可哀想な君に

未知 道

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番外編

白井 真『ほどほどが一番』 1

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 左手の薬指にはめられた指輪に陽の光があたり、キラキラと煌めく。

「ったく、あいつ急すぎなんだよ……」

 そう言うのも、昨日の夜。奏多が急に旅行へ行こうと言い出し、拒否する俺を引きずるようにして飛行機に乗せやがった。
 ただの旅行かと、まだ状況を理解出来ていない俺を連れ、指輪を渡されて婚姻届らしきものを受理したあたりで「もしや……」と思い問い詰めたら、ケロッとした顔で「なに言ってるの? 前に結婚するって約束したでしょ?」と返された。

 確かにそんな約束をした気がするが、いつそんな準備をしていたのか――というか、こんな簡単に出来るものかと聞いても、いつもの柔らかな笑顔で返され。
 さらには、その当の本人は用事があるとかなんとかで、俺を無駄に豪華なホテルに置いて何処かへ行ってしまうし……。

 俺は今まで海外に行ったことがないから、怖くて変に動けず、窓の外と指輪を交互に眺めていた。

(奏多が従えてた部下達って、解散したんだよな? 奏多、またヤバいことに手を染めてたりして……)

 大丈夫だと、自分のパートナーとなる人を信じたい……が。たま~に見える、黒い影らしき人物が以前に見た奏多の部下に似ている。
 ほら、今も窓の外にある木の陰で、俺を――。

「真くん」

 耳元で囁かれ、身体が飛び上がる。

「ば、馬鹿っ! 脅かすなよ! 気配消しながら近づくとか、お前は忍者か!? 帰って来たなら、普通に話しかけろよな」
「驚いたの? 可愛いね」
「あっ、ちょっと……やめろって……!」

 首筋を甘噛みされ、身体がじわりじわりと熱くなってくる。
 ――けど、その熱を振り切るように奏多を押し退けた。

「おい! 今日という今日は、もう許さねぇ! 俺は、お前のお気に入りのぬいぐるみか!」
「真くん、ぬいぐるみになったの?」
「人間だわ! はぁ、頭いいくせに何でいつもこうなんだ……。いや、お前わざと俺をおちょくってんだろ?」
「ふふ」
「もう、マジで……!」

 待て待て、このまま奴のペースに飲まれるなと、深呼吸する。

 奏多を好きなのは変わらない。けど、俺に相談もなく勝手にあれこれと決められたくはない。
 だって夫婦って、抑制とか束縛とかじゃなく、お互いに支え合うものだ。
 なのに奏多は、俺の意思も聞かずにいつも好き勝手に行動する。だからそれに、どうしてもイライラしてしまう。

「ちょっと出てくる」

 少し頭を冷やそうと思い、ドアに向かった。

「真くん、待って。ひとりじゃ危ないから、一緒に――」
「来んなよ! すぐ帰るから!」

 奏多は珍しく慌てたような声を上げ、走ってこようとしていたが、俺が本当に拒否したと分かったのか口を閉ざした。

 奏多がフリーズしている今のうちだと、ドアの外へ小走りで出た。



 ♢◆♢


「You're cute. my preference(君、可愛いね。俺の好みだ)」
「ハハッ、オーマイガ」

(聞き取れる単語でキュートとか聞こえたような気がしたけど……。こいつまさか、俺のこと可愛いとか言ってる? はっ、目が腐ってんのかよ……)

 10分ほどホテルの近くをブラブラしていたら、いきなりペラッペラッな英語で話しかけられた。
 正直、英語の授業とか適当にしていたせいで全く分からない。

 さりげなく逃げようとしたが、ずっとついてくる。
 なんかずっと喋ってるのが怖い。

「Let's have fun together(一緒に楽しいことしようよ)」
「オー、イェイ、イェイ」
「Is it okay? Come on, let's go(いいの? さぁ、行こう)」

 適当に返事していたらガシッと腕を掴まれ、これには慌てる。

「あっ、ちょっと、待って待って! 翻訳、翻訳するから待って!」

 この外国人に話しかけられてからは、奏多の待つホテルに帰っていた。だから平気だろうと適当に返事をしていたが、始めからスマホの翻訳で会話をすれば良かった。

 スマホ、スマホとポケットの中を探す。

(あぁ……。スマホ部屋に忘れるとか、俺バカだ)

 けど、走ればホテルは直ぐだ。

 だから腕を振ったが、強く掴まれていてほどけない。

「ちょっ、ちょっと、腕、放してくれません? さすがに失礼ですよ」
「I don't know what you're talking about(なに言ってんのか分からねぇよ)」

 ニヤニヤと馬鹿にしたような表情を向けられ、気づいた。

 この男は、初めから意志疎通をしようと思っていない。
 俺が海外に不馴れな様子を、最初から見抜いていたのだろう。

 ――ひと気のない路地裏の方に放り投げられる。

「It was you who understood(了解したのはお前だ)」

 奏多のようなしなやかな綺麗な手じゃない、ゴツゴツした骨張った手に首を掴まれる。

「……っ、ま、待って……! かっ、奏多、奏多、奏多……っ!」

 自分があんなことを言って出て行き、こうなったくせに、結局は奏多に助けを求める自分が情けない。

 けど、分かってる。現実はそんな甘くはないだろう。
 奏多が颯爽と助けに来てくれるなんて、そんなことは――。


「真くんはさ、自分がどんな風に周りから見られてるのか考えたことある?」
「……――ッ!」


 文字通り、目の前の男が吹っ飛んだ。
 代わりに、男がいた場所に奏多が立ち、俺を見下ろしていた。

 本当に助けに来てくれたのかと、信じられない気持ちでぼんやりと奏多を見ていると――奏多に、グッと顔をしかめられた。

「それで、少しは理解出来たの?」

 理解とは、『自分がどんな風に周りから見られてる』……ということだろうか?

「そんなの、分からな……っ! 奏多っ! うし――」
「グハッ!!」
「分からないじゃなくて、ちゃんと理解して。真くんに警戒心が無いから、こんなゴミにもチャンスがあるとか思われちゃうんだよ」

 吹っ飛んだ男が、後ろからナイフで奏多を刺そうとしていたが、奏多はノールックでその男の顎に拳を叩き込んだ。

 しかし、かなりタフなのか。または、奏多への怒りによって痛みが麻痺してるのか。ふらふらしながらも再び、奏多に向かってくる。

「Damn you!(クソ野郎!)」
「It's about you(それはお前だ)」

 奏多は吐き捨てるように言葉を発し、振り返り様に綺麗なかかと落としで男をノックアウト。

「……奏多、なにか武道とかしてた?」
「別にしてないけど?」
「……」

 やっぱり、奏多は恐ろしい奴だ。

「まぁ、話はホテルに帰ってからにしよう」
「え、あいつは……?」

 奏多はのびた男をチラリともせず、「誰か拾うでしょ」と俺の腰に腕を回した。
 大通りに出る前に、本当に大丈夫か……? ともう一度うしろを振り返る。

「――……あ、あれ!」

 黒いローブの人間が数人。ぐったりとした男をすごいスピードで引きずり、陰に隠れた。

「おい! あの黒いの、篠崎の影だよな? やっぱり、手を切ってねぇじゃん!」
「真くん、ショックで変なもの見ちゃったんだね」

 奏多にやれやれというように、ため息をつかれる。俺がおかしいと言っているのだろう。

「は? なに言ってんだ? さっきの男だって、いないじゃ……」
「これ以上、他の男に気を取られないで。怒るよ?」

(聞くな、踏み込むな、ということか?)

「ハイハイ、分かりましたよ。けど、一つだけ教えてくれ。危ないことは……してねぇよな?」
「真くんがいるのに、そんなことするわけないでしょ。僕は、しかしないから」
「……ならいい」

 奏多がそう言うなら、俺はただ信じよう。


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