7 / 36
白井 真 6
しおりを挟む錆び付いたブリキ人形のように、後ろを振り返る。
(あ、これ……ヤバい)
俺を見下ろす篠崎は、満面の笑みだ。
これは――どう見ても、激怒している。
流石にずっと一緒にいれば、嫌でも分かってしまう。
篠崎は、凄く怒る時。無表情になった後に笑うんだ。
本当、恐ろしいくらいにニコニコと。
きっと、こうなる前の表情は、無表情だったのだろう――。
「それで、誰なの? 『ミツくん』って……。怒らないから言ってごらん?」
「……」
(いや、めっちゃキレてるよな……?)
自分の軽率な行動を反省する。
慣れないことをするもんじゃないし、人を馬鹿にしようとしたバチが当たったのかもしれない。
「……真くん。まさか、浮気?」
「は……はぁっ!?」
(浮気って、こっから出れねぇのに……無理だろ。てか、なんで『浮気』なんだ? いつ、お前と付き合うことになったんだよ……!)
頭の中でツッコミを入れていたら。笑みを浮かべる篠崎は、俺の方に向かって手を伸ばしてきて――。
捕まれば。また、酷い行為を強いられるだろう。
(……っ、もう、どうにでもなれ!)
「お、俺! 劇団に入るのが夢だったんだっ!」
「……え、劇団?」
篠崎は手が止まり。キョトンとした顔になった。
(いや、分かる。いきなり、なに言ってんだとか思うよな。俺でも、そう思うわ……)
――けど、意識を逸らすことには成功したようだ。
「俺、よく練習してんだよな~。勝手に、登場人物つくってさ!」
「だとしても、『ミツくん』は許せない。なんで、奏多って名前の『カナくん』じゃないの?」
「……」
(お前、恥ずかしい奴! 自分の呼び名がそんなんでいいのかよ? あぁ、三葉もか……。やっぱり、『篠崎』の血族は頭がおかしいのかもしれねぇな)
俺が残念な子を見る目で、篠崎を見ていたら――「どうしたの? まさか……。その名前の人が実在していて、真くん……好きなんだ?」なんて、篠崎ワールドを繰り広げ。目には、怪しい色を宿し始めた。
俺はハッとし、慌てる。人間が、駄目なら――。
「犬だよ、犬! 『ミツくん』は飼い犬の役でさ。家族が散歩から連れ帰って来て、抱き締めるシーンなんだよ! (なに言ってんの、俺……)」
「――飼い犬? ……ふ~ん、そうなんだ。犬、可愛いもんね」
(良かった。流石に、人間じゃなければ大丈夫みたいだな……)
「それにしても……。真くんが、劇団に入りたかったなんて初めて知ったよ。報告には、そんなこと書かれてなかったのに……」
「…………自宅で、コソッとしてたからな」
『報告』の部分には触れない方がいいだろうと。もう、流すことにした。こんな奴をちゃんと理解しようとしても、無理だからだ。
篠崎は、口元に指をトントンと当てて、何かを考えているようだ。
「ん~……。これからは真くんの全てを知れるからね。……まぁ、いっか」
――ふと、篠崎の表情が和らぐ。既に笑っているのに、和らぐというのは変だが。本当に、表情と空気も和らいだのだ。
(はぁ……。なんとか、誤魔化せた……)
手元にある、冷めきったご飯に目を落とす。
ほぼ、中身が入っていないが……。食べないよりはマシだろうと、箸を持った。
「篠崎。話、終わりだよな? まだ、ご飯食べてないから……食べていい?」
「あ、そうだったん……――」
急に、バッと食事の乗ったお盆を取り上げられた。
「え!? ちょっと……?」
「……真くん。新しいの用意するから、こんなのは食べなくていいよ」
ゾクリとする笑顔を向けられ、混乱する。
(え、なんだ? 篠崎、怒ってる……? なんで、また急に……)
けど、篠崎は俺に何かをするわけでもなく。背を向け、足早に歩いて行き……――ゴミ箱に、手に持っていたお盆ごと食事を捨てた。
「お、おい……! 篠崎、何してんだよ!? 勿体ないだろ!」
「真くん、優しいね。でも、バイ菌が入ってるだろうから……。真くんに、こんなものを食べさせるわけにはいかない」
「は? バイ菌……? 夏でもないし、こんな短時間に腐るもんじゃねぇだろ」
「……とりあえず、新しい食事を用意するから。少しだけ、待ってて」
会話中、篠崎は俺の方を一度も見ず。そのまま、扉の外へと出て行ってしまった――。
23
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。


転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話
バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】
世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。
これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる