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130.〖ロンウェル〗過去
しおりを挟む「ヤツィルダさん。これ、以前に話をしていた物です」
「おぉ~! スゲー!! ロンウェル、ありがとう! これ作ってくれた人にも、お礼言っといてな~!」
「はい、ちゃんと伝えておきますね」
俺は、ヤツィルダさんに――街の濁った水の水質を良くするための、魔法具を手渡した。
ヤツィルダさんには「これを作っている人とは知り合いだけど、とても恥ずかしがり屋で人前に顔を出したくない人だから、ヤツィルダさんと直接会うことは出来ない」……というようなことを事前に伝えておいた。
それでも気になって、後々聞いてくるかな? と思ってはいたが……。予想に反し、ヤツィルダさんはその人物を、一切詮索してこようとはしなかった。
これを作っているのは、実際は俺なのだが……。この事実は、ヤツィルダさんにも知られたくはないと思っている。
ヤツィルダさんは悪い人ではない。むしろ、とても素晴らしい人間だ。だから、本当は伝えても良いのかもしれない……。
けれど、魔法具を製作する者達の――性質が邪魔をしてくる。
魔法具を作る者達は、全員が【防御系の魔術師】であり。その魔術師としての力が強い程に、精密な魔法具を作り上げることが出来る。
しかし、環境によるものなのかは分からないが……。その全員が、自己意識の低い者が非常に多かった。
それは、俺も例に漏れず……。どう気持ちを切り変えようとしても、自分に自信を持つことは出来なかった。
だからこそ、もしその魔法具を作ったものが人から注目され、自分が作った物を貶されたら……という気持ちがあり。誰にも、このことを話したくないのだ。
ただ、有り難い事に……。俺達には、何故だか優れた直感力が備わっており、人の本質を見抜くことに長けている。
それで、人を攻撃しようとするような、過激な者達を見抜くことが可能だった。
それもあって、今もまだ。魔法具職人の『防御系の魔術師だけが、魔法具を作れる』という事実を、ずっと隠し通すことが出来ている――。
「これで、皆の体調が悪くなるのもなくなってくれれば、言うこと無しだな! ――う~ん……。最近、犯罪もなくなってきたから、見回りを少し減らして……建築の方に力を入れるかなぁ~? 全員の家が崩れそうなほど、ボロボロだし……」
ヤツィルダさんは、たくさんの文字で埋められているノートを出し。カリカリと、更に何かを書き足している。
ヤツィルダさんは、幼いその見かけによらず、非常に頭が切れる。
それは、ヤツィルダさん自身も、農業の手伝いを行っていたのだが……。初めは、善意や興味からやっているのかと思っていた。
だが、交流を重ねていくうちに。少しずつ、やさぐれていた人達の心を開いていき、街の詳しい情報を次々と聞き出していったのだ。
俺も、ここに滞在すると決めてからは、多少の情報は個人で調べたが。実際にこの国に住んでいる、街の人達の持つ情報とは天と地の差がある。
ヤツィルダさんは、この国の状況を瞬時に把握する為には、市民から話を聞くことが一番大事だと分かった上で、それを行っていたようだった。
そして、皆の信頼を得たあと。今ある犯罪をなくすため、法律のような取り決めを提案したり、警備のような人間を選出したりなどと――気が付けば、街の指導者のような存在になっていた。
今では、街の人達の殆どが、ヤツィルダさんを慕い。自らも街を良くする為に、行動をする……という自主性も出てきている。
――そういえば、いつの間にか。税金が、無理のない金額にまで下がっているようだけど……ヤツィルダさんが何かをしたのだろうか?
「ヤツィルダさん……。何故、街の税金があそこまで下がったのでしょうか?」
まだ、ヤツィルダさんがそれをしたとは限らないから、そう聞く。
「あ、ああ~……。わ、悪いと思ったんじゃない? あんな、高い税金だったからさ~! うん、うん!」
ヤツィルダさんは、それを俺に聞かれたからだろうか、ワタワタと焦ったように見える。
ん……? 言い出しづらい事でも、あるのか?
まぁ……。こういうのを無理に聞くのは、良くないよな。
「……そうですか。これで、市民の生活が楽になりますので、良かったですね」
「おう、本当に良かったよ~! それも、ロンウェルに手伝ってもらったお陰だ。俺ひとりじゃ、かなり難しかったからな~。マジでありがとう!!」
「……? 私、何かしました?」
ヤツィルダさんに、お礼を言われたけれど……何の事だか良く分からない。
「え? 農業を一緒に手伝ってくれたり、街の見回りもしてくれたしさ……。この魔法具だけじゃなく、作物が健康に育ちやすくなるための魔法具とか、作物や商店の品物とかを無断で持ってこうとした場合、ブザーが鳴る魔法具まで――ロンウェルが、その知り合いの人に頼んでくれただろ? 魔法具があったお陰で、こんなに早くにこの国が良くなったんだ」
確かに、それはそうだけど……。それらは、ヤツィルダさんが悩んでいたことを聞いたから、そう動いたり、魔法具を作っただけだ。
だから結局は、ヤツィルダさんがそれらに気が付かなければ……。俺では、国を豊かにするため、どのように行動すれば良いのかすら分からなかっただろう。
「いや、それは全て……。ヤツィルダさんが行ってきた、頑張りのお陰ですよ。私は、何も出来ていません」
俺がそう言うと、ヤツィルダさんは「ロンウェルは、本当に低姿勢だよな~。あんま、謙遜し過ぎるなよ~?」と、何故か苦笑していた。
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