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番外編
小南 奈央子『どんな手を使ってでも』 1
しおりを挟むきっと、いつか。貴方が本心から笑えるように、その絡み付くしがらみから解放してあげる。
だから、待っていて――三葉。
♢◆♢
物心がついた時には、人を騙すことに長けていた。
だって、みんな馬鹿なんだもの。
「実はね、私も最近知ったことで――」「人から聞いたんだけど――」「えっ!? 知らないの? あのね――」
なんて、『どこかで誰かが言っていた』『皆しているよ?』と言うだけで、簡単に騙される。
皆がそうなんだと思わせるだけで、同じことをしたがる馬鹿しかいない。
テレビで持ち上げている有名な人を、皆で「凄い!」「こんな人になりたい!」「この人がしていることをやる!」とか言っていたくせに。
ちょっと、黒い噂が立つだけで「失望した~」「まぁ、そうだと思ってたよ。自分は」「やっと、本性が出たか」手のひら返しバンザイな状態になる。
ほ~んと、馬鹿でアホな奴らばっか。
だから、それを上手く使って生きてきた。
だって、簡単に騙される方がおかしいでしょ?
少しは自分で考えれば分かるものを、そうしないのが悪い。
本当に好きなものなら、周りがとやかく言おうが好きなはずだ。簡単に気持ちが無くなるなんて、あり得ないもの。
あと、私は容姿にも恵まれている。それも存分に活かし、自分の思うままに過ごしてきた。
そして、年を重ねる毎に。情報なども駆使し、その『騙すこと』が上達していく……。だからか、7才を過ぎた頃には物足りなさを感じていた。
自分以外の人間が、私の指示通りに動く人形みたいだからだ。つまらない。飽きた。
だから、何か楽しい遊びを考える。それで――人を壊して楽しむことに決めたのだ。
絶望した人間って、どんな顔をするのだろうと。久しぶりに、ワクワクした。
――ちょうど、その数日後。三葉に出会った。
♢◆♢
私の家庭は、そこそこ裕福だ。
社会的な繋がりで、大きなパーティーにお呼ばれした。
さっそく、オモチャにする人間を探すため。会場を見回す――。
非常に見目が良い【篠崎 奏多】が視界に入り、ウゲッと顔を歪めた。
あれとは、関わりたくない。
忌避感によって、近くの柱に隠れてしまう程に……。
なのに、私の両親と篠崎の両親が仲が良いからって、父親が「奏多君と、婚約しないか?」といつも話を振ってくる。
ハッキリと断ると角が立つと思い、やんわりと流しているが……。そうしたい気持ちが強いのか、何度も何度も聞いてくるのだ。
あまりにもしつこいから、「相手は知っているの?」と聞くと。「気持ち悪いから無理」だと言われたようだ。
直ぐに「まだ、そんな気持ちになれないみたいだけど、大人になれば――」とか何とか言われたが……私は【篠崎 奏多】が、だいっ嫌いになった。それこそ、殺せるものなら、殺してやりたいくらいに。
(ほんと、最悪。外いこ……)
なんだか気分が悪くなり、新鮮な空気を吸おうと外に出た――。
自然がいっぱいだなと思いながら、辺りを歩く。
手入れが大変だと思うくらい、大きな庭園。
正直。このような自然じゃなく、手を加えた芸術品をたくさん設置した方がいいんじゃないかと思う。
とても綺麗に整えられているから余計に、たくさんの庭師に管理させるのが大変だし、費用だってかさむはずだ。
だから、なんでわざわざこんな面倒な手間をかけるのか? と不思議に感じた。
確か、今回のパーティーは……有名な【篠崎家】の当主が開催したものだったはず。
凄い人だって聞いたけど、損得も分からない頭の弱い人だと、私は認識した。
――早くパーティーが終わらないかと、ぶらぶらと歩いていた時。顔にペタリと何かが絡み付く。
突然のことで驚き「ひゃっ!?」と悲鳴をあげた。
目の前を見る。カサカサカサと、足の多い黒い物体が私に向かって来て――。
「きゃああーー!!」
目の前に近付いてくる、その物体――蜘蛛を払い落とす。
「さいっあく! よくも、驚かせたわねっ!」
感情のまま、踏み潰そうと足をあげた。
「――だっ、駄目だよ!」
ガバリと、背後から誰かに抱き付かれ。バランスを崩し、後ろに倒れ込んでしまった。
「……ったぁ~! 何なのよ、一体……!」
後ろを振り向くと。私と同世代くらいの男の子が、心配したように「ごめん! 大丈夫?」と眉尻を下げていた。
「大丈夫じゃないわよっ! バッカじゃない!? 何してるの、早く離しなさいよ! 気持ち悪い!」
「あ、ごめんね……」
男の子は、オロオロとしながら私から離れ。けど、地面を見てホッとした顔を浮かべた。
(なにコイツ、意味分からない行動ばっかりとって……)
口をモゴモゴとさせ、ハッキリしない態度に苛ついてくる。
「だから、なんで抱き付いてきたのよ!? 酷いことされたって、パパに言い付けてやる!」
私が激怒しているのに、何故か男の子はふにゃりと困ったように笑った。
「君が驚いたように、蜘蛛だって驚いたはずだよ? 自分のお家が壊されたらさ、誰だって驚いて、怖くなるよね? だから、そんな子の命を潰したら……可哀想だよ」
「……はぁ?」
(蜘蛛……さっきの? は? たかが、そんなもののために、私にこんなことをしでかしたの?)
馬鹿みたいにふにゃりと笑う男の子を怒鳴り付けようと、口を開いた時――慌てたような両親の声が聞こえてきた。
私の名前を呼び、探している。
(チッ! 抜け出したこと、バレたか。ほんと、めんどくさいなぁ~)
「君の両親?」
「ええ、ほっといて欲しいわよ。まったく……」
「……大事なんだよ、君のことが。あんなに必死に呼んでいるんだから」
男の子は、馬鹿っぽい笑顔を引っ込め。じっと、私の両親の声がする方を見つめている。
『求めてないわよ。そんなもの』という言葉を、吐き捨てようとしたが――。
私へと、綺麗な笑顔を向けられ。その言葉が喉から出なくなる。
初めて、人間を『綺麗』だと思ったからだ。
「『奈央子』っていうんだね。すごい可愛い名前!」
「――……ッ!」
ぶわわわッ! 顔が火傷してしまったのかと思うくらいに、熱い。
容姿を褒められたことは、数え切れない程に沢山ある。
自分の名前は、分かりやすく個人を分別するためだけにあるものだと、私は思っていた。
その自分の名前を、誰かに褒められるなんて、思ってもいなかった。
「きっと、お父さんもお母さんも、君のことが可愛くて可愛くて、大好きなんだ。だから、とっても可愛い名前をつけてくれたんだね」
更に、愛おしさを込めたかのような優しい声を、私に向けられ――。
クラリとし、ブスリと何かが胸に刺さった感覚がした。この刺さったものは、きっと抜けることは無いものだと悟る。
――今、この瞬間。私は、恋をしたのだと理解してしまったからだ。
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