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白井 真 12
しおりを挟む「――ん――……とくん――真くん」
「ぅう……ん?」
名前を呼ばれ。なんだ……? と、目蓋を開ける。
――目の前に、笑顔の篠崎がいた。
『本当、いつもよく笑ってるな……』寝ぼけた頭でそう思い。ふわぁと、あくびをする。
「ん~、なに? まだ、眠い……」
「ふふ、真くん可愛い」
チュッチュッと目蓋にキスされて。それがこそばゆくて、モゾモゾと身動ぐ。
「お~い! 俺の前でちちくりあうのは、勘弁してくれー!」
――三葉の声が、耳に入る。
「えっ!?」
ガバッと起き上がったら。ゴッと音を立て、篠崎に頭突きしてしまった。
篠崎は顔を押さえ、プルプルとしている。
「ああっ! 篠崎、ごめん!」
「――ッ、ぅっ、だ、大丈夫……」
「ぶぁはっ! あっははは!! いいぞ、マコちゃん! もっとやれ~!」
三葉が少し離れたところで、大爆笑していて――俺のように首輪に繋がれてはいるが、元気そうに見える。
「三葉……。ちゃんと、謝って」
篠崎が、三葉に鋭い目を向けた。
「え……謝るって。これは、俺が――」
すると、三葉が「はいは~い。マコちゃん、ご飯にバイ菌入れて、ごめんなさい」と俺に頭を下げた。
篠崎にでなく。俺に対し、謝っている。
だから、当然。何のことか分からず、首を傾げた。
「真くん、良かったね。ちゃんと謝ってもらえて」
「は、ええ? ごめん、なんのこと……?」
「ほら! 気にしてんの、お前だけだから。マコちゃんは俺の食べかけでも、ちゃんと食えるよな~?」
それで理解出来た。あの日、篠崎が食事を捨てたのは、三葉が食べたことに気が付いたからか……。
(まさか、そんなことだけでキレて……。三葉を監禁したってこと?)
なら、あの日から。三葉は監禁されていたということだろうか……?
「……ちょっと、厳しめな躾が必要かな?」
篠崎がスッと立ち上がり、三葉の元へ足を向けた。
「ご主人様~! 助けて~!!」
哀れな風に、泣き真似をする三葉。
だが、こちらを向いて『ご主人様』と言われ、俺は顔をしかめる。
「うわ、ご主人様とか……止めてくれよ」
「ほ~れ、奏多。『止めて』だってさ! ついでに、ついでに、俺。マコちゃんの犬になるとか、どう?」
「うげ、止めろ……マジで」
「なんか、こっちが無駄にダメージ食らった気がするけど……。奏多、聞いた? お前の大事なマコちゃんは、俺が『ミツくん』って犬になるのは嫌だってさぁ~」
(三葉が、『ミツくん』って犬になる……? ――え、じゃあ……。あの演技も……バレてた?)
『ミツくん』が三葉のことだってこと、全て。篠崎には、最初から分かっていたということだろう。
(そうなら、あの台本は……。篠崎を苛つかせた、仕返し的なものだった?)
チラリと、篠崎の方に視線を向ける。俺を見て、ニコニコと面白そうに笑っている奴と目が合った。
「……篠崎。三葉の言うように、犬とかは求めてないから……解放してやってくれ」
篠崎の梶を取ることなんて、きっと一生かかっても出来ないかもしれない。
その人柄を分かったと思ったら、離れ。また、何となく分かったと思ったら、離れる。
身体は数えきれないくらいに繋がっているのに、心は繋がることはないのかと思うと……。なんだか、非常に疲れてきた。
「――なんで、僕は『篠崎』で……あいつは『三葉』なの?」
発せられる冷たい声で、グンと室温が下がり。深い闇のような瞳に、身体を貫かれた気分になる。
「うるさい! そんなの、どうだっていいだろっ!」
言ってから、『やっちゃった……』と身体が固まる。
「はぁ……――連れて行って」
「畏まりました」
「――ッ!?」
篠崎と、三葉以外の声が聞こえ。驚いて身体が跳ねてしまった。
いつ部屋に入って来ていたのだろうか。黒いローブを纏った男が、三葉の首輪を引きずるようにして部屋の外に向かっている。
「あ~あ~。ドンマイ、マコちゃん。頑張ってな! 可愛らしく、奏多の名前を呼んでやれば――」
「いいから、黙って歩け」
「ぐっ……! いっ、てぇなっ! 今、マコちゃんにアドバイスしてんだから、ちょっと待ってろよボケカス!」
三葉は、男に強く鎖を引かれ。苦しげに顔を歪めている。
「ちょっと、お前止めろよ! 三――」
篠崎が、俺の視界を遮るよう目の前に来た。
「篠崎からも、何とか言っ……カハッ!」
久しぶりに、俺に繋がる鎖を大きく引かれる。
「真くん、馬鹿だね」
「カハッ、ケホッ……や、やめ……!」
ギリギリと鎖を引かれ、視界がぼやける。
部屋はシンと静まり返っているから。もう、三葉は連れ去られたのだろう。
「カフッ……んぷっ!」
以前されたように、口付けられ。クチュクチュといった音が、うるさいくらいに頭に響く。
――クタリと身体の力が抜けると同時に、鎖を離された。
「ケホッ! ……ケホッ、……はっ、はぁ……ぅう……」
篠崎に、ぐったりと身体を預け。息を整える。
「今日は、これ……使おうか?」
満面な笑みを浮かべる篠崎に、何かの小瓶を見せられた――。
♢◆♢
「ああっ、入れて、入れて、入れてっ! おねがい、おねがいぃ……! し、篠崎……っ!」
ぐるぐるとした熱が、身体中を巡る。
どこが熱いなんて分からない。ただ、『早く、いつものが欲しい』としか考えられなかった。
その欲しいものを、いつも与えてくれる篠崎は。少し離れた場所で椅子に座り、ティーカップを傾けながら本を読んでいる。必死に懇願する俺のことを、一切見ようともしない。
「ぅう……! ぅああ……ぁああ! ヒクッ、グス、グス、……ぁああ……っ!」
目から生ぬるい涙が、ボロボロと流れ落ちてくる。髪の毛が濡れ、張り付いて気持ち悪い。
こうなってる全てが嫌だと、一纏めに固められた腕をがむしゃらに動かす。
「腕が、傷つくでしょ」
腕をグッと捕まれ、動きを止められる。
「ああ、おねがい、入れて……。篠崎、早く、早く入れて……っ!」
けど、篠崎はコテと首を傾け――。
「やだ」
柔らかな笑顔で、そんな残酷なことを言う。
「じゃ、……この腕の、取って……! 早く、早く取って!」
「だめ」
(なんで、なんで、どうして、意味が分からない。何故、こんなことをするんだ?)
じわりじわりと、また涙が盛り上がってきた時。ふと、三葉が『可愛らしく、奏多の名前を呼んでやれ』と言った声が頭に過る。
「か、奏多……! 奏多、入れて、入れて……中にいっぱい、奏多の入れて」
目尻を、ふわりと優しく撫でられて、耳元で「いいよ」と望んでいた言葉を、やっと返された――。
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