可哀想な君に

未知 道

文字の大きさ
上 下
8 / 36

篠崎 奏多 2

しおりを挟む
 


 苛々する感情が、身の内にくすぶり。非常に不愉快だ。

 何故、こんなにも上手くいかないのだと。廊下の白い壁をガンッと殴り付けた。

 ――もし、あのまま真くんの側にいたら。自分を保てなくなっていただろう。

 この感情に従ってしまえば……――思い通りにならない真くんを酷く痛みつけ、殺してしまうかもしれない。

 今まで、そうならないよう。ギリギリのラインで己を律していた。
 それでも、随分と痛みつけるようなことをしている自覚はあるが。そうさせる、真くんも悪いのだ。


「……ほんと、むかつくなぁ」

 真くんを手の内に入れてから、ひと月近くが経過していた。

 しかし、未だに何の進展もない。本当に、一切の進展がないのだ――の進展が。

 簡単なはずだった。以前の真くんの性格から考えると、すぐに僕を好きになり、執着するようになるはずだった。

 なのに、何故……こうも上手くいかない?


「――奏多様。お持ち致しました」

 声のする方へ、目を向ける。

【篠崎】の配下が、湯気を立てた食事を手に持ち、姿勢正しく立っていた。
 先ほど「速急に用意しろ」と指示を出したものだった。

「……ああ、いつものところに」
「畏まりました」

 その配下は、僕の殺伐とした様子を聞かず。食事を持ち、直ぐに離れていく。

 それを見送るようにしてから、壁から手を離す――。
 綺麗だった壁に血が付き、少し凹んでしまったが。後で修理費を出せばいいかと、すぐに目を逸らし。手の甲に滴る血を、ペロリと舐め取る。

 ふと、真くんの慌てた声を思い出し。笑みがこぼれた。

「随分と……舐めたことをしてくれる」

 あの食べかけだった真くんの食事――食べたのは、三葉だろう。

 自身でも分かっているが。僕の記憶力は、他の人より秀でている。
 一度見たことを忘れることは無いのだ。

 真くんは、ご飯とおかずを順番に食べる。しかも、おかずは味の薄いものから順に食べていく。

 あのお盆に乗っていた食事は、味の濃いものをほじくるようにして無くなっており。
 その形は、篠崎の家で集まりがあった時。三葉がそうやって食べていたのを見て、記憶していた。

 だから、あの汚ならしい食べ方は、三葉だと直ぐに分かった。


(真くんにちょっかいかけているのは、知っていたけど……。大して問題ないと、泳がせていたのが間違いだったかな)

 そう……三葉があの部屋を出入りしているのは、知っていた。

 けど、三葉は完全な【異性愛者】だ。
 可愛い女性、美人な女性、清楚系な女性……と、そんな女性達を中心に手をつけていた。

 僕も、女性に告白され。断る理由は特に無いからと、付き合いはしたけど――「私のこと、大事じゃないの?」「愛してるって言って?」「なんで、いつも私じゃないところを見てるの?」といった、うんざりすることを何度も言われるから「頑張ったけど、君を好きになれない。ごめんね」と言って、別れることを繰り返した。

 それで、身体の関係を持つ前に別れていたのもあり。真くんとの行為が初めてだった。
 勿論。真くんも、僕が初めてだから。お互いがお互いしか知らないのに嬉しさが湧き上がり『今まで付き合ったのが、面倒な女性ばかりで良かった』と心底思ったのだ。

 もし、控えめな女性だったら。付き合っている義務として、一度はそういった行為をしていたかもしれない……と。そのもしもまで考えてしまい、顔が歪む。

 真くんを知ってしまってから。想像だとしても、誰かと親密になりたいなんて思えなくなった。

 だからこそ、真くんが『ミツくん』と甘い声で呼んだのが。本当は、今でも許せなくて――。


「奏多様、準備が出来ました」


 黒い服を着た篠崎家の【影】が、音もなく、背後に現れる。

 篠崎家は、大手不動産会社を運営する家系として知れ渡っている。……だが、それは表だってのことだ。

 実際は、汚い仕事をたくさん依頼される“汚れのこびりついたゴミ箱”のような家系だ。

 吐き気がするようなその仕事は。政治家などの権利者が、足元を掬いたい相手のスキャンダルとなるものを探す依頼をしてきたり。そういったスキャンダルが無い相手だった場合、スキャンダルを起こすようなことを促したり。または……事故に見せかけて暗殺したり――。

 本来、ここにいる【影】は、今いる当主ととなる者につく。僕は、篠崎家の次期当主ではない。

 それでも、付き従っているのは――僕が、当主としての素質が非常に高いからだろう。
 要は、今のうちに信頼を得たいと考え。行動しているということだ。


「――ちゃんと、に繋げておいた?」
「はい。ご指示通りの首輪に、繋げております」
「ふふ、じゃあ……――躾をしに行くかな」


 真くんが言った『飼い犬のミツくん三葉』を、従順になるまでしっかりと躾けるため。足取り軽く、犬小屋に向かった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

嘘つき純愛アルファはヤンデレ敵アルファが好き過ぎる

カギカッコ「」
BL
さらっと思い付いた短編です。タイトル通り。

ヤンデレ蠱毒

まいど
BL
王道学園の生徒会が全員ヤンデレ。四面楚歌ならぬ四面ヤンデレの今頼れるのは幼馴染しかいない!幼馴染は普通に見えるが…………?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺の好きな人

𝓜a𝓨̆̈𝕦
BL
俺には大、大大、大大大大大大大大好きな人がいる 俺以外に触れらせないし 逃がさないよ?

重すぎる愛には重すぎる愛で返すのが道理でしょ?

チョコレートが食べたい
BL
常日頃から愛が重すぎる同居人兼恋人の深見千歳。そんな彼を普段は鬱陶しいと感じている主人公綾瀬叶の創作BLです。 初投稿でどきどきなのですが、良ければ楽しんでくださると嬉しいです。反響次第ですが、作者の好きを詰め込んだキャラクターなのでシリーズものにするか検討します。出来れば深見視点も出してみたいです。 ※pixivの方が先行投稿です

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

処理中です...