可哀想な君に

未知 道

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白井 真 2

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 ――ガァンッ!! 


「……っ、いったぁ」

 手に、じぃ~んとした痛みが襲い。持っていた椅子を床に落とす。

 目の前には、銀色の鎖があり。憎たらしいことに、傷一つついていない。


「っ、ちくしょう! あいつ……許さねぇ!! こんな、犬みたいに繋げやがって……! いや、犬のがまだ自由だろ。本当、ふざけんなよ……」


 目を覚ました時には、俺の首には首輪がされていた。
 そして、首輪からは鎖が繋げられており、それは壁に頑丈に埋め込まれている。

 何とか壊そうと、近くにあった椅子を何度もぶつけたが、結果は自分の手を痛めただけに終わった。

 カチャリとドアの開く音が聞こえ、パッと振り返る――。


「真くん、おはよう。ふふ、もしかしてソレ……壊そうとしてた?」
「……っ! この野郎!! これ、どういうことだよ!?」

 昨日のことが夢であったのだと錯覚するほどに、篠崎は爽やかな笑顔を浮かべている。
 ――が、この状況から、夢ではないと嫌でも理解できる。

「ん? なにが?」
「とぼけんなっ! お前、分かってんのか!? やってること犯罪だからな、昨日のことだって……」

 言いかけて、地獄のような行為を思い出してしまい、血の気が引く。
 先ほどまでは、鎖を壊す方に集中して意識を逸らしていたが。未だに、腰やあらぬ場所がズキズキと痛んでいる。初めて感じる不快な痛みに、顔をしかめる。

「ああ、昨日……ね? あはは! 真くん、凄いイッてたよね。気絶しても、ずっと――」
「やめろ!! 気色わりぃんだよ! 変な薬、俺に使ってたんだろうが! どこまで遊びだか何だか知らねーけど、ここまでやるかよ普通!? 頭おかしいだろ!」

 ――恐らく、これも賭けの延長な可能性が高い。
 おおよそ、本気で惚れさせる。または身体の関係を持つまでにいければ勝ち、といったところだろう。
 お金持ちの遊びはよく分からないから、これらが正解かは分からないが……。

「遊び? 真くんとセックスしたり、監禁するのが? そんなわけないじゃん」
「はっ! 白々しい! 遊びじゃなかったら、一体なんだってんだよ?」

 ズイッと端正な顔を近付けられ、驚いて後ろに下がる。けど、背後が壁のせいで下がることが出来ない。

 篠崎が柔らかく微笑み……――。


「そんなの、愛してるからだよ。真くん、愛してるよ」
「……は、はぁ? はぁあ?」

(愛してる? 愛してるだって? あんな、薬で無理強いして、今だって無理やりに鎖で繋いでて……愛してる? くそ、くそ! こんな奴に……――)

 頭がカッとし、目の前で笑顔を浮かべている篠崎の横っ面を、思いっきり殴り飛ばした。


「……っ、真くん、痛いなぁ。けっこう本気で殴ったでしょ……」

 篠崎は、口の端からタラタラと血を流し、初めて顔を歪めていた。

「馬鹿か! 二度と、そんな馬鹿みたいなこと言うなよ! お前に『愛してる』なんて、冗談でも言われたくねぇ!」

 苛々する、本当に苛々する……――。俺が、そう言って欲しかった人は……こいつじゃない。

「……冗談でも言われたくない、ねぇ……。なんだろ、凄いムカつく」
「それは、俺……っ……ぐぅ―――」

 鎖を引かれ、息が詰まる。

「あ、真くん。まさかとは思うけど、逃げられるとか、誰かが助けてくれるとか思ってる? 無理だよ」
「……っ、の、キチガイがっ……!」

 篠崎に抵抗しようと暴れるが、後ろから押さえ込まれ、ギリギリと鎖を引かれ続ける。

「だって、真くん……――知人も、友人もいない。仕事だって辞めて、職場にも親しい人いなかったし……。真くんと仲がいい人、誰一人いないもんね? 真くんの家族は……両親が幼い頃に事故で他界。疎遠になってた母方の祖母に育てられたけど、真くんとは不仲。確か、一年前くらいに亡くなったんだっけ? 真くん、可哀想。血の繋がった実の祖母にも、最後まで『愛してもらえなかった』なんてね」
「……ぐ、ぅっ、くそっ……くそが……」

 じわじわと視界が波打ち、目に溜まっていた涙がポロポロと頬を滑り落ちる。

「でも、大丈夫。真くんは今までは愛してもらえなかったけど、これからは、それを僕が全部あげる。真くんか欲しいものだって、なんだってあげるし。他の人が羨むもの、全てを与えてあげるよ」

 、それが篠崎と俺の境界線だ。
 篠崎の意識下に『目下の者への施し』という気持ちがあるのが言葉から読みとれた。

 俺のことを調べたのは、この際どうでもいい。
 許せないのは――掘り返して欲しくない、気持ちや過去にずかずかと土足で踏み込み。あたかも何でも知ったふりで、善意からやってあげるといった言動だ。


「……んんっ、ふっ!?」

 苦しくて開いていた口を、篠崎の口に塞がれる。
 舌が侵入してきて、くちゅりくちゅりと濡れた音が、お互いの口から鳴っている。

 鉄の味がして、気持ち悪い。俺が篠崎を殴ったことで、篠崎の口が傷つき、出ている血を飲み込んでしまっているのだろう。

「……はなっ、し……! く……るし……っ」

 ただでさえ、首を圧迫されて酸素が足りず、更には泣いたことで頭がぼんやりしていた。
 それで、口を塞がれてしまい、息をうまく吸えない。

 意識が落ちそうになった時。口内にある唾液をジュルルと啜られ、侵入していた舌が出ていく。


「ケホッ! ケホッ! はっ、はっ……はぁっ……!」

 鎖も離されていたようで、漸くちゃんと息を吸うことが出来た。

「ごめんね。真くんの側にいてあげたいけど、これから仕事なんだ。7時くらいには帰るから、それまで待っててね」


 俺が息を整えている間に、篠崎は部屋を出ていった――。


「はっ、なにが、大人しく待っててだ……」

(確か……。篠崎は彼女が出来てもすぐに別れ、女を取っ替え引っ替えだった。飽きっぽいのだろう。
 だからきっと、この監禁だってそう長い期間じゃないと思う。あいつが飽きるまでの間だ、それまでの辛抱だ……)

「あの、クソ犯罪者め……」


 掠れた声で悪態をつくしか出来ない自分が、哀れに感じ。布団を頭まで被り、嗚咽を漏らした。


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