可哀想な君に

未知 道

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白井 真 8

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「――……! ――――ッ!!」

 何かを言い合っている声が、扉の外から聞こえる。
 だが、この部屋が防音となっているのか……その会話内容までは分からない。

 ドアスコープもないし、どうしようかと思っていたら。ガチャン! といった音が聞こえ――。

「――貴方なの!? 私の婚約者を誑かしたのは!」

 見るからに、お嬢様といったようなが――俺の食事を入れられる場所から聞こえてきた。

「ん~と、どちら様?」
「今、言ったでしょう! 私は、奏多の婚約者なの。少しの期間なら、目を瞑ったわ。……でも、1ヶ月もの間、素性の卑しい人間を囲っているなんてっ!」

 怒ったような声が聞こえるが。顔を見ていないからか、自分が言われている実感が湧かない。――それでも、意味は理解出来た。

(あいつ……婚約者いんのに、俺にこんなことしてんのかよ? やっぱ、くそ野郎じゃねぇか……)

 あいつは、意味分からない奴だけど。もしかしたら、本当に俺のことが好きなのかも……? とか最近は思っていた。
 だからって、篠崎と付き合うっていうわけじゃないけど。本当に好きなら、俺に酷いことしたのをちゃんと謝ってもらって。そうしたら、少しだけなら許せるかな、とか考えてもいた。
 だって、ずっと恨み続けるのは……とても疲れるから――。

 けど、結局。篠崎は……俺に対しては『ただの遊び』で、婚約者を『蔑ろ』にしている。

 到底、許せるものじゃない。

 外には、篠崎の婚約者と一緒に、食事を運んで来た人がいるのだろう。言い合うような声が聞こえる。
 もしかしたら、この郵便受けのドアを開けるを奪われたのかもしれない。

 食事を入れるこのドアには。常時、鍵が掛けられているが……。食事を入れる時にだけ、鍵が開けられている。だから、その食事を運んで来る人が持っているはずなのだ。



「――何をしているのかな?」


 ゾクリとする声が、扉の向こうから聞こえた。


「あ……。か、奏多! 私は、こんなこと許せないわ! こんな汚らわしい間男なんて、奏多に相応しくないじゃな――きゃあっ!」

 ガァーン!! 凄い音が辺りに響く。

「ん? 君に何が分かるの? 汚らわしい? そんなことを喚く君の方が汚らわしいって、なんで分からないの? 相応しくない? なんで、他人なんかに勝手に決めつけられなきゃならないの? それを決めるのは他人じゃなく、だ。僕達の間に、図々しく割り込んでくるな」

 篠崎が話している最中も。ずっと、ガンガンといった音が響き渡り。ゾクリと、身震いする。

(ま、まさか……殺してないよな? いくら、篠崎でも……そんなこと……)

 小さなドアから、恐る恐る覗くが。この狭さでは、よく見えなかった。

「ヒィッ! か、奏多……! わ、私は……貴方の婚約者で……」

 篠崎の婚約者は、怯えてはいるが、しっかりと声は出ている。それで、殴られたりしているわけでは無いと分かり、身体の力が抜けた。

「はぁ? 僕がいつ、君の婚約者になったの? ……っていうか、気持ち悪いから無理だって、君の父親に伝えたはずだけど? あと、僕の名前、普通に呼んでるけど……止めてくれる? 吐き気がするから」
「――……ッ! ひ、酷い!」

(あれ……? 篠崎の言う通りなら、婚約者ってわけじゃないのか……?)

 婚約者と言ったはずの女性は、篠崎の言葉に否定はしていないから。断られたのは、知っていたように見える。
 『気持ち悪い』と言われたのは可哀想だが、嘘を真実のように話すような人なら……そう言われてしまうのも仕方ないだろう――。

 カツカツカツ! と、ヒールの靴が遠ざかる音。女性が、走り去ったようだ。

 そのまま、ドアを覗いていたら――ヒョコッと篠崎の顔が現れ。幽霊を見てしまったかのように「ひぃいーーっ!?」と声を上げてしまった。

 当の本人は「ああ、真くん。怖かったよね……? 不快な雑音を聞かせちゃって、ごめんね。もう大丈夫だから」と優しい声を出していて……。先程とのギャップに、頭が混乱し過ぎて、スパークしそうだ。

 俺の様子を見てか、篠崎は眉根を寄せ「ちょっと、待ってね」と言い。その小さなドアを閉め、鍵を掛けた。

 けど、直ぐに扉の方が開き。食事を持った篠崎が、室内に入って来る。

「真くん、安心して。もう、怖いものは無いよ」

 お前が怖いよ……なんて思いながら、篠崎を視界に入れていたら。ポタポタと、何かがたくさん床に垂れていて――。

「な、何それ? 血……?」

 篠崎の手から、血らしきものが大量に吹き出ている。

「ん……? ああ、これ? 平気だよ。ただ、壁を殴ってただけだから」

(殴ってたって……。あの音は、壁を殴ってた音だったのか? や、やば過ぎるだろ。殴って鳴るような音じゃなかったぞ……)

 でも、こんな……意味分からなくて、あり得ない奴だけど――流石に、そんな血を流してるのに放置は出来ない。それに、そのままだったら。床だって、血だらけになるだろうと、呆れてしまう。

 動物的に、手をペロペロと舐めている篠崎の腕を引き。ベッドに座らせる。

「……? 真くん、どうしたの?」
「お前、マジでやばいよ。ちゃんと治療しろよな。化膿したら、どうすんだよ?」

 こいつ、変なとこで抜けてんな……と思いながら。近くに置いていた救急箱を開ける。

 篠崎に無理やりされても、目が覚めたら直ぐに治療出来るようにと。ベッドから少し手を伸ばせば届くくらい近くに、救急箱を常備で置いているのだ。

「……っ、え? ち、治療してくれるの? 真くんが……?」
「お前、俺をなんだと思ってんの? 本当、無駄に血を流すの止めろ。嫌いなんだよ、血とか見るの……」

 体内に流れていた血が、外に流れ出るのを見るのは……あまり気分の良いものじゃない。
 なんだか、ぞわわっとした気持ちになるのだ。

「……うん、分かった。なるべく血を流さないようにする。でも、もし傷を負ったら――また、真くんが治療してくれる?」

 篠崎に、期待したような目で見られ。意味が分からない。

「まぁ、自分で治療が出来ない位置なら……」
「やった! 絶対だからね? 約束だよ?」
「あっ、ちょっと……! 分かったから、動くなよ」

 ――治療が終わってから、ずっと……。篠崎は機嫌が良いのか、ふわふわとした笑みを浮かべていた。
 そして、その日。初めて、性行為をされなかった。


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