可哀想な君に

未知 道

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篠崎 奏多 2

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 苛々する感情が、身の内にくすぶり。非常に不愉快だ。

 何故、こんなにも上手くいかないのだと。廊下の白い壁をガンッと殴り付けた。

 ――もし、あのまま真くんの側にいたら。自分を保てなくなっていただろう。

 この感情に従ってしまえば……――思い通りにならない真くんを酷く痛みつけ、殺してしまうかもしれない。

 今まで、そうならないよう。ギリギリのラインで己を律していた。
 それでも、随分と痛みつけるようなことをしている自覚はあるが。そうさせる、真くんも悪いのだ。


「……ほんと、むかつくなぁ」

 真くんを手の内に入れてから、ひと月近くが経過していた。

 しかし、未だに何の進展もない。本当に、一切の進展がないのだ――の進展が。

 簡単なはずだった。以前の真くんの性格から考えると、すぐに僕を好きになり、執着するようになるはずだった。

 なのに、何故……こうも上手くいかない?


「――奏多様。お持ち致しました」

 声のする方へ、目を向ける。

【篠崎】の配下が、湯気を立てた食事を手に持ち、姿勢正しく立っていた。
 先ほど「速急に用意しろ」と指示を出したものだった。

「……ああ、いつものところに」
「畏まりました」

 その配下は、僕の殺伐とした様子を聞かず。食事を持ち、直ぐに離れていく。

 それを見送るようにしてから、壁から手を離す――。
 綺麗だった壁に血が付き、少し凹んでしまったが。後で修理費を出せばいいかと、すぐに目を逸らし。手の甲に滴る血を、ペロリと舐め取る。

 ふと、真くんの慌てた声を思い出し。笑みがこぼれた。

「随分と……舐めたことをしてくれる」

 あの食べかけだった真くんの食事――食べたのは、三葉だろう。

 自身でも分かっているが。僕の記憶力は、他の人より秀でている。
 一度見たことを忘れることは無いのだ。

 真くんは、ご飯とおかずを順番に食べる。しかも、おかずは味の薄いものから順に食べていく。

 あのお盆に乗っていた食事は、味の濃いものをほじくるようにして無くなっており。
 その形は、篠崎の家で集まりがあった時。三葉がそうやって食べていたのを見て、記憶していた。

 だから、あの汚ならしい食べ方は、三葉だと直ぐに分かった。


(真くんにちょっかいかけているのは、知っていたけど……。大して問題ないと、泳がせていたのが間違いだったかな)

 そう……三葉があの部屋を出入りしているのは、知っていた。

 けど、三葉は完全な【異性愛者】だ。
 可愛い女性、美人な女性、清楚系な女性……と、そんな女性達を中心に手をつけていた。

 僕も、女性に告白され。断る理由は特に無いからと、付き合いはしたけど――「私のこと、大事じゃないの?」「愛してるって言って?」「なんで、いつも私じゃないところを見てるの?」といった、うんざりすることを何度も言われるから「頑張ったけど、君を好きになれない。ごめんね」と言って、別れることを繰り返した。

 それで、身体の関係を持つ前に別れていたのもあり。真くんとの行為が初めてだった。
 勿論。真くんも、僕が初めてだから。お互いがお互いしか知らないのに嬉しさが湧き上がり『今まで付き合ったのが、面倒な女性ばかりで良かった』と心底思ったのだ。

 もし、控えめな女性だったら。付き合っている義務として、一度はそういった行為をしていたかもしれない……と。そのもしもまで考えてしまい、顔が歪む。

 真くんを知ってしまってから。想像だとしても、誰かと親密になりたいなんて思えなくなった。

 だからこそ、真くんが『ミツくん』と甘い声で呼んだのが。本当は、今でも許せなくて――。


「奏多様、準備が出来ました」


 黒い服を着た篠崎家の【影】が、音もなく、背後に現れる。

 篠崎家は、大手不動産会社を運営する家系として知れ渡っている。……だが、それは表だってのことだ。

 実際は、汚い仕事をたくさん依頼される“汚れのこびりついたゴミ箱”のような家系だ。

 吐き気がするようなその仕事は。政治家などの権利者が、足元を掬いたい相手のスキャンダルとなるものを探す依頼をしてきたり。そういったスキャンダルが無い相手だった場合、スキャンダルを起こすようなことを促したり。または……事故に見せかけて暗殺したり――。

 本来、ここにいる【影】は、今いる当主ととなる者につく。僕は、篠崎家の次期当主ではない。

 それでも、付き従っているのは――僕が、当主としての素質が非常に高いからだろう。
 要は、今のうちに信頼を得たいと考え。行動しているということだ。


「――ちゃんと、に繋げておいた?」
「はい。ご指示通りの首輪に、繋げております」
「ふふ、じゃあ……――躾をしに行くかな」


 真くんが言った『飼い犬のミツくん三葉』を、従順になるまでしっかりと躾けるため。足取り軽く、犬小屋に向かった。


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