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篠崎 三葉 2
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子供の頃から、何かの『命を奪う』ということに恐怖を感じていた。
それは、小さな蟻でも蚊であってもそうで……。むしろ、その小さな身体で懸命に生きている生命を、簡単に奪えてしまう自分が恐ろしいとも思っていた。
そして、そんなことを父親に言ってしまったのだ――。
嫌悪からか、顔を歪めた父親に「何を馬鹿なことを……。命を食らっているからこそ、生きていくことが出来る。お前の、その血と肉になっているのは命なのだぞ」と至極当たり前な言葉を返され――それから、俺の教育が始まった。
まず、小さな虫を殺すことから始まった。
俺は泣き叫び、何度も「殺したくはない」「可哀想だ」と言った。
だが、配下の者に「そんな柔な性格では、将来、煩わしい者を排除出来ませんよ」と言われ、無理やり手を掴まれて……。俺の手が、その小さな命を潰して潰して潰していく――。
そんなことを数ヶ月され、俺の反応がなくなってからは、猟に連れて行かれた。
可愛い鳥や兎が、弾に貫かれ死んでいく。
地獄だと思った。何故、何故……殺さなくても良い命を狩るのだと。何故、こんなにも惨いものを見せるのだと――耳や目を塞ぎ、泣きわめいた。
父親は「ならば、この子兎をしっかりと育ててみろ。そうすれば、もう止めてやる」と言って、子兎を俺に手渡した。
先程、親を狩られてしまった子兎だった。
その日から、必死に子兎の面倒を見た。初めは、父親に嫌なことをされないためにしていた。
けど、日に日に……可愛くて可愛くて堪らなくなる。子兎も、俺に懐いてくれて、ふわふわな柔らかな存在を抱き締めるのが日課になった。
それから、三年が過ぎた頃。
学校から帰り。一目散に、兎のいる自室に向かっていた時――父親に呼び止められた。
「ちゃんと、この兎を育てたのだな」
そう言って、兎の耳を乱暴に掴み上げていた。
自分の大切な可愛い兎が、痛そうに暴れている。
そう認識した瞬間。俺は、初めて誰かに殴りかかった。
しかし、簡単に躱され。床に押し倒されてしまったのだ。
そして――「最後の教育だ。この兎を、殺せ」とあり得ないことを言われた。
勿論。否定し、暴れ、暴言すらも吐いた。
けど、子供の俺にはそれが限度だった。
暫く黙っていた父親は、ため息をついた後に「つくづく、女々しい性格だ」と吐き捨てるように言い。俺の手に何かを握らせ、グッと強く指を引かせた。
パァンと耳をつんざくような音と、痺れるような衝撃。そして、ビチャと床に落とされた俺の大切な存在……――。
声にならない悲鳴を上げ、その事切れた大切な存在を抱き締め。泣いて、泣いて、泣いて……。守ることの出来なかった自分の【弱さ】を責めた。
力が強ければ、守ることが出来た。
もっと上手く立ち回れれば、守ることが出来た。
最初から、俺が【篠崎家】らしい人間だったなら。俺の教育が行われることはなく。ならば、猟をするため、あそこに訪れることもなく……。この子は、親と共に過ごし、生きていくことが出来た。
全部、全部……俺が弱かったからだ。
――その後、数日間。あまり記憶がない。
けれど、父親が楽しそうに笑っていたのだけは覚えている。
周囲からチラリと聞いた内容は、俺が父親に対して「いつか、同じ苦しみを与えてやる」と顔を合わせる度に言っていたらしい。
それで、楽しそうに笑える父親は……本当に頭がおかしくて、狂っているのだろう。
――いや、【篠崎の血】が狂っているのだ。
なら、俺も……。自分では分からなくても、どこかが狂っているのかもしれないと思うと、この身に流れる血を嫌悪した。
それから暫くして。俺は、奏多と比べられるようになった。
「優秀な奏多くんのようになれ」「こんなこと、奏多くんなら簡単に出来る」「奏多くんが自分の子なら良かった」
けど、俺もその通りだと思っていた。自分が大した人間ではないのは十分に理解していたからだ。言われたことに納得はしても、奏多に対し、嫉妬したり恨んだりはしなかった。
それに、周囲の人間が勝手に言っているだけで、奏多に何かを言われたわけでもないからと、気にしてはいなかったし。本当に凄い奴だと、尊敬してすらもいたからだ。
それが変わったのは、俺が14才、奏多が16才の時。奏多が、幹部の人間を失脚させた時だ。
元々、凄い奴だと思ってはいたが。そこまで出来るとは思わなかった。
それから『絶対に、奏多を当主にしてはいけない』と行動するキッカケにもなった。
それは……奏多は、何でもない顔をしていたからだ。
幹部だった人間は、その場で殺された。
そう、その場――篠崎家の者達が集まった“会食中”で……俺や奏多も、目の前にいる状況下で。
俺は、腰を抜かし。恐怖に震え、頬にたくさんの涙を流すしか出来なかった。
なのに、奏多は――ただ、流れる景色を見ているような……何の感情も宿していない目をしていた。
俺の父親でさえ、殺した後。多少、感情の起伏はあった。
それは、人を殺したという【興奮】によるものであるが……。それでも、一応は人が死んだから起こったものだ。
――奏多は、人が死ぬことに何の感情も動かない。
そんな人間を、当主にしたら……今よりも、もっとたくさんの命が簡単に踏み潰されてしまう。そう出来る優れた才能が、奏多にはある。
そんな奏多を、恐ろしいと思うのと同時に、恨むような感情も湧き上がってきた。
俺のように……苦しい、辛い、悲しいと感じない。化け物のような奏多が大嫌いになった。
尊敬していたから、余計に。裏切られたような気持ちだった。
だから、俺が漠然と『こんな家系なんて、消えればいい』と思っていたのを、現実にしようと決意したのだ。
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