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白井 真 20(完結)
しおりを挟む――奏多は、まるで自分のことかのように顔を綻ばせている。
こんな一面があったのかと、驚き。声が出なくなった。
「きっと、僕は……真くんのおばあちゃんからバトンを渡されたんだよ。次、真くんを愛するのは僕だってね」
奏多の顔が近付き、俺の唇にチュッと口付けをされる。いつもの潤った感触ではなく、カサリと乾いた唇の感触がして……胸に『心配』がじわりと込み上がってくる。
その唇は直ぐに離れていったが、奏多は俺をじっと見てから「可愛い」と微笑んだ。
「……っ、な、なんで……そこまで俺を? 全てを持っているお前が、そこまで俺に執着するのが……本当、分からない」
奏多は「僕のことが、知りたいと思ってくれるようになったんだね」と弾んだ声を出し、俺の身体を抱き寄せた。
「初めは、つまらない人間だなって見ていた。けどね、途中で気付いた。僕の視界に、いつも真くんが映るんだ。気になって、気になって、堪らなかった。こんな感情なんて、知らなくて……。それで、もっと知りたいって思った。……それから、僕の見ていた色の無い世界に、様々な色がついていくようになってね。今は、とても綺麗な色なんだよ」
そして奏多は、俺の耳に唇を近付け――「だから、今の僕の世界は、真くんがいなきゃ壊れちゃうものなんだ」と静かな声で伝えられた。
(そんなこと……。よく、恥ずかしげもなく言えるな……)
奏多の言うことは『堪らないくらいに、愛している』という告白でしかなかった。
「……奏多。なんで、ここまでした? 死んじゃうかもしれなかったのに……」
包帯の巻かれた胸元に、スルリと触れる。
「……ふふ、真くんが言ったんだよ? 『一緒に来て』って。僕に、“篠崎家の次期当主としての立場”を捨てて欲しかったんだよね? だから、万が一にも追われないために、全て消したんだよ。篠崎家なんて、おつかいしてもらえる以外には大して使えなかったしね」
(あ、あの時の……口に出てたのか……)
篠崎家に対して『おつかい』だなんて言う篠崎に、やはりヤバい奴だなと感じるが……。なんだか、不思議と――もう、受け入れようか……といった気持ちになった。
ここまで、俺に想いを向けてくれる人間なんて。この世界中を探しても奏多しかいないだろう。
こう思えるのも、きっと……過去の苦しい記憶を消化出来たからかもしれない。
けど、ただ一つ。俺にしたことに関してだけは――ちゃんと、謝ってもらいたい。
「……奏多。俺にしたこと、謝って欲しい」
「……? なにを?」
キョトンとする奏多に、脱力する。
多分、奏多にとって、ああしたことは当たり前なことで……。悪いとか、後悔とかは、感じたことがないのだろう。
「俺を監禁したり、身体を暴いたことだよ。あれは、本当に辛かった。奏多に、ちゃんと謝って欲しいんだ」
「やだ」
「……はぁ!? お前、ここで断るんかよ?」
「だって、真くんは僕のだ。誰にも渡さない。誰かに奪われるくらいなら……ずっと縛り付けておくのって、普通でしょ?」
「…………」
(俺が奪われるって……。そんな、奪う奴なんていねぇだろ。なんなんだよ、マジで……)
ムカムカとした感情が込み上げ、ちょっと冷静にならないとと思い。
とりあえず、奏多の身体から離れようと。その腕から抜けようとしたら――身体を苦しいくらいに、抱き締められる。
しかも、奏多の胸元に顔を押さえ付けるようにされているから、余計に苦しい。
「ちょっ、……奏多、苦しいから離せ! それに、お前の傷にも響――」
「嫌だ、いかないで……。どうして? 僕のこと知りたいって、思ってくれたんだよね? なんで、また壁を作るの? どうして、やっと近付けたと思っても、いつも離れようとするの? 真くんのことが、分からない……」
――奏多を押し返す力を緩める。
奏多に言われたことは……。俺が、奏多に感じていたことと同じだった。
(俺が思っていたように、奏多も同じことを思っていて……。それで、不安だった?)
奏多は俺を逃さないために、ずっと強い力を込めている。
奏多は、俺に『貰いたかった物を、漸く貰えた嬉しそうな子供』だと言った。
――今、俺の目に映る奏多は『貰いたい物を、ずっと貰えない悲しそうな子供』のようだ。
もう、仕方ないと思った。
そんな必死に俺の愛を求めてくる、可哀想な奏多に。大丈夫だと伝えるように抱き締め、包み込んであげたいと……――『許してあげよう』と、そう思ったのだ。
これが、被害者が加害者に向ける【ストックホルム症候群】というものなのかもしれない。……けど、それでもいい。
自分が感じている、この感情を否定する方が辛い。認めた方が、とても楽になるだろう――。
「俺、奏多が好きだよ。奏多と、ずっと一緒にいたいと思ってる。だからさ、絶対に離すなよ? 俺は、返品不可だぞ?」
俺からも、奏多の背に腕を回す。
薄い病院服越しに、その胴の殆どが包帯に巻かれているのが伝わってくる。
それを痛々しく思い、胸がツキリと痛んだ。
慌てたように肩を掴まれ、少し身体を離されて――非常に驚いたような奏多が、目に映る。
「ほ、本当に? 真くん、僕のこと愛してる?」
「ああ、愛してるよ」
奏多は、顔を泣きそうに歪めた後――パッと花が咲くような笑顔になった。
何も含まない、純粋な笑顔であり『貰いたかった物を、漸く貰えた嬉しそうな子供みたいな顔』にも見えた。
(確かに……。俺がこんな顔をしていたなら、直ぐに分かるよな)
「じゃあ、結婚しよう」
「はっ!? 色々と、吹っ飛ばし過ぎじゃね?」
「そんなことないよ『愛している者同士』なら結婚しなきゃ」
「……ああ~。まぁ、そうだな」
断言する奏多を、否定するだけ無駄だ。それに、間違いではないからと、もう肯定することにした。
奏多は、言葉を受け入れられたからか。嬉しそうに目を輝かせ、俺に頬ずりしてくる。
「あと、家に帰ったら、真くんが包帯変えてくれる? 約束したもんね?」
「分かった、分かった。下手くそでも、文句言うなよ」
「真くんがしてくれたものに、文句言うわけないよ。いっぱい、デートもしてくれる?」
「ああ、するよ」
奏多の言葉は、俺の言ったことが本当かを確かめるようなものだった。
その一生懸命な奏多を安心させるため、頷いて受け入れ続ける。
そして奏多は、たくさん聞いて満足したのか――俺に抱き付いたまま、眠ってしまった。
幸せそうに、微笑んでいるかのように眠る奏多を見て……。俺に無防備な姿をさらけ出してくれることに、『嬉しい』といった感情が溢れ出し。俺の顔にも、笑顔がふわりと溢れた――。
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