男装騎士の元カレは隣国の王太子でした

宮野 智羽

文字の大きさ
上 下
8 / 37

第8話

しおりを挟む
連れていかれたのは客室の1つだった。
部屋に置かれた荷物を見るに今日ダレス様が泊まられる部屋なのだろう。

道案内をしなくても医務室から客室まで迷うことなく辿り着けた様子を見るにやはりイゴール陛下とは幼馴染らしい。
きっと昔は気軽にお互いの城に出入りしていたに違いない。

「座ってくれ」
「はい…」

指し示されたソファーに座るとダレス様はテーブルを挟んで向かい側に座った。
重苦しい空気が流れる。

しかしこのままでは何も始まらないので意を決して口を開いた。

「あの、ダレス様」
「……」
「お手紙に返信しなかったことに関して今更ですが謝罪致します。本当に申し訳ありませんでした」

謝罪の意を示すために頭を下げる。
震えている手を爪が白くなるほど握り、精一杯の気持ちを伝える。

「それだけではありません。王族とは存じ上げていなかったとはいえ、過去に不敬罪に匹敵する行為が数多くありました。数年経ったからといって許される行為でありません」
「……」
「この国の法が私を守っているというのならばダレス様の国でお裁きください」

それだけ言って後は待つ。
何時間でも待つ覚悟はあったのだが思ったよりも早くダレス様から声がかかった。

「顔を上げてくれ」

言われたまま顔を上げると、彼は寂しそうに笑っていた。
その表情が何を表しているのか分からなくてただただ呆然と見つめることしかできなかった。

「カリンさんに言われたけど最初からもっと説明するべきだったよな」
「えっと、」
「……俺はダレス・アーグスト。隣国のアーグスト国の王太子だ」
「…エルラント国の騎士団団長の…サイラス・アフガルトです」

気まずすぎるが王太子に自己紹介をさせておいてこちらがしないわけにもいかないので一応名乗る。
彼は僕の名前を聞いて鈴を転がすような声で笑った。

「今気づいたけどサイラス・アフガルトっていう名前と俺の名前似てるな」
「…お気を悪くしてしまったのならば申し訳ありません」
「………なぁ、そんなに怯えないでくれないか?もうあんな乱暴なことはしないからさ。さっきカリンさんに叱られて酔いが醒めた。酒が入ってる時に数年かけて探し続けた想い人を見つけたから自制心が効かなかったんだ。…いや酒を言い訳にするのは良くないな」

崩れた口調で頬を掻きながら言葉を並べるダレス様。
そんな彼の態度よりも気になる言葉が聞こえた。

「想い人?」
「俺はこの数年、バレッサへの想いをひと時も絶やしていないからな」

へらっと笑う彼の表情を見ると数年前のことを思い出してしまう。
僕たちが成り行きで付き合っていた時、彼はよくこの表情で笑っていた。
印象深いその表情に思いがけず肩の力が抜けた。

「もっと格好良く会いたかったんだけど恥ずかしいところを見せた」
「僕の中ではもう、終わったものだと…」
「終わってなんかない。俺は今でもバレッサのことが好きだ」

真っ直ぐにこちらを見つめてくるダレス様に眩暈がする。
そんなはずはないのだ。
隣国の王太子が元カレで、その上まだ好意を寄せてくれているだなんて。
おとぎ話だとしても上手く出来すぎている。

「僕はもうバレッサではありません」

ダレス様の顔を見る勇気はなくてテーブルを見つめたまま声を振り絞る。

「僕はエルラント国の騎士団団長のサイラス・アフガルトです。バレッサは…もういないのです」
「サイラス・アフガルトもバレッサもどちらもお前だろ?」

間髪入れずに返ってきた言葉に肩が跳ね上がる。
向かいのソファーから軋む音が聞こえたと思ったら隣にダレス様の気配感じた。
横を見ると僕の隣に移動して腰かけた彼が僕を見下ろしていた。

「でも、これは僕が初めて得た身分なのです。バレッサの時は孤児で何者にもなれませんでした。だからどうかこの身分は奪わないでください」
「……」
「お願いします」

隣に座る彼に懇願する。
きつく目を閉じていると彼の手が頬を掠めるのを感じた。
そのまま顎を持ち上げられ、自然と彼と目が合った。

「教えてほしい。男としてここにいるのは辛くなかった?」
「同僚も上官も皆良い人ですから辛くなかったですよ。でも濁し続ける罪悪感はありました」
「そっか」
「強いて言えば夏場はサラシが暑くて大変でした」
「サラシ?」
「胸を潰すためにサラシを巻いているのです。鎧を着ている時も念には念を入れて巻いていましたので」
「……髪を短く切るだけでなくそんなことまでしてたのか」
「髪はこれでも伸びましたよ。今はボブぐらいなので女性と間違われることも増えましたし」

彼は僕の髪を梳きながら目を細めた。

「短い髪も良く似合ってるよ。勿論前みたいな長い髪も好きだけどな」
「そんなことを僕に仰るのはダレス様ぐらいですよ」
「……さっきから気になってたんだけど1人称の『僕』って意図的?」
「意図的ですよ。時と場合によって『私』と使い分けてます。来賓の方や目上の方とお話しする時は『私』に戻します」
「戻しますっていうことは『私』の方が使いやすいのか。確か付き合ってる時も『私』だったよな」
「まぁ、そっちが素ですから」

そう言うと彼は拗ねたような顔になった。
え、何か言ったかな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

憐れな妻は龍の夫から逃れられない

向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。

処理中です...