可哀想な君に

未知 道

文字の大きさ
上 下
25 / 36

白井 真 20(完結)

しおりを挟む
 


 ――奏多は、まるで自分のことかのように顔を綻ばせている。

 こんな一面があったのかと、驚き。声が出なくなった。

「きっと、僕は……真くんのおばあちゃんからバトンを渡されたんだよ。次、真くんを愛するのは僕だってね」

 奏多の顔が近付き、俺の唇にチュッと口付けをされる。いつもの潤った感触ではなく、カサリと乾いた唇の感触がして……胸に『心配』がじわりと込み上がってくる。

 その唇は直ぐに離れていったが、奏多は俺をじっと見てから「可愛い」と微笑んだ。

「……っ、な、なんで……そこまで俺を? 全てを持っているお前が、そこまで俺に執着するのが……本当、分からない」

 奏多は「僕のことが、知りたいと思ってくれるようになったんだね」と弾んだ声を出し、俺の身体を抱き寄せた。

「初めは、つまらない人間だなって見ていた。けどね、途中で気付いた。僕の視界に、いつも真くんが映るんだ。気になって、気になって、堪らなかった。こんな感情なんて、知らなくて……。それで、もっと知りたいって思った。……それから、僕の見ていた色の無い世界に、様々な色がついていくようになってね。今は、とても綺麗な色なんだよ」

 そして奏多は、俺の耳に唇を近付け――「だから、今の僕の世界は、真くんがいなきゃ壊れちゃうものなんだ」と静かな声で伝えられた。

(そんなこと……。よく、恥ずかしげもなく言えるな……)

 奏多の言うことは『堪らないくらいに、愛している』という告白でしかなかった。

「……奏多。なんで、ここまでした? 死んじゃうかもしれなかったのに……」

 包帯の巻かれた胸元に、スルリと触れる。

「……ふふ、真くんが言ったんだよ? 『一緒に来て』って。僕に、“篠崎家の次期当主としての立場”を捨てて欲しかったんだよね? だから、万が一にも追われないために、全て消したんだよ。篠崎家なんて、おつかいしてもらえる以外には大して使えなかったしね」

(あ、あの時の……口に出てたのか……)

 篠崎家に対して『おつかい』だなんて言う篠崎に、やはりヤバい奴だなと感じるが……。なんだか、不思議と――もう、受け入れようか……といった気持ちになった。

 ここまで、俺に想いを向けてくれる人間なんて。この世界中を探しても奏多しかいないだろう。
 こう思えるのも、きっと……過去の苦しい記憶を消化出来たからかもしれない。

 けど、ただ一つ。俺にしたことに関してだけは――ちゃんと、謝ってもらいたい。


「……奏多。俺にしたこと、謝って欲しい」
「……? なにを?」

 キョトンとする奏多に、脱力する。
 多分、奏多にとって、ああしたことは当たり前なことで……。悪いとか、後悔とかは、感じたことがないのだろう。

「俺を監禁したり、身体を暴いたことだよ。あれは、本当に辛かった。奏多に、ちゃんと謝って欲しいんだ」
「やだ」
「……はぁ!? お前、ここで断るんかよ?」
「だって、真くんは僕のだ。誰にも渡さない。誰かに奪われるくらいなら……ずっと縛り付けておくのって、普通でしょ?」
「…………」

(俺が奪われるって……。そんな、奪う奴なんていねぇだろ。なんなんだよ、マジで……)

 ムカムカとした感情が込み上げ、ちょっと冷静にならないとと思い。
 とりあえず、奏多の身体から離れようと。その腕から抜けようとしたら――身体を苦しいくらいに、抱き締められる。
 しかも、奏多の胸元に顔を押さえ付けるようにされているから、余計に苦しい。

「ちょっ、……奏多、苦しいから離せ! それに、お前の傷にも響――」
「嫌だ、いかないで……。どうして? 僕のこと知りたいって、思ってくれたんだよね? なんで、また壁を作るの? どうして、やっと近付けたと思っても、いつも離れようとするの? 真くんのことが、分からない……」

 ――奏多を押し返す力を緩める。

 奏多に言われたことは……。俺が、奏多に感じていたことと同じだった。

(俺が思っていたように、奏多も同じことを思っていて……。それで、不安だった?)

 奏多は俺を逃さないために、ずっと強い力を込めている。

 奏多は、俺に『貰いたかった物を、漸く貰えた嬉しそうな子供』だと言った。
 ――今、俺の目に映る奏多は『貰いたい物を、ずっと貰えない悲しそうな子供』のようだ。

 もう、仕方ないと思った。
 そんな必死に俺の愛を求めてくる、可哀想な奏多に。大丈夫だと伝えるように抱き締め、包み込んであげたいと……――『許してあげよう』と、そう思ったのだ。

 これが、被害者が加害者に向ける【ストックホルム症候群】というものなのかもしれない。……けど、それでもいい。

 自分が感じている、この感情を否定する方が辛い。認めた方が、とても楽になるだろう――。


「俺、奏多が好きだよ。奏多と、ずっと一緒にいたいと思ってる。だからさ、絶対に離すなよ? 俺は、返品不可だぞ?」

 俺からも、奏多の背に腕を回す。
 薄い病院服越しに、その胴の殆どが包帯に巻かれているのが伝わってくる。
 それを痛々しく思い、胸がツキリと痛んだ。

 慌てたように肩を掴まれ、少し身体を離されて――非常に驚いたような奏多が、目に映る。

「ほ、本当に? 真くん、僕のこと愛してる?」
「ああ、愛してるよ」

 奏多は、顔を泣きそうに歪めた後――パッと花が咲くような笑顔になった。

 何も含まない、純粋な笑顔であり『貰いたかった物を、漸く貰えた嬉しそうな子供みたいな顔』にも見えた。

(確かに……。俺がこんな顔をしていたなら、直ぐに分かるよな)

「じゃあ、結婚しよう」
「はっ!? 色々と、吹っ飛ばし過ぎじゃね?」
「そんなことないよ『愛している者同士』なら結婚しなきゃ」
「……ああ~。まぁ、そうだな」

 断言する奏多を、否定するだけ無駄だ。それに、間違いではないからと、もう肯定することにした。
 奏多は、言葉を受け入れられたからか。嬉しそうに目を輝かせ、俺に頬ずりしてくる。

「あと、家に帰ったら、真くんが包帯変えてくれる? 約束したもんね?」
「分かった、分かった。下手くそでも、文句言うなよ」
「真くんがしてくれたものに、文句言うわけないよ。いっぱい、デートもしてくれる?」
「ああ、するよ」

 奏多の言葉は、俺の言ったことが本当かを確かめるようなものだった。
 その一生懸命な奏多を安心させるため、頷いて受け入れ続ける。

 そして奏多は、たくさん聞いて満足したのか――俺に抱き付いたまま、眠ってしまった。

 幸せそうに、微笑んでいるかのように眠る奏多を見て……。俺に無防備な姿をさらけ出してくれることに、『嬉しい』といった感情が溢れ出し。俺の顔にも、笑顔がふわりと溢れた――。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話

バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】 世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。 これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。 無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。 不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!

処理中です...