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白井 真 6
しおりを挟む錆び付いたブリキ人形のように、後ろを振り返る。
(あ、これ……ヤバい)
俺を見下ろす篠崎は、満面の笑みだ。
これは――どう見ても、激怒している。
流石にずっと一緒にいれば、嫌でも分かってしまう。
篠崎は、凄く怒る時。無表情になった後に笑うんだ。
本当、恐ろしいくらいにニコニコと。
きっと、こうなる前の表情は、無表情だったのだろう――。
「それで、誰なの? 『ミツくん』って……。怒らないから言ってごらん?」
「……」
(いや、めっちゃキレてるよな……?)
自分の軽率な行動を反省する。
慣れないことをするもんじゃないし、人を馬鹿にしようとしたバチが当たったのかもしれない。
「……真くん。まさか、浮気?」
「は……はぁっ!?」
(浮気って、こっから出れねぇのに……無理だろ。てか、なんで『浮気』なんだ? いつ、お前と付き合うことになったんだよ……!)
頭の中でツッコミを入れていたら。笑みを浮かべる篠崎は、俺の方に向かって手を伸ばしてきて――。
捕まれば。また、酷い行為を強いられるだろう。
(……っ、もう、どうにでもなれ!)
「お、俺! 劇団に入るのが夢だったんだっ!」
「……え、劇団?」
篠崎は手が止まり。キョトンとした顔になった。
(いや、分かる。いきなり、なに言ってんだとか思うよな。俺でも、そう思うわ……)
――けど、意識を逸らすことには成功したようだ。
「俺、よく練習してんだよな~。勝手に、登場人物つくってさ!」
「だとしても、『ミツくん』は許せない。なんで、奏多って名前の『カナくん』じゃないの?」
「……」
(お前、恥ずかしい奴! 自分の呼び名がそんなんでいいのかよ? あぁ、三葉もか……。やっぱり、『篠崎』の血族は頭がおかしいのかもしれねぇな)
俺が残念な子を見る目で、篠崎を見ていたら――「どうしたの? まさか……。その名前の人が実在していて、真くん……好きなんだ?」なんて、篠崎ワールドを繰り広げ。目には、怪しい色を宿し始めた。
俺はハッとし、慌てる。人間が、駄目なら――。
「犬だよ、犬! 『ミツくん』は飼い犬の役でさ。家族が散歩から連れ帰って来て、抱き締めるシーンなんだよ! (なに言ってんの、俺……)」
「――飼い犬? ……ふ~ん、そうなんだ。犬、可愛いもんね」
(良かった。流石に、人間じゃなければ大丈夫みたいだな……)
「それにしても……。真くんが、劇団に入りたかったなんて初めて知ったよ。報告には、そんなこと書かれてなかったのに……」
「…………自宅で、コソッとしてたからな」
『報告』の部分には触れない方がいいだろうと。もう、流すことにした。こんな奴をちゃんと理解しようとしても、無理だからだ。
篠崎は、口元に指をトントンと当てて、何かを考えているようだ。
「ん~……。これからは真くんの全てを知れるからね。……まぁ、いっか」
――ふと、篠崎の表情が和らぐ。既に笑っているのに、和らぐというのは変だが。本当に、表情と空気も和らいだのだ。
(はぁ……。なんとか、誤魔化せた……)
手元にある、冷めきったご飯に目を落とす。
ほぼ、中身が入っていないが……。食べないよりはマシだろうと、箸を持った。
「篠崎。話、終わりだよな? まだ、ご飯食べてないから……食べていい?」
「あ、そうだったん……――」
急に、バッと食事の乗ったお盆を取り上げられた。
「え!? ちょっと……?」
「……真くん。新しいの用意するから、こんなのは食べなくていいよ」
ゾクリとする笑顔を向けられ、混乱する。
(え、なんだ? 篠崎、怒ってる……? なんで、また急に……)
けど、篠崎は俺に何かをするわけでもなく。背を向け、足早に歩いて行き……――ゴミ箱に、手に持っていたお盆ごと食事を捨てた。
「お、おい……! 篠崎、何してんだよ!? 勿体ないだろ!」
「真くん、優しいね。でも、バイ菌が入ってるだろうから……。真くんに、こんなものを食べさせるわけにはいかない」
「は? バイ菌……? 夏でもないし、こんな短時間に腐るもんじゃねぇだろ」
「……とりあえず、新しい食事を用意するから。少しだけ、待ってて」
会話中、篠崎は俺の方を一度も見ず。そのまま、扉の外へと出て行ってしまった――。
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