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26.父親という存在
しおりを挟む唯おじさんは自分の手を見て、ギュッと強く握った――。
「あれから、医者は辞めた……。いや、辞めざるを得なかった。誰かを治療しようとすると、頭が真っ白になるんだ。情けないことに、身体も震えてきちまうしな」
「……それは、お母さんのことで?」
「はっ、マリアさんのことでじゃない。守れなかった、俺のせいだ。本当は、あの日。マリアさんを、守れたかもしれなかった。伝えた日より、早く帰って来られそうだったんだ。……けど、お土産を買って帰ろうと、寄り道をした。燃えた家の中から、マリアさんを外に出した時。まだ、温かかった。もし、もう少し早かったら……寄り道さえしなかったら……っ、……あんなことを絶対に、させなかった……!」
「……唯おじさん」
唯おじさんは、歯を噛みしめ、涙を流す。悲しみ、悔しさ、後悔――そして、自分を強く責めている。
あの悲惨な光景を、唯おじさんも見てしまったのか……。
何よりも、大切に思っていた女性の悲劇を――。
唯おじさんが、お母さんに恋心を抱いていることは分かっていた。
最初は、同情からだったと思う。お母さんは、必死に俺を守ろうとしていて、自分の肌のことでも苦しんでいたから……。
けど、診察するにつれ。唯おじさんがお母さんを見る目に、熱がこもっていった。
それは、声にも出ていて。お母さんと話す時は、声に甘さが混じっていた。
だから、お母さんの肌機能が正常になり。色々な男性からアプローチされているのを、いつも鋭く睨み付け。嫉妬心を向けてもいた。
俺は――当時、僕だった時は……そんな唯おじさんを『お父さん』のようにも感じていた。
僕の知らない遊びを教えてくれて、一緒に遊んでくれた。
がさつなくせに、僕が何かで悩んでいると、直ぐに気付き、気分転換に出掛けようと誘ってくれた。
お母さん、唯おじさん、僕で、食卓を囲んで笑い合った。
愛し人として生まれ、両親のいない僕は――本の中の『お父さん、お母さん』という存在に憧れていた。きっと、とても優しい存在なんだろうな……と。
だから、設定だとしても『お母さん』という存在が出来て嬉しかった。
それで、唯おじさんも僕の『お父さん』になってくれたらいいなと思っていたんだ。
けど……幸せだからこそ、余計に。置いてきたコールに、申し訳ないと思った。
コールも同じだからだ。僕と同じで、両親がいない。しかも、片割れの僕すらも、側にいなくなって、独りぼっちなのだ。
だから、もう少し大人になったら。元の世界に戻る方法を探そうと思っていた。子供では、色々な町に行ったり、宿をとったりすることすら、ままならないだろうから。
なら、大人になるまで。それまでなら……与えられる幸せを感じていてもいいだろうかと、そう思っていたんだ――。
「唯おじさん、あのね……。お母さんも、唯おじさんと同じだったよ。同じ好きを、唯おじさんに向けていたよ」
「んなわけねぇだろっ……!」
唯おじさんは否定し、俺を鋭く睨み付けたが。俺の顔を見て、嘘ではないと思ったのか、少し間を置いて……「じゃあ、もっと押せばいけたか?」と唯おじさんらしい、豪快な笑みを浮かべた。
「……スケベ唯ジジィ」
「はぁ!? だから、俺は――ああ、確かに……もうジジィだからなぁ」
唯おじさんは、苦く笑う。
そういえば……。唯おじさんには、ずっと『唯志にぃちゃん』と呼べと言われていた。
「僕から。唯おじさんに、ずっと伝えたいことあったんだ」
「どうせ、馬鹿にするようなことだろ? 前からそうだったもんな~」
唯おじさんは、ゲンナリしたような声を上げる。だが、目線で『どうぞ』と伝えてきた。
唯おじさんは強面だが、とても優しい人間だ。人の言葉をしっかり聞こうとする。
「唯おじさんが、僕の父親になってくれたら良いなって思っていたんだ。本当は『お父さん』って呼びたかった」
「……っ、は、早く……言えよ……っ、そんなの、いいに決まってるだろ……」
唯おじさん――お父さんは、顔を押さえ。再び、泣き出してしまった。
△▼△▼△▼△▼
お父さんの涙が収まってから。俺は、玄関の横に置いていた骨壺を差し出す――。
「……お父さん。お母さんを任せていい?」
「何故だ? マリアさんの子供である、デール坊が持っていた方が……」
「お母さんを、こんなに大事にしてくれている……お父さんの側にいた方が幸せだよ」
記憶が戻る前から、思ってはいた――。
骨壺は、とても綺麗にされている。ちゃんと管理をしてくれていたのだと、分かる状態なのだ。
俺が、いつ戻るかも分からず。もしかしたら、一生戻らないかもしれないのに……。連絡もなく現れた俺に、すぐに渡したこの骨壺は、非常に綺麗だった。
「あと、俺は……――遠い場所に行かなきゃならないんだ。だから、もう此処にも戻れない……」
お父さんが、驚いたように口を開いたが。キュッと閉じ、悲しそうに笑った。
きっと、俺が断言して『戻れない』と言ったから、決定事項だと思い。言葉を飲み込んだのだろう。そのように、人の気持ちを汲み、尊重するところも、以前と変わっていない。
「なんだよ……。やっと、俺にも息子が出来たと思ったのに、とんだ不良息子じゃねぇか。まぁ、マリアさんが居てくれるなら……いいけどよ」
その言葉で……お父さんは結婚せず、お母さんだけを想っていたのだと理解する。
その深い愛に、次は俺が驚いてしまった。
元の星にいたお母さんは、辛い思いをたくさんし、苦しんでいた。けど、こちらの星のお母さんは、いつも幸せそうに笑っていた。
それに――こんなに、お母さんを愛してくれる人も、この星には存在している。
やっぱり……。お母さんは、お父さんの元にいるのが一番だと、再確認した。
わざわざ、辛い思いをした場所へと、戻す必要はないだろう。
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