかしその気持ちは痛いほどわかる。
これは聞いていて決して心地よい話ではない。

「だからこそサイラスには勝ってもらわないと困るんだ」

イゴールがそう呟いた時、闘技場の中心に立っている審判らしき人物が開戦を知らせる笛を鳴らした。
その笛の音に先ほどまでざわついていた観客は静まり返る。

「ただいまよりサイラス様とラズワルド様の護衛様による模擬戦を行います」

高らかに宣言される言葉に応えるように闘技場の両サイドに設置された控室から2つの影が現れる。
1つは簡易的な甲冑を身に着けたサイラスで、もう1つは大柄な男だった。

「おい!!絶対勝てよ!!負けたら分かってるんだろうな!!!」

唾を飛ばしながら脅す様な声掛けをしているラズワルドを一瞥して男はサイラスに向き直る。
大柄な男は長袖長ズボンなものの、そこから覗く手や首は傷だらけだった。

「あの狸、まともに部下を応援することもできないのか」

よっぽどアイツが嫌いなのか、イゴールは嫌悪感を隠すことなく言葉を吐く。
俺も昔から気に食わないとは思っていたが、その感情も今となっては憎悪に近かった。

審判はラズワルドを無視して進行を続ける。

「模擬戦では主に木刀を使用します。勝敗は降参するか、気絶するか、審判が続行不能と判断するまでです。また、真剣の使用は禁止となります」

審判が説明する間に2人は木刀を1本ずつ受け取り、闘技場の中心へと歩きだす。
そしてある程度の距離まで近づいて足を止めた2人を見て、審判はまっすぐ腕を上げた。

「では始めます。試合開始!!」

勢いよく振り下ろされた腕を見て護衛は凄まじいスピードでサイラスに襲い掛かった。
ほとんどの人がこの一撃で早くも勝敗が決まってしまうかと思ったが、サイラスはすんでのところで攻撃を回避して距離を取る。

「速いな」
「サイラスは力比べが苦手だと言っていたから出来るだけ直接的な勝負はしたくないんだろうな」
「あんな丸太のような腕に勝てる人間はそうそうないぞ」

2人の攻防に観客もどよめいている。
サイラスは基本的に防戦に徹しているがそれでも隙を見ては攻撃を繰り出している。
護衛はというと回避はせず、攻撃を受け止めてカウンターを繰り出しているような戦い方だ。
だから腕や首回りが傷だらけなのか。
肉を切らせて骨を断つとはまさにこのことだろう。

「あの戦い方、心配になるわね」

カリン先生も同じことに気づいたのか不安そうに呟いた。
医者としては看過できない戦い方なのだろう。
医学に精通していない俺でも不安になるのだから彼女の目にはもっと恐ろしいものに映っているに違いない。

その時、一期は大きな音が響いた。
お互いの刃がぶつかり合うその音は鼓膜を突き破るように闘技場中に響く。

見るとサイラスの体は護衛に弾き飛ばされて壁に打ち付けられていた。
追撃の為に護衛は素早くサイラスに近づく。

「サイラス!!」
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