可哀想な君に

未知 道

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白井 真 9

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 コンコンといった、軽い音が耳に入る。


「……な、なんだ?」

 恐る恐る、その音の方に歩み寄る。

 音は、いつも食事が入れられる場所から鳴っているようだ。

(あれ? まだご飯には早くないか……?)

 けど、何か理由があり。早く渡したいのかもしれないと、それを受け取りに行く。
 けど、一向に食事が入って来ない。

「あの~?」
「ああ、やっと気付いたわね……」
「その声……。あっ! この前の、嘘つきお嬢様?」

 あの時に、逃げて行った『奏多の婚約者』だと名乗った女性の声だった。
 だいぶ落ち着いて話しているから、別人のようだが。品のある話し方はそのままだったから、ピンときた。

「……ええ、嘘をついたわよ。何もかも……」

 凄まじい怒りを含んだ声。その声だけでも、恐ろしい程に激怒しているのが伝わってくる。
 あまり深く聞かない方が良さそうだと思い。ここに来た理由を、率直に聞くことにした。

「また、何か言いに来た感じ?」
「違うわ。私は、三葉に頼まれて来たのよ。貴方を助けるためにね」
「え……」

(三葉。ちゃんと、約束を守るつもりあったんだ……)

 三葉が訪れなくなり、5日くらい経つ。だから、ただ冷やかしに来ていただけで、やっぱり助けるつもりは微塵もなかったのだと思っていた。

「貴方を助けるのは、数日あれば出来る。これで、その首輪の鍵穴か、鍵自体をスキャンしてスペアキーを作り出せばいいのだから。鍵自体の方が、簡単に読み取りが出来るけれどね」

 隙間から、小さなスキャナーのような物を見せられる。

(このドアを開ける鍵……それでスキャンしたってことか? 気付かれないように、よく出来たな。けど……――)

「なんで、三葉はそれを直ぐにしてくれなかったんだ」

 簡単に出来るなら、だらだらと訪れず。さっさとしてくれたら良かったのに……と思ってしまう。

「貴方をそこから助けるのは、簡単よ。でも、結局は直ぐに連れ戻されてしまうわ。だから、奏多の勢力をなるべくは削いでからにしたいというのと、貴方の信頼を得てからにしたいとも言っていた。鍵を作ったのに、なかなか助けてくれなかったら不信感を抱くでしょう? だから、その時が来たら行動するつもりだったのよ」
「ああ、なんか……前にそんなこと言われてたかも。でも、信頼……って、なんで?」
「……貴方にも、協力をして欲しくて。私達を、助けて欲しいの……」

 何を言われているのか分からなくて、首を捻る。

「助けるって、俺が? 何から……?」
「奏多からよ。三葉は、奏多に捕まったのよ……」

 俺が、その言われたことに驚いていると。女性は「だから……」と沈んだ声で言い――。

「私は、三葉を助けたい。お願い、力を貸して……!」

 本当に懇願している、悲痛に叫ぶような声だった。

「……え? なに、話が読めないんだけど?」

 女性は、声を詰まらせながらも――篠崎家の全貌を話し出した。



 ♢◆♢


「――俺に『篠崎 奏多を殺せ』って?」

 残酷な、篠崎家の成り立ちを伝えられ。
 女性――小南 奈央子に「この連鎖を断ち切るには、篠崎 奏多を殺すしかない」と、そうするようお願いをされた。
 そうしたら直ぐに「この部屋から解放してあげる」とも……。

 確かに『篠崎を殺したい』と思ったのは、一度や二度ではない。
 けど、あくまでだ。

 心の中であれば、どんなことだって無責任に思うことが出来る。

 けど、実際には出来ない。その罪の重さに耐えられず。いずれ、自分の気が狂ってしまうのが分かるからだ。

「貴方も、酷いことを沢山されてきたでしょう? 大丈夫。罪に問われないよう、しっかりと隠蔽はするわ。お願い、貴方しか出来ないの。お願い、お願いよ。私達を、三葉を助けて……!」

 聞く人全てが『助けてあげたい』と思ってしまうような、悲しみをたたえる声――。

 俺は、それに顔をしかめ――「いや、無理だろ」と、小南の懇願を拒否した。

「――え?」
「嫌に決まってるだろ。馬鹿か? 簡単に『殺せ』とかさ……無理だろ」
「え、あ……え? ど、どうして……?」

 小南は、断られたのが信じられないといった、動揺しているような声を上げている。

 その動揺するのが理解出来ない。なんで、『断られない』なんて考えたんだろうか。普通は、こんな申し出……真っ当な理由があっても断るだろう。
 人を殺す、なんてことは。断らなければならない。

「じゃあ、言わせてもらうけどさ。その『殺せ』とか『隠蔽』とか――あんたらが嫌悪する【篠崎家】と何が違うんだ? やり方が、全く一緒じゃねぇか。その潰したいくらいに大嫌いな【篠崎家】と」
「――ッ」

 暫く、言葉になっていない「あ……」「う……」といった声が聞こえ。

 そして「じゃあ、どうしろっていうのよ……」と、ボソリと呟かれた。
 先程までの声色ではない、高めな少女らしい声。
 もしかしたら、これが素であるのかもしれないな……と感じる。

「どうしろ……? 違うやり方はないのかよ?」
「違うやり方は、三葉が最初に言ったでしょ! あんたが、あのキチガイを受け入れて、お願いすればいいの!」

(キチガイって……その通りだけどさ。イメージチェンジに追い付かねぇ)

 小南は、ぷりぷりと逆ギレを始めた。初めの、お嬢様キャラの影すらない。

「受け入れるは置いといて。俺がお願いして……聞くとは思わないけど?」
「置かないでよ、そこが大事なんだから! 私の見立てによると。あのキチガイは、貴方のためなら死ねるくらいの愛情を持っている。なら、『愛してる! 全てを捨ててくれ。俺と駆け落ちしよう!』なんて言えば、簡単に叶えるでしょうね」

(そんな、馬鹿な……)

 言われた言葉に、唖然とする。
 というより、なんでこんなことに一般市民の俺が巻き込まれてんだろうと……。小南に言われた言葉の数々が、グルグルと頭に回り。気分が悪くなってきた。

「あっ、そろそろ時間が……! 一先ず、このスキャナーを渡すから、首輪の鍵穴に当ててスキャンして! 取っ手にあるボタンを押せば出来るから」

 けど、スキャナーは狭い穴にガチャガチャと引っ掛かって、なかなか入ってこない。

「チッ! ここ狭いじゃないの、ムカつくわね……! どうせあいつに顔バレしたし、室内に入って……でも、三葉がそう言ったから……」

 小南は、何かを小声でブツブツと言い。一体なにを言っているんだと耳を澄ますけど、よく分からなかった。
 そうしている内に、スキャナーが隙間に入ってきた。
 これは断ることではないからと、言われるままボタンを押して鍵穴をスキャンする。少し時間がかかったが、無事にスキャンが完了した。

 そのスキャナーを返そうとしたが。確かに、上手く入らない……。小南が「早く、早く!」と急かすから、余計に焦る。
 押し込むようにして、漸く返せたけど。小南は俺に一言もなく、慌てたように小さなドアをバタンと閉め、鍵も掛けた。

(な、なんだよ……自分が言いたいことだけ言って……)

 俺に、モヤモヤとした感情を置き土産にして。小南は、嵐のように去って行った。


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