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20.マリアside ~約束~

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「――で、何か問題でもあったのか?」

 川見 唯志――川見さんが、私の後ろの方に視線を向け、問い掛けてくる。いや、睨み付けている? ような気もするが……。
 もともと眼光が鋭い人なので、実際のところはよく分からない。

「それが――」
「マ、マリアちゃん! お大事に~」
「……え、ああ」

 意味が分からない言葉を発し、ピュンッと去って行く迷惑な男。(……そういえば、名前は知らない)

「あっはっは!! 流石は、川見先生。目線で負かすなんて、なかなか出来ないもんだよ」
「いやいや、あいつに骨がないだけだ」

 おばさんと、川見さんが仲良く談笑を始めてしまった。こうなると、暫くは終わらないだろう。川見さんは、話すと止まらない質なのだ。

 話が盛り上がっている最中でも。川見さんは、デールの口を押さえていて。デールは手を剥がそうと、バタバタと暴れている。

(押さえてること……忘れてるの?)

 いや、まさかとは思うが……。川見さんなら、あり得る。
 夢中になると、それに集中し。時間を忘れてしまっている場面に、何度か遭遇した。
 まぁ、それは、私を診察している時のことだが……。その日、約束があるのに。私の診察に集中し過ぎて、時間がかなりオーバーしてしまったことが一度や二度ではない。最近は、私の診察は殆どしていないから、それも少なくなり。ホッとした。
 私のせいで迷惑をかけてしまっていることに、申し訳なさを感じていたのだ。


「んン"ン"~~~!!」

 男同士の遊びだと言っても、流石に可哀想だ。
 川見さんの近くに行き、デールを押さえているその手に触れた。

「……っ、マリアさん、どうした?」
「いや、デールが可哀想で……」

 川見さんは、パッと下を向き。「あっ、忘れてた」と、デールの口を押さえていた手を離した。

(やっぱり、忘れてたのね……)

「唯おじさん、ひどい!!」
「おい! 『唯志にぃちゃん』と呼べって言ってんだろ! それだと『ただの、おじさん』みたいじゃねぇか!」
「いいじゃん! そのまんまじゃん! 唯おじさん!!」
「はぁ!? 生意気なガキんちょめっ! 俺は、まだ26歳だぞ! このぉ~!」

 川見さんは、手をワキワキと動かす。そのポーズは、頭グリグリをする合図だ。それで、いつも2人で遊んでいる。

「お母さん、助けて~! 唯おじさんが、いじめてくるっ!」

 デールは、私のお腹に顔を埋め。シクシクと泣き出してしまった。

 デールは、大人の半分ほどの背丈しかない子供だ。
 しかも、川見さんみたいなガタイのいい男性の遊びに付き合うのは、大変なのかもしれない。
 今まで、楽しそうにしてるからと、変に口を挟まないようにしていたけど。今回、こんなに泣いてしまうなら……今度からは助けてあげないと――。


「……川見さん。デールが可哀想だから、もう止めて。まだ、子供なのよ?」
「……まぁ、そうだけどよ」

 川見さんは、チラリとデールの方を見てから。顔を盛大に引きつらせた。

 何だろうと、デールを見下ろしても――子犬のように、ウルウルとした目を向けられた。
 とても可愛くて、ぎゅうっと抱き締める。

「――たっく、いい性格してるぜ」
「……?」

 よく分からないことを川見さんは言ったが、それに続く言葉は出さなかった。だから、独り言かもしれない。
 少し、気になりはしたけど。デールが家に帰ろうと言ったことで、おばさんにお礼を言い。すぐに店を出た――。



 ********


 夕御飯は、川見さんとデールが採って来てくれた山菜を揚げ物にしたり、ご飯に混ぜたりしたものだ。
 川見さんは私達を家に送ってから帰ろうとしていたが、山菜を採って来てくれたからと引き留め。今、私達と一緒にご飯を囲んでいる。


「――桜?」
「ああ。薄ピンク色の花びらが、ヒラヒラと舞い落ちてくるんだ。まるで、雪のようでな……綺麗なんだぞ?」

 川見さんから、『花見』というものに誘われ。それがよく分からない、と私が言うと。【桜】というものの説明をしてくれた。

「すごい、そんなものがあるの……」
「ああ、気になるなら……。その、一緒に……どうだ? マリアさんとデール坊と俺の、3人で……」

 何故か、顔が赤くなっている川見さんは。咳払いをしながら、私の返事をじっと待っている。

「唯おじさんさ~。いい加減、お母さんに――ムグッ!?」
「マリアさんの揚げ物って、ホント旨いよな~? ほら! デール坊はもっと食わねぇと、俺みたいにでかくなれんぞ? もっと、もっと、食え、食え!」
「……ン~ン"ッ!」
「――ングッ! なに、す……――ムグッ!」

 2人で、揚げ物を食べさせ合い始めた。

 これは、止めた方がいいのかな? と、判断に迷い。
 デールが一方的にやられているわけではないから、少し様子を見ることにした。

 お互いが食べたいものを指をさして教え、それを食べ合っていて。2人は一体、なにをしているのかと首を傾げてしまう。

 でも、なんだか……。この2人を見ていたら、3人で何処かに出掛けるのも楽しいかもしれないと、そう思った。

「行きたいわ。その【桜】を見に……」

 川見さんは、慌てたように私の方に顔を向け。サッと、デールから離れた。

「ああ、一緒に行こう! ちょっと、遠いけど。車を出すから!」

 車というものは、あちらの世界には無い。
 聞くところによると――遠出するのに有効な、移動する乗り物らしい。
 未知の物に乗るのは、少しだけ怖いが。川見さんなら信用出来る。

「じゃあ、私は……。川見さんの好きな揚げ物、いっぱい作るわね」
「マジ!? スゲー楽しみ!!」
「唯おじさん。今だって、いっぱい食べてんじゃん!」
「馬鹿だな~。マリアさんの揚げ物なら、何百個と食えるんだよ!」

 私の全身が。優しい人達の、楽しそうな笑い声に包まれる。
 胸に、温かなものがジワリと溢れ出し。『ああ、幸せだな』といった気持ちが心を占めて――気付けば、2人と同じく。私も笑顔になっていた。


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