可哀想な君に

未知 道

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篠崎 三葉 2

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 ♢◆♢


 子供の頃から、何かの『命を奪う』ということに恐怖を感じていた。

 それは、小さな蟻でも蚊であってもそうで……。むしろ、その小さな身体で懸命に生きている生命を、簡単に奪えてしまう自分が恐ろしいとも思っていた。

 そして、そんなことを父親に言ってしまったのだ――。

 嫌悪からか、顔を歪めた父親に「何を馬鹿なことを……。命を食らっているからこそ、生きていくことが出来る。お前の、その血と肉になっているのは命なのだぞ」と至極当たり前な言葉を返され――それから、俺のが始まった。

 まず、小さな虫を殺すことから始まった。

 俺は泣き叫び、何度も「殺したくはない」「可哀想だ」と言った。

 だが、配下の者に「そんな柔な性格では、将来、煩わしい者を排除出来ませんよ」と言われ、無理やり手を掴まれて……。俺の手が、その小さな命を潰して潰して潰していく――。

 そんなことを数ヶ月され、俺の反応がなくなってからは、猟に連れて行かれた。

 可愛い鳥や兎が、弾に貫かれ死んでいく。

 地獄だと思った。何故、何故……殺さなくても良い命を狩るのだと。何故、こんなにも惨いものを見せるのだと――耳や目を塞ぎ、泣きわめいた。

 父親は「ならば、この子兎をしっかりと育ててみろ。そうすれば、もう止めてやる」と言って、子兎を俺に手渡した。
 先程、親を狩られてしまった子兎だった。

 その日から、必死に子兎の面倒を見た。初めは、父親に嫌なことをされないためにしていた。
 けど、日に日に……可愛くて可愛くて堪らなくなる。子兎も、俺に懐いてくれて、ふわふわな柔らかな存在を抱き締めるのが日課になった。

 それから、三年が過ぎた頃。
 学校から帰り。一目散に、兎のいる自室に向かっていた時――父親に呼び止められた。

「ちゃんと、この兎を育てたのだな」

 そう言って、兎の耳を乱暴に掴み上げていた。

 自分の大切な可愛い兎が、痛そうに暴れている。
 そう認識した瞬間。俺は、初めて誰かに殴りかかった。

 しかし、簡単に躱され。床に押し倒されてしまったのだ。

 そして――「最後の教育だ。この兎を、殺せ」とあり得ないことを言われた。

 勿論。否定し、暴れ、暴言すらも吐いた。
 けど、子供の俺にはそれが限度だった。

 暫く黙っていた父親は、ため息をついた後に「つくづく、女々しい性格だ」と吐き捨てるように言い。俺の手に何かを握らせ、グッと強く指を引かせた。

 パァンと耳をつんざくような音と、痺れるような衝撃。そして、ビチャと床に落とされた俺の大切な存在……――。

 声にならない悲鳴を上げ、その事切れた大切な存在を抱き締め。泣いて、泣いて、泣いて……。守ることの出来なかった自分の【弱さ】を責めた。

 力が強ければ、守ることが出来た。
 もっと上手く立ち回れれば、守ることが出来た。
 最初から、俺が【篠崎家】らしい人間だったなら。俺の教育が行われることはなく。ならば、猟をするため、あそこに訪れることもなく……。この子は、親と共に過ごし、生きていくことが出来た。

 全部、全部……俺が弱かったからだ。


 ――その後、数日間。あまり記憶がない。
 けれど、父親が楽しそうに笑っていたのだけは覚えている。

 周囲からチラリと聞いた内容は、俺が父親に対して「いつか、同じ苦しみを与えてやる」と顔を合わせる度に言っていたらしい。

 それで、楽しそうに笑える父親は……本当に頭がおかしくて、狂っているのだろう。

 ――いや、【篠崎の血】が狂っているのだ。

 なら、俺も……。自分では分からなくても、どこかが狂っているのかもしれないと思うと、この身に流れる血を嫌悪した。


 それから暫くして。俺は、奏多と比べられるようになった。

「優秀な奏多くんのようになれ」「こんなこと、奏多くんなら簡単に出来る」「奏多くんが自分の子なら良かった」

 けど、俺もその通りだと思っていた。自分が大した人間ではないのは十分に理解していたからだ。言われたことに納得はしても、奏多に対し、嫉妬したり恨んだりはしなかった。

 それに、周囲の人間が勝手に言っているだけで、奏多に何かを言われたわけでもないからと、気にしてはいなかったし。本当に凄い奴だと、尊敬してすらもいたからだ。

 それが変わったのは、俺が14才、奏多が16才の時。奏多が、幹部の人間を失脚させた時だ。
 元々、凄い奴だと思ってはいたが。そこまで出来るとは思わなかった。

 それから『絶対に、奏多を当主にしてはいけない』と行動するキッカケにもなった。

 それは……奏多は、顔をしていたからだ。

 幹部だった人間は、その場で殺された。
 そう、その場――篠崎家の者達が集まった“会食中”で……俺や奏多も、目の前にいる状況下で。

 俺は、腰を抜かし。恐怖に震え、頬にたくさんの涙を流すしか出来なかった。

 なのに、奏多は――ただ、流れる景色を見ているような……何の感情も宿していない目をしていた。

 俺の父親でさえ、殺した後。多少、感情の起伏はあった。
 それは、人を殺したという【興奮】によるものであるが……。それでも、一応はから起こったものだ。

 ――奏多は、人が死ぬことに何の感情も動かない。

 そんな人間を、当主にしたら……今よりも、もっとたくさんの命が簡単に踏み潰されてしまう。そう出来る優れた才能が、奏多にはある。

 そんな奏多を、恐ろしいと思うのと同時に、恨むような感情も湧き上がってきた。

 俺のように……苦しい、辛い、悲しいと感じない。化け物のような奏多が大嫌いになった。
 尊敬していたから、余計に。裏切られたような気持ちだった。

 だから、俺が漠然と『こんな家系なんて、消えればいい』と思っていたのを、現実にしようと決意したのだ。


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