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崩
しおりを挟む「いい気なものよね。あんたみたいな人間が、私の息子に可愛がられるなんて」
小馬鹿にしたかのように鼻を鳴らし、蔑みの目で私を見下ろす母を、呆然と見る。
――『可愛がられる』とは何だろう、と考えて。弟の『正気ではない行為』の事を指されていると思い至り、顔が青ざめた。
「なっ……! 姉弟でなんて――ッ!」
散々、声を張り上げていたせいで、喉がとても痛む。その絞られるような痛みに、顔をしかめた。
私の歪んだ表情に、反抗されたと受け取ったのか、お母さんは目を吊り上げながら怒気を孕んだ。
「嫌だわ、本当に可愛くない子ね! こんなだから、生まれながらにして必要とされないのよ。あんたなんかが私の子なわ――ッヒィ……!?」
母親である人からの罵詈雑言を、ぼんやりと聞いていた時――何かが、けたたましく割れた音が聞こえた。
そちらをのそりと見ると。お母さんの直ぐ横の足下に、電気スタンドが割れ散らばっていた。
「おい……。いい加減、無駄口叩いてないで出てってくんない? ――俺、それは言う必要ないって……前に言ったよな?」
ずっと静観していた弟が、強圧的な声で言い放つ。
「そっ、そうね、悪かったわ……。とりあえず、その子は貴方の好きにして良いから!」
母はそう言って、そそくさと部屋から逃げるように出て行ってしまった。
――2人のやり取りが、理解出来ない。
聞いた言葉は、まるで異国の言語のようにスルリと通り過ぎるばかりで、頭に入ってこなかった。
私は放心したかのように、母親が出て行った扉をただ眺めていた。
弟に両手で頬を挟まれ、顔を向き合わせられる。
「美憂、俺に何か言うことないか?」
――砂糖菓子のような、甘い声で問い掛けられた。
「あっ……お、おかしい、おかしいよっ! こんなの……!」
ぶわりと目に涙が溜まる。
「何がおかしい? まだ分からないのか……。誰にも必要とされない、美憂の側に居て……愛してやれるのは誰だ?」
一語一語を丁寧にゆっくりと、まるで幼子に言い聞かせているかのように弟が話す。
「うっ、ぅう……! 怖い、怖いよ……誰か助けて……っ」
――ボロボロと涙が頬を伝い、えぐえぐと泣きじゃくる。
「……『誰か』だって? はあ……。分かった。もう、いい。勝手にしろ」
頬に触れていた温かい手が、スルリと離れる。
弟は、私から背を向けて、ドアの方へ歩いて行ってしまった。
ドアの外へと、弟の姿が見えなくなる一瞬間。とてつもない孤独感に襲われる。
「い、いやっ! いやぁあっっ!! 待って! 待って! ひとりにしないで、蓮斗っっ!!」
泣きわめきながら、ベッドから慌てて立ち上がったが――足に力が入らず、崩れ落ちてしまう。
しゃくり上げ、床にボトボトと落ち続ける自分の涙を見ていると。パタン……とドアが閉まる音が、耳に届く。
それは軽い音のはずなのに、耳の中にへばりついて離れない、大きく重たい音のように感じた。
ああ、弟である蓮斗にも見放された……と絶望感に泣き崩れる。
現実を見たくなくて、床に顔を押し付けながら、何度も弟の名前を呼ぶ。
それが自分が救われるための、唯一の魔法の言葉であるかのように、何度も何度も――。
すると、そっと身体を抱きかかえられ、再びベッドに下ろされた。
「え? ――れ、蓮斗……?」
部屋を出て行ったと思っていた蓮斗が、目の前に居る。
信じられなくて、微笑みを浮かべている端正な顔をじっと見つめた。
「ん、どうした? 俺が離れるのが、嫌だったんだろ?」
蓮斗から、優しい眼差しを向けられる。
その温かな目を見て、私を見捨てないでくれた事がやっと理解出来た。
ジンと目頭が熱くなる――。
気づいた時には、私は顔をくしゃくしゃにしながら目の前に居る蓮斗に抱き付き、子供のように大声でわあわあと泣き叫んでいた。
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